5 / 33
二日目 ー2
しおりを挟む
はらはらと周りを見回す私の横で、イリヴァーラが魔法を完成させると、ぼんやりと輝く、半円のドームみたいなものが私たちを覆い……すぐに右の茂みから稲光のような光が走った。まっすぐ自分に向かってくる眩い光に思わず「ひいっ」と悲鳴を上げたが、このドームのすぐ外側で掻き消えて呆然としてしまう。
──今のが、魔法?
「間に合ったわ」
ほっとしたようにイリヴァーラが呟いて、また腰に下げたいくつもの小さな袋を探りながら、次の魔法を唱え始めた。
私はここにこのまま居てもいいのかとふたりを見回すと、ヘスカンが目をじっと細め、私の頭をぽんとひとつ叩く。
「ここから動かないでください。怖かったら、目を瞑っていても構いません。でも絶対にここから動かないで」
強く言われて、私はただこくこくと何度も頷く。さっきから膝がかくかくと笑い始めていて、腰が抜けそうだ。まともに殴り合うところすら見たことがない私に、この光景は刺激が強すぎた。
がたがたと震え始めていた私に、ヘスカンはさらに目を細めて自分のマントを外すと、頭からばさりと被せてしまう。
「守りの魔法がかかったマントです。これを被ってじっとしていてください。周りを見る必要はありませんから」
その後は、ガツンガツンと金属の打ち合う音や何か爆発するような音、さらには誰かの呻く声や悲鳴がずっと続いていた。何か音や声が上がるたび、恐ろしくて身体は震え、皆が心配なのに顔を出す勇気もなく……それが完全に静まるまで、マントを被ったままひたすらじっと蹲って我慢しているだけだった。
漂ってくる何かの焦げる臭いや生臭い臭いが、いやでもこれは夢じゃないのだと教えてくる。昨日からずっと、現実感なんて欠片もなかったのに。
「もう、大丈夫だよ」
カイルの声がしてマントをめくられ、私はまたびくっと震えた。
「怖かった? でももう賊はいない。もう心配ない。大丈夫」
そう優しく微笑むカイルを見上げて、彼の鎧に付いた赤いものに気がついて、伸ばそうとした手が止まってしまう。それに気付いた彼が自分を見下ろし、あちこちについた汚れを見て少し困ったような表情になった。
「ああ、これは返り血だ。ごめん、汚れてしまうね」
「……殺しちゃったの?」
それだけをどうにか呟く私に、カイルは首を傾げた。
「襲ってきたのは悪魔王カルトの人間だった。悪魔に心酔し、他人を手にかけることを躊躇しない輩を見逃す理由はない」
迷いなくきっぱりと言い切るカイルに、ああ、ここではこれが普通なんだ、と思い知る。皆、伊達で腰に剣を下げたりしているわけじゃないのだ。本当に、ひとを斬るための道具なんだ。
「怖かった? もう安心していいよ、あまり泣かないで」
顔を拭われながら、私はどうしたらいいのだろうと考えていた。日本でぬくぬく暮らしてた私が、こんな世界でどうやったら生きていけるというのか。ひとどころか、動物すら殺したことがないのだ。たまたまカイルたちに拾われたから良かったけれど、帰れるのはずっと先になる可能性だってある。いつまでも彼らにくっついているわけにもいかないというのに、どうやったらこんな恐ろしいところで生きていけるのか、さっぱりわからない。
その事実をようやく実感して、私はへたり込んだまま立ちあがることもできなかった。
そんな私にカイルがひとつ溜息を吐くのに気付き、ああ、呆れられてしまったのかな、と思う。こんな臆病で厄介な一般人なんて、連れて歩いても足手纏いにしかならないのだし。
「大丈夫、君は必ず守るから、怖がらなくていい」
なのに、優しく囁かれて、またふわりと抱え上げられた。どうしてこんな状況でここまでできるのか、わからない。
「カイル、あらかた調べ終わったわ。さっさと行きましょう」
イリヴァーラの呼ぶ声が聞こえて、カイルが「わかった」と答える。慌てて動き出す私を押しとどめて「君はこのままで」と小さく言うと、また頭まですっぽりと私をマントに包み、抱え直して彼は歩き出した。
また歩きながら、今度はさっきの襲撃について彼らは話していた。
「悪魔王カルトがあんな風に偶然襲ってくるのは考えづらいわね」
「あきらかに待ち伏せてたもんねえ?」
カイルの胸甲に顔を伏せながら、ああ、あれは偶然じゃなかったんだとぼんやり考える。
「つまり、神託には悪魔王が関わっているとみて間違いないということだな。“九層地獄界”の業火の光景といい、納得できる」
噛み締めるように呟くヘスカンに、ナイアラが「カルトじゃなくて?」と尋ねる。
「カルト程度の動きであれば、神自ら神託を寄越すほどのことにはならないだろう。だが、悪魔王自身が関わってるというなら別だ」
「……面倒ね。なら、ルカを守ればいいだけでは終わらないってことなのかしら」
不意に名前が上がり、思わずまた身を竦めると、カイルはゆっくりと宥めるように私の背を撫でた。
「何かすべきことがあるなら、必ずわかるはずだよ。神は僕たちにできないことを押し付けたりしない。困難かもしれないけれど、僕たちにならできると判断して神託を下したんだ」
「ならいいんだけど」
イリヴァーラが冷めたような声で応じるのを聞き、同じ世界のひとでも、神に対する態度や考え方には温度差があるのだろうと感じる。彼女は“神託”に対して少し懐疑的なのだろうか。
「ともかくさあ、早いとこ次の町に行って、休もうよ。ここであれこれ考えたって、しかたないって」
ナイアラのいつもと変わらない口調に、なんとなくほっとする。逃避したいだけなのかもしれないけれど、早くここを離れてどこかに閉じこもりたかった。
──今のが、魔法?
「間に合ったわ」
ほっとしたようにイリヴァーラが呟いて、また腰に下げたいくつもの小さな袋を探りながら、次の魔法を唱え始めた。
私はここにこのまま居てもいいのかとふたりを見回すと、ヘスカンが目をじっと細め、私の頭をぽんとひとつ叩く。
「ここから動かないでください。怖かったら、目を瞑っていても構いません。でも絶対にここから動かないで」
強く言われて、私はただこくこくと何度も頷く。さっきから膝がかくかくと笑い始めていて、腰が抜けそうだ。まともに殴り合うところすら見たことがない私に、この光景は刺激が強すぎた。
がたがたと震え始めていた私に、ヘスカンはさらに目を細めて自分のマントを外すと、頭からばさりと被せてしまう。
「守りの魔法がかかったマントです。これを被ってじっとしていてください。周りを見る必要はありませんから」
その後は、ガツンガツンと金属の打ち合う音や何か爆発するような音、さらには誰かの呻く声や悲鳴がずっと続いていた。何か音や声が上がるたび、恐ろしくて身体は震え、皆が心配なのに顔を出す勇気もなく……それが完全に静まるまで、マントを被ったままひたすらじっと蹲って我慢しているだけだった。
漂ってくる何かの焦げる臭いや生臭い臭いが、いやでもこれは夢じゃないのだと教えてくる。昨日からずっと、現実感なんて欠片もなかったのに。
「もう、大丈夫だよ」
カイルの声がしてマントをめくられ、私はまたびくっと震えた。
「怖かった? でももう賊はいない。もう心配ない。大丈夫」
そう優しく微笑むカイルを見上げて、彼の鎧に付いた赤いものに気がついて、伸ばそうとした手が止まってしまう。それに気付いた彼が自分を見下ろし、あちこちについた汚れを見て少し困ったような表情になった。
「ああ、これは返り血だ。ごめん、汚れてしまうね」
「……殺しちゃったの?」
それだけをどうにか呟く私に、カイルは首を傾げた。
「襲ってきたのは悪魔王カルトの人間だった。悪魔に心酔し、他人を手にかけることを躊躇しない輩を見逃す理由はない」
迷いなくきっぱりと言い切るカイルに、ああ、ここではこれが普通なんだ、と思い知る。皆、伊達で腰に剣を下げたりしているわけじゃないのだ。本当に、ひとを斬るための道具なんだ。
「怖かった? もう安心していいよ、あまり泣かないで」
顔を拭われながら、私はどうしたらいいのだろうと考えていた。日本でぬくぬく暮らしてた私が、こんな世界でどうやったら生きていけるというのか。ひとどころか、動物すら殺したことがないのだ。たまたまカイルたちに拾われたから良かったけれど、帰れるのはずっと先になる可能性だってある。いつまでも彼らにくっついているわけにもいかないというのに、どうやったらこんな恐ろしいところで生きていけるのか、さっぱりわからない。
その事実をようやく実感して、私はへたり込んだまま立ちあがることもできなかった。
そんな私にカイルがひとつ溜息を吐くのに気付き、ああ、呆れられてしまったのかな、と思う。こんな臆病で厄介な一般人なんて、連れて歩いても足手纏いにしかならないのだし。
「大丈夫、君は必ず守るから、怖がらなくていい」
なのに、優しく囁かれて、またふわりと抱え上げられた。どうしてこんな状況でここまでできるのか、わからない。
「カイル、あらかた調べ終わったわ。さっさと行きましょう」
イリヴァーラの呼ぶ声が聞こえて、カイルが「わかった」と答える。慌てて動き出す私を押しとどめて「君はこのままで」と小さく言うと、また頭まですっぽりと私をマントに包み、抱え直して彼は歩き出した。
また歩きながら、今度はさっきの襲撃について彼らは話していた。
「悪魔王カルトがあんな風に偶然襲ってくるのは考えづらいわね」
「あきらかに待ち伏せてたもんねえ?」
カイルの胸甲に顔を伏せながら、ああ、あれは偶然じゃなかったんだとぼんやり考える。
「つまり、神託には悪魔王が関わっているとみて間違いないということだな。“九層地獄界”の業火の光景といい、納得できる」
噛み締めるように呟くヘスカンに、ナイアラが「カルトじゃなくて?」と尋ねる。
「カルト程度の動きであれば、神自ら神託を寄越すほどのことにはならないだろう。だが、悪魔王自身が関わってるというなら別だ」
「……面倒ね。なら、ルカを守ればいいだけでは終わらないってことなのかしら」
不意に名前が上がり、思わずまた身を竦めると、カイルはゆっくりと宥めるように私の背を撫でた。
「何かすべきことがあるなら、必ずわかるはずだよ。神は僕たちにできないことを押し付けたりしない。困難かもしれないけれど、僕たちにならできると判断して神託を下したんだ」
「ならいいんだけど」
イリヴァーラが冷めたような声で応じるのを聞き、同じ世界のひとでも、神に対する態度や考え方には温度差があるのだろうと感じる。彼女は“神託”に対して少し懐疑的なのだろうか。
「ともかくさあ、早いとこ次の町に行って、休もうよ。ここであれこれ考えたって、しかたないって」
ナイアラのいつもと変わらない口調に、なんとなくほっとする。逃避したいだけなのかもしれないけれど、早くここを離れてどこかに閉じこもりたかった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
【完結】異世界で勇者になりましたが引きこもります
樹結理(きゆり)
恋愛
突然異世界に召還された平々凡々な女子大生。
勇者になれと言われましたが、嫌なので引きこもらせていただきます。
平凡な女子大生で毎日無気力に過ごしていたけど、バイトの帰り道に突然異世界に召還されちゃった!召還された世界は魔法にドラゴンに、漫画やアニメの世界じゃあるまいし!
影のあるイケメンに助けられ、もふもふ銀狼は超絶イケメンで甘々だし、イケメン王子たちにはからかわれるし。
色んなイケメンに囲まれながら頑張って魔法覚えて戦う、無気力女子大生の成長記録。守りたい大事な人たちが出来るまでのお話。
前半恋愛面少なめです。後半糖度高めになっていきます。
※この作品は小説家になろうで完結済みです
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです
籠の中のうさぎ
恋愛
日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。
「はー、何もかも投げだしたぁい……」
直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。
十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。
王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。
聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。
そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。
「では、私の愛人はいかがでしょう」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる