蛮族嫁婚姻譚その3:一番強い男と第二夫人志望

ぎんげつ

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古式ゆかしき嫁取りの儀

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 アイニは夏の生まれで、つまり、夏になれば十六になる。だから夏が来たらコンラードと婚礼を上げることに決まった。
 コンラードは戦神教会の聖騎士だから、婚儀を行うのは戦神教会だ。立ち会うのも戦神の司祭となる。けれど、誓いの儀を執り行うのは地母神の司祭で……と、ちょっと面倒くさい手順だ。それぞれの神の司るものが違うのだから、しかたない。

 それはそれとして、今日は地母神教会の一室に五人で集まって、夏に向けてアイニの婚礼衣装の直しと刺繍を進めているところだ。

「いいなあ、アイニ。私も早くノエと婚姻の儀をやって、ノエのこと旦那様って呼びたいなあ」
「でも、ヘルッタはもう夫婦なんでしょ? キセイジジツだっけ? それをやったから」
「うん。でも、その話はここでしかできないし、旦那様って呼ぶのもまだ駄目だって言うんだよ。アイニが羨ましい」

 しきりにアイニを羨ましがるヘルッタは、先冬に十五になったばかりだ。来年の春頃、十六になるのを待って、太陽神の高神官ノエとの婚儀が決まっている。

「それより、羊はやっぱり駄目なんだって。町の中じゃ飼えないって」
「そっかあ。草地がないもんね。でも、町の外で飼うのも駄目なのかなあ」
「外かあ……頼んでみようかなあ。やっぱり、ちゃんと糸から紡いで作りたいもんね」
「うん」

 娘の嫁入りに付けるのは、通常、最低でも五頭の羊と布だと決まっている。だから、アイニもちゃんと羊を用意して欲しいとイェルハルドに伝えたのだが、イェルハルドは難しい顔で「他のものでは駄目だろうか」と返したのだ。
 羊がいなくては、糸も布も作れない。
 そう訴えたのだが、町では糸も布も買えるからと言われて、アイニは少しだけ不満だった。

「コンラードの服、私が全部作りたいのになあ」
「もう一回、旦那様に頼んでみようか」
「パルヴィ?」

 領主イェルハルドの妻であるパルヴィが、じっと考え込む。パルヴィも、妻の仕事が少ないのは困るし、羊は欲しいけれど、アイニほど糸を紡いだりの手仕事は得意じゃないしと、これまであまり気にしていなかったのだ。
 けど、この際、アイニの婚礼に自分も便乗して……なんて考えてしまう。

「町の中で飼っちゃ駄目なら、外で飼ってもいいかって。うちの犬もだいぶ訓練できたし、そろそろ羊の番もなんとかなると思うの。面倒は……五人分の羊をまとめておいて、五人で分担ならできないかなあ」
「そっか……」
「五人分なら交代でなんとかなりそう」
「毛刈りは年に一回だし、犬もいるし……あとは草地かな」
「うん、いい草地があるといいね」

 結局、妻に甘い領主が近隣の羊飼いに依頼して娘たちのための羊も預けることになったのは、このすぐ後だった。


 * * *


 夏、太陽が天の最も高いところに昇る日に、ふたりの婚儀が執り行われた。
 地母神教会に朝から集まった谷の娘たちが、アイニにしっかりと婚礼の祝化粧をして、この日のために整えた衣装を着付けて、最後に、パルヴィの使ったヴェールを頭から被せて……。

「できた!」

 歓声をあげる四人に、アイニはえへへと幸せそうに笑う。

「そろそろコンラードが迎えに来るよ」

 ざわざわとうるさくなってきた外に、ヘルッタがほらとアイニを立たせて背中を押した。
 教会の礼拝堂には、領主のイェルハルドが待っていた。町での後見人として、イェルハルドにはアイニを送り出す役目がある。
 礼拝堂の入り口の内側にアイニを連れたイェルハルドとパルヴィ、その後ろに他の三人が揃ってコンラードの迎えを今か今かと待つ。

「コンラードと一緒に戦神教会に行くんだよね」
「うん。コンラードの馬に乗って、ゆっくり歩いて行くんだって」

 上手に乗れるかなと心配するアイニに、タラーラもエリサも「大丈夫」と笑う。コンラードは“騎士”なのだ。アイニを乗せて歩くくらいできなくてどうするの、と。

「アイニの旦那様なんだから、任せればいいんだよ」
「旦那様……」

 パルヴィの言葉に、ポンとアイニの顔が赤くなった。
 そっか、今日から旦那様なんだと呟いて、真っ赤な顔のままにへらと笑う。
 そこへ、コンコンとノックの音が響いた。

「ニクラスとマルタの子、猛きものの剣たるを誓った聖騎士コンラードが、アイニ嬢を迎えに参った」

 かちゃりと扉を開いて、アイニを連れたイェルハルドが進み出た。
 教会の前の広場は既に人がいっぱいで、皆興味津々に、花嫁の引き渡しの儀を見守っている。
 扉のすぐ外に、戦神教会の聖騎士の、真紅の礼服に身を包んだコンラードが、至極真剣な面持ちで直立していた。

「コンラードよ、我が……ええと、我が娘に等しいアイニを真に望むのか。望むならば、アイニに問うがいい」

 コンラードは膝をついて正式な騎士の礼を取る。
 それからアイニにスッと手を差し出した。

「アイニ、共に生きる意志があるなら、我が手を取って、こちらへ」
「――はい!」

 アイニはこれ以上ないくらいの満面の笑顔で、コンラードの手を取った。ほっとしたようにコンラードはアイニを引き寄せて立ち上がり、横抱きに抱き上げる。
 くるりと振り返ると、わあ、と広場に歓声が上がった。

「――緊張する」

 ぽろりとこぼしたコンラードの言葉に、アイニはくすくす笑う。

「大丈夫だよ。コンラード、かっこいいよ」
「そうか?」
「うん」
「アイニも、めっちゃくちゃきれいだ。どこかのお姫様みたいに」
「皆がね、一生懸命飾ってくれたの」
「そうか」

 コンラードは柔らかく微笑んだ。そのままアイニを鞍上に乗せ、自分もその後ろに跨ると、“雪解けソウ”に合図を送る。
 やはり装飾だらけの馬具を付け、たてがみも尾もきれいに編んで飾り立てられたソウは、いつもよりずっとゆっくりと、ことさらに気取った優雅な足取りで歩き出した。
 馬上の花嫁と花婿に、集まった人々が賛辞を贈る。
 マルタに言われた時は、今時こんな古式ゆかしいやり方で婚儀を……なんて思ったけれど、うれしそうなアイニの顔を見ていると悪くなかったのかもしれない。

「今日から、コンラードが旦那様なんだよね」
「え、あ――うん、そうだ、な」

 改めて言われると、こそばゆさと照れ臭さでなんだか恥ずかしい。

「ええと、次は……もっといい状態で、大角鹿ムースを狩ってくるから……」
「わあ、ほんと?」
「うん。母さんに、すっげえダメ出しされたし」

 コンラードが求婚のために獲った大角鹿は全身が傷だらけで、毛皮も肉もあまりいい状態ではなかった。どうにか状態のいい部分の肉を塩漬けと燻製にして、角と一緒に谷のアイニの家族に贈ったのは、つい先月のことだ。
 そのお陰で、マルタからはこれでは獲物としていかがなものかとさんざんに揶揄され、その後も罠の掛け方やら仕留める時の注意点やら何やらと容赦ない指導が入ったのだ。
 今なら、さすがのコンラードでも、もう少しマシな狩りができるだろう。

「さ、着いたぞ」

 さっと鞍を降りたコンラードが、アイニをそっと抱き下ろす。ソウはふるりと尾を振ると、ようやくお役目終了だとばかりにさっさと立ち去ってしまった。
 差し出されたコンラードの肘にアイニが腕を絡めると、ふたり揃って戦神教会の大きな扉を潜った。いつもは礼拝の信者たちで埋まっている席が、今日はふたりを祝福するために集まった人たちで埋まっていた。

 戦神教会の司祭が見守る中、コンラードとアイニは、地母神に夫婦の誓いを立てる。それから、コンラードは戦神への聖騎士の誓いを新たにして、二柱の神の祝福を受け……。



 婚儀が終わった途端、コンラードは同僚たちに囲まれて揉みくちゃにされた。
 きれいに整えた髪は掻き混ぜられてぐしゃぐしゃになったし、礼服も引っ張られたり掴まれたりで着崩れてしまっている。
 笑いながら、ほんとにうまいことやりやがって、なんて言う声まで聞こえてくる。

「勘弁してくれよ!」
「無理無理、式が終わった花婿ってのはこうされるもんだ」
「聞いたぞ、谷の慣習だと、これから三日三晩は嫁さんとふたりで新居にこもるんだろ?」
「マジかよ、お前ちゃんとできるのか? っていうかそんなに保つのか?」
「な、何のことだよ……」

 アイニはにこにことそのようすを眺めているだけだ。
 さすがコンラード、皆に慕われているんだな……なんて考えながら。

「アイニちゃん、コンラードのことで何か困ったら、遠慮なく相談してくれよな」
「お前、どさくさに紛れて何言ってる!」
「こう見えて、コンラードは結構純情だしな」
「コンラード、じゃなくて、旦那様は純情なの?」

 旦那様。旦那様だってよ……と教会の男連中が騒然とする。
 かわいい嫁さんに旦那様とか呼ばれるなんて、最高じゃないか……そんな声すら聞こえてアイニは不思議そうにコンラードを見つめた。
 夫になった男を旦那様と呼ぶなんて、当たり前じゃないだろうか。

「ともかく、祝い酒だな」
「ああ、祝い酒だ」

 そのまま、ふたりとも、皆に囲まれるようにしながら、戦神教会宿舎の食堂に用意された宴会場まで運ばれて、夜を徹しての祝宴が始まったのだった。

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