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現在よりも未来が大切
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「と、父さん、まさか、この子に……」
飛び込んで来た男は、マルタに慰められながらなおも泣きじゃくるアイニに、みるみる真っ青な顔色となった。
それからゆっくりニクラスへと視線を移し、よもや、噂が真実ではあるまいなとばかりに右手が剣の柄に掛かる。
「コンラード、違う!」
「じゃあ、どうして泣いてるんだよ!」
「そんなの、俺にもわからん!」
慌てたニクラスがぶんぶんと首を振るが、男……コンラードは納得がいかないと、思い切り顔を顰めた。
「父さんのせいじゃないのか!」
「だから、俺は知らん!」
じりじりと見合うニクラスとコンラードの間に緊張が走る。
もし、万が一、ニクラスが年端もいかない少女にそんな外道な行いをしたというのなら、息子であるコンラードこそが粛清しなければいけない。
コンラードの右手に力がこもり――
「ふたりとも、落ち着きなさい!」
雷のような怒声に、ふたりの身体がピタリと止まった。
今にも殴り合いか斬り合いでも始めそうだった男たちをぎろりと睨みつけて、マルタは座れと促した。ニクラスもコンラードも、黙ってそれに従う。
それから、マルタの話とニクラスの話、さらにはコンラードの聞いた噂を突き合わせ、アイニから辛抱強く話を聞き出し――結局は、このアイニがニクラスの家の場所を聞きながらあれこれ喋ったことに尾鰭が付いただけだということがわかって、三人ともようやくほうっと息を吐いた。
「なんだよ迷惑だな」
「あとでご近所さんにも話をしておかなきゃねえ」
「俺は、一度教会に戻って司教殿に説明しなくちゃならん」
脱力するコンラードの横で、頭痛を堪えるように溜息を吐いたニクラスが立ち上がる。コンラードの慌てようなら教会にまで噂が届いているということだ。拗れる前に説明をしなければならない。
「小さい町だし、噂なんてすぐ広まっちゃうものねえ。まあ、明日の朝に井戸でちょっと話せば撤回できるとは思うけど」
しょんぼりとうなだれるアイニを、マルタはちらりと見やった。
氷原の民には変わった習慣があるとは聞いたことがあるけれど、まさかマルタ自身が関わることになるなんて。
「さっきも説明したとおり、アイニちゃんが結婚できるのは独身の男よ。独身の中から、自分の好きな男を探しなさいね?
それから、結婚してるのに妻にしてやるなんて男がいたら、絶対に関わっちゃだめ。そんなのろくな男じゃないんだから」
町のことならもうわかったと思ってたのに。
うなだれたまま、アイニはこくりとうなずいた。
どうしてか、町の男は第一夫人しかいらないものらしい。だから、既に妻がいる町一番のニクラスとは結婚できない。故に、アイニの「好きな相手」つまり「強い男」と結婚するという目標は頓挫してしまった。
もうどうしていいかわからない。
黙りこくったままのアイニに、マルタはもう一度溜息を吐く。
「コンラード、お前、アイニちゃんを送ってあげなさい」
「え?」
「こんなに萎れた女の子をひとりで帰せるわけないでしょう。途中で拐われちゃったらどうするの」
「でも……」
「女の子をひとり歩きさせるものじゃないの。つべこべ言わず行きなさい」
ほら、と追い立てられつつ立ち上がり、コンラードはアイニに手を差し伸べた。しばらく待っても反応がないので、「帰るぞ」と促して立たせて……マルタが濡れた布を用意したからと、ぐちゃぐちゃになった顔に押し当ててやる。
いい歳した、下手したら祖父と呼んでもおかしくない爺相手なのに、結婚できないことはそんなにショックなのか。
谷から来た娘は、皆そんな趣味なんだろうか。
コンラードは小さく吐息を漏らして、もう一度「帰るぞ」と促す。
アイニはようやく頷いて、布を押し当てたまま歩き始めた。
「――あのさ、なんでうちの親父なんかがいいと思ったんだ?」
顔を覆ってしょんぼり項垂れた女の子というのは、本当に目立つものだなと考えながら、コンラードはアイニを支えるように歩いた。
まるで、自分が何かやらかして泣かせたみたいではないか。
ちらちらと感じる視線をとりあえず無視して、アイニに合わせてゆっくり歩きながら、コンラードは尋ねた。
「だって……ニクラス様が町で一番強くて偉い戦士だって聞いたんだもの」
ぼそぼそとアイニが喋り始める。
「一番強くて偉いなら、妻がひとり増えても大丈夫だし、戦いがあっても死なずに帰ってくるでしょう? 戦利品だってたくさん配分されるし、そうしたら、母さんにお土産をたくさん持って行けるって……」
「お土産?」
単に強い男が好みというわけでもなかったのか。
コンラードは少し驚いたようにアイニを見下ろす。
「私の父さん、あんまり強くなかったの。だから、雪豹平原の民と戦った時に死んじゃったのよ。上の兄さんがすぐ一人前の戦士になったからなんとか食べて行けたけど、兄さんもあんまり強くなかったから、戦利品の配分は少なくて大変だったの。この前の冬だって、私が町に来たからいつもよりちょっと多かったけど、それでもあんまりたくさんはなかったし……」
「そうか」
「だから私、領主様が好きな人と結婚していいって言うなら、町で一番強くて偉い戦士の妻になろうと思ったの」
それは“好きな人”の意味が違うんじゃないだろうか――ぽつぽつと続くアイニの話にコンラードはそう思ったけれど、何も返せない。
いったいどう言葉をかければ……と考えて、ふと、思いついた。
「あのさ」
コンラードはぽんぽんと慰めるようにアイニの頭を叩く。
「うちの親父だって、母さんと結婚した時から町一番だったわけじゃないんだぜ?」
「……え?」
アイニは不思議そうに顔を上げた。泣きはらした目は真っ赤で、顔も少し浮腫んで熱を持っている。
コンラードはふっと笑って手をかざした。小さく聖句を呟くと、アイニの顔からみるみる赤みと浮腫が引いていく。
「なんていうか、うちの親父はもう歳で、これからどんどん爺さんになるだけだろ? だから、“今一番強い男”じゃなくて、独身の中から“将来強くなる男”を見極めて結婚した方がいいんじゃないか?」
「将来?」
「そう。お前は、谷の家族に楽をさせたいから強い男と結婚したいんだろう?
なら、せっかく結婚したところですぐよぼよぼになったら意味ないじゃないか。これから強くなる男を見つけて結婚したほうがいい」
そんなこと考えてもみなかったという顔で、アイニはぽかんと口を開ける。
たしかにコンラードの言うとおりだ。今強くても、すぐ弱くなってしまったら意味がない。だったら、これから一番になる男を夫にしたほうがずっといい。
「じゃあ、どうやったら強くなる男を見つけられる?」
「ん……それは難しいな。これから伸びるかどうかっていうのは、よほど経験を積んだ戦士でもなきゃわからないだろうし……」
むう、とアイニの眉が寄る。
それじゃあやっぱりどうしようもない。
「ま、まあ、町の警備兵とかうちの教会とかで、いろいろ聞いてみればいいさ。お前、まだ若いんだからそう焦ることもないだろ」
また泣きそうな顔をするアイニに、コンラードは慌てて取り繕うように続けた。こんな往来でまた泣き出されては、たまったものじゃない。
「だいたいさ、強い男強い男って言うけど、お前が言う“強い”ってどのくらいのことを言ってる? 程度次第じゃ、独身の中にもお前が十分満足できる強さの奴がもういるかもしれないぞ?」
「ええと……」
どのくらいかと問われて、アイニは目を瞬かせた。
谷で“強い”と言われた戦士のことを思い出すと、やはり――。
「大角鹿か雪熊を狩れるくらい強い男がいいの。そのくらい強ければ、戦いで一番の功績を挙げてたくさん分け前がもらえるもの」
「――大角鹿か、雪熊?」
コンラードは思わずアイニを見返した。両方とも、氷原で遭遇して万が一戦いになったら、大抵の人間は死ぬか重傷を負うかになる猛獣だ。
それを狩るのは、並大抵の戦士や狩人には無理だろう。
「そりゃ……ずいぶんと高望みなんだな」
「そうかな? でも、どこの氏族にも、何人かは独りきりで狩ってくる戦士がいるものだよ?
それに、大角鹿も雪熊も、一頭取ったら家族が何日も食べられるくらい肉が取れるし、皮だって角だって骨だっていろんなことに使えるもの。うちの父さんも兄さんも無理だったけど、結婚するならそのくらい強い男がいい。
ニクラス様ならきっと狩れるよね? だって、こんな大きい氏族の中で一番なんだもん」
「それは、どうだろうな……」
大角鹿は、最低でも体格が馬の倍はある巨大な鹿だ。
気性は荒く獰猛で、名前の通り巨大な角を振り回して戦うとんでもない草食動物なのだ。あの角が掠るだけで体重の軽い者は振り飛ばされるだろう。
さすがのニクラスでも、あれと対等に戦うのは無理じゃなかろうか。
自分だって、相手にして無事で済む気はしない。
「谷一番の戦士も、何度かひとりで大角鹿を狩ってたの。だから、ニクラス様も狩れるくらい強いよね」
「……親父は狩りに出たことがないから、そこは断言しないでおくよ」
「そっかあ」
アイニはようやく気が紛れたようだ。
コンラードと並んで歩きながら、谷の誰かが大角鹿を狩った日はご馳走だったとか、冬の女神である“女王”に捧げるための雪熊を狩ろうと男たちが何日も氷原に出ることがあるとか、あれこれと他愛もない話も始める。
コンラードも、少しほっとした表情でその話を聞く。
「――ああそうか。うちじゃ、狩りは母さんの受け持ちだったんだ」
「え?」
「母さん、ああ見えて若い頃は弓兵で鳴らしてたんだよ。俺が物心つく頃には引退してたけどさ。
この町じゃ何人かで組んで狩りに出るのが普通なんだけど、弓兵ってのはつまり平時の狩人だから、母さんも現役の頃はよく氷原に出てたんだそうだ。
とはいえ、狩るのは主に町に寄りすぎた猛獣で、大角鹿やら雪熊の狩りじゃなかったけどな」
「マルタ様って……狩りをするの?」
「今はもう引退して普通のおばさんだけど、昔はかなりの腕だったらしいよ」
肩を竦めるコンラードに、アイニは目を丸くする。
どこからどう見ても、マルタはそんな狩人には見えなかった。
それに、本当に女が狩りに出るなんて。
やっぱり、町は変な場所だ。
飛び込んで来た男は、マルタに慰められながらなおも泣きじゃくるアイニに、みるみる真っ青な顔色となった。
それからゆっくりニクラスへと視線を移し、よもや、噂が真実ではあるまいなとばかりに右手が剣の柄に掛かる。
「コンラード、違う!」
「じゃあ、どうして泣いてるんだよ!」
「そんなの、俺にもわからん!」
慌てたニクラスがぶんぶんと首を振るが、男……コンラードは納得がいかないと、思い切り顔を顰めた。
「父さんのせいじゃないのか!」
「だから、俺は知らん!」
じりじりと見合うニクラスとコンラードの間に緊張が走る。
もし、万が一、ニクラスが年端もいかない少女にそんな外道な行いをしたというのなら、息子であるコンラードこそが粛清しなければいけない。
コンラードの右手に力がこもり――
「ふたりとも、落ち着きなさい!」
雷のような怒声に、ふたりの身体がピタリと止まった。
今にも殴り合いか斬り合いでも始めそうだった男たちをぎろりと睨みつけて、マルタは座れと促した。ニクラスもコンラードも、黙ってそれに従う。
それから、マルタの話とニクラスの話、さらにはコンラードの聞いた噂を突き合わせ、アイニから辛抱強く話を聞き出し――結局は、このアイニがニクラスの家の場所を聞きながらあれこれ喋ったことに尾鰭が付いただけだということがわかって、三人ともようやくほうっと息を吐いた。
「なんだよ迷惑だな」
「あとでご近所さんにも話をしておかなきゃねえ」
「俺は、一度教会に戻って司教殿に説明しなくちゃならん」
脱力するコンラードの横で、頭痛を堪えるように溜息を吐いたニクラスが立ち上がる。コンラードの慌てようなら教会にまで噂が届いているということだ。拗れる前に説明をしなければならない。
「小さい町だし、噂なんてすぐ広まっちゃうものねえ。まあ、明日の朝に井戸でちょっと話せば撤回できるとは思うけど」
しょんぼりとうなだれるアイニを、マルタはちらりと見やった。
氷原の民には変わった習慣があるとは聞いたことがあるけれど、まさかマルタ自身が関わることになるなんて。
「さっきも説明したとおり、アイニちゃんが結婚できるのは独身の男よ。独身の中から、自分の好きな男を探しなさいね?
それから、結婚してるのに妻にしてやるなんて男がいたら、絶対に関わっちゃだめ。そんなのろくな男じゃないんだから」
町のことならもうわかったと思ってたのに。
うなだれたまま、アイニはこくりとうなずいた。
どうしてか、町の男は第一夫人しかいらないものらしい。だから、既に妻がいる町一番のニクラスとは結婚できない。故に、アイニの「好きな相手」つまり「強い男」と結婚するという目標は頓挫してしまった。
もうどうしていいかわからない。
黙りこくったままのアイニに、マルタはもう一度溜息を吐く。
「コンラード、お前、アイニちゃんを送ってあげなさい」
「え?」
「こんなに萎れた女の子をひとりで帰せるわけないでしょう。途中で拐われちゃったらどうするの」
「でも……」
「女の子をひとり歩きさせるものじゃないの。つべこべ言わず行きなさい」
ほら、と追い立てられつつ立ち上がり、コンラードはアイニに手を差し伸べた。しばらく待っても反応がないので、「帰るぞ」と促して立たせて……マルタが濡れた布を用意したからと、ぐちゃぐちゃになった顔に押し当ててやる。
いい歳した、下手したら祖父と呼んでもおかしくない爺相手なのに、結婚できないことはそんなにショックなのか。
谷から来た娘は、皆そんな趣味なんだろうか。
コンラードは小さく吐息を漏らして、もう一度「帰るぞ」と促す。
アイニはようやく頷いて、布を押し当てたまま歩き始めた。
「――あのさ、なんでうちの親父なんかがいいと思ったんだ?」
顔を覆ってしょんぼり項垂れた女の子というのは、本当に目立つものだなと考えながら、コンラードはアイニを支えるように歩いた。
まるで、自分が何かやらかして泣かせたみたいではないか。
ちらちらと感じる視線をとりあえず無視して、アイニに合わせてゆっくり歩きながら、コンラードは尋ねた。
「だって……ニクラス様が町で一番強くて偉い戦士だって聞いたんだもの」
ぼそぼそとアイニが喋り始める。
「一番強くて偉いなら、妻がひとり増えても大丈夫だし、戦いがあっても死なずに帰ってくるでしょう? 戦利品だってたくさん配分されるし、そうしたら、母さんにお土産をたくさん持って行けるって……」
「お土産?」
単に強い男が好みというわけでもなかったのか。
コンラードは少し驚いたようにアイニを見下ろす。
「私の父さん、あんまり強くなかったの。だから、雪豹平原の民と戦った時に死んじゃったのよ。上の兄さんがすぐ一人前の戦士になったからなんとか食べて行けたけど、兄さんもあんまり強くなかったから、戦利品の配分は少なくて大変だったの。この前の冬だって、私が町に来たからいつもよりちょっと多かったけど、それでもあんまりたくさんはなかったし……」
「そうか」
「だから私、領主様が好きな人と結婚していいって言うなら、町で一番強くて偉い戦士の妻になろうと思ったの」
それは“好きな人”の意味が違うんじゃないだろうか――ぽつぽつと続くアイニの話にコンラードはそう思ったけれど、何も返せない。
いったいどう言葉をかければ……と考えて、ふと、思いついた。
「あのさ」
コンラードはぽんぽんと慰めるようにアイニの頭を叩く。
「うちの親父だって、母さんと結婚した時から町一番だったわけじゃないんだぜ?」
「……え?」
アイニは不思議そうに顔を上げた。泣きはらした目は真っ赤で、顔も少し浮腫んで熱を持っている。
コンラードはふっと笑って手をかざした。小さく聖句を呟くと、アイニの顔からみるみる赤みと浮腫が引いていく。
「なんていうか、うちの親父はもう歳で、これからどんどん爺さんになるだけだろ? だから、“今一番強い男”じゃなくて、独身の中から“将来強くなる男”を見極めて結婚した方がいいんじゃないか?」
「将来?」
「そう。お前は、谷の家族に楽をさせたいから強い男と結婚したいんだろう?
なら、せっかく結婚したところですぐよぼよぼになったら意味ないじゃないか。これから強くなる男を見つけて結婚したほうがいい」
そんなこと考えてもみなかったという顔で、アイニはぽかんと口を開ける。
たしかにコンラードの言うとおりだ。今強くても、すぐ弱くなってしまったら意味がない。だったら、これから一番になる男を夫にしたほうがずっといい。
「じゃあ、どうやったら強くなる男を見つけられる?」
「ん……それは難しいな。これから伸びるかどうかっていうのは、よほど経験を積んだ戦士でもなきゃわからないだろうし……」
むう、とアイニの眉が寄る。
それじゃあやっぱりどうしようもない。
「ま、まあ、町の警備兵とかうちの教会とかで、いろいろ聞いてみればいいさ。お前、まだ若いんだからそう焦ることもないだろ」
また泣きそうな顔をするアイニに、コンラードは慌てて取り繕うように続けた。こんな往来でまた泣き出されては、たまったものじゃない。
「だいたいさ、強い男強い男って言うけど、お前が言う“強い”ってどのくらいのことを言ってる? 程度次第じゃ、独身の中にもお前が十分満足できる強さの奴がもういるかもしれないぞ?」
「ええと……」
どのくらいかと問われて、アイニは目を瞬かせた。
谷で“強い”と言われた戦士のことを思い出すと、やはり――。
「大角鹿か雪熊を狩れるくらい強い男がいいの。そのくらい強ければ、戦いで一番の功績を挙げてたくさん分け前がもらえるもの」
「――大角鹿か、雪熊?」
コンラードは思わずアイニを見返した。両方とも、氷原で遭遇して万が一戦いになったら、大抵の人間は死ぬか重傷を負うかになる猛獣だ。
それを狩るのは、並大抵の戦士や狩人には無理だろう。
「そりゃ……ずいぶんと高望みなんだな」
「そうかな? でも、どこの氏族にも、何人かは独りきりで狩ってくる戦士がいるものだよ?
それに、大角鹿も雪熊も、一頭取ったら家族が何日も食べられるくらい肉が取れるし、皮だって角だって骨だっていろんなことに使えるもの。うちの父さんも兄さんも無理だったけど、結婚するならそのくらい強い男がいい。
ニクラス様ならきっと狩れるよね? だって、こんな大きい氏族の中で一番なんだもん」
「それは、どうだろうな……」
大角鹿は、最低でも体格が馬の倍はある巨大な鹿だ。
気性は荒く獰猛で、名前の通り巨大な角を振り回して戦うとんでもない草食動物なのだ。あの角が掠るだけで体重の軽い者は振り飛ばされるだろう。
さすがのニクラスでも、あれと対等に戦うのは無理じゃなかろうか。
自分だって、相手にして無事で済む気はしない。
「谷一番の戦士も、何度かひとりで大角鹿を狩ってたの。だから、ニクラス様も狩れるくらい強いよね」
「……親父は狩りに出たことがないから、そこは断言しないでおくよ」
「そっかあ」
アイニはようやく気が紛れたようだ。
コンラードと並んで歩きながら、谷の誰かが大角鹿を狩った日はご馳走だったとか、冬の女神である“女王”に捧げるための雪熊を狩ろうと男たちが何日も氷原に出ることがあるとか、あれこれと他愛もない話も始める。
コンラードも、少しほっとした表情でその話を聞く。
「――ああそうか。うちじゃ、狩りは母さんの受け持ちだったんだ」
「え?」
「母さん、ああ見えて若い頃は弓兵で鳴らしてたんだよ。俺が物心つく頃には引退してたけどさ。
この町じゃ何人かで組んで狩りに出るのが普通なんだけど、弓兵ってのはつまり平時の狩人だから、母さんも現役の頃はよく氷原に出てたんだそうだ。
とはいえ、狩るのは主に町に寄りすぎた猛獣で、大角鹿やら雪熊の狩りじゃなかったけどな」
「マルタ様って……狩りをするの?」
「今はもう引退して普通のおばさんだけど、昔はかなりの腕だったらしいよ」
肩を竦めるコンラードに、アイニは目を丸くする。
どこからどう見ても、マルタはそんな狩人には見えなかった。
それに、本当に女が狩りに出るなんて。
やっぱり、町は変な場所だ。
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