蛮族嫁婚姻譚その3:一番強い男と第二夫人志望

ぎんげつ

文字の大きさ
3 / 11

現在よりも未来が大切

しおりを挟む
「と、父さん、まさか、この子に……」
 飛び込んで来た男は、マルタに慰められながらなおも泣きじゃくるアイニに、みるみる真っ青な顔色となった。
 それからゆっくりニクラスへと視線を移し、よもや、噂が真実ではあるまいなとばかりに右手が剣の柄に掛かる。

「コンラード、違う!」
「じゃあ、どうして泣いてるんだよ!」
「そんなの、俺にもわからん!」

 慌てたニクラスがぶんぶんと首を振るが、男……コンラードは納得がいかないと、思い切り顔を顰めた。

「父さんのせいじゃないのか!」
「だから、俺は知らん!」

 じりじりと見合うニクラスとコンラードの間に緊張が走る。
 もし、万が一、ニクラスが年端もいかない少女にそんな外道な行いをしたというのなら、息子であるコンラードこそが粛清しなければいけない。
 コンラードの右手に力がこもり――

「ふたりとも、落ち着きなさい!」

 雷のような怒声に、ふたりの身体がピタリと止まった。
 今にも殴り合いか斬り合いでも始めそうだった男たちをぎろりと睨みつけて、マルタは座れと促した。ニクラスもコンラードも、黙ってそれに従う。
 それから、マルタの話とニクラスの話、さらにはコンラードの聞いた噂を突き合わせ、アイニから辛抱強く話を聞き出し――結局は、このアイニがニクラスの家の場所を聞きながらあれこれ喋ったことに尾鰭が付いただけだということがわかって、三人ともようやくほうっと息を吐いた。

「なんだよ迷惑だな」
「あとでご近所さんにも話をしておかなきゃねえ」
「俺は、一度教会に戻って司教殿に説明しなくちゃならん」

 脱力するコンラードの横で、頭痛を堪えるように溜息を吐いたニクラスが立ち上がる。コンラードの慌てようなら教会にまで噂が届いているということだ。拗れる前に説明をしなければならない。

「小さい町だし、噂なんてすぐ広まっちゃうものねえ。まあ、明日の朝に井戸でちょっと話せば撤回できるとは思うけど」

 しょんぼりとうなだれるアイニを、マルタはちらりと見やった。
 氷原の民には変わった習慣があるとは聞いたことがあるけれど、まさかマルタ自身が関わることになるなんて。

「さっきも説明したとおり、アイニちゃんが結婚できるのは独身の男よ。独身の中から、自分の好きな男を探しなさいね?
 それから、結婚してるのに妻にしてやるなんて男がいたら、絶対に関わっちゃだめ。そんなのろくな男じゃないんだから」

 町のことならもうわかったと思ってたのに。
 うなだれたまま、アイニはこくりとうなずいた。
 どうしてか、町の男は第一夫人しかいらないものらしい。だから、既に妻がいる町一番のニクラスとは結婚できない。故に、アイニの「好きな相手」つまり「強い男」と結婚するという目標は頓挫してしまった。
 もうどうしていいかわからない。
 黙りこくったままのアイニに、マルタはもう一度溜息を吐く。

「コンラード、お前、アイニちゃんを送ってあげなさい」
「え?」
「こんなに萎れた女の子をひとりで帰せるわけないでしょう。途中で拐われちゃったらどうするの」
「でも……」
「女の子をひとり歩きさせるものじゃないの。つべこべ言わず行きなさい」

 ほら、と追い立てられつつ立ち上がり、コンラードはアイニに手を差し伸べた。しばらく待っても反応がないので、「帰るぞ」と促して立たせて……マルタが濡れた布を用意したからと、ぐちゃぐちゃになった顔に押し当ててやる。

 いい歳した、下手したら祖父と呼んでもおかしくない爺相手なのに、結婚できないことはそんなにショックなのか。
 谷から来た娘は、皆そんな趣味なんだろうか。

 コンラードは小さく吐息を漏らして、もう一度「帰るぞ」と促す。
 アイニはようやく頷いて、布を押し当てたまま歩き始めた。



「――あのさ、なんでうちの親父なんかがいいと思ったんだ?」

 顔を覆ってしょんぼり項垂れた女の子というのは、本当に目立つものだなと考えながら、コンラードはアイニを支えるように歩いた。
 まるで、自分が何かやらかして泣かせたみたいではないか。
 ちらちらと感じる視線をとりあえず無視して、アイニに合わせてゆっくり歩きながら、コンラードは尋ねた。

「だって……ニクラス様が町で一番強くて偉い戦士だって聞いたんだもの」

 ぼそぼそとアイニが喋り始める。

「一番強くて偉いなら、妻がひとり増えても大丈夫だし、戦いがあっても死なずに帰ってくるでしょう? 戦利品だってたくさん配分されるし、そうしたら、母さんにお土産をたくさん持って行けるって……」
「お土産?」

 単に強い男が好みというわけでもなかったのか。
 コンラードは少し驚いたようにアイニを見下ろす。

「私の父さん、あんまり強くなかったの。だから、雪豹平原の民と戦った時に死んじゃったのよ。上の兄さんがすぐ一人前の戦士になったからなんとか食べて行けたけど、兄さんもあんまり強くなかったから、戦利品の配分は少なくて大変だったの。この前の冬だって、私が町に来たからいつもよりちょっと多かったけど、それでもあんまりたくさんはなかったし……」
「そうか」
「だから私、領主様が好きな人と結婚していいって言うなら、町で一番強くて偉い戦士の妻になろうと思ったの」

 それは“好きな人”の意味が違うんじゃないだろうか――ぽつぽつと続くアイニの話にコンラードはそう思ったけれど、何も返せない。
 いったいどう言葉をかければ……と考えて、ふと、思いついた。

「あのさ」

 コンラードはぽんぽんと慰めるようにアイニの頭を叩く。

「うちの親父だって、母さんと結婚した時から町一番だったわけじゃないんだぜ?」
「……え?」

 アイニは不思議そうに顔を上げた。泣きはらした目は真っ赤で、顔も少し浮腫んで熱を持っている。
 コンラードはふっと笑って手をかざした。小さく聖句を呟くと、アイニの顔からみるみる赤みと浮腫が引いていく。

「なんていうか、うちの親父はもう歳で、これからどんどん爺さんになるだけだろ? だから、“今一番強い男”じゃなくて、独身の中から“将来強くなる男”を見極めて結婚した方がいいんじゃないか?」
「将来?」
「そう。お前は、谷の家族に楽をさせたいから強い男と結婚したいんだろう?
 なら、せっかく結婚したところですぐよぼよぼになったら意味ないじゃないか。これから強くなる男を見つけて結婚したほうがいい」

 そんなこと考えてもみなかったという顔で、アイニはぽかんと口を開ける。
 たしかにコンラードの言うとおりだ。今強くても、すぐ弱くなってしまったら意味がない。だったら、これから一番になる男を夫にしたほうがずっといい。
 
「じゃあ、どうやったら強くなる男を見つけられる?」
「ん……それは難しいな。これから伸びるかどうかっていうのは、よほど経験を積んだ戦士でもなきゃわからないだろうし……」

 むう、とアイニの眉が寄る。
 それじゃあやっぱりどうしようもない。

「ま、まあ、町の警備兵とかうちの教会とかで、いろいろ聞いてみればいいさ。お前、まだ若いんだからそう焦ることもないだろ」

 また泣きそうな顔をするアイニに、コンラードは慌てて取り繕うように続けた。こんな往来でまた泣き出されては、たまったものじゃない。

「だいたいさ、強い男強い男って言うけど、お前が言う“強い”ってどのくらいのことを言ってる? 程度次第じゃ、独身の中にもお前が十分満足できる強さの奴がもういるかもしれないぞ?」
「ええと……」

 どのくらいかと問われて、アイニは目を瞬かせた。
 谷で“強い”と言われた戦士のことを思い出すと、やはり――。

大角鹿ムースか雪熊を狩れるくらい強い男がいいの。そのくらい強ければ、戦いで一番の功績を挙げてたくさん分け前がもらえるもの」
「――大角鹿か、雪熊?」

 コンラードは思わずアイニを見返した。両方とも、氷原で遭遇して万が一戦いになったら、大抵の人間は死ぬか重傷を負うかになる猛獣だ。
 それを狩るのは、並大抵の戦士や狩人には無理だろう。

「そりゃ……ずいぶんと高望みなんだな」
「そうかな? でも、どこの氏族にも、何人かは独りきりで狩ってくる戦士がいるものだよ?
 それに、大角鹿も雪熊も、一頭取ったら家族が何日も食べられるくらい肉が取れるし、皮だって角だって骨だっていろんなことに使えるもの。うちの父さんも兄さんも無理だったけど、結婚するならそのくらい強い男がいい。
 ニクラス様ならきっと狩れるよね? だって、こんな大きい氏族の中で一番なんだもん」
「それは、どうだろうな……」

 大角鹿は、最低でも体格が馬の倍はある巨大な鹿だ。
 気性は荒く獰猛で、名前の通り巨大な角を振り回して戦うとんでもない草食動物なのだ。あの角が掠るだけで体重の軽い者は振り飛ばされるだろう。
 さすがのニクラスでも、あれと対等に戦うのは無理じゃなかろうか。
 自分だって、相手にして無事で済む気はしない。

「谷一番の戦士も、何度かひとりで大角鹿を狩ってたの。だから、ニクラス様も狩れるくらい強いよね」
「……親父は狩りに出たことがないから、そこは断言しないでおくよ」
「そっかあ」

 アイニはようやく気が紛れたようだ。
 コンラードと並んで歩きながら、谷の誰かが大角鹿を狩った日はご馳走だったとか、冬の女神である“女王”に捧げるための雪熊を狩ろうと男たちが何日も氷原に出ることがあるとか、あれこれと他愛もない話も始める。
 コンラードも、少しほっとした表情でその話を聞く。

「――ああそうか。うちじゃ、狩りは母さんの受け持ちだったんだ」
「え?」
「母さん、ああ見えて若い頃は弓兵で鳴らしてたんだよ。俺が物心つく頃には引退してたけどさ。
 この町じゃ何人かで組んで狩りに出るのが普通なんだけど、弓兵ってのはつまり平時の狩人だから、母さんも現役の頃はよく氷原に出てたんだそうだ。
 とはいえ、狩るのは主に町に寄りすぎた猛獣で、大角鹿やら雪熊の狩りじゃなかったけどな」
「マルタ様って……狩りをするの?」
「今はもう引退して普通のおばさんだけど、昔はかなりの腕だったらしいよ」

 肩を竦めるコンラードに、アイニは目を丸くする。
 どこからどう見ても、マルタはそんな狩人には見えなかった。
 それに、本当に女が狩りに出るなんて。

 やっぱり、町は変な場所だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...