神託の乙女になりました

ぎんげつ

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二日目 ー2

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 はらはらと周りを見回す私の横で、イリヴァーラが魔法を完成させると、ぼんやりと輝く、半円のドームみたいなものが私たちを覆い……すぐに右の茂みから稲光のような光が走った。まっすぐ自分に向かってくる眩い光に思わず「ひいっ」と悲鳴を上げたが、このドームのすぐ外側で掻き消えて呆然としてしまう。
 ──今のが、魔法?

「間に合ったわ」

 ほっとしたようにイリヴァーラが呟いて、また腰に下げたいくつもの小さな袋を探りながら、次の魔法を唱え始めた。
 私はここにこのまま居てもいいのかとふたりを見回すと、ヘスカンが目をじっと細め、私の頭をぽんとひとつ叩く。

「ここから動かないでください。怖かったら、目を瞑っていても構いません。でも絶対にここから動かないで」

 強く言われて、私はただこくこくと何度も頷く。さっきから膝がかくかくと笑い始めていて、腰が抜けそうだ。まともに殴り合うところすら見たことがない私に、この光景は刺激が強すぎた。
 がたがたと震え始めていた私に、ヘスカンはさらに目を細めて自分のマントを外すと、頭からばさりと被せてしまう。

「守りの魔法がかかったマントです。これを被ってじっとしていてください。周りを見る必要はありませんから」

 その後は、ガツンガツンと金属の打ち合う音や何か爆発するような音、さらには誰かの呻く声や悲鳴がずっと続いていた。何か音や声が上がるたび、恐ろしくて身体は震え、皆が心配なのに顔を出す勇気もなく……それが完全に静まるまで、マントを被ったままひたすらじっと蹲って我慢しているだけだった。
 漂ってくる何かの焦げる臭いや生臭い臭いが、いやでもこれは夢じゃないのだと教えてくる。昨日からずっと、現実感なんて欠片もなかったのに。

「もう、大丈夫だよ」

 カイルの声がしてマントをめくられ、私はまたびくっと震えた。

「怖かった? でももう賊はいない。もう心配ない。大丈夫」

 そう優しく微笑むカイルを見上げて、彼の鎧に付いた赤いものに気がついて、伸ばそうとした手が止まってしまう。それに気付いた彼が自分を見下ろし、あちこちについた汚れを見て少し困ったような表情になった。

「ああ、これは返り血だ。ごめん、汚れてしまうね」
「……殺しちゃったの?」

 それだけをどうにか呟く私に、カイルは首を傾げた。

「襲ってきたのは悪魔王カルトの人間だった。悪魔に心酔し、他人を手にかけることを躊躇しない輩を見逃す理由はない」

 迷いなくきっぱりと言い切るカイルに、ああ、ここではこれが普通なんだ、と思い知る。皆、伊達で腰に剣を下げたりしているわけじゃないのだ。本当に、ひとを斬るための道具なんだ。

「怖かった? もう安心していいよ、あまり泣かないで」

 顔を拭われながら、私はどうしたらいいのだろうと考えていた。日本でぬくぬく暮らしてた私が、こんな世界でどうやったら生きていけるというのか。ひとどころか、動物すら殺したことがないのだ。たまたまカイルたちに拾われたから良かったけれど、帰れるのはずっと先になる可能性だってある。いつまでも彼らにくっついているわけにもいかないというのに、どうやったらこんな恐ろしいところで生きていけるのか、さっぱりわからない。
 その事実をようやく実感して、私はへたり込んだまま立ちあがることもできなかった。

 そんな私にカイルがひとつ溜息を吐くのに気付き、ああ、呆れられてしまったのかな、と思う。こんな臆病で厄介な一般人なんて、連れて歩いても足手纏いにしかならないのだし。

「大丈夫、君は必ず守るから、怖がらなくていい」

 なのに、優しく囁かれて、またふわりと抱え上げられた。どうしてこんな状況でここまでできるのか、わからない。

「カイル、あらかた調べ終わったわ。さっさと行きましょう」

 イリヴァーラの呼ぶ声が聞こえて、カイルが「わかった」と答える。慌てて動き出す私を押しとどめて「君はこのままで」と小さく言うと、また頭まですっぽりと私をマントに包み、抱え直して彼は歩き出した。

 また歩きながら、今度はさっきの襲撃について彼らは話していた。

「悪魔王カルトがあんな風に偶然襲ってくるのは考えづらいわね」
「あきらかに待ち伏せてたもんねえ?」

 カイルの胸甲に顔を伏せながら、ああ、あれは偶然じゃなかったんだとぼんやり考える。

「つまり、神託には悪魔王が関わっているとみて間違いないということだな。“九層地獄界インフェルノ”の業火の光景といい、納得できる」

 噛み締めるように呟くヘスカンに、ナイアラが「カルトじゃなくて?」と尋ねる。

「カルト程度の動きであれば、神自ら神託を寄越すほどのことにはならないだろう。だが、悪魔王自身が関わってるというなら別だ」
「……面倒ね。なら、ルカを守ればいいだけでは終わらないってことなのかしら」

 不意に名前が上がり、思わずまた身を竦めると、カイルはゆっくりと宥めるように私の背を撫でた。

「何かすべきことがあるなら、必ずわかるはずだよ。神は僕たちにできないことを押し付けたりしない。困難かもしれないけれど、僕たちにならできると判断して神託を下したんだ」
「ならいいんだけど」

 イリヴァーラが冷めたような声で応じるのを聞き、同じ世界のひとでも、神に対する態度や考え方には温度差があるのだろうと感じる。彼女は“神託”に対して少し懐疑的なのだろうか。

「ともかくさあ、早いとこ次の町に行って、休もうよ。ここであれこれ考えたって、しかたないって」

 ナイアラのいつもと変わらない口調に、なんとなくほっとする。逃避したいだけなのかもしれないけれど、早くここを離れてどこかに閉じこもりたかった。
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