婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

文字の大きさ
38 / 38
6.お姫様と王子様の結婚

“末長く幸せに”へと至る道

しおりを挟む
 結婚してサルティニア公爵夫人となったジェルヴェーズはとてもがんばった。主に、「魔術がいかに素晴らしく安全か」と啓蒙する方面でだ。

 そもそも、便利な魔道具は使うくせに、魔術師は恐れて遠ざけるというのが変な話なのだ。魔道具を作り出すのは、魔術師なのだから。
 呼ばれたお茶会ではさりげなく魔術の良い点をアピールして、善良な魔術師たちがいかに素晴らしいかを説いて……少し呆れられることもあるが、どうにかして魔術師だからなどと短絡的に判断することはやめさせたいと、あちこちで魔術師の広報活動に勤しんでいる。

「でも奥様、とても時間がかかって大変なことですよ」
「まあ、わたくしがその程度で音を上げると思っているの?」

 結婚してからも側付きを続けているトーヴァが、少し呆れた顔をする。
 だって、魔術師というだけでアルトゥールが忌避されるなんて、我慢できないんだからしかたない。

「だからわたくし……そうね、外から魔術師をたくさん招聘しようかしら。お父様のコネも使って……そうだわ、トーヴァの親戚にも魔術師がいると言っていたわね? どんどんこちらへ招待するといいわ」
「え、まあ……そうですね」

 むやみに外から高位の魔術師を呼んだりしては逆効果ではないか……とトーヴァは考えるのだが、ジェルヴェーズはそうと考えないのだろうか。
「“大災害ディザスター”からだって、もう百五十年は経つのよ。そろそろ“魔術は怖いもの”から脱したっていいはずだわ。
 それに、剣も魔術も同じで、力なんて要は使う者次第なのだって師長様もいってたし、オーリャ様が魔術を悪いことに使うなんてあり得ないもの」
「そうですね」

 力説するジェルヴェーズに、トーヴァは思わず苦笑を浮かべる。
 何のことはない、アルトゥールへの世間一般の評価が気に入らなくて仕方がないだけなのだ。ジェルヴェーズは言い出したら聞かないところがある。きっと、今度も周りを巻き込んで大騒ぎをしながら完遂してしまうのだろう。



「それでね、オーリャ様。西の都の魔術師協会ウィザードギルドに、トーヴァの従姉がいるのですって。だから、その伝手でこちらに高名な魔術師を招待できないかしらと思ったの」
「そうでしたか」

 夜、帰宅したアルトゥールを迎えながら、ジェルヴェーズは思いついたことをあれこれと喋り出す。
 毎日、ほとんどの時間を屋敷で過ごしている割に、ジェルヴェーズの話の種は本当に尽きない。
 離宮にいた頃よりも、社交であちこちに呼ばれて出かけることは増えた。けれど、アルトゥールと話すのは婦人同士の噂話のようなものより、日々ジェルヴェーズが考えていることのほうがずっと多かった。

「他にも、魔術師以外の者に魔術を知ってもらう機会を作ったらどうかしらって。以前、オーリャ様がお花を作ってくださったみたいに、皆に怖いのではなくて素敵な魔術を知ってもらうのよ」
「――それは良い案かもしれませんね」

 この国は、とにかく魔術師への偏見が強い。
 “魔術とは恐ろしいもの”という価値観に凝り固まってしまっている。
 それゆえに魔術師があまり居着かず、この国は、魔術という面で他国から相当に遅れてしまったほどだ。
 先王の治世あたりからその傾向は目立ってきていたし、王家もどうにか変えなければと考えてはいた。
 けれど、どうにも手を付けあぐねていたのだ。

「兄上……王太子殿下を通して、国王陛下にも進言してみましょう。ニナも相談に乗ってくれますか?」
「もちろんだわ」

 ふふっと笑って、ジェルヴェーズはきゅっとアルトゥールに抱き着いた。

「オーリャ様、大好き」
「ニナ、僕もですよ」

 アルトゥールが軽く唇を啄むと、ジェルヴェーズの顔は幸せに蕩けていく。

 ジェルヴェーズの思い付きを馬鹿にせず、ちゃんと最後まで聞いてくれるアルトゥールが大好きだ。
 それが納得できるものなら、こうしてジェルヴェーズを交えて一緒に考えようとしてくれるところも好きだ。

「わたくし、オーリャ様と結婚してよかったわ」
「僕も、ニナと結婚してよかったと、毎日思っています」

 ちゅ、ちゅ、と何度も啄むうちに、吐息に熱がこもり始める。

 何を考えているかわからない、恐ろしい魔術師の第二王子は、隣国の姫を娶ったことで随分と丸くなったようだ……などと囁かれるようになっていた。
 もともとのその評判が、あの“大魔導師メイガス”の作ったものだとしても、アルトゥールの評判は良くなっている。だからこのまま魔術師そのものの評判も良いものにして、なんとかアルトゥールの地位そのものを向上したい、というのがジェルヴェーズの真の野望だった。
 だって、アルトゥールはとても素敵な魔術師なのだから。
 ゆくゆくは、おとなしい性格であまり表には出たがらないアルトゥールをいかに前に押し出していくかが、ジェルヴェーズの課題でもある。

「オーリャ様、わたくし、オーリャ様ともっと仲良くなりたいわ」
「今でも十分に仲良くなっていると思いますが」
「いいえ。もっとよ。わたくし、オーリャ様のことが大好きなんだもの」

 ジェルヴェーズは、アルトゥールを引き寄せながらベッドに倒れ込む。ジェルヴェーズの上にのし掛かるように倒れたアルトゥールは、とたんに顔を真っ赤に染めて「ニナ」と少し咎めるような声を上げた。
 しかし、ジェルヴェーズはくすくすと笑うだけだ。

「ねえ、オーリャ様」
「はい?」
「御伽噺は、お姫様と王子様は“結ばれて末永く幸せに暮らしました”で終わるけれど、ほんとうは、そこからが始まりなんだってトーヴァが言ってたの」

 アルトゥールは首を傾げて続きを問う。その首に腕を掛けたまま、ジェルヴェーズがいたずらっぽく少し上目遣いに見上げる。

「だって、結ばれる前より、結ばれてからのほうがずっと長いのよ。結ばれて末永く幸せに暮らすには、結ばれる前よりもっとたくさん頑張らないといけないのですって。わたくしも、それはたしかにそうねって思ったの」
「――僕はニナと結ばれて、今、とても幸せなのですが」
「あら、オーリャ様。もちろんわたくしも幸せよ?
 でも、わたくしはもっともっとオーリャ様を幸せにしたいもの。だから、もっと頑張らなくちゃって思うの」

 アルトゥールがくすりと笑う。まったくもって、ジェルヴェーズという自分の妻は、アルトゥールが考える以上にとてもかわいらしく貪欲だ。

「ニナ。僕も、ニナをもっと幸せにしたいといつも考えています」
「まあ」

 ちゅ、とキスをするアルトゥールを、ジェルヴェーズはきゅっと抱き締めた。

「なら、オーリャ様。わたくし、オーリャ様の子をたくさん産みたいわ。オーリャ様にそっくりな子が欲しいの。だから、ね?」
「ニナ……もちろんです」

 ジェルヴェーズは、アルトゥールを喜ばせるのはもちろん、煽ることもとても上手だ。これ以上幸せになんて、いったい何が待っているのかまったく想像がつかない。けれど、ジェルヴェーズがいるかぎり、自分が今より不幸になることはあり得ない。

「ニナ」

 呼び掛けに、「オーリャ様?」とジェルヴェーズが小さく応える。
 微笑んでちょんと額を啄ばむと、ジェルヴェーズは少しくすぐったそうに、そしてふわふわと嬉しそうに笑った。

「わたくし、オーリャ様のことをうんと幸せにするわね」

 アルトゥールは思わずじっとジェルヴェーズを見つめ返してしまう。

「ニナ、それは僕があなたに言うべき言葉ではないかと思うのですが?」
「まあ、当然だわ。わたくしはオーリャ様に幸せにしてもらうのだもの。でも、オーリャ様を幸せにするのはわたくしよ」

 ジェルヴェーズは何を当たり前のことをとキスを返した。
 お互いがお互いを幸せにすることこそが、“末長く幸せに暮らしました”という物語の終わりへ至る道に続くのだ。

「では、僕もニナをもっと幸せにしますね」

 ふふ、と笑って、今度はアルトゥールがキスをする。

 だから、この道は間違いなく“ふたりが末永く幸せに暮らす”道へと続いている。
 アルトゥールもジェルヴェーズも、そう、確信している。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

にこる
2020.01.13 にこる

光霊がオーリャ様なんだと思う。
主人公助けるとなるとそれくらいかなぁと。今回助けたのは面識ないから主人公助ける訳ないし。
主人公は本物のオーリャ様が捕らえられていると思っているからその考えが思いつかないのかな?確かに偽物も自分を倒せばオーリャ様死ぬって言ってたしね。
そりゃ、器がなくなれば戻れないし…

解除

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。