【完結】インキュバスな彼

小波0073

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番外編1 溺愛は初生け式の後で

3.

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 聞きなれた声の硬い響きに目を丸くして振り返る。

「あ、雄基君……」

 先ほど人垣の中で目にした制服姿の長身が、みのりの真後ろに立っていた。番犬よろしく冴えた瞳で不審者を見る存在は、まだ高校生の身ながらもどこか威圧感がある。
 突如現れた男の姿に相手の指がわずかにゆるんだ。みのりはあわててその手を振り切り、彼氏の背後に逃げ込んだ。

「すみません、迎えが来たのでこれでもう失礼します」

 一応みのりが頭を下げると息子はふんと鼻を鳴らしたが、周囲の視線が気になったのかそのままみのり達から離れた。
 雄基は精悍な口元を引き結び、羽織袴と茶髪の背中を黙って見送っていた。が、みのりへとその視線を移して告げた。

「行こう。先生が帰っていいって」
「どうして雄基君が……」

 内心うれしかったものの、ふいに現れた彼氏の姿に困惑が勝って問いかける。たしかパーティー会場の中には関係者以外入れなかったはずだ。
 しかし雄基は硬い表情をくずさないまま、問いに答えた。

「さっき裏で先生に呼ばれた。ちょっと気になるから迎えに行けって。そのままいっしょに帰れって」

 気がきく母親の行動にほっと胸をなで下ろす。ちょうどもどって来た友人へ先に帰ることを告げ、みのりはにぎやかな会場を後にした。

「……もしかして、雄基君怒ってる?」

 ホテルのホールから下りる広いエレベーターの中で、口もきかない彼氏にたずねる。しかし雄基は無言のままでみのりをホテルから連れ出すと、そのままタクシーへ押し込んだ。

──えっ、本気で怒ってる? 手を握られたから? それだけで?

 心が広いはずの彼氏が嫉妬深いことは知っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。居心地が悪すぎる車内の空気にみのりは心底困惑した。

     *

 はなやかな晴れ着姿の彼女を強引に自分の部屋へ上げ、嫉妬深かったらしい彼氏はどさりとベッドへ腰を下ろした。何だか疲れた顔をしている。

 みのりは当惑したままで部屋の中央に立っていた。いいかげん着物を脱ぎたいし、替えの私服もここにはあるが、さすがに雄基の目の前で帯を解くのは恥ずかしい。紺を基調にした部屋の中で、あでやかなえんじ色の着物がひときわ目立つような気がする。
 どうしたものかと考えあぐね、みのりが彼氏をながめていると、雄基は視線を床に落とした。ぼそっとみのりへ告げて来る。

「──今は女子高に通ってるからちょっと安心してたけど。つきあい始めたらけっこうお前がモテることに気がついた。やっぱり考えが甘かった」
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