エデルフェーン王立学園物語 〜聖なる薔薇の乙女と守護者たち〜

ぎんげつ

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学園入学とヒロインちゃん

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「エデルフェーン王立学園……僕もそこに通うんですか?」
「そうだよ、ヴェル。貴族の子女は皆そこへ通うことに決まっているのだ。それに……」

 温和で穏やかな笑顔を浮かべた、ケチのつけようのない紳士である伯父は、僕を呼び出して来年から学園へ通うようにと言った。
 そのついでなのか何なのか、少々愚痴めいたことまでを話し出す。

「トーニャが学園に行きたくないとずっと塞ぎ込んでいるのは知ってるだろう?
 だが、これは決まりで、そういうわけにも行かないのだ。学園で見識を広め、相応しい社交の仕方を学ぶという目的もあるからね」
「はい、わかります」
「すでにエストリオがいるといっても三年上だ。殿下を迎える立場で忙しい上とあっては、トーニャまでなかなか目も届かないだろう」
「エスト兄さまは、学園内の自治にも関わっておられるのでしたね」
「ああ。来年、殿下が入学されれば、その補佐にも回らなきゃならん。先に入学した都合上、多少長く在学することになるが、殿下の露払い役としてがんばっているよ。
 おかげで、トーニャが妹であっても構いっきりとはいかないんだ」

 王立学園は、貴族の子弟は皆通うことになっている学校で、十三から十八の間の最低二年をそこで過ごさねばならない。
 勉強の他、同年代との付き合い方や社交の基礎を学ぶ場でもあるのだ。
 そして、貴族だけでなく優秀な平民も迎え入れている。
 平民でも能力がある者に、王侯貴族との繋がりを作らせて王国の繁栄に貢献させようという目的だ。

 そして、このエデルフェーン王立学園こそが、ゲームの舞台である。
 そりゃ、トーニャは行きたくないだろう。

「王太子殿下より、トーニャも同じタイミングで同じ期間、学園に通わせるようにと通達が来ている。さすがにこれは無視できない。
 ――だが、ヴェルが同じ期間で在学してくれれば、トーニャも安心だろう? エストリオも私もヴェルになら任せられる」

 トーニャのひとつ下ではあるが、家庭教師からも学力は十分だとお墨付きはもらっている。だから問題はないだろう、というのが伯父の言葉だった。

「殿下やエストリオが常にトーニャを気にかけるのは無理だろうが、ヴェルならそれが可能だ。どうか十分に気を配り、従弟としてトーニャを支えてやってほしい」
「ええ、もちろんです」



 伯父に頼まれたその足で、トーニャの部屋へ向かった。最近はよほどのことがない限り、トーニャの部屋の鍵はかからないようにしている。

 コツコツとノックをして「トーニャ、開けるよ」と声を掛けてしばらく待ってから、そっと扉を開けた。
 トーニャは何かあるといつもそうするように、カーテンに包まるようにして、部屋の隅で膝を抱えていた。

「わたくし、学園なんて行きたくないわ」
「大丈夫だよ、トーニャ。僕も一緒に行くから」
「でも……でも……ヴェルだって隠し攻略対象なのよ。本当なら半分平民の卑しい子って人間不信になるくらいいじめ倒すのよ。
 学園に行ったら、きっとヒロインをいじめることになるんだわ――いいえ、わたくしが誰かをいじめるなんて怖いこと絶対無理だし、やりたくないって思ってても、いじめたことにされるのよ。
 ゲームの世界にはそういう強制力があるって、前世でさんざん読んだもの。
 わたくしが嫌だと思っててもやっぱりいじめて断罪されて、王太子殿下にゴミムシを見るような目で蔑まれて死刑になるのよ。
 お父様だってわたくしもろとも取り潰されて塵になって消えるんだわ。
 よくて平民に落とされて国外追放なのよ」
「あのね、トーニャ」
「だって、転生によくある設定じゃない。
 やっぱり無理。学園なんて行きたくない。わたくしこのまま、屋敷に引きこもって外に出ないで生きていきたい」

 トーニャはふるふる震えて、涙のこぼれた目をカーテンでごしごし擦る。
 相変わらずゲームの展開が怖くて行きたくないとごねているけど、さすがの伯父も今度ばかりはトーニャのわがままを聞いてくれないだろう。
 何より、王太子から「絶対に」と念を押されているくらいなのだ。

「だめだよ、伯父上が許してくれないよ。それに、トーニャは王太子妃候補だろう。王太子殿下もトーニャと学園に通うのを楽しみにしているんだから――」
「それも無理!
 どうせ王太子妃なんてヒロインに決まってるのよ。そんなものに釣られてほいほい外に出れば、やっぱり断罪が待ってるの。
 ――死刑よ。やっぱり不敬だ何だで死刑になるのよ!」
「トーニャ、縁起でもないこと言わないで。僕が一緒に入学するんだから、そんなことにはならないよ」

 うっうっと涙ぐんで、トーニャはカーテンの隙間から僕をキッと睨み付けた。
 たしかに、眉を吊り上げてこちらを睨む表情は、“悪役令嬢”という役回りに相応しい迫力かもしれない。

「ヴェルだって……ヴェルだって、攻略対象じゃない。しかも隠しキャラで、相当条件揃えて頑張らないと出てこない、ここ一番のキャラなのに」
「でも、それは……」
「だからヴェルだって学園に行けばすぐヒロインの魅力にやられて、わたくしのことなんてどうでもよくなるに決まってるんだわ」

 きょとんと見返す僕に、エルトゥーニアは続ける。

「人間不信のヴェルの心はすっかり凍り付いてて、孤高の狼みたいに誰とも馴れ合わないのよ。でも、そんな凍り付いた心をヒロインの優しさと愛で解かされて、ゴールインするの。わたくしのことをどうこうする暇なんてないわ」
「――ちょっと待ってトーニャ。僕の心が凍り付いてって、どうして」
「そんなのわたくしとお父様のせいに決まってるわ! わたくしとお父様の主導でヴェルをいじめ倒したから、ヴェルは公爵家に復讐を誓って……!!」

 ひくひくとトーニャの顔が引きつり始める。
 このままじゃあの“発作”が起こってしまうと、僕は慌ててトーニャの隠れたカーテンにしがみつく。

「あのね、あのねトーニャ! 少なくとも、僕は伯父上に感謝こそすれ復讐なんて考えたこともないし、誰も信用できないと思ったこともないよ!
 僕がいじめられて人間不信だったらこんな風にトーニャと話そうなんて思わないし、伯父上のお願いだって聞いたりするわけないだろう?」
「え……あれ? でも、でも、ゲームじゃ……」
「トーニャ、やっぱりここはゲームに似てるだけの世界なんだよ」
「そんな……でも、でも、そう! 全部一致してるのよ! 一致してて……やっぱり無理だわ! 無理ったら無理ィィィィィ!」

 ――もしかして、トーニャにとってはゲーム通りにコトが進んでくれたほうが、安心できるんじゃないだろうか。
 そんなことを考えてしまう。



 それでも、なだめすかして説得して、ようやく王立学園の入学式を迎えた。
 満面の笑顔をたたえる王太子に連れられて、馬車を降りたトーニャはびくびく怯えながら式典の会場へと向かう。

 ゲームのとおりなら、この日は最初のイベントが起こるのだ。
 道に迷って困り果てるヒロインを見かねて、手を差し伸べた王太子が共に来ることを許す……そんなイベントだと、トーニャが話していた。
 ゲームの王太子は俺様で尊大なキャラだったと言うが、そんな性格付けのキャラがどうしてそんなことをするのかな、なんて考えながら聞いていた。
 万が一、道に迷ったヒロインが現れたら、王太子より先に僕が声をかけるから――トーニャにはそう言い含めていたけれど、やはり不安そうだった。

 トーニャよりも王太子よりも先に、僕がヒロインを見つければいけない。そう気負って目を皿のようにして周囲を確認しながら会場へ向かう。

 けれど、この日、僕たちの前にはヒロインらしき人物なんて現れるそぶりすら無かったのだった。

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