はじまりの女神とまつろわぬ神の子

ぎんげつ

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3.ケゼルスベールへ

星に願いを

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 ツヴィットの身体ボディの基本構造はエルストと同様だ。

 軽量かつ弾性の高い合金で作られた人間とほぼ同一構造の骨格に、人間よりもはるかに頑丈でパワーのある人工筋肉。駆動系から生まれる熱を冷却するために血液を巡らせ、それを“体温”に変える。人間に似せた内臓器官も揃っている。
 多少の損傷は内部を巡る微小機械ナノマシンがすぐに修復するし、内部構造の自己修復だってある程度は可能だ。
 この世界オルの医学レベルなら、腹を割いて中身を暴かれない限り、たとえ医者が相手でも人間であると騙しおおせるくらい精密にできている。

 食事も、正しい意味での消化吸収はできなくたって、人間のように「食べる」ことが可能だ。睡眠だって、一定の活動後、自然に入眠することができる。
 だから、これまでヴィトを診察した医者もクラエスも、そしてオージェも皆、ヴィトが人間でないなどと疑いもしなかった。

 走りながら、ヴィトは頭の中に地図を描いた。
 もう、ほぼ一日走り通している。
 イーターの黒馬ほど速くはないが、休憩など挟むことなく走り続けられるのだから、総合すればヴィトのほうが進みは早い。
 ケゼルスベールの王宮には、数日で到着するだろう。

 いかに疲れないといっても、長過ぎる連続稼働時間は損傷の原因になる。時折、森や山の奥に入り込み、隠れて休息を取った。

 ヴィトは既に見つけられて監視されているはずだ。
 あの時、エルストに言われたように、ツヴィットの通信モジュールは完全に壊れてしまっている。おそらくは、交換しなければならないくらい。
 だから、周囲にあるはずの“デーヴァ”が排出した小型センサー群の存在がわからない。けれど、絶対にヴィトを監視しているはずだ。

 しかし、“デーヴァ”はオージェを見つけられないし、監視できない。なぜなら、オージェがそれを望んでいないからだ。
 自分が離れれば、オージェが神王に見つかる可能性は格段に下がる。
 あとは……。

「“ヴィト”をどうすればいい?」

 このまま何の対策もせずケゼルスベールへ戻れば、修理と同時に“ヴィト”は消される。ツヴィットはナディアルの命令に逆らえない。
 そう作られているから・・・・・・・・・・だ。

 ツヴィットが“狂って”いることなんて、既に知られている。
 記憶領域メモリも何もかも真っさらにされて、新しい別なパーツと交換されて、プログラムもすべて入れ替えられて……ヴィトがそれら一連のメンテナンスを躱し、自己保存できる余地はない。
 ツヴィットの補修が済めば、今度こそ神王はオージェを見つけるだろう。
 その時には、もうヴィトはいない。

「どうすれば……」

 は、と顔を上げる。

 レギナはどうしていた?

 彼女だって、主幹コンピュータデーヴァから発生したイレギュラーなプログラムだ。バグと言ってもいい。
 なのに、デーヴァに消されることなく今も存在している。
 現在こそ、神王によって今の身体ボディに移され、デーヴァから完全に切り離されている。けれど、それ以前にもデーヴァの“中”に存在し続けていたのだ。なら、何か方法があるはずだ。
 自分ヴィトの何もかもすべてでなくていい。
 自分ヴィト自分ヴィトである、一番主要な部分だけを逃せれば、保存できれば、きっと……きっと、またオージェに会える。
 それに、オージェの助けになれる。

 どうすれば、デーヴァのチェックを逃れられるか。
 ひとつだけではダメだ。
 いくつも、何通りも、道を考えておかなきゃいけない。
 断片にして、いろいろなところに忍ばせて、隠して……ひとつかふたつ見つけてしまえば「もう無い」と安心してしまうような、そんな形で。

 神王ナディアルは真実このオルという世界の住人であり、本来なら、デーヴァに集積された高度な科学技術を学ぶことなんてなかったはずだ。
 それが、“デーヴァローカ”の王となったことでデーヴァとレギナから教育を受けて……今はどれほどの知識を有しているのだろう。
 本当に、見つからずにいられるだろうか。

 真っ黒な空を見上げる。
 星は無く、月だけが煌々と輝く黒い空。
 ヴィトの知識の中では、あり得ない空だ。
 星が流れることなんてない空の、いったい何に願いを託せばいいのだろう。

「迷信なのに」

 自嘲の笑みが浮かぶ。
 科学技術の塊である自分が根拠のない迷信を頼りたくなるなんて、おかしいだろう。“魂”だって、そんなもの科学的に実証されていないのに。

「でも、イーターさんの言うように、本当に魂があるなら――」

 ヴィトは、祈るように目を閉じる。
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