神託の乙女になりました

ぎんげつ

文字の大きさ
3 / 33

一日目 ー2

しおりを挟む
 町には、より多くの見慣れない生き物……種族がいた。もちろん人間がいちばん多く見かけられたけど、ヘスカンのような竜人や、ナイアラみたいな獣耳の種族も多いようだ。

 カイルの種族は少ないのか、彼以外には見かけなかった。やたらと声を掛けられていたのは、私を抱えて目立っていたからだろう。イリヴァーラのような黒妖精もあまりいないようだ。

 そして町に入ってそれほどかからずに、たぶん宿屋か旅館か、そんな雰囲気の店に連れ込まれた。部屋に辿り着いたところでようやく私は降ろされて、一息つく。ずっと抱えられていたせいか少し動くだけで関節がぽきぽきと鳴り、身体はすっかり固まっていた。思いっきり伸びをして、あちこちぐるぐると動かして、床に立ち上がって膝の曲げ伸ばしをして……と、身体を動かす間、何が楽しいのか知らないが、カイルはずっとわたしを眺めている。言葉が通じるなら、何でそんなに見ているのかと聞いてみたかった。

 一通りの運動が終わった後、私が下ろされてからほんの三十分もしないくらいだろうか、コンコンとノックの音がして、お湯を入れたたらいを持ったヘスカンとイリヴァーラが入って来た。

 ヘスカンはたらいを置いてすぐに出てしまう。イリヴァーラは何かカイルに話しかけているが……何やら拒否しているようすのカイルに指を突き付け厳しい調子で追及している風だ。
 なんだろうと呆気に取られて眺めていると、そのうちカイルはうなだれて部屋を出ていった。
 イリヴァーラはそんな彼の後姿に呆れたように肩を竦めて首を振った後、私へと向き直る。身振りで説明しているのは……湯で身体をきれいにしてこれに着替えるように、ということだろう。

 なんとなく頷いて、渡された布とたらいのお湯で身ぎれいにしてから、渡された服を着る。
 下着の形は違うし、ボタンやら紐やらもたくさんあって、自分の知る服とはだいぶ勝手が違っていた。どうにももたもたとしていると、イリヴァーラが見かねてか手伝ってくれる。
 ようやく一通り服を着ると、今度は硬そうな革のブーツを渡されて……こんなの、サイズを合わせなきゃ履けないんじゃないだろうかと思いつつも足を突っ込んでみたら不思議とぴったりで、履き心地も悪くなかった。

 そして、ようやくイリヴァーラがまた私に魔法をかける。

「時間を節約したいから、身支度が整うのを待ってたの。この魔法、日に何度も使えないし、時間もそんなにもたないのよ。で、宿に落ち着いたことだし、少しは考える余裕もできただろうから、お互いのことについても話をしましょう」

 彼女はいっきにそこまで言うと、扉に向かって「カイル、もういいわよ」と声を掛けた。たちまちカイルが入ってくる……その彼のようすが、かつて実家で飼っていた犬が駆け寄ってくるさまを思い出させて、なんだかおかしかった。

「たぶん、気になってるだろうから、最初に言っておくわ」

 宿の食堂の一角に座り、全員に茶が行きわたった後、イリヴァーラが切り出した。

「あなたが次元をまたいでここに来たなら、帰る方法はあるわ」
「帰るなんて!」

 思わず声を上げたカイルをじろりと見て、彼女は続ける。

「ただ、そのためには、あなたの出身世界がどこかを特定しなきゃいけないの。
 魔法での次元渡りはそれほど難しくはないんだけど、行先に合わせた同調具を用意する必要があるのよ」
「はあ……」

 なんとなくぴんと来なくて、よくわかったようなわからなかったような返事を返してしまうが、どこでもドアのようにはいかないということだけはわかる。

「まあ、あなたをこの世界アーレスに連れてきたのが正義と騎士の神なら、神に聞ければ早いでしょうね」
「ええと……神に聞くって、どうやってですか? 神様ってどこかにいるの?」

 どうにもわからなくて質問すると、なぜだか全員が驚愕の表情を浮かべていた。

「ええ、そうね……カイルが聖騎士の力を振るえるのは、神からその代理として力を与えられてるからだし、ヘスカンの神官としての魔法も、神が降ろしてくれたものよ。
 神がいなかったら、全部消えてしまうわ」

 それに、とイリヴァーラはちらりとカイルを見やって、続ける。

「カイルは神のおわす上方世界の住民の血を引いてるの。直接姿を見たことはなくても、カイルがいることで、神がたしかにいると証明されてるわ」
「……まさかとは思うけど、カイルの翼は天使の翼?」

 驚いてカイルを見れば、彼は嬉しそうに笑って頷いた。

「そう。僕の父十天国界パラディーゾの中層にいる天使のひとりなんだ」

 ……ファンタジーすぎて頭が付いていきません。なんなのこの世界。

「まあ、だから、時間はかかるかもしれないけれど、あなたが帰ることはできると思うわ」

 イリヴァーラが、まるで大した事でもないようにこともなげに言うのだから、おそらく本当に帰れるのだろう。私は少しだけほっとした。

「それと、次はカイルが見たっていう“神託”ね」

 カイルが頷き、改めて自分が見たという“神託”の光景を語る。

 “神託”と言われて正直胡散臭いものとしか思えなかったのだけど、語られた光景はなぜだかとても恐ろしいと感じられた。なぜだかわからないけれど、これは確かに起こりうることなんだという確信が、私の中に存在した。

「“神託”を正しく読み解くのは、位の高い神官でも難しい」

 ヘスカンが呟くように言うと、カイルも頷いた。

「神の考えていることを正確に推し量ることは、定命のものにはいささか無理のあることだ。だから、我々は、できるだけ多くの情報を集め、考え続けなくてはならないのだ」

 厳かに言うヘスカンを押しのけて、にこにこと笑いながらナイアラが割って入る。

「つまりぃ、いくらここで額突合せて考えても、無理ってことよお。まずは“深淵の都”でえ、お偉い神官様に高名な魔術師様からあ、お話聞かないとねえ」
「そういうこと。ただ、ひとつだけ私にもわかることはあるわ」

 イリヴァーラに、全員が注目する。

「ふたつの月が欠けるって光景……蝕のことだと思うの」
「触?」
「そう。普通はどちらか片方の月が欠けるだけなんだけど、極稀にふたつとも同時に欠けることがあって、魔術的に特別な日でもあるわ。その日でないと働かない高位魔術もあるのよ」
「……その、触の日の暗示なのか?」
「可能性は高いというより、間違いなくそうよ。いつが触なのかは改めて調べないといけないけれど、そう遠くないことは間違いないわね」

 イリヴァーラとカイルは、少し難しい顔でしばし黙り込む。それから、気を取り直したように顔を上げた。

「あと最後にもうひとつ。言葉の問題よ」

 私はこくこくとすごい勢いで頷いた。
 言葉がわからないのって本当につらいと、今日のほんの数時間だけで思い知ったのだ。

「さすがにね、今かけている通訳の魔術をずっとかけっぱなしは無理なのよ。一応、私もヘスカンも使える魔術だけど……この魔法、結構高位の魔法なの」
「高位……難しいってことですか?」
「そう。だから、そうそう日に何度も使えるほどの余裕はないの。
 都まで旅をするなら、通訳のために魔法の力を消耗するわけにはいかないわ。ここから都まで二日程度だけど、それでも街道には賊だって魔物だって出るんだし。
 ヘスカンは神官の魔法が使えるから、通訳よりも非常時のために魔法を取っておいてほしいしね」
「はあ」
「だから、明日からは、通訳の魔法の代わりにあなたが聞き取りだけできるようになる魔法だけを掛けることにするわね。これは初歩に近い魔法で、それほど負担にはならないから」

 聞き取れるだけでもありがたいので、私は一も二もなく頷く。

「あと……そうね。同じ魔法をカイルにもかけておくから、もし何かどうしても言いたいことがあったら、カイルを通してちょうだい」

 私はもう一度大きく頷きながらカイルへ目を向けると、彼も満足げに頷いていた。

「では、これからよろしく、ルカ」

 にっこり笑って差し出されたカイルの大きな手を、私はしっかりと握る。

 どうやら本気で夢ではない異世界に、私は来てしまったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】異世界で勇者になりましたが引きこもります

樹結理(きゆり)
恋愛
突然異世界に召還された平々凡々な女子大生。 勇者になれと言われましたが、嫌なので引きこもらせていただきます。 平凡な女子大生で毎日無気力に過ごしていたけど、バイトの帰り道に突然異世界に召還されちゃった!召還された世界は魔法にドラゴンに、漫画やアニメの世界じゃあるまいし! 影のあるイケメンに助けられ、もふもふ銀狼は超絶イケメンで甘々だし、イケメン王子たちにはからかわれるし。 色んなイケメンに囲まれながら頑張って魔法覚えて戦う、無気力女子大生の成長記録。守りたい大事な人たちが出来るまでのお話。 前半恋愛面少なめです。後半糖度高めになっていきます。 ※この作品は小説家になろうで完結済みです

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...