蛮族嫁婚姻譚その3:一番強い男と第二夫人志望

ぎんげつ

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決闘(?)の行方

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 大角鹿ムースは頭を低くする。ことさらに角を振り立てて、猛然と走り出す。
 コンラードはしっかりと盾を構えた。
 体高も体長も、相棒“雪解けソウ”の倍近い巨体だ。盾で滑らせて流せなければ、ソウ諸共に吹き飛ばされて終わってしまう。
 苔に覆われた湿った柔らかい土が蹴散らされ、地響きにも似た蹄音を立てて大角鹿は突進する。その角を捌こうと盾をかざし……ドン、と岩塊にでもぶつかったかのような衝撃と痛みを受けた。
 コンラードの身体が一瞬浮き上がる。
 慌ててソウの手綱を繰り、大角鹿本体の直撃は避けながら膝を締めて、どうにか鞍上で堪える。盾を持つ左腕は変に痺れたままだ。痛いのかどうかもよくわからない。
 すれ違いざまに槍を叩き込むはずだったのに、そんな余裕もなかった。

「ただの獣のくせに、盾で受け流してこれかよ――“猛きものよ、我に癒しの奇跡を”」

 馬首を巡らせながら素早く癒しの神術をつかって、ようやく左腕の痺れが取れた。
 さすが、“一番いい獲物”だ。簡単に狩れるものではないらしい。
 だが、どうにかして槍を後肢に打ち込んで足止めをして、トドメを刺さなければいけない。コンラードは息を整えて、今度はこちらからだとソウに合図を送る。
 ソウが猛然と走り出す。コンラードはしっかりと盾と槍を構え、狙いを付ける。大角鹿が雄叫びにも似た鳴き声をあげて、角を振りかざす。
 本来ならもっと長い馬上槍を使うものだけど、今回は用意してないのだから仕方ない。角を避け、すれ違いざまに後肢のあたりを狙って槍を投げた。

「――よし!」

 位置は少し外したが、槍は腰のあたりに刺さった。さすがに一撃目で完全に脚を封じることはできなかったが、最初のようには走れないはずだ。
 また馬首を巡らせ、次の槍を取って、コンラードは大角鹿と向き合った。
 痛みと怒りで興奮した大角鹿が、口から泡を吹きながら突進してくるところだった。

「やべっ……!」

 慌てて盾を構えようとして、今度はうまくいなせずに引っ掛けられてしまう。蛮族の一撃なんか比較にならないほどの衝撃が全身を襲い、コンラードの身体が鞍上から吹き飛んだ。
 そのまま地面に叩きつけられて、転がって、気が遠くなる。生きてるか、というソウの思念が無ければ、そのまま意識を手放していたかもしれない。

「い、生きては、いる」

 身体中が痛い。
 今の一撃だけで、あばらの何本かに、腕と脚もやられたんじゃないだろうか。身体が重いどころか、少し動いただけで激痛が走る。
 ここが湿地で下が柔らかい苔地だから助かったが、氷上や岩場だったら本当に生命を落としていたかもしれない。

「“猛きものよ、我が身に、癒しの奇跡を”」

 ――自分が聖騎士という神術の行使を許された者でなかったら、「ただ生きていた」というだけでここから動けないままだっただろう。
 戦神への感謝の祈りを呟きながら、コンラードはゆっくりと立ち上がる。ソウが、大角鹿を行かせまいと、蹄と歯で応戦していた。

「ソウ!」

 ちらりとコンラードが立ち上がったことを確認して、ソウが駆け寄った。
 今は、槍が刺さったままの大角鹿よりソウのほうが速く走れるのか。

「あの角を正面から受けるなってことだな」

 やっと気付いたのか、馬鹿だな……と、ソウの思念が伝わってくる。

「いやだって、決闘ってのは正面から受けるものだし……」

 やっぱり馬鹿だ。お前は決闘ではなく狩りに来たんじゃなかったのか。
 そう言われて、コンラードはぐっと言葉に詰まってしまう。返す言葉がない。

 また、大角鹿が走り始める。
 角を構え、まっすぐコンラード目掛けて走る大角鹿に、“決闘要請”の効果はまだ切れていないのかと安心しつつ、あれを何度も食らっちゃまずいと考える。
 盾で流したところで、左腕の骨を持っていかれそうな衝撃を受けるのだ。盾より先に左腕が馬鹿になってしまってもまずい。

 今度は正面から受けると見せかけて、ソウに飛び退かせた。
 角は、コンラードの両腕を広げたくらいには左右に張り出している。だが、避けることは可能だ。今度こそ、すれ違いざまに二本目の槍を叩き込むことができた。

「ソウ、今の要領で行くぞ」

 ようやくまともな戦いになるな、と返ってきて、コンラードは苦笑を浮かべた。



 槍は五本では足りなかった。
 尻のあたりにハリネズミのように槍が突き立ったまま暴れる大角鹿を、そこから長剣で何度も斬りつけた。いったいどれだけ斬れば倒れるんだと、半ば呆れながらだ。
 脚を二本駄目にしたところで、大角鹿はようやく倒れてくれた。さすがに巨体を支えられなくなったんだろう。
 首の骨、延髄のあたりをめがけて剣を振り下ろして、コンラードはやっと仕留めたと息を吐いた。でかくて強いだけのしょせん獣だとどこか甘く見ていた自分に、やっぱり苦笑してしまう。

「たしかに、こりゃ“一番いい獲物”だな」

 橇に載せるだけでも一苦労だろう。せめてここでハラワタを抜いて重さを減らさなければ……。

 コンラード!

 ソウの叫びに、コンラードは反射的に身を伏せた。
 頭の上を、何かが飛び去りながら、陽光をきらきらと反射させる白い霧のような何かを吹きかけていった。

「――氷!?」

 その霧のような何かがかかった苔が、たちまち凍りつく。コンラードが空を確認すると、白い影が目の前の大角鹿の上に降りてくるところだった。

「二本足の下等な生き物であるお前に、この“偉大なる白き殺戮者 トゥラリシュオーシールスヴェント”様へ大角鹿を捧げる機会を与えてやろう! この美味そうな肉は今から俺様のものだ!」
「はあ?」

 倒れた大角鹿を跨ぎ立つのは、白い竜だった。
 大きさはコンラードよりも小さいくらい。ソウと比べて半分程度だろうか、恐らくは巣立って間もないくらいの若い竜だ。
 腹を空かせているのか、目だけはコンラードを睨みつつ、だらだらとよだれを垂らしながら、ふんふん鹿の匂いを嗅いでいる。
 突然現れた生意気な竜を前に、コンラードの頭に血がのぼる。

「ふ……ざけんじゃねえぞ。俺がどれほど必死にこれを仕留めたかわかってんのか」
「だからこいつを俺様に捧げる栄誉をくれてやると言ったんだ人間! そうだ、お前を俺様の下僕にしてやってもいい、光栄に思え!」

 コンラードは無言で剣を抜いた。
 剣先を竜に突き付けて、「寝言は巣穴の中だけにしろ」と言い放つ。

「欲しければてめえが自力で獲れ。これは俺がアイニのために狩ったものだ。貴様なんぞに差し出せるか、くそったれチビ竜が」
「なんだと、俺様をチビと言ったな! この“偉大なる白き殺戮者”様を!
 生意気な人間め、ならば俺様の凍てつく息で死ね!」

 竜はかぱっと口を開けて、いきなり氷の息吹を吐いた。
 コンラードはとっさに盾をかざし、振り払うようにして避ける。盾越しにも突き刺さるような冷気に痛みを感じたのは、さすが小さくても竜ということか。

「“猛きものの輝ける剣にかけて、我が剣に神の怒りよ宿り、我が力となれ”」

 素早く唱えた聖句に合わせて、コンラードの長剣がブンと唸りを上げて光る。
 そのまま流れるように思い切り振り下ろした剣は、思ったほどの抵抗も感じることなく、竜の鱗を斬り裂いた。

「痛い! 痛いではないか! この“|偉大なる白き殺戮者”様になんてことをする! お前のことは許さないぞ!」

 割れた鱗と裂けた傷から流れる血に、白竜は脚を踏み鳴らして怒鳴り散らす。斯くなる上は、この偉大な白竜の恐ろしさを思い知らせてやると舞い上がり、その鋭い爪と牙をコンラード目掛けて突き立てた。
 しかし、大角鹿の角の一撃に比べれば、風にでも吹かれた程度のものだ。

 怒り狂う白竜に負けずと怒り狂うコンラードの戦いは、すぐに収束した。
 白竜は旗色の悪さを悟って逃げ出そうとしたが、さりげなく近寄っていたソウがしっかりとその尾を踏み付けていた。
 退路を断たれた白竜が負けを認めたところで、この余分な戦いは終わりを迎えたのだ。

「覚えていろ、人間め……俺様をこんなふうに扱ったこと、いつか後悔させてやる……」

 ロープでぐるぐるに巻かれて、大角鹿と一緒に橇に乗せられた白竜は、ひたすらに恨み言をを垂れ流す。そのうち、あまりにうるさいからと、コンラードは長い鼻づらもロープで縛り付けてしまった。
 それにしても、とコンラードは少し冷えた頭で考える。
 白竜は頭は悪いが執念深い。このまま逃してしまえば、十年後か二十年後には氷原の脅威にもなりかねない。
 逃がさなくてよかったと、コンラードはほっと胸を撫で下ろした。


 * * *


 アイニは朝からずっと落ち着かず、そわそわと玄関を気にしてばかりいる。
 今日はコンラードが帰ってくる日だ。

 三日前、コンラードはアイニがお願いしても大角鹿を狩りに行ってはくれないと言った……という話は、もうマルタに伝えてある。
 だから、翌日、教会に差し入れを持っていくついでに他の男にも聞いてみようか……そうポロリと零したアイニに、マルタは優しく笑った。「そう言わずに、少しようすを見たらどう?」と。
 ようすとは何のようすなのかとアイニが聞いても、マルタはポンポンと頭を撫でるだけだった。せめてコンラードが帰ってくるまではようすを見てなさいと、ただそう言うだけで。
 ニクラスとマルタの話では、コンラードは町の外に三日ほど出掛けているのだという。でも、どんな仕事なのかはわからない。

 もうすぐ昼という時間になって、ドンドンと誰かが扉を叩いた。
 コンラードならすぐに扉を開けるはずだから、コンラードではない。
 訝しみつつ扉を開けるとイーリスだった。「アイニ!」と満面の笑顔で、「よかったね!」と言われて困惑する。

 その、少し向こうから馬を引いてやってきたのは――

「コンラード!?」

 怪我こそきれいに治しはしたものの、着ているものも鎧も何もかもボロボロになったコンラードが、白い大きな馬に大きな橇を引かせてくるところだった。

「あ……アイニ、あのさ」
「どうしたの? すごいボロボロ」
「うん、それは置いといて、これ」

 コンラードが、橇を指差した。
 いったいどんな大荷物なのかと、荷台を覗き込むと。

「……大角鹿!?」
「うん、お前にやる」
「私に? ほんとに、私に?」
「ああ、だから、俺と……その……」

 コンラードは真っ赤な顔で言い淀む。いつの間にか、周囲には人だかりまでが出来始めていた。ぽかんと口を開けて見つめていたアイニは、ハッとしたようにコンラードの腕を掴んで歩き出す。

「アイニ?」
「このまま、領主様のとこに行くの!」
「え、イェルハルド様のとこ?」
「それで、領主様に、私のこと、つ、妻にするって、言うの!」
「あ、え、わ、わかった!」

 引っ張られるままに、コンラードも歩き始める。その後ろを、橇を引いたソウが付いていく。
 イェルハルドの屋敷に着く頃には、アイニとコンラードと橇の後にいったい何が始まるのかという野次馬までが付いてくる、大行列になっていた。

「――それで、これは、何の騒ぎかな?」

 困惑しきりのイェルハルドは、玄関扉の前にできた人だかりをぐるりと見回した。後ろからはもちろんパルヴィがわくわくと目を輝かせて覗いていた。
 その目の前に、コンラードの手をしっかり握ったアイニが進み出る。

「領主様、あのね、あのね……」
「ん?」
「あの、イェルハルド様、ニクラスとマルタの子、コンラードです。その……」

 どこかもじもじとする二人に、イェルハルドは首を傾げる。
 が、すぐにコンラードは何かの決意を固めたかのようにぐっと拳を握り締め、大きく深呼吸すると、後ろの橇をびしっと指し示した。

「これをアイニのために獲ってきました。だから……だから、アイニとの結婚を許してください!」
「え、獲ってきた? で……結婚!? いや、アイニがいいなら反対なんてしないけど……でも、獲物?」
「わあ……!」

 混乱するイェルハルドを置いて、パルヴィが「やったあ!」とアイニに抱き着く。二人でくるくる回って、それから橇を覗き込む。

「すごいよ旦那様、大角鹿だよ! すごい獲物なんだよ……あれ、他にも何かいるね。これ、白竜?」
「あ、ほんとだ。白竜みたい」
「――なんだって?」

 イェルハルドは慌てて駆け寄り、橇の荷台を確認する。
 そこには、ハラワタを抜かれた大角鹿と、暴れ疲れてぐったりしている小さな白竜が括り付けられていた。
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