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2.お姫様はあきらめない
呪い
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その夜、トーヴァとネリアーはさっそく魔術師寮へと向かった。クレールの調べたとおりなら、もうリュドミラは自室に戻っているはずだ。
「ねえ、カーティス」
「はい、姫殿下」
扉のすぐ横に立つカーティスに、ジェルヴェーズは声を掛ける。
「庭園に何かいるみたいなの。何かしら」
ぼんやりと窓から外を眺めるジェルヴェーズの声に、カーティスの表情がさっと引き締まる。言葉が終わるより先に飛ぶように駆け寄ったカーティスが、ジェルヴェーズを庇って窓から遠ざけた。
少し遅れて駆け寄った侍女たちが、すぐにジェルヴェーズを取り囲んで部屋の奥へと連れて行く。
「姫殿下。何かはどのあたりに?」
「庭園の、並木のあたりよ。ぼんやりした光がふわふわ動いてて……ランプとも違うみたいって」
窓のへりから、身を隠しながら外を確認する。
ジェルヴェーズの言葉どおり、たしかにそのあたりをぼんやりと白い、小さな光がふわりふわりと漂っていた。
どうにも、人の持つ灯りの動きではない。
強いて言えば、魔術か何かのようでもあって……。
「クレール殿、姫殿下を別室へ。念のため、外からの襲撃に強い部屋へお願いします。外には護衛を数人置いて……」
「カーティス殿は」
「私は、あれを確認してきます」
「はい、ではお気をつけて」
部屋の外の護衛兵へ声を掛けると、侍女たちはジェルヴェーズを連れて部屋を出ていった。カーティスはそれを確認してから、窓からバルコニーへと出る。
「さすがにこの距離ではわからないな……」
あいかわらず、ふわりふわりと漂う光に目を凝らすが、さほど明るいものでもないためか、周囲のようすもわからない。
カーティスはバルコニーから下を覗き、高さと地面を確かめ、飛び降りた。建物の中を回って光を見失ってしまってはまずい。
着地と同時に転がり、衝撃を逃して立ち上がると、カーティスは走り出す。
剣を抜き、戦神の聖印を握りしめて聖句を唱え、加護を願う。
けれど、近付くカーティスに気づいたのか、光はふらふらと瞬くように明滅し、蝋燭を吹き消すように唐突に消えてしまった。
「――何だったんだ?」
念のため、周囲に隠れているものがいないかを探るが、何の気配もない。
魔物の類だったのか……。
カーティスはそういったものにあまり詳しくはないが、トーヴァなら何か思い当たるかもしれない。それに、ネリアーは魔術師だ。戻ったらここを魔術で調べてもらおうと考えながら、建物に戻った。
「カーティス、どうだった?」
「申し訳ありません、もう少しというところで消えられてしまいました」
「消えちゃったの?」
申し訳なさそうに眉尻を下げるカーティスに、ジェルヴェーズは残念そうに吐息を漏らす。
「わたくしがこんな光だったのよって話したら、ベルティーユが、“誘い火”みたいって言ったの」
「“誘い火”ですか?」
カーティスは名前の上がった侍女を見る。たしか、ジェルヴェーズが普段使う品々の管理を担当している侍女だ。
「ねえ、ベルティーユ?」
「はい。その、姫様の見た光の印象が、小さい頃から祖父母や両親に聞かされていた“誘い火”みたいだなと思いまして」
「ベルティーユ殿、“誘い火”とはどのようなものでしょう?」
「ええと……私の故郷では、湖や沼に落ちて死ぬ者が出ると、よく“誘い火”に誘われたんだって言われてたんです。“煉獄”にすら行けなかった死者の魂がどこからともなく現れて、仲間を増やそうと生きている者を誘うのだって。
姫様の見たという光が、その“誘い火”によく似てるんです。でも、ここには沼も湖もありませんし……」
カーティスはふむと考える。
さっきの灯りがその“誘い火”なら、カーティスの聖騎士としての感覚に何かしら引っかかりそうだが、何も無かった。
「そうですね……可能性として心に留めておきましょう。トーヴァとネリアー殿が戻れば、もう少し詳しく確認ができると思います。
今は念のため、姫殿下はこちらでお休みください」
カーティスはそう言って、部屋の中に“悪しきものからの護り”を掛ける。
司祭のものほど強力ではないが、それでも弱い魔物や不浄のものの侵入くらいは防げるだろう。
「少々不自由かもしれませんが、侍女の方々も姫殿下とともにいてくださるとありがたいのですが」
「わかりました。姫様にはたいへんに不自由をかけて申し訳ないのですが、今夜は私たちも交代で不寝番をいたしましょう」
それから程なくして、トーヴァとネリアーが戻った。
すでに概要は聞いているのか、まっすぐに移った部屋を訪れ、扉を守るカーティスに、「姫様は?」と尋ねる。
「まだ起きていらっしゃるようだ。それで、どこまで聞いている?」
「庭園に何かがいたらしいということだけ。何がいたの?」
「光、というか……ベルティーユ殿は“誘い火”に似ていると言ったが、白っぽくて、大きさは頭よりもふた周りほど小さいくらい。ランプや蝋燭とは違う……魔術の灯りを、ずっと弱くしたような光だ。それが、空中をふわふわと漂うように飛んでいた」
トーヴァはじっと考え……すばやく呪文を唱えて、小さな明かりを作り出した。拳ほどの大きさのふわふわと浮かぶ光の玉だ。
「カーティス。これと似ている?」
「たしかに……もう少し暗かったと思うが、概ねこんな光だ」
「――光精、ですかね」
「ウィスプ?」
ネリアーが肩を竦める。
「“鬼火”とも“妖精の灯火”とも呼ばれる、精霊未満の光ですよ。どこからともなく現れる、意思のない光の玉です。一説には、次元の隙間をくぐってこの世界に入り込んだ、混沌の海の飛沫がとる姿のひとつ、とも言われています」
「“誘い火”に似ているというなら、ネリアーの言うとおりかも。確認は必要だけど、魔物や魔術の類とは違うと思う」
「なら、よかった」
カーティスは安堵にほっと息を吐く。
「トーヴァとネリアー殿には、念のため確認を頼む。私はそれが済むまでここで待とう」
「わかったわ」
本当に魔物の類でないなら一安心だが、魔術や悪魔に関わるものではないという保証が欲しい。
カーティスの能力で、邪悪な力や何者かの気配はないとわかったが、その存在を隠す方法などいくらだってあるのだ。
ふたりは半刻もかからずに戻ってきた。魔法の気配も、何かが潜む気配もなかったと言って。
なら、ある程度は警戒を解いても大丈夫だろう。
ジェルヴェーズと侍女たちに、とりあえずの心配はいらないと報告し、けれど念のためにと窓と扉に“魔術錠”を掛けた。
「それでは、私は近衛宿舎を訪ねてきます」
「ええ、姫様の部屋の前には護衛とネリアーの魔術の見張りを置いたから、大丈夫よ。あなたも気をつけてね」
近衛宿舎であらかじめ用意していたジェルヴェーズの書状を見せると、すぐにルスランとの面会は叶った。
幾分か顔色が悪いのは、灯りのせいなのか。
カーティスはあくまでもにこやかに、改めて挨拶を述べる。
「それで、姫の側付たる聖騎士殿が、私にどのようなご用件なのでしょう」
不思議そうに首を傾げてみせるルスランを、カーティスは柔らかい笑みを絶やさず、けれどじっと観察する。
なぜか、何かが引っかかる。
「――昼間、アルトゥール殿下へのお目通りの際に」
「はい」
そこで言葉を止めるカーティスに、ルスランは怪訝な表情を浮かべた。
「ルスラン殿には、私に何が告げたいことがあるようだと思いまして」
ルスランは思わず目を見開く。
いったい何を言い出すのかという表情だ。
「なぜ、そんなことを……」
「否定なさらないのですね?」
カーティスの指摘にぎくりと身体を揺らし、けれど、そのことにルスランは慌ててしまった。
「いえ、そのような……」
「あなたが告げたいのは、殿下に関することではありませんか?」
ぽたり、とルスランのこめかみから汗が垂れ落ちる。
何か酷く逡巡するようにきょろきょろと視線を動かし……それから、ごくりと喉を鳴らして「カーティス殿」と掠れた声で呼び掛けた。
「はい」
「でん……」
けれど、何かを言いかけた途端、ルスランら胸を押さえて倒れ込む。苦しそうに呻くようすは、まるで病か何かの発作を起こしているようだ。
「ルスラン殿!? どこかお悪いのですか!?」
「ぐ……う……ちが……」
カーティスは、すぐに膝をついてルスランを確認した。医術には詳しくないが、心臓の病の発作のようにも思える苦しみようだ。
「今、どなたか呼びましょう。どうか楽にして」
しかし、真っ青な顔でぜいぜいと喘ぎながら、ルスランは立ち上がろうとするカーティスの腕を爪が食い込むほどの強さで掴み、引き留めた。
それから、なおも何か言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「ルスラン殿?」
「ミラーシャ、を……」
「ミラーシャ?」
相当に痛むのか、ルスランは激しく咳き込みながら声を絞り出す。その言葉をどうにか聞き取ろうと、カーティスはさらに耳を寄せる。
「たす……助け……」
ぐ、とまた呻いてルスランは身体を折ってしまった。
カーティスはそこでようやく、ルスランを苦しめているものは、と思い至る。
「ルスラン殿……あなたは、呪いを受けているのではありませんか」
ルスランがハッと顔を上げた。
是とも否とも答えはなかったが、表情は雄弁にそれを肯定していた。
「“猛きものの輝ける剣にかけて、この者に及ぶ邪なる力を示せ”」
カーティスに、たちまち気分の悪くなるような力の気配が感じられた。
悪魔に比べればはるかに弱いが、だが明確な悪意に彩られた力がルスランを取り囲んでいた。
ルスランに呪いを掛けた者は、間違いなく邪な意思を持っている。
「呪いなど、いったいなぜ……ですが、そうとわかれば解除は可能です。我が教会には高司祭もおります。必ずあなたの助けになりましょう」
「だめ、です……」
けれど、ルスランは首を振る。
「それでは、気づかれてしまう」
「誰に?」
ルスランは答えない。
「もしや、ミラーシャという方を人質に取られているのですか?」
ルスランはやはり答えず、ただカーティスを見返すばかりだ。呪いが、カーティスの問いに答えることを許さないのだろう。
「――わかりました。では、あなたにかけられた呪いは、今はそのままに。ですが、その時がきたら必ず解きましょう。
ミラーシャ殿も、必ずお救いします」
ルスランは、祈るように首を垂れる。カーティスはその肩を励ますように叩いた。
「ねえ、カーティス」
「はい、姫殿下」
扉のすぐ横に立つカーティスに、ジェルヴェーズは声を掛ける。
「庭園に何かいるみたいなの。何かしら」
ぼんやりと窓から外を眺めるジェルヴェーズの声に、カーティスの表情がさっと引き締まる。言葉が終わるより先に飛ぶように駆け寄ったカーティスが、ジェルヴェーズを庇って窓から遠ざけた。
少し遅れて駆け寄った侍女たちが、すぐにジェルヴェーズを取り囲んで部屋の奥へと連れて行く。
「姫殿下。何かはどのあたりに?」
「庭園の、並木のあたりよ。ぼんやりした光がふわふわ動いてて……ランプとも違うみたいって」
窓のへりから、身を隠しながら外を確認する。
ジェルヴェーズの言葉どおり、たしかにそのあたりをぼんやりと白い、小さな光がふわりふわりと漂っていた。
どうにも、人の持つ灯りの動きではない。
強いて言えば、魔術か何かのようでもあって……。
「クレール殿、姫殿下を別室へ。念のため、外からの襲撃に強い部屋へお願いします。外には護衛を数人置いて……」
「カーティス殿は」
「私は、あれを確認してきます」
「はい、ではお気をつけて」
部屋の外の護衛兵へ声を掛けると、侍女たちはジェルヴェーズを連れて部屋を出ていった。カーティスはそれを確認してから、窓からバルコニーへと出る。
「さすがにこの距離ではわからないな……」
あいかわらず、ふわりふわりと漂う光に目を凝らすが、さほど明るいものでもないためか、周囲のようすもわからない。
カーティスはバルコニーから下を覗き、高さと地面を確かめ、飛び降りた。建物の中を回って光を見失ってしまってはまずい。
着地と同時に転がり、衝撃を逃して立ち上がると、カーティスは走り出す。
剣を抜き、戦神の聖印を握りしめて聖句を唱え、加護を願う。
けれど、近付くカーティスに気づいたのか、光はふらふらと瞬くように明滅し、蝋燭を吹き消すように唐突に消えてしまった。
「――何だったんだ?」
念のため、周囲に隠れているものがいないかを探るが、何の気配もない。
魔物の類だったのか……。
カーティスはそういったものにあまり詳しくはないが、トーヴァなら何か思い当たるかもしれない。それに、ネリアーは魔術師だ。戻ったらここを魔術で調べてもらおうと考えながら、建物に戻った。
「カーティス、どうだった?」
「申し訳ありません、もう少しというところで消えられてしまいました」
「消えちゃったの?」
申し訳なさそうに眉尻を下げるカーティスに、ジェルヴェーズは残念そうに吐息を漏らす。
「わたくしがこんな光だったのよって話したら、ベルティーユが、“誘い火”みたいって言ったの」
「“誘い火”ですか?」
カーティスは名前の上がった侍女を見る。たしか、ジェルヴェーズが普段使う品々の管理を担当している侍女だ。
「ねえ、ベルティーユ?」
「はい。その、姫様の見た光の印象が、小さい頃から祖父母や両親に聞かされていた“誘い火”みたいだなと思いまして」
「ベルティーユ殿、“誘い火”とはどのようなものでしょう?」
「ええと……私の故郷では、湖や沼に落ちて死ぬ者が出ると、よく“誘い火”に誘われたんだって言われてたんです。“煉獄”にすら行けなかった死者の魂がどこからともなく現れて、仲間を増やそうと生きている者を誘うのだって。
姫様の見たという光が、その“誘い火”によく似てるんです。でも、ここには沼も湖もありませんし……」
カーティスはふむと考える。
さっきの灯りがその“誘い火”なら、カーティスの聖騎士としての感覚に何かしら引っかかりそうだが、何も無かった。
「そうですね……可能性として心に留めておきましょう。トーヴァとネリアー殿が戻れば、もう少し詳しく確認ができると思います。
今は念のため、姫殿下はこちらでお休みください」
カーティスはそう言って、部屋の中に“悪しきものからの護り”を掛ける。
司祭のものほど強力ではないが、それでも弱い魔物や不浄のものの侵入くらいは防げるだろう。
「少々不自由かもしれませんが、侍女の方々も姫殿下とともにいてくださるとありがたいのですが」
「わかりました。姫様にはたいへんに不自由をかけて申し訳ないのですが、今夜は私たちも交代で不寝番をいたしましょう」
それから程なくして、トーヴァとネリアーが戻った。
すでに概要は聞いているのか、まっすぐに移った部屋を訪れ、扉を守るカーティスに、「姫様は?」と尋ねる。
「まだ起きていらっしゃるようだ。それで、どこまで聞いている?」
「庭園に何かがいたらしいということだけ。何がいたの?」
「光、というか……ベルティーユ殿は“誘い火”に似ていると言ったが、白っぽくて、大きさは頭よりもふた周りほど小さいくらい。ランプや蝋燭とは違う……魔術の灯りを、ずっと弱くしたような光だ。それが、空中をふわふわと漂うように飛んでいた」
トーヴァはじっと考え……すばやく呪文を唱えて、小さな明かりを作り出した。拳ほどの大きさのふわふわと浮かぶ光の玉だ。
「カーティス。これと似ている?」
「たしかに……もう少し暗かったと思うが、概ねこんな光だ」
「――光精、ですかね」
「ウィスプ?」
ネリアーが肩を竦める。
「“鬼火”とも“妖精の灯火”とも呼ばれる、精霊未満の光ですよ。どこからともなく現れる、意思のない光の玉です。一説には、次元の隙間をくぐってこの世界に入り込んだ、混沌の海の飛沫がとる姿のひとつ、とも言われています」
「“誘い火”に似ているというなら、ネリアーの言うとおりかも。確認は必要だけど、魔物や魔術の類とは違うと思う」
「なら、よかった」
カーティスは安堵にほっと息を吐く。
「トーヴァとネリアー殿には、念のため確認を頼む。私はそれが済むまでここで待とう」
「わかったわ」
本当に魔物の類でないなら一安心だが、魔術や悪魔に関わるものではないという保証が欲しい。
カーティスの能力で、邪悪な力や何者かの気配はないとわかったが、その存在を隠す方法などいくらだってあるのだ。
ふたりは半刻もかからずに戻ってきた。魔法の気配も、何かが潜む気配もなかったと言って。
なら、ある程度は警戒を解いても大丈夫だろう。
ジェルヴェーズと侍女たちに、とりあえずの心配はいらないと報告し、けれど念のためにと窓と扉に“魔術錠”を掛けた。
「それでは、私は近衛宿舎を訪ねてきます」
「ええ、姫様の部屋の前には護衛とネリアーの魔術の見張りを置いたから、大丈夫よ。あなたも気をつけてね」
近衛宿舎であらかじめ用意していたジェルヴェーズの書状を見せると、すぐにルスランとの面会は叶った。
幾分か顔色が悪いのは、灯りのせいなのか。
カーティスはあくまでもにこやかに、改めて挨拶を述べる。
「それで、姫の側付たる聖騎士殿が、私にどのようなご用件なのでしょう」
不思議そうに首を傾げてみせるルスランを、カーティスは柔らかい笑みを絶やさず、けれどじっと観察する。
なぜか、何かが引っかかる。
「――昼間、アルトゥール殿下へのお目通りの際に」
「はい」
そこで言葉を止めるカーティスに、ルスランは怪訝な表情を浮かべた。
「ルスラン殿には、私に何が告げたいことがあるようだと思いまして」
ルスランは思わず目を見開く。
いったい何を言い出すのかという表情だ。
「なぜ、そんなことを……」
「否定なさらないのですね?」
カーティスの指摘にぎくりと身体を揺らし、けれど、そのことにルスランは慌ててしまった。
「いえ、そのような……」
「あなたが告げたいのは、殿下に関することではありませんか?」
ぽたり、とルスランのこめかみから汗が垂れ落ちる。
何か酷く逡巡するようにきょろきょろと視線を動かし……それから、ごくりと喉を鳴らして「カーティス殿」と掠れた声で呼び掛けた。
「はい」
「でん……」
けれど、何かを言いかけた途端、ルスランら胸を押さえて倒れ込む。苦しそうに呻くようすは、まるで病か何かの発作を起こしているようだ。
「ルスラン殿!? どこかお悪いのですか!?」
「ぐ……う……ちが……」
カーティスは、すぐに膝をついてルスランを確認した。医術には詳しくないが、心臓の病の発作のようにも思える苦しみようだ。
「今、どなたか呼びましょう。どうか楽にして」
しかし、真っ青な顔でぜいぜいと喘ぎながら、ルスランは立ち上がろうとするカーティスの腕を爪が食い込むほどの強さで掴み、引き留めた。
それから、なおも何か言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「ルスラン殿?」
「ミラーシャ、を……」
「ミラーシャ?」
相当に痛むのか、ルスランは激しく咳き込みながら声を絞り出す。その言葉をどうにか聞き取ろうと、カーティスはさらに耳を寄せる。
「たす……助け……」
ぐ、とまた呻いてルスランは身体を折ってしまった。
カーティスはそこでようやく、ルスランを苦しめているものは、と思い至る。
「ルスラン殿……あなたは、呪いを受けているのではありませんか」
ルスランがハッと顔を上げた。
是とも否とも答えはなかったが、表情は雄弁にそれを肯定していた。
「“猛きものの輝ける剣にかけて、この者に及ぶ邪なる力を示せ”」
カーティスに、たちまち気分の悪くなるような力の気配が感じられた。
悪魔に比べればはるかに弱いが、だが明確な悪意に彩られた力がルスランを取り囲んでいた。
ルスランに呪いを掛けた者は、間違いなく邪な意思を持っている。
「呪いなど、いったいなぜ……ですが、そうとわかれば解除は可能です。我が教会には高司祭もおります。必ずあなたの助けになりましょう」
「だめ、です……」
けれど、ルスランは首を振る。
「それでは、気づかれてしまう」
「誰に?」
ルスランは答えない。
「もしや、ミラーシャという方を人質に取られているのですか?」
ルスランはやはり答えず、ただカーティスを見返すばかりだ。呪いが、カーティスの問いに答えることを許さないのだろう。
「――わかりました。では、あなたにかけられた呪いは、今はそのままに。ですが、その時がきたら必ず解きましょう。
ミラーシャ殿も、必ずお救いします」
ルスランは、祈るように首を垂れる。カーティスはその肩を励ますように叩いた。
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