蛮族嫁婚姻譚その3:一番強い男と第二夫人志望

ぎんげつ

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弟子になる

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 翌朝、再び玄関のノッカーが高らかに鳴った。
 遅番ではあるものの、いつも通りの走り込みを終えて朝食にありつこうとしていたコンラードに、マルタが「ちょっと出てちょうだい」と声を掛ける。

「はいはい」

 口の中に放り込んだものを無理やり飲み下し、指先をぺろりと舐めてから、コンラードは玄関を開けた。こんな朝から訪ねてくるのは、近所の誰かだろう。

 だが、そこにいたのは、アイニだった。

 昨日、教会へ送り届けて、もうこれで関わることはないだろうと思っていたのに、何故アイニがにこにこ笑いながらここに立っているのか。

「お前……」
「マルタ様はいる?」
「いや、いるけど、なんで……」
「コンラード、誰だったの」

 ようやく手が空いたマルタが、コンラードの後ろから呼んだ。とたんに、「マルタ様!」とアイニがうれしそうな声を上げる。

「え、アイニちゃん?」
「あのね、マルタ様! 私、あれからたくさん考えたの。どうしたら“これから町一番強くなる男”を探せるかなって」
「え? あの、そうなの?」
「それでね、私、マルタ様の弟子になろうって思ったの!」
「――はい?」
「は?」

 コンラードは思わず振り返ってマルタと顔を見合わせる。
 “弟子”というが、いったい何の弟子だというのか。

「ヘルッタが、ヨニの身体を強くしたいからって神官先生の弟子になったの。それなら、私は町で一番強くなりそうな男と結婚したいんだもの、マルタ様に弟子入りすればいいんだよね」
「え? は?」
「だって、マルタ様は、町一番のニクラス様がまだ一番じゃない時に見つけて、結婚したんでしょ? だから、マルタ様に弟子入りして、将来ニクラス様みたいに強くなる男の見つけ方を伝授してもらうの!
 ね、マルタ様、私を弟子にして!」
「お前……」

 頬を紅潮させ期待に満ちた目を輝かせて、アイニはマルタの返事を待つ。
 第二夫人がダメでも弟子ならいいだろうと、つまりそういうことか……マルタは思わず大きな溜息を吐いた。
 コンラードも呆れて二の句が継げない。

「お前、いい加減にしろよ。弟子ってなんだよ、弟子って」
「あなたには聞いてないの! 私はあなたじゃなくてマルタ様の弟子になりに来たんだからね!」

 それでも何とか諌めようとするコンラードに、アイニは頬を膨らませる。コンラードは関係ない。あくまでも、アイニはマルタに頼んでいるのだ。
 
「あのな……」
「コンラード、あんたは早くご飯食べちゃいなさい。アイニちゃんは……ちょっと、ちゃんと話をしましょうか」
「はい!」
「母さん……」

 しっしっとコンラードを追いやって、マルタはアイニを招き入れた。
 まるで、結婚が仕事か何かのようだ。“谷”での結婚は、いったいどんなものだったというのか。

 やれやれと頭を振りながら、コンラードは食卓に戻った。アイニは昨日と同じ部屋に通されて、マルタとじっくり話をするらしい。
 強くなる男を探すため、マルタに弟子入り……なんて、どこをどう捻ったらそんな発想にたどり着くのか。
 戦神教会か鍛錬場、もしくは警備兵の詰所にでも通って若い騎士やら兵やらを眺めてるほうが、よほど建設的だろうに。

 コンラードはちらちらとふたりのこもった部屋を伺いながら、食卓に並んだ結構な量の朝食を平らげた。
 いったい何を話しているのか、気にならないではない。だがコンラードが首を突っ込んでもいいことはなさそうだ。さらに言えば、年の功という言葉だってあるのだ。マルタに任せておけば悪いことにはならないだろう。
 それにしても、コンラードより五つは下で、成人まではまだ一年あるというのに、ああも焦ることはないんじゃないか。家族の仕送りがどうとか言っていたが、それならなおのこと、もう少しゆっくりと条件のいい相手を探したほうが……。

「コンラード」
「ん?」

 食べ終わった食器をガチャガチャと洗っていると、ようやく話し合いを終えたのか、マルタに呼ばれた。

「アイニちゃん、今日からうちで行儀見習いをすることになったから」
「――え?」
「朝晩の送り迎えはあんたに頼むから、よろしくね」
「よろしくお願いします!」

 呆気に取られた顔になったコンラードは、満面に笑みを浮かべるアイニを見つめる。行儀見習いとは、いったい何のことなのか。だいたい、我が家は行儀見習いに来るほど大した家ではないだろうが。

「母さんに教えられる行儀なんてあるのか?」
「まったく、失礼な息子だね!」

 マルタは憤慨したように、フンと鼻を鳴らす。

「アイニちゃんは町に来てまだ季節をひとつ過ごしただけで、あまりここの常識を知らないみたいなんだよ。
 本当なら地母神の司祭様から教わってるはずなんだけど、あの人も忙しくてなかなか思うように時間が取れないんだとさ」
「それで母さんが……って、大丈夫なのか?」
「行儀見習いったって、町の常識と、ここの料理なんかを教えるくらいだし、なんとかなるでしょ」

 マルタと並んでこくこくと頷くアイニはうれしそうだ。
 あれこれと常識を教わって、昨日みたいな騒ぎを起こすことが無くなるならいいんじゃないだろうか。

「ま、がんばれよ」

 コンラードは食器を片付けると、ひらひら手を振って自室に戻った。


 * * *


「コンラード、あの蛮族の女の子、お前んにいるって本当か? 昨日のニクラス騎士長の話って、本当だったのか?」
「違うって。あいつがうちに来たのは、母さんの弟子になるためだよ」
「はあ?」

 仕事に出てこれを聞かれるのは何度目だろうか。教会と午後の巡回とで合わせれば、両手の指でも足りないかもしれない。
 今、手合わせ中の教会騎士も、興味津々という顔だった。

「マルタさんの弟子って……まさか斥候スカウト野伏レンジャーにでもなるつもりなのか? あんな華奢な子が?」
「違うって。だいたい現役退いて十年以上経ってる母さんが、弓だの追跡術だの教えられるわけないだろ。ただの行儀見習いだよ。花嫁修行みたいな」
「へえ……花嫁修行……」

 教会の騎士たちの間にもすでにこれだけ話が流れているのだ。町中は推して知るべしだろう。
 こんな北の果ての辺境にたいした娯楽はない。平時なら皆こんな調子で無責任に噂話を楽しむものなのだ。

「けどさ、だいたい、騎士長より強くなりそうな奴なんているのか? あの人やたら強いじゃないか」
「さあ、どうだろうな。もしくは、大角鹿ムースか雪熊をひとりで狩って来れる奴がいいんだと」
「マジか。それ、求める強さの桁が違ってないか?」

 コンラードは鍛錬場の端をちらりと見やる。
 そこには、つい先日までアイニとここを見に来ていたもうひとりの谷の娘が、見習い志望に混じってぎこちなく剣を振り回している。
 同じ弟子入りでも、ああいうものならわかりやすいのにと、コンラードは思わず溜息を吐いた。

「そのくらい強くなりそうな奴を見極める方法が、そもそもうちの母さんに弟子入りした目的なんだよ」
「は?」
「うちの母さんが親父を捕まえたみたいに、自分も強くなりそうな男を見つけて捕まえたいんだと。
 ちなみに、谷一番の戦士は大角鹿だの雪熊だのをひとりで狩るんだそうだ。だから、“強い”の基準がそれなんだと」
「さすが蛮族って、言ったほうがいいのかな」

 大角鹿も雪熊も、氷原で遭いたくない生き物に挙げられる動物の筆頭だ。
 馬より大きな猛獣で、並の人間なら、逃げそびればその大きな角やら爪やらに一瞬でやられてしまう。少しくらい戦闘や狩りの経験があったところで、ひとりで相手なんて無謀としか言いようがない。

「――あ、じゃあ、つまり、騎士長を諦めてコンラード狙いに変えたってわけじゃないんだな」
「は?」
「そういう噂もあるんだよ」
「噂?」
「騎士長にはマルタさんがいるだろ? さすがに妾にはしないだろうから、きっぱり断られてコンラードに狙いを変えたんじゃないかってさ」
「なんだそりゃ」

 そんな噂まで出てたなんてと、コンラードはげんなりしてしまう。昨日からこっち、あの娘にはいいように掻き回されてばかりだ。
 だいたい、自分はあんな子供なんて趣味じゃない。

「たしか十五だかだろ。早いなら相手を見繕って、十六を待ってさっさと嫁いだりするんだ。それに、五つ違いなら年回りだって合うじゃないか。
 実際、教会と警備兵の若い男連中に、なんとかしてお近付きになれないかとか言ってるのも何人かいたぞ」

 カン、カン、と剣を打ち合わせながら、コンラードは顔を顰めた。
 確かに、強い男がいいというアイニは、警備や教会の頭まで筋肉が詰まってるような連中にはぴったりなんだろう。
 だが、領主がアイニに言った、「好きな男と結婚していい」という言葉の“好きな”の意味は、やっぱり違うんじゃないのか。
 そもそも、アイニが「強い男がいい」という理由だって、谷の家族に十分な仕送りをしたいからというものじゃないか。家族のためなら、ただ強いからという理由で、夫として好きになれない相手と結婚することになってもいいと言うのだろうか。

「――言いそうだな」
「ん? 何を言うって?」
「いや、何でもない」

 いかに家族のためだといっても、限度はあるんじゃないか。

「おい、コンラード。なんか上の空だな」
「ちょっと考えごとしただけだよ」
「なんだ、もしかして本気であの娘に粉かけてみようと思ったとか?」
「違うって」
「お前だって浮いた話ないんだし、他の連中より一歩先んじてるんだから、今がチャンスだろ。いいじゃないか」
「違うって言ってんだろ!」

 断じて違う。
 単に、あんな世間知らずの常識知らずで大丈夫なのかと少し心配になっただけで、断じてそんなんじゃない。
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