蛮族嫁婚姻譚その3:一番強い男と第二夫人志望

ぎんげつ

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好きな相手と結婚していいなら

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「自分の好きな男の妻になっていい」

 そう領主が言ったとパルヴィから聞いて、皆が驚愕した。
 だって、結婚というのは一家の長……たとえば父とか祖父とか兄とかが決めた相手とするものだからだ。

「男でも女でも、自分がやりたい仕事をしてもいいんだって」
「私、神官様に弟子入りして、病気が治せるようになりたいの」

 パルヴィのその言葉に奮起して、新しく町に来た太陽神の神官に、ヘルッタが無事弟子入りできた時も驚いた。
 だって、谷では「女のする仕事じゃない」と一蹴されるのが関の山なのだから。

 それなら、領主の言うとおり、本当に自分の好きな男と結婚していいし自分のやりたいと思うことをやってもいいのではないか。
 ようやくそのことに実感を持てた娘たちは、にわかに色めき立った。
 今までずっとおとなしく言われるがままにあれこれを受け入れて来たけれど、本当に、町なら望むことを口にしていいし、望むことをしてもいいのだ。
 それなら本当に……と、娘たちは考える。
 今、本当にしたいことってなんだろう、と。

「私、強い男と結婚したい」
「私、剣を持ってもいいのかな」
「私、地母神の司祭様にもっといろんなことを教わりたいの」

 毎晩ベッドに入って、娘たちはひそひそと“自分がやりたいと思うこと”を相談する。ここなら、誰かに聞き咎められて怒られることもない。

「私、明日は戦士の鍛錬場に行ってみようと思うの」
「私も」
「私は、司祭様とお話ししてみる」

 最初は怖かったけれど、実は町に連れてこられてよかったのかもしれない。
 娘たちは、最近、そんな風に考えるようになっていた。


 * * *


「強い男は戦神教会にいるって聞いたけど、本当みたいだね」
「うん。谷の男みたいな人もいるよ。ほら、あそこ」

 ここ数日、アイニとエリサは楽しそうに笑いながら、町の鍛錬場を訪れていた。
 目の前では戦神教会の騎士や警備兵といったむくつけき男たちが鍛錬を行っている。谷の標準から比べると少し細身だが、それでもかなりしっかりと鍛えた立派な身体つきだ。
 数日かけてあちこちを確認してみたが、ここ以上に強そうな男がいる場所はなかったのだ。

「女の戦士もいるね」
「うん」
「これなら大丈夫そう」
「うん、アイニは?」
「私はここで一番強い男は誰か聞いてみる。エリサは剣を習いたいって頼むんだよね」
「……大丈夫かなあ?」
「パルヴィが、戦いの神は女が剣を持つのを禁じてないって言ってたし、この教会なら教えてくれるよ。だって、女の戦士がいるんだもん、エリサは駄目ってことはないよね」

 ――ひそひそと話をする娘ふたりは、ずいぶんと目立っていた。

 鍛錬場はこの町の警備兵と全教会騎士たちが共同利用できる場所である。
 もっとも、騎士が所属している教会といえばほぼほぼ戦神教会のみ。他には太陽神教会に聖騎士がひとりだけだ。おまけに、戦神教会のある町の例に漏れず、この町の警備と軍備も戦神教会の担当なのだから、当然だろう。

 一心不乱に鍛錬をしているはずの男たちは、気取られないよう注意深く、ふたりをちらちらと観察していた。

「今日も来てるぞ」
「いったい誰が目当てなんだ?」

 戦神教会の騎士達は、暑苦しさと筋肉では定評があってもスマートさや華には欠けている。ゆえに、今ひとつ人気がない。警備兵も同様だ。
 強い男を好む北の女であっても、「頭の中まで筋肉一辺倒はちょっと」と腰が引けてしまうほどのむくつけき男の集団……というのが北の戦神教会並びに警備隊なのだから、しかたない。

 それなのに、ここ数日というもの、毎日毎日かわいらしい女の子がふたり、この鍛錬場に通ってくるのだ。
 色合いの違う金色の頭を並べて場内、特に鍛錬中の男たちをふたりであれこれおしゃべりをしながら興味津々に――まるで、牧場の牛か馬を品定めするかのような表情で真剣に眺め回しているのだ。



 ふたり……つまり、“谷”から来た蛮族の娘たちは、町の住人たちから概ね好意的に、というよりは、同情的に迎えられていた。
 何しろ、まだ成人には遠い年齢だというのに、まるで売られるようにして町に引き渡されたのだから。

 幸い、領主はまだ若く独身で、しかも善良な人間だった。
 族長の妹であるパルヴィと結婚こそしたけれど大切にしているし、ほかの引き渡された娘たちのことも、いいように扱ってやろうなどとはかけらも考えない。後見人となり、いずれこの町で暮らすために必要な教育をと、女性と子供を守護する地母神の教会に預けたのだ。
 先の戦いでは、確かに蛮族たちから多大な被害を被った。しかしさすがに、敗戦の保障だと言って無理矢理引き渡された小さな娘たちをそのことで責めるのは、どうにも決まりが悪い。
 抗うようすも見せず、地母神教会で素直に懸命に町のことを学ぶ娘たちになんとなく絆されてしまった形で、町の者たちは五人を受け入れていた。



 その“谷から来た蛮族の娘”のふたりが、ここのところ毎日鍛錬場に通い詰めて警備兵や教会騎士たちを観察しているのだ。
 皆、気になってしかたない。

「ねえ、アイニ」
「なあに、エリサ」
「どうしたら剣を教えてもらえるかなあ」
「え?」

 氷原の蛮族たちが信仰する“女王”、つまり雪と氷を司る女神は、女が武器を持って戦うことを善しとしない女神だ。戦いと狩りは男の仕事で、家と家畜を守ることが女の仕事だとしている。“谷”では“女王”の神子みこがそれを掟という形で厳密に守らせてもいた。

 けれど町は違う。

「領主様が町は女が剣を持ってもいいって言ったんだし、教えてくださいって言えばいいと思う。あそこの女の戦士に聞いてみたらどうかな」
 アイニの示す場所では、女の戦士が男の戦士と剣を合わせていた。
「アイニはどうする?」
「私……私、やっぱり強い男の妻がいいな。町で一番強い男がいい」
「そっか。一番強い男って、誰だろう?」
「戦神教会は戦いの神で、そこの教会の騎士はみんな強いんだって。だから、そこの騎士長が一番強くて偉いって聞いたわ。おまけに妻はまだひとりだけだっていうし、その妻も息子を産んでるっていうし、なら、私が第二夫人になってもいいよね?」
「そうだね、良さそう」
 エリサとアイニは、ふふ、と顔を見合わせて笑う。
「じゃあ、その騎士長の第一夫人に認めてもらうの?」
「騎士長の家は聞いたし、行ってみようかなと思ってる。まずは第一夫人にあいさつしないといけないし」
「うまく認めてくれるといいね。第一夫人、いい人だといいね」
「うん。第一夫人があんまり狭量なら、次に強い男を探さなきゃいけないしね」
 そうと決まれば行動だと、ふたりはくすくす笑いながら走り出した。
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