灰色の世界の天上の青

ぎんげつ

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天上の青持つ最愛の君

04.それは甘く蕩けるような

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「エイン! エインウェル!」
「ヒルダ? なんですか?」

 導師に言われて魔術書をいくつも抱えて図書館へと向かう途中、先輩でもある魔術師に呼び止められた。
 まるで夕焼けの太陽のような赤毛に、空というより炎でも揺らめいているような青い目の女魔術師だ。しかも、マデラインの従姉でもある。

 彼女の導師とぼくの導師には交流がある。だから、魔術師学院ウィザードスクールを終わるころから、魔術師協会ウィザードギルドへと所属するようになってからも、こうしてなんだかんだと関わるようになってしまったのだ。

「あらあら、そんな薄い反応でいいのかしら? せっかくディーのこと教えてあげようと思ったのに」

 訝しむようじっと見るぼくを、ヒルダはふふんと面白そうに笑う。

「あんた鉄面皮とか言われてるくせに、ディーのことだとめちゃくちゃわかりやすい反応するよね」

 からかうような態度を崩さないヒルダに、ぼくは小さく息を吐いてしまう。
 ヒルダはいつもこうだ。ぼくが、マデラインのことでおろおろするのを……マデラインのことだと言われて無視できずにいるのを、おもしろがっている。

「ディーがどうかしたんですか。違うなら、ぼくは図書館にこれを運ばなきゃならないので」
「もう、慌てないでよ。ま、どうせすぐ耳に入るんだろうけどさ」

 さ、と促されて、ヒルダと並んで廊下を歩き始めた。ヒルダはくすくすと笑い通しで、やけにうれしそうだ。

「だから、何ですか?」
「ディーが、冬前に叙勲を受けて、正式な騎士になることが決まったの」

 目を瞠るぼくに、ヒルダはまたふふんと得意げに笑う。

「つまり、次の冬の頭と春先のハーピィ討伐にはディーも来るってことよ。
 どうせあんたも行くつもりだったんでしょう? 同じ隊に入れるよう、私のコネを活用してあげようか?」

 ヒルダが無償でこんなこと言うわけがない。じっと窺うように見つめるぼくを、ヒルダはにやにやと笑いながら見返してくる。

「――何と引き換えですか」
「今仕上げてる研究で手が足りないの。ちょっと協力してくれないかしら」
「わかりました」

 やっぱりなともういちど小さく息を吐いて、ぼくは正面に視線を戻す。マデラインと違って、彼女の従姉はとてもちゃっかりした性格だった。

「あ、そうは言っても絶対同じ隊になれる保証はないからね。最終的な決定は祖父だけど、いちおう隊のバランスとかもあるから、そこは了承してね」
「わかってます」

 このヒルダには、学院スクールに入ってすぐに目を付けられた。
 叔父からぼくのことを聞いた、片角の悪魔混じりなんて他にいないし、叔父の言う“エイン”が誰のことかなんてすぐわかったと言われて、小さく溜息を吐いた。
 生来かなりのお節介焼きなんだろう。なんだかんだと関わって来るのは面倒だったけれど、マデラインのことが聞けるのはありがたかった。

 マデラインとは、ぼくが剣を置いた日から、いちども会っていない。
 会ってしまったら、たぶん、ぼくはぐだぐだになってしまって、抑えが利かなくなってしまう。
 もし、マデラインに会いに行ったそこで、マデラインがぼくじゃない、ぼくの知らない騎士の男を見つめていたら?
 そんなことを想像するのは、とても怖かった。
 幸いなことに、これまで、ヒルダの口からマデラインが誰か恋人を作ったという話は出てこなかったけれど、ヒルダが気を遣っただけかもしれないことは、否定できない。

 ――ずっと気になっていたマデラインの従兄が、他の教会の神官と結婚したという話を聞けた時は安心した。
 マデラインは、あの従兄にとても懐いていたから。

 話に聞くマデラインは、とんとん拍子に力を付けていってるようだった。きっと、彼女は騎士に向いていたんだろう。
 あれから背はあまり伸びていないようだ。それでも、小柄な身体を活かした素早い剣は、騎士見習いの中でも群を抜いてると評判だと聞いた。
 いちどくらい会いに行ったらどうかとも言われたけれど、まだ正式な魔術師にもなれていなかったのに、彼女を前にするのは怖かった。

 自分が“格好いい男”になれたかどうか、ぼくは未だに自信を持てずにいる。
 マデラインの目に、ぼくはどう映るのだろう。

 正規の魔術師となって、駆け出しとしてはそれなりに修練を積めているとは思う。ぼくはやはり、剣より魔術のほうが向いていたんだろうと思えるくらいには。
 もう少し、もう少しと先延ばしにしてきたけれど、そろそろ、ぼくも腹を括れということなんだろうか。


 * * *


「悪魔混じりが、なんで教会の任務に混じってるんだ?」

 誰かが小さく、けれどぼくに聞こえるように囁いた。聞こえていないふりを装いながら、ぼくは荷物を確認する。善き神たる猛きものの教会での“悪魔混じり”という種族への風当たりなんて、十分予想できたものだから。

 魔術の触媒袋はしっかりと腰に付いている。魔法薬と、まんがいちの時のための呪文の巻物スクロールを入れた巻物入れスクロールケースもしっかりと止めてある。
 手の杖はいつも持ち歩いてるもので、小ぶりの短剣は専用の剣帯を使って腰の後ろ側に差している。
 準備に、問題はないだろう。
 そうやって、聞こえて来る声をやり過ごす。

 それからちらりと見回して、すぐにマデラインを見つけた。
 最後に会った時よりも大人びて、手足もすらりと長くなっていた。鎧を付けていても、昔よりずっと女の子らしい身体つきになったことはすぐわかった。
 マデラインもすぐにぼくを見つけたようだった。何かを言いたげな目で、ぼくをじっと見つめている。

 きっと、ずっと不義理をしていたことに文句を言いたいんだろう。マデラインどころかオーウェン司祭にも、いちども会ってないんだから。
 ぼくはほんのわずかに会釈をして、マデラインから目を逸らした。



 ハーピィの討伐は、だいたい二手にわかれて行われる。
 中位の術を使える魔術師や司祭を入れたベテランの班は崖上から、ぼくやマデラインのような駆け出しは海上から、それぞれハーピィを攻めるのだ。
 ハーピィはとにかく数が多い。毎年かなりの数を減らすのに、いつの間にかまた増えている。いったいどこからそんなに集まってくるのか、それとも単に繁殖力が強いのか、はっきりとはわかっていない。

 ハーピィの巣は都からそれほど離れていない、崖の続く海岸だ。
 港から船で近づき、“水上歩行”の神術を受けた騎士たちが戦うのを、後方から援護するのが、魔術師の役目だった。
 “飛空”の魔術で上空を飛び回る騎士が追いやったハーピィを、うまく引き摺り下ろして息の根を止める。
 原則として、班でまとまっての行動とは決まっているが、戦いが進めば混戦状態になって、そうもいかない。

 ぼくはマデラインを視界の端に留めながら、小出しに魔術を唱えていく。
 どうせ戦いは長引くのだ。大きな呪文は不測の事態に備え、出し惜しみしておいたほうがいい。

 と、急にハーピィたちの動きが変わった。

 訝しむ暇もなく、2匹のハーピィが騎士を捕まえ、空中に釣り上げる。
 騎士の肩をがっちりと捕まえ、結構な高さへと運び上げ……落としたのだ。

「“混沌なる海に集う力よ。彼の者は羽根なり。風に舞う羽根のごとき軽やかなるものなり”」

 慌てて紡いだ呪文で、海面に叩きつけられることは免れる。だけど、ハーピィたちは他の騎士たちも捕まえようと次々と群がってきた。
 用意している呪文の数は、せいぜい、あとひとりかふたり分しかない。

「固まれ! 互いで守りあうんだ!」

 班長の声に、騎士たちが慌てて陣形を整えようとする。

「ディー!」

 少し離れた場所で戦っていたマデラインは、戻りが遅れて孤立していた。気づいたハーピィがマデラインへと向かう。
 ぼくは慌てて“飛空”の魔法薬を飲むと、甲板にあった予備の長剣を掴んでふわりと舞い上がった。

「“魔力の矢よ!”」

 マデラインを追い回すハーピィを撃ち落とした。ギャアギャアと鳴き声をあげながら集まるハーピィを鞘に入れたままの剣で蹴散らして、ぼくはマデラインの横に舞い降りる。

「ディー、大丈夫?」
「エイン……」

 少し血の気が引いた顔色のマデラインは、ぼくの姿に小さく息を吐いた。

「落ち着いて1匹ずつ相手をしよう。ふたりとも背を取られなければ、そうそう捕まらないから、大丈夫」
「でも、エイン。エインは魔術師なのに、こんな前線に来ちゃって……」
「忘れたの、ディー。ぼくはオーウェン司祭に剣を教わったんだよ」
「でも」
「大丈夫だよ。落ち着いて、ディー」

 ぼくは手の長剣を抜いた。
 駆け出しの魔術師でしかないぼくは、まだたいして多くの魔術は使えない。なら、齧った程度でも、剣を振るうほうが時間を稼げるだろう。
 なにしろ、援軍はすぐそこにいるのだ。ハーピィを振り払って持ちこたえていれば、すぐに助けは来る。

「防御に徹して、あの爪に捕まらないようにするんだ」
「わかったわ」

 背中合わせに立って、ふたりで取り囲むハーピィを振り払う。

 助けはすぐにやって来た。


 * * *


 冬前の討伐戦は終わった。
 予定ほど数は減らせなかったけれど、春先の討伐でカバーはできるだろうという、隊長の言葉を聞きながら都に戻った。
 ぼくとマデラインは、そのまま教会で小半刻一時間ほど班長から注意と説教を受けて、ようやく解放された。

「エイン」
「……なに?」

 教会を出た広場の片隅で、もう行くよと立ち去ろうとしたぼくの腕をマデラインがしっかりと掴む。

「ねえ、どうして会いに来てくれなかったの?」
「どうして、って」
「だって、都にいたんでしょう? 都にいるのに、どうして?」

 唇を噛みしめ、口を真一文字に閉じたマデラインが、ぼくを見上げる。

 あれから身長の差はずいぶん大きくなっていて、マデラインの頭はぼくの肩の高さに届くかどうかというくらいになっていた。

「それは……」
「エインは私のことが嫌いになっちゃった? 顔も見たくなかった?」
「そんなわけない!」

 マデラインの言葉に反射的に返すと、マデラインの顔がくしゃっと歪んだ。

「じゃあ、どうして会いに来てくれなかったの? 都にいるってことも、どうして教えてくれなかったの? どうして?」
「ディー……」
「私、私、エインに会いたかったのに……エインは私になんて、会いたくなかった? 私が、エインの恋人じゃないから、だから……」
「そんなわけない……そんな……ディーに会いたくないわけなんて、ない」
「じゃあ、どうして? 私、エインに会えなくなってわかったの。私、エインが好き。大好き。恋人になりたいくらい好き」

 ぼくの顔に血がのぼる。
 耳の先まで……ひょっとしたら、角の先まで赤くなってるんじゃないかと思うくらいに、顔が熱くなる。

「ディー」

 マデラインを抱き寄せる手が、震える。

「ほんとうに?」
「ほんとうよ。ほんとうにほんとう。ちゃんと意味だってわかってる。私、もう、あの時みたいな子供じゃない」
「ディー」

 ぎゅうっと力いっぱい、マデラインを抱き締める。

「ぼくは、格好よく、なれたかな」
「そんなの、エインは昔っからいちばん格好いいに決まってるわ」

 マデラインも、ぼくをぎゅうっと抱き締める。

「ディーが大好きだ……ディー、ぼくの、恋人になってくれる?」

 マデラインは黙ったままぼくの首に腕を回すと、ぐいと力任せに引き寄せて、唇をしっかりと重ねた。
 マデラインのキスは、あの日とは違う、甘くて蕩けそうな味だった。


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