蛮族嫁婚姻譚その2:神官先生と押しかけ見習い

ぎんげつ

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北に来てよかった

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「それでね、町の決まりもあるし、ノエもしばらくふたりだけで仲良くしたいから、子供は後でがいいんだって」
「そうなの? 町も変わってるけど、神官先生も変わってるのね」

 “谷”から来た娘たち五人で、お喋りをしながら手を動かす。
 次の次の春が来たら、ヘルッタの婚儀があるのだ。
 それまでに花嫁衣装の丈を直して刺繍を足さなきゃいけない。花嫁模様の描き方も練習しなくちゃいけないし、やることは山積みだ。

「谷の男だったら、すぐにでも息子が欲しいって言うのにね」
「そういえば、町の人たちってすぐに子供を欲しがるわけでもないみたい」
「ええ?」
「地母神って結婚の女神様で、パルヴィも領主様との婚儀を女神様の前でやったでしょう? だから結婚の相談にくる人もいるんだけど、そんな話をちょこちょこ聞いたの。子供が産まれた後、ふたりきりで仲良くするのは難しくなるし、だから、結婚してもしばらく子供ができないやり方で仲良くして、ふたりっきりを楽しむんだって」
「町って本当に変わってるのね」

 複雑な模様をひとつひとつ刺しながら、娘たちは真剣に額を突き合わせる。

「ノエがね、夫のお願いを叶えるのは妻の役目なんだから、しばらくふたりがいたいっていうお願いを、叶えて欲しいって言うの。
 町の男は、妻とふたりで仲良くするのが好きなんじゃないかしら」
 ヘルッタの言葉に、パルヴィもうんうんと頷いた。
旦那様イェルハルド旦那様も、そういえばそんなこと言ってたと思う。私が育つまで、ふたりきりがいいって」

 むむむ、と眉を寄せて、娘たちは顔を見合わせた。
 ここが谷であれば、結婚した夫婦はすぐに息子を欲しがるのが普通だ。
 娘が必要ないわけではないけれど、娘ばかり産む妻はやっぱりお役御免になってしまうし、結婚した翌年に息子を産んだ妻はとても褒められる。

「町の男って、皆そうなのかな」
「わかんない」
「でも、領主様も神官先生も谷の男と違うし、そういうものなのかも?」

 ちくちくと針を動かしながら、娘たちはもう一度ううむと唸って眉を寄せた。



 あれからたまに、ノエは自分からヘルッタを抱くようになった。“子供のできないやり方”ではあるが。

 パルヴィが「私から言わないと抱いてくれない」と憤慨していたことを考えると、ノエとイェルハルドの考え方も少し違うらしい。
 “違う”ことが不思議で、つい、ヘルッタはノエを質問攻めにしてしまう。
 ノエは呆れることなく、ひとつひとつ丁寧に、ときには考え込みながら、ときにはヘルッタの意見を聞きながら、ゆっくり答えてくれる。

 ベッドの上で、ノエに抱えられるように座りながら、ヘルッタは本を開いていた。文字も言葉もだいぶ覚えて、すらすらとまではいかないが、簡単な本なら時間をかければひとりでどうにか読みこなせるほどにはなっていた。

「ノエ、“都”ってどんなところなの? ここよりずっと人が多くて大きな壁があるって聞いたけど、多いってどれくらい? 壁と山だとどっちが大きい?」
 本は“都”を舞台にした物語で、そこには町の様子が書いてあった。けれど、一度もそんな場所を見たことのないヘルッタには、まるで想像できない。
「口で説明するのは難しいな……この町の何百倍もの人が暮らしているとても広くて大きな町で、この施療院よりも大きな石の建物がたくさん建ってて……」
「大きいの!? そんなに!? どうやって作ったの? 巨人?」
 くすりとノエが笑った。
 好奇心の尽きないヘルッタの額にキスをする。
「そうだね……聞くよりも、実際に見てみるかい?」
「え? 行っていいの?」
「来年、“都”の教会から神官が四人くらい赴任してくることが決まったんだ。それに合わせて、一度ここでの状況やらを“都”の教会に報告することにもなっている。そのときに一緒に行こうか」
「本当?」
 目を丸くするヘルッタに、ノエは笑って頷く。
「――あのね、ノエ」
「うん?」
「大好き」
 本を置いてくるりと振り返り、ヘルッタはノエに抱き着いた。ノエは笑いながらヘルッタを抱き締め返す。
「知ってるよ」
 ちゅ、と頭にキスを落とすと、ヘルッタはノエの胸に顔を擦り付けた。
「ノエ」
「どうした?」
「その気になった?」
 顔を上げたヘルッタが、にんまりと笑う。
 呆れ顔のノエが眉を上げて、それからくすりと笑い返した。
「僕は、小さな女の子相手に“その気になる”趣味はなかったはずなのにな」
「でも、ノエ、その気になってる」
 腰に感じた熱を確かめようと、ヘルッタが手を伸ばす。指先で触れてそっと撫でると、ノエの身体がぴくりと揺れた。
「――それは、ヘルッタのせいだね」
「私の?」
「そうだよ。だって、ヘルッタは僕の妻になる女の子だろう? 僕がその気になっても仕方ない」
「うん!」
 きゅうっとしがみ付いたヘルッタが「ねえ」とノエを促した。
 ノエはぱたりと仰向けに倒れると、乗っかったままのヘルッタがうれしそうにすりすりと顔を擦り付ける。
「私、ノエが旦那様でよかった。ノエは?」
「僕もだよ。ヘルッタは頑張り屋でかわいいからね」
「ほんとう?」
 えへへと笑うヘルッタを引き寄せて、ノエはキスを落とす。
「ほんとうだとも。北に来て、ほんとうによかった」
 ノエは柔らかく笑い返して、もう一度ヘルッタにキスをした。
 切り替えの上手くない自分のことだ。北へ来なければ、あの暗い気持ちを抱えたまま、きっと何年も過ごす羽目になったろう。
 そんなことを考えながら、ノエは深く深くキスをした。
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