はじまりの女神とまつろわぬ神の子

ぎんげつ

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2.逃亡者

二番目

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 消えた“二番目ツヴィット”が見つかった――そう連絡がはいってすぐ、また二番目を見失ってしまったと報告があった。

 三番目ドリットはプライドだけは高いから、自分の失態にギリギリと歯嚙みでもしているのだろう。通信の向こう側の三番目は焦りを覚えた人間のようにやけに多弁で、言い訳がましい説明を繰り返していた。
 馬鹿らしい。
 化け物がプライドなんかを持ったところで、何の意味があるというのか。

「――一番目エルスト
「なんだ」
「お前が行って連れ戻して来い。位置なんかわからなくても、軍国が勝手に見つけてくれるだろう」
「了解した」

 軍国に目をつけられたことも、報告にあった。ならば、軍国を見張っていれば居場所などすぐにわかる。
 後ろに控えていたエルストが、踵を返して部屋を出て行く。

「ナディアル、私の王子様」

 女王レギナが膝の上でわずかに身じろぎをする。甘えるように頬を摺り寄せる彼女に笑みを向け、「どうした?」とキスを落とす。

「大丈夫かしら」
「何が?」
「一度位置を掴んだのに、すぐに消失したっていうのが気になるの」
「そうか?」
「なんだか、心配」

 きゅっと抱き着くレギナの背を撫でて、ナディアルはくっくっと笑った。

「――パーン」
「はい」

 ナディアルは扉の傍に立つ神聖騎士を呼んだ。かっちりした近衛の制服に剣と銃を下げた神聖騎士が、一歩歩み出る。

「クーを呼べ」
「御意」

 王室付き筆頭魔術師として仕えるエルフの名を挙げたナディアルに最敬礼を返し、パーンは扉を出た。


 * * *


 ガシャン、と派手な音をあげて、魔導ゴーレムが動かなくなった。
 さすがのイーターも驚いて、その音の発生源に目を向ける。

「何者? 人の匂いはせんが」

 尋常ではない速度で駆け抜けた白い影に向かって独りごちて、それから大剣を大振りに振り回し、ダン、と足を踏み出す。

「“生命吸う薔薇よ、彼の者らの血を糧に咲け”」

 イーターの踏み出した足を中心に、巨大な薔薇紋がまるで花開いたように地面に広がった。その上に立つ兵たちが苦しげに呻いて膝を突く。

「ふん、助けと思えばよいのか、それとも敵の敵というやつか」

 薔薇紋を介して周りから吸い上げた力で傷が塞がり、少し余裕の出たイーターはぐるりと周囲を見回した。
 時折、上空のヴィトかオージェが銃を撃つのは、イーターの援護をしようとしているのだろう。
 白い影は、魔導ゴーレムをひとつずつ破壊していった。それと同時に、阻もうとした兵たちも容赦なく殺していく。
 イーターは苦虫を噛み潰したような顔で、チッと舌打ちをする。

「むやみに殺せばいいと思っておる、木偶人形風情が!」

 周囲の兵があらかた動けなくなったところで薔薇紋を消し、イーターは走り出す。兵の首を掴んだ白い影の腕を引き剥がし、ゴーレムに向かって力任せに投げつけた。そのまま兵を殴って気絶させる。
 てーっ! という号令とともに、魔術の爆発が起こる。イーターも影も素早く飛びすさり、直撃を避ける。
 チ、ともう一度舌打ちをして、イーターは魔術師へと走った。ある程度の魔術は防げても、さすがに限界はある。
 大剣をかざすようにして銃弾をはじき、阻もうとする兵を殴り倒しながら、イーターは進む。



「あれは……」
「なんか、すごいね」

 遠目には、白っぽい色の髪をなびかせた女が飛び込んで来たように見えた。ただし、ただの女ではない。瞬く間に魔導ゴーレム二体を破壊し、兵たちを倒していく、人間離れした強さの女だ。
 ヴィトは何故だか見覚えがあるような気がして、わずかに首を捻る。

「あっ」

 イーターに掴まれ、動かなくなった魔導ゴーレムに叩きつけるように投げられるさまに、オージェが思わず声を上げた。

「今、イーターさん、手加減してなかったよね?」
「でも……大丈夫みたいだ」

 すぐに頭を振って身体を起こした女を食い入るように見つめながら、ヴィトは小さく胸を撫で下ろす。
 その間に、イーターは兵たちを打ち倒していく。これまでも今も、血が流れていないところを見ると、イーターは気絶させるに留めているのだろう。

「オージェ、降りよう」
「え、でも」
「もう立ってる兵は少ないし、大丈夫だよ」

 手綱を引くと、獣は戸惑ったように振り向いた。けれど、ヴィトにもう一度引かれて素直に地上へと舞い降りていく。

「ね、あの人、なんだろう。普通じゃないみたい」

 戦いの場から少し外れた場所に降りて獣を走らせる間、オージェが心配そうにヴィトを見上げた。

「わからない」

 わからないけど、どこかで見たような気がする。
 そのことが気になってしかたない。

 きっと、忘れてしまった自分に関係があることなんだろう。

 時折、銃声と、銃弾がはじかれる鋭い音が響く。その度に首を引っ込めてやり過ごし、さらに獣を進める。
 ふたりがイーターの元に着く頃には、ほかに動くものはほとんどいなくなっていた。



「イーターさん、大丈夫?」

 獣の背を飛び降りて、ヴィトとオージェが駆け寄った。鎧は埃と、おそらくは返り血で汚れていたが、多少の傷以外に目立つ損傷は見当たらなかった。

「問題ない。ゴーレムは、何者かわからん木偶人形が壊してくれたからな」
「木偶人形?」

 ヴァイザーを上げ、顎をしゃくって示すほうを振り返ると、白い人影が歩いて来るところだった。

「ああ。魂と己の意思を持たぬものを木偶人形以外の何と呼べと?」

 イーターの言葉に、ヴィトとオージェは顔を見合わせる。長い髪をうねらせてゆらゆらと近づく姿は人間にしか見えないのに、“木偶人形”?

「魂がないって、どういう……」
「言葉のとおりだ。我は人喰いだと言ったろうが。餌も嗅ぎ分けられないでどうする。あれには魂など欠片も入っておらぬわ」

 じっと見つめても、やはりヴィトにもオージェにも人間との違いがわからない。魔術で作った人造人間でも、もう少し違和感があるのではないか。
 返り血で汚れているけど、腰まである白っぽい灰色の長い髪に、顔の上半分を仮面で覆われた人間の女。
 そうとしか見えない。

二番目ツヴィット

 十分に近づくと、女はおもむろに口を開いた。

「ナディアルの命だ。お前は一度戻れ」
「何のことだ」

 二番目ツヴィット? と首を捻り、ヴィトは応えた。オージェがその手を握り締める。
 女は何か考えているかのようにじっと口を噤み……ヴィトを見つめる。

「通信モジュール、および記憶領域メモリに著しい損傷が見られる。多少の改善はあるようだが、復旧には限界があるだろう。お前はデーヴァローカに戻り、メンテナンスを受ける必要がある」
「――だから、何の話だ!」

 嫌な汗が流れ落ちる。
 どくどくと耳の奥に鼓動が響き、息が苦しい。
 女は不思議そうに首を傾げ、一歩踏み出した。

「拒否は認められない。ナディアルが命じている」
「い、嫌だ!」
「お前に命令を拒む権限はない」

 ヴィトに向かって女が手を伸ばし……イーターがその手を大剣で阻む。

「木偶人形、貴様は何者か」

 はじめて、女はイーターへと顔を向けた。

「障害はすべて排除するよう、命じられている」

 女の手が大剣の刀身にかけられ、しかし、それよりも速くイーターが横薙ぎに薙ぎ払う。

「イーターさん!」
「我は、貴様に何者かと問うただけだ。名乗ることもできんとは、木偶人形が」

 刃を避けて飛び退った女は、また、不思議そうに首を傾げた。

「私もツヴィットも同シリーズの一番目エルスト二番目ツヴィットであるというのに、なぜ私のみが“木偶人形”と呼称されるのか、理解できない」
「同シリーズって、どういう意味だ」
「ヴィト……?」

 オージェの手を握り返して、ヴィトは震える声で尋ねた。

「正確には、“姉妹シリーズ”として作られた“二番目ツヴィット”をベースに、ナディアル自らが改良と改造を加えたのがお前だ。それゆえ、お前はオリジンの捜索に最適であると判断された」

 何を言ってるのか、意味がわからない。
 改良と改造? と呟くヴィトをそのままに、女は続ける。

「だが、三番目ドリットの報告から推測するに、お前は落雷の過電圧にさらされて内部機構に不具合が出たと考えられる。さらには軍国にお前の存在が知られたことにより、不要なトラブルも引き起こされた。
 以上により、私はお前の回収を命じられてここにいる。事情を理解したなら速やかにナディアルの命に従え、二番目ツヴィット

 イーターが怪訝そうにヴィトを振り返る。
 オージェが「ヴィト?」と不安げに見上げる。
 自分は“落とし胤”なんて上等なものではなかった。このわけのわからない、イーターが“木偶人形”と呼ぶこの女の同類なのか。

「――知らない」
「お前の記憶領域に損傷があるためだ」
「僕はそんなこと知らない! 僕は僕だ!」
「お前は確かに二番目ツヴィットだ。ナディアルの命に従え。拒否は認められない」
「嫌だ。僕は嫌だと言った」

 じりっと下がるヴィトに女はさらに踏み出そうとする。
 それを阻むように、すっとイーターが立ち塞がった。オージェがヴィトを引き寄せ、抱き締める。

「ヴィトと貴様が同類だと?」
「そのとおり。同シリーズの一番目と二番目だ」

 目を眇め、イーターが鼻を鳴らして笑う。

「“シリーズ”が何かは知らぬが、我には貴様とヴィトが同じものに見えぬな」
「もちろん、女性体フィメール男性体メールという違いは……」
「我がしているのは、見た目の話ではない」

 沈黙が降りる。半分を仮面に覆われた顔からは、女が何を考えているかはまったく読み取れない。

「――私は、ナディアルよりツヴィットの回収を命じられている」

 埒があかないと考えたのか、女はそれだけを告げて身体を低く構えた。イーターも、両手に剣を構え、腰を落とす。

「実力でというなら、我が相手になろう」

 ぐっと脇を締め、イーターが低く告げる。
 女は無言で足を踏み出し……。

「やめて!」

 ぴたり、と動きを止めた。

「オージェ?」
「ヴィトは渡さないから! ヴィトは嫌がってるのよ!」

 オージェがヴィトを隠すようにしっかりと抱き締めて、女を睨んでいた。
 女は、そのオージェの存在にはじめて気づいたとでも言うように驚き、イーターの後ろを凝視して……「了解した」と返すと瞬く間に走り去ってしまった。
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