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2.逃亡者
待ち伏せ
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「ケゼルスベールに?」
イーターがたちまち怪訝そうな表情に変わる。
「たしかにケゼルスベールへ行かねばとは考えていたが、それがなぜお前たちと同行せよと請われることになる?」
「僕ら……僕も、ケゼルスベールに行かなきゃならないんです」
「行ってどうする」
「神王に会います」
何かを見極めようとしているのか、目を細めてじっと見つめるイーターを、ヴィトもひたすらに見返す。
イーターは小さく吐息を漏らすと、胡座をかいた膝の上で頬杖を突いた。
「それが、お前が訳ありである所以ということか」
ふむと考えてイーターは、「ならば」と背を屈め、ヴィトに顔を寄せる。
「その訳ありの訳を話せ。我もそこまで能天気にできてはおらぬでな、その“訳”次第で、お前の話に乗るかどうかを決めよう」
ヴィトはちらりとオージェを見やる。オージェは励ますようにヴィトの手をぎゅっと握り締めた。
「僕は……このハーゼルの軍からは、神王の落とし胤だと言われています」
「ほう?」
イーターの眉が上がる。
ケゼルスベールの女神に仕える王は独身だと聞いていたが、隠された子がいたというわけか、王族にはよくあることだ……とイーターは考える。
だが。
「その、“言われている”というのはどういう意味だ?」
「落雷事故のせいで、僕は自分のことを何ひとつ覚えていないからです。だから、軍の言うように僕が本当に神王の子なのか、僕自身に確証はない」
イーターは何も言わずにただ見つめるだけだ。大きく深呼吸をして、ヴィトは言葉を続ける。
「けれど、本物であれ偽物であれ、僕がいれば、あなたはそのことを足掛かりに神王に会うことができます。
神王に会えれば、女神の力を借りたいと交渉もできるでしょう?」
「なるほど、一理ある」
イーターがにやりと笑う。どうやらその気になったらしいと感じて、ヴィトとオージェもほっと胸を撫で下ろす。
「これも他生の縁とでもいうのだろうな。かの女神の国、神王の前にお前を連れて行くのもよい案だ――ひとつ確認しておくが」
イーターは蒼い炎が揺らめくような目を眇め、真剣な表情になる。
ヴィトの手を握り締めるオージェの手に、力が篭る。
「お前はこの国を頼るわけにはいかぬのだな?」
「はい」
ヴィトの視線が俯く。
ここまで何度も考えた。ヴィトが軍に投降さえすれば、オージェにもクラエスにも迷惑はかからないのではないか。
「僕が捕まれば、軍国は神王に対して何を要求するかわかりません。軍国は五十年前の屈辱を忘れていないから……」
「短絡的に考えるなら、お前を盾に脅して属国へと引き落とそうと画策するか、さもなくば、お前を押し立てて玉座を賭けての戦を起こすか、か。
よくある詰まらぬことだが、だからといって見逃す理由にはならぬな」
イーターの言うとおりだ。
それに、軍国は、ヴィトを従わせるために手段を選ばないだろう。それこそ、そのためにオージェとクラエスを拘束するくらいは平気でやる。
「お前が真か偽か、ハーゼルにとってはもはやどちらでも良いことだろうな。どう転んでも、面倒なことになる」
ヴィトはこくりと頷いた。
「――この国は貪欲であり、貪欲なことは悪ではない。だが、この国は“支配”に対して最も貪欲さを発揮するのだ。我はそこが好かぬ」
「イーターさん?」
急に転換した話に、ヴィトは思わずオージェと顔を見合わせる。
「おまけに、ここはどうにも閉じておる。
一見、何者に対しても親しげに近づいてくるが肝心なところは隠したまま、そのくせ、他者の持つ何もかもを引き出し、あわよくばと考える。そうやって何もかもを己が手に収めんとするのがこの軍国だと我は評価した。
故に、我はこの国をあまり好かぬのだ」
ぱちくりと瞬くヴィトとオージェに、イーターはふっと笑う。
「まあ、気に入らぬものに利するほど、我は懐が広くないという話だ。明日からは地を飛ばして行くぞ。今宵は早く休むがいい」
翌朝は、太陽が昇りきる前に野営地を後にした。
イーターの黒馬は通常の馬よりもはるかに巨大だが、それでも三人は流石に窮屈だ。けれど、ヴィトとオージェという余分な重量を感じさせないくらい、驚くほど静かに力強く駆けていく。
さほど整備されているわけでもない街道の、流れるように後ろへと過ぎ去る風景に、ヴィトもオージェも目を丸くする。
「すごいな」
「静かに駆けるとはいえ、慣れぬうちは舌を噛むかもしれん。あまり喋るな」
思わずぽろりと言葉をこぼしたものの、慌てて口を噤むヴィトの後ろで、イーターが笑った。
小一時間ほど走り続けて日が昇りきったあたりで、急にイーターが速度を緩めた。不思議そうに振り仰ぐヴィトとオージェに、イーターはにやりと笑って「待ち伏せのようだ」と囁いた。
ハッと視線を戻して前方を透かし見るヴィトに、イーターは「ここからは見えぬよ」とまた笑う。
「だが、気配は感じるな」
「どうやって……」
「我は“人喰い”だぞ? 餌の匂いもわからんでどうする」
イーターは兜をかぶるとがしゃりと音を立ててヴァイザーを下ろした。それから、ヴィトとオージェを見つめて……「ふむ、流石に危険か」と呟いた。
「“闇渡る獣よ、我元に来よ”」
イーターの影から湧き上がるように黒い獣が現れた。萎びた薄い皮の翼にバサバサの毛皮の、“獣”としか呼びようがないものが。
いったいこれはなんだと、ヴィトは思わずオージェを抱き締める。
「ヴィトとオージェは、そやつに乗っておれ」
「え、噛み付かない?」
反射的に振り向いたオージェに、イーターは愉快そうに笑う。
「噛み付く心配をしたのは、お前がはじめてだな。普通は喰われるのではないかと逃げ出すところだぞ」
「え、でも、イーターさんの、ええと、獣、なのよね?」
「うむ」
「なら、食べたりはしないかなって。でもほら、よく訓練されてる犬でも、飼い主じゃないと噛んだりするし」
「なるほど」
ひょいと馬上から飛び降りたヴィトが、オージェに手を差し伸べて下馬を手伝う。それから獣の背に用意された鞍とイーターを順番に見て、獣の背に跨った。自分の前にオージェを引き上げて、手綱を手繰り寄せる。
「乗り方は馬と変わらぬ。よく言い含めてあるから、お前たちが振り落とされるような飛び方もせんはずだ」
「イーターさんは」
「我のことなら心配はいらぬ」
馬上からぽんぽんと首を叩いて、イーターは「行け!」と獣を押しやった。ばさ、と翼が開き、ふたりを乗せた獣が空を駆け上がる。
膝を締め、腕で囲い込むようにオージェを抱えて、ヴィトはしっかりと手綱を握った。顔を上げて小さな街道の先へと目を向けると、たしかに、小高い丘を超えた先にはゆらゆら動く大きな影が見えた。
「ヴィト、あれ……」
「もしかして、魔導ゴーレムじゃないか?」
「どうして待ち伏せなんてできたんだろう」
「魔術かも」
空の上は少し冷えるんだな、などと考えながら、ヴィトはじっと考える。
遠目に見て、ゴーレムらしき数は四つ。兵が何人いるのかまではわからないが、ゴーレムの数から判断するに、小隊がいくつかか、ことによれば一個中隊が出ているんじゃないだろうか。
イーターがいかに強くても、あんな数を相手に本当に大丈夫なのか。
「ねえ、イーターさん大丈夫かな。わたしたちも、何かできないかな」
「うん……」
クラエスの魔導銃は、最大出力でどのくらいの威力になるのか。ゴーレムを破壊はできなくても、牽制くらいにはなるだろうか。
「オージェは、銃を撃てる?」
「えっと……まあまあ、程度なら……」
「なら、僕の腰にクラエスさんの銃があるから、それで援護しよう」
「で、でも、イーターさんに当たっちゃったら」
「イーターさんと離れてる相手を狙えばいいよ。ゴーレムがイーターさんに近づかないように、やってみよう」
「――うん」
手綱を操り、イーターの後を追って獣を駆る。
丘の一番高い場所まで来ると、イーターは馬を止め、背に負った大剣を抜いた。前方に向かって大剣を突き付け、何やら口上を述べているようだ。
まるで、前時代の騎士のように。
あれじゃ、格好の的じゃないか。
「オージェ、軍の上に行くから、ゴーレムが動きそうだったら撃って」
「わかった」
鞍から手を離し、両手で銃を構えるオージェが落ちないよう、ヴィトの腕の中に挟み込むようにしっかりと固定する。
下では、どうやら最初の交渉らしきものが決裂したのか、イーターが猛然と馬を走らせ始めるところだった。
「よく、当たらないな……」
「動くものに当てるのって、結構難しいのよ。イーターさんは的としては大きいと思うけど、それでもあんなスピードで動かれたら当たるわけないわ」
「そういうものなのかな」
オージェが言うほど外れているようにも見えないのに、イーターの鎧も黒馬の騎馬鎧もそうとうに厚いということなのか。
まるで頓着せずに馬ごと突っ込んでいくさまは、恐ろしいくらいだ。
手綱を操り、ヴィトは上空に大きく円を描くように獣を飛ばす。
時折、オージェが狙いを付けてゴーレムを撃つが、やはり軍用だけあってか、魔導ゴーレムはビクともしない。
「やっぱり、効かないか」
「労役用の一般品なら壊せるんだけどな」
「あ、イーターさん」
上空からでははっきりわからないが、イーターはとうとう馬を降りて徒歩での戦いに切り替えたようだった。ヴィトが見たことも聞いたこともない魔術を使い、使い魔のような何かを呼び出して兵たちを襲わせている。
驚いたことに、ゴーレムを完全に壊すことはできなくても、脚の関節部をどうにかして移動不能にすることはできるらしい。
「すごい。軍用の魔導ゴーレムなのよ。関節部とか、狙われやすいところの強化だってされてるはずなのに」
屍人の騎士である以前は“人喰い”の鬼だったと自称するイーターは、あの身体の大きさだ。そもそもの膂力も何もかもが違うのだろう。考えてみれば、初対面のあの場所でも、ヴィトとオージェのふたりを軽々と担いで走れたほどだった。
「でも、それでも相手が多過ぎる」
イーターは兵を殺さないように気をつけているようだった。
殺すことより殺さないほうが難しい戦いの場でそれができるというのは、本当に強く、余裕すらあるということだ。
しかし、それでも限度はある。
イーターは善戦しているし、オージェだってどうにかゴーレムを牽制している。けれど、百人近い数の兵に軍用ゴーレムが相手では、先が見えている。
何かできないか。
焦燥の募るままに周囲を見回して……ヴィトが、飛び込んで来る白い影に気がついたのは、その時だった。
イーターがたちまち怪訝そうな表情に変わる。
「たしかにケゼルスベールへ行かねばとは考えていたが、それがなぜお前たちと同行せよと請われることになる?」
「僕ら……僕も、ケゼルスベールに行かなきゃならないんです」
「行ってどうする」
「神王に会います」
何かを見極めようとしているのか、目を細めてじっと見つめるイーターを、ヴィトもひたすらに見返す。
イーターは小さく吐息を漏らすと、胡座をかいた膝の上で頬杖を突いた。
「それが、お前が訳ありである所以ということか」
ふむと考えてイーターは、「ならば」と背を屈め、ヴィトに顔を寄せる。
「その訳ありの訳を話せ。我もそこまで能天気にできてはおらぬでな、その“訳”次第で、お前の話に乗るかどうかを決めよう」
ヴィトはちらりとオージェを見やる。オージェは励ますようにヴィトの手をぎゅっと握り締めた。
「僕は……このハーゼルの軍からは、神王の落とし胤だと言われています」
「ほう?」
イーターの眉が上がる。
ケゼルスベールの女神に仕える王は独身だと聞いていたが、隠された子がいたというわけか、王族にはよくあることだ……とイーターは考える。
だが。
「その、“言われている”というのはどういう意味だ?」
「落雷事故のせいで、僕は自分のことを何ひとつ覚えていないからです。だから、軍の言うように僕が本当に神王の子なのか、僕自身に確証はない」
イーターは何も言わずにただ見つめるだけだ。大きく深呼吸をして、ヴィトは言葉を続ける。
「けれど、本物であれ偽物であれ、僕がいれば、あなたはそのことを足掛かりに神王に会うことができます。
神王に会えれば、女神の力を借りたいと交渉もできるでしょう?」
「なるほど、一理ある」
イーターがにやりと笑う。どうやらその気になったらしいと感じて、ヴィトとオージェもほっと胸を撫で下ろす。
「これも他生の縁とでもいうのだろうな。かの女神の国、神王の前にお前を連れて行くのもよい案だ――ひとつ確認しておくが」
イーターは蒼い炎が揺らめくような目を眇め、真剣な表情になる。
ヴィトの手を握り締めるオージェの手に、力が篭る。
「お前はこの国を頼るわけにはいかぬのだな?」
「はい」
ヴィトの視線が俯く。
ここまで何度も考えた。ヴィトが軍に投降さえすれば、オージェにもクラエスにも迷惑はかからないのではないか。
「僕が捕まれば、軍国は神王に対して何を要求するかわかりません。軍国は五十年前の屈辱を忘れていないから……」
「短絡的に考えるなら、お前を盾に脅して属国へと引き落とそうと画策するか、さもなくば、お前を押し立てて玉座を賭けての戦を起こすか、か。
よくある詰まらぬことだが、だからといって見逃す理由にはならぬな」
イーターの言うとおりだ。
それに、軍国は、ヴィトを従わせるために手段を選ばないだろう。それこそ、そのためにオージェとクラエスを拘束するくらいは平気でやる。
「お前が真か偽か、ハーゼルにとってはもはやどちらでも良いことだろうな。どう転んでも、面倒なことになる」
ヴィトはこくりと頷いた。
「――この国は貪欲であり、貪欲なことは悪ではない。だが、この国は“支配”に対して最も貪欲さを発揮するのだ。我はそこが好かぬ」
「イーターさん?」
急に転換した話に、ヴィトは思わずオージェと顔を見合わせる。
「おまけに、ここはどうにも閉じておる。
一見、何者に対しても親しげに近づいてくるが肝心なところは隠したまま、そのくせ、他者の持つ何もかもを引き出し、あわよくばと考える。そうやって何もかもを己が手に収めんとするのがこの軍国だと我は評価した。
故に、我はこの国をあまり好かぬのだ」
ぱちくりと瞬くヴィトとオージェに、イーターはふっと笑う。
「まあ、気に入らぬものに利するほど、我は懐が広くないという話だ。明日からは地を飛ばして行くぞ。今宵は早く休むがいい」
翌朝は、太陽が昇りきる前に野営地を後にした。
イーターの黒馬は通常の馬よりもはるかに巨大だが、それでも三人は流石に窮屈だ。けれど、ヴィトとオージェという余分な重量を感じさせないくらい、驚くほど静かに力強く駆けていく。
さほど整備されているわけでもない街道の、流れるように後ろへと過ぎ去る風景に、ヴィトもオージェも目を丸くする。
「すごいな」
「静かに駆けるとはいえ、慣れぬうちは舌を噛むかもしれん。あまり喋るな」
思わずぽろりと言葉をこぼしたものの、慌てて口を噤むヴィトの後ろで、イーターが笑った。
小一時間ほど走り続けて日が昇りきったあたりで、急にイーターが速度を緩めた。不思議そうに振り仰ぐヴィトとオージェに、イーターはにやりと笑って「待ち伏せのようだ」と囁いた。
ハッと視線を戻して前方を透かし見るヴィトに、イーターは「ここからは見えぬよ」とまた笑う。
「だが、気配は感じるな」
「どうやって……」
「我は“人喰い”だぞ? 餌の匂いもわからんでどうする」
イーターは兜をかぶるとがしゃりと音を立ててヴァイザーを下ろした。それから、ヴィトとオージェを見つめて……「ふむ、流石に危険か」と呟いた。
「“闇渡る獣よ、我元に来よ”」
イーターの影から湧き上がるように黒い獣が現れた。萎びた薄い皮の翼にバサバサの毛皮の、“獣”としか呼びようがないものが。
いったいこれはなんだと、ヴィトは思わずオージェを抱き締める。
「ヴィトとオージェは、そやつに乗っておれ」
「え、噛み付かない?」
反射的に振り向いたオージェに、イーターは愉快そうに笑う。
「噛み付く心配をしたのは、お前がはじめてだな。普通は喰われるのではないかと逃げ出すところだぞ」
「え、でも、イーターさんの、ええと、獣、なのよね?」
「うむ」
「なら、食べたりはしないかなって。でもほら、よく訓練されてる犬でも、飼い主じゃないと噛んだりするし」
「なるほど」
ひょいと馬上から飛び降りたヴィトが、オージェに手を差し伸べて下馬を手伝う。それから獣の背に用意された鞍とイーターを順番に見て、獣の背に跨った。自分の前にオージェを引き上げて、手綱を手繰り寄せる。
「乗り方は馬と変わらぬ。よく言い含めてあるから、お前たちが振り落とされるような飛び方もせんはずだ」
「イーターさんは」
「我のことなら心配はいらぬ」
馬上からぽんぽんと首を叩いて、イーターは「行け!」と獣を押しやった。ばさ、と翼が開き、ふたりを乗せた獣が空を駆け上がる。
膝を締め、腕で囲い込むようにオージェを抱えて、ヴィトはしっかりと手綱を握った。顔を上げて小さな街道の先へと目を向けると、たしかに、小高い丘を超えた先にはゆらゆら動く大きな影が見えた。
「ヴィト、あれ……」
「もしかして、魔導ゴーレムじゃないか?」
「どうして待ち伏せなんてできたんだろう」
「魔術かも」
空の上は少し冷えるんだな、などと考えながら、ヴィトはじっと考える。
遠目に見て、ゴーレムらしき数は四つ。兵が何人いるのかまではわからないが、ゴーレムの数から判断するに、小隊がいくつかか、ことによれば一個中隊が出ているんじゃないだろうか。
イーターがいかに強くても、あんな数を相手に本当に大丈夫なのか。
「ねえ、イーターさん大丈夫かな。わたしたちも、何かできないかな」
「うん……」
クラエスの魔導銃は、最大出力でどのくらいの威力になるのか。ゴーレムを破壊はできなくても、牽制くらいにはなるだろうか。
「オージェは、銃を撃てる?」
「えっと……まあまあ、程度なら……」
「なら、僕の腰にクラエスさんの銃があるから、それで援護しよう」
「で、でも、イーターさんに当たっちゃったら」
「イーターさんと離れてる相手を狙えばいいよ。ゴーレムがイーターさんに近づかないように、やってみよう」
「――うん」
手綱を操り、イーターの後を追って獣を駆る。
丘の一番高い場所まで来ると、イーターは馬を止め、背に負った大剣を抜いた。前方に向かって大剣を突き付け、何やら口上を述べているようだ。
まるで、前時代の騎士のように。
あれじゃ、格好の的じゃないか。
「オージェ、軍の上に行くから、ゴーレムが動きそうだったら撃って」
「わかった」
鞍から手を離し、両手で銃を構えるオージェが落ちないよう、ヴィトの腕の中に挟み込むようにしっかりと固定する。
下では、どうやら最初の交渉らしきものが決裂したのか、イーターが猛然と馬を走らせ始めるところだった。
「よく、当たらないな……」
「動くものに当てるのって、結構難しいのよ。イーターさんは的としては大きいと思うけど、それでもあんなスピードで動かれたら当たるわけないわ」
「そういうものなのかな」
オージェが言うほど外れているようにも見えないのに、イーターの鎧も黒馬の騎馬鎧もそうとうに厚いということなのか。
まるで頓着せずに馬ごと突っ込んでいくさまは、恐ろしいくらいだ。
手綱を操り、ヴィトは上空に大きく円を描くように獣を飛ばす。
時折、オージェが狙いを付けてゴーレムを撃つが、やはり軍用だけあってか、魔導ゴーレムはビクともしない。
「やっぱり、効かないか」
「労役用の一般品なら壊せるんだけどな」
「あ、イーターさん」
上空からでははっきりわからないが、イーターはとうとう馬を降りて徒歩での戦いに切り替えたようだった。ヴィトが見たことも聞いたこともない魔術を使い、使い魔のような何かを呼び出して兵たちを襲わせている。
驚いたことに、ゴーレムを完全に壊すことはできなくても、脚の関節部をどうにかして移動不能にすることはできるらしい。
「すごい。軍用の魔導ゴーレムなのよ。関節部とか、狙われやすいところの強化だってされてるはずなのに」
屍人の騎士である以前は“人喰い”の鬼だったと自称するイーターは、あの身体の大きさだ。そもそもの膂力も何もかもが違うのだろう。考えてみれば、初対面のあの場所でも、ヴィトとオージェのふたりを軽々と担いで走れたほどだった。
「でも、それでも相手が多過ぎる」
イーターは兵を殺さないように気をつけているようだった。
殺すことより殺さないほうが難しい戦いの場でそれができるというのは、本当に強く、余裕すらあるということだ。
しかし、それでも限度はある。
イーターは善戦しているし、オージェだってどうにかゴーレムを牽制している。けれど、百人近い数の兵に軍用ゴーレムが相手では、先が見えている。
何かできないか。
焦燥の募るままに周囲を見回して……ヴィトが、飛び込んで来る白い影に気がついたのは、その時だった。
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