黒蠟濡の森

土の味舐め五郎

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事件

木こり

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 木こりの『ヨサック』は『チェスティングの森』で木を伐採していた。それも、1人でだ。
 彼は土木職業組合ギルドの一員で、林業部門の仲間は多くいる。それなのにヨサックが一人で仕事をしているのは、昔から恐ろしい噂がある森へ入る事を多くの者が嫌うからだ。
 木こりとして優秀なだけでなく、度胸も冷静さもあるヨサックは同業者たちに言う。

「バカタレども。おっかねえのは理解できるが、誰も木を切らなくなったら、『淵留ふちどめ』にすら陽が差し込まなくなっちまうだろうが」  
 
 『淵留め』と言うのは、チェスティングの森の外縁を表すニエルティの人々独特の呼び方である。森の奥と比べ日当たりも見晴らしも良く、樹木の背は都市の一般的な建物より少し高いくらい。動物も多く生息しているが凶暴な種類は少なく、子供が入ったとしても安全と言っていいだろう。
 そんな『淵留め』でも、人の手で整備しなければやがて森の深奥領域と同じように不気味で鬱蒼としたものに成り果てるだろう。
 幸いにも、働き者の彼が毎日コツコツと間伐作業を行っていたおかげで、チェスティングの森の外縁西側は穏やかな緑が維持されていた。
 
 つい最近までは。

「ヨサックの奴最近変じゃないか?」
 
 ヨサックが所属している土木ギルド林業部『グリンフォスタ』の同僚が心配そうに呟く。その言葉を皮切りに、他の同僚たちも仲間の不調を案じ始めた。
「ああ。いつも元気なのに。病気とかじゃ無いって言ってたけど、どう見ても体調が悪そうだよな。生気が無いっていうか」
「でもいつも通り『淵留め』に行って仕事はしてるらしいぜ」
「無理にでも休ませた方がいいかもな」
「その方がいい」
「あいつの性格を考えれば、ムキになって仕事をするかもしれん」
「その時は仕方がないからあいつの手伝いをしよう。なんぼでも身体の負担を少なくしてやった方がいいだろ?」
「よし。俺らはもう次の納期までかなり余裕があるし、いっちょやるか」
「あの森に行くのはまだ少し怖いけどな……。ザックの」
「言うな!!」 
「……すまねえ」
「……ヨサックがずっとあそこで仕事を続けてんだ。ビビる理由なんざねえだろうよ」

『グリンフォスタ』の同僚六人はそれぞれ支度を整え、『淵留め』へと向かった。
 六人はまず、作業をしているはずのヨサックを探した。古い職人気質な同僚のやり方をよく知っている彼らは、それほど苦労せずに居場所を特定できると思っていた。
 間伐予定の場所はすぐに分かった。しかし、肝心のヨサックが見当たらない。しばらく付近を捜索したが、気を失って倒れているという事も無い。
「もしかして家で休んでるじゃないか?」
 仲間たちはそう結論付け、ヨサックの代わりに間伐作業を始めた。特に問題なく作業は進み、やがて陽が赤く染まりだす。
 
 六人の中でもリーダー格の男『キタン』が全員に呼びかけた。
「よし。今日はこんなもんだろう。お前ら!引き上げるぞ!」 
 キタン達はそれぞれキリのいい所で作業を止め、使い慣れた道具を持ち、森の外を目指して歩き出そうとした。
「ちょっと待ってくれ」
 一人が何かに気づく。
「どうした?大きい方か?」
「そうじゃねえ。何か来る」
「お前耳が良いんだっけな」
「妖魔の類じゃないよな……?」
「森の奥の方からだ。くっそもう少し明るければ」
「どの辺だ。俺が見る」
「あっちだ」
「…………おい。嘘だろ」
「何だ!?何が見えた?」
「……ヨサックだ」

 六人はヨサックの方へ慌てて走っていき無事を確かめる。特に怪我をしている様子は無いが、体調はどう見ても悪化している。どうして森の奥へ行っていたのか聞くと「森の奥の木がどんな性質なのか調べようと思ってな」と言う。
 心配していた同僚達は半ば呆れつつも安堵した。
 そしてヨサックを抱えるようにしてニエルティへと帰って行った。

『グリンフォスタ』に所属する七人の職人がギルドに姿を現わさなくなったのは、それから数日後の事である。
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