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1.おいしい餌とオカン吸血鬼
8.月にいちどの
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二週間ぶりの休日だ。
「なんにもやりたくない……」
「そのまま寝ていていいんですよ」
ごろごろ転がりながら呟くと、ミカちゃんがそう言って微笑んだ。ペトラちゃんも、お疲れなのねと心配そうに私を見ている。
ああ、このまま甘やかされてダメ人間になってしまいたい。
この二週間、実機試験やら仕様変更やらの追い込みで、ずっと気の休まる暇はなかった。ついでに休日出勤続きでろくに休暇もなかったし、終電帰りも続いていた。その前に休んだのも一日だけで、ぼーっとしてたら終わったし。
うちの会社の離職率が高いことに納得できる、人使いの荒さである。
ちなみに、つい先日、ペトラちゃんの子グモたちが無事独り立ちしたそうだ。
私が休みなしの残業残業でひーひーしてる間に、ペトラちゃんはちゃんと卵を孵化させていたらしい。
いつの間に、と思う。雄グモはどうやって見つけたのだろう。やはりイケメンクモなんだろうか。そもそもクモのイケメンの基準てなんだろう。
それはともかく、ミカちゃん曰く、風に乗って糸を出した子グモたちが飛んでいくようすはなかなか綺麗だったとか。
見たかったなあ。
ペトラちゃんの次の子グモたちが旅立つときは、ぜひ立ち会わなくては。
そこまで考えて、ああそうだ、と私は大事な約束を思い出した。
「ねえ、ミカちゃん。やっぱり私が疲れてないほうが、味はいいのかな」
「はい?」
「月いちの約束って、明日だったよね」
「ああ、気になさらないでください。律子さんの健康が第一ですから、調子を見て、良さそうなときに戴ければ問題ありません」
いいんですよと手を振るミカちゃんに、ちょっと不安になる。
甘やかされてダメ人間になりたいとはいえ、その言葉に甘んじるのはまずい。ひたすらだらだらなんてしてしまえば、近い将来、ミカちゃんから若くして濡れ落ち葉と呼ばれるような、本気でダメな存在になってしまう。
さすがにまずい。
「でも、ミカちゃんの栄養が足りなくなっちゃう。まだまだこれからも暑いし、日差しも強いんだよ」
「大丈夫ですよ、ご心配なさらず」
あくまで問題ないと笑って返すミカちゃんに、申し訳なくなってしまう。
これもそれも、すべて残業が悪い。
「転職したほうがいいのかなあ」
「どうしてですか?」
溜息混じりにぽろりとこぼすと、ミカちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「だって、今回は二週間で終わったけど、案件次第でこういう状況が数ヶ月続いたりするんだよ。
いろいろしてもらってるのに約束が守れなかったら、ただのたかりだし」
「けれど、律子さんは今のお仕事が気に入っておられるのでは?」
いや、まあ、仕事はね、と私は歯切れ悪くまた溜息を吐く。
「仕事自体はそうなんだけど、忙しすぎるんだよね」
いかに法整備で締め付けがきつくなったところで、仕事は無くならない。人手が足りないのもこんな安い工数で見積もる営業と上のせいだ、などと文句を言ったところで、形だけでも納期が守れなければ会社が潰れてしまう。
――とはいっても、月間の残業時間だけで百を越えるなんてことが続けば、いかに若くて体力があっても人間が壊れてしまうのだ。
今の会社は、そこまで義理立てしたかったりしがみ付きたかったりするほどいい会社ではない。
会社を変える、という選択もあるのだ。
「せめて、残業が今の半分になればいいんだよね。就職してからほとんど仕事しかしてないから、友達とも疎遠になっちゃったし」
「そのことは、少し落ち着いてから改めて考えたほうがよいのでは? 今すぐというわけにもいかないでしょう」
「そうなんだけどね」
たしかに、転職するにしろなんにしろ、今ここでノリと勢いだけで決めるわけにはいかないだろう。
いや、ノリと勢いのあるほうがいいのか?
「とりあえずは、月いちの約束をなんとかしないとね」
「それこそ律子さんの体調次第なのですから、一日や二日でどうかなるものではないと思いますが」
ミカちゃんが苦笑する。
「うーん、わかってるんだけど、でもねえ」
「ですから、少々ずれたところで問題はありませんし、大丈夫ですよ。律子さんのお仕事が落ち着いたのでしたら、来週、調子を見ながらでも」
「それが、本当に落ち着いたか、来週にならないとわかんなくて……」
トラブルさえ起こらなければ大丈夫なはずだが、そのトラブルが起こらないはずがない。今までの経験上もこれまでの作業状況からも、絶対にトラブルは起こるのだとひしひしと感じている。
「絶対、また何かしらトラブると思うんだ」
はあ、とまた溜息を吐いてしまう。溜息が止まらない。
身体は大丈夫なんですか、と心配してくれるミカちゃんの優しさがしみる。
「そうはいっても、先々週からの状況みたいにはならないと思うけど」
「そうですか?」
「――たぶん?」
もちろん、私の希望的観測だ。
案件の炎上ネタなんて、そこら中に転がってるのだから。
「たぶんですか」
ミカちゃんがやれやれと両手を挙げた。
「やはり律子さんの健康優先ですね。倒れてしまっては困りますし」
「なんか、ごめんね」
約束したのにと、私は申し訳なくてしょぼしょぼと項垂れてしまう。
「いいんです。律子さんには健康でいて貰わないと、私が困るんですから」
仕方ないと笑うミカちゃんに、私もつられて笑ってしまった。
「ミカちゃんは律子飼育のプロって感じだね」
「飼育ですか?」
思ってもみなかった単語が出たせいか、ミカちゃんが目を瞠った。
「だって私より私の健康に詳しいし、食事管理と維持にかける情熱もすごいよ。私ひとりだったら、絶対、この残業祭りと暑さで風邪引いてたもん。
でも、ミカちゃんが来てからめっちゃくちゃ健康体」
呆れているのかなんなのか、ミカちゃんがまじまじと私を見つめた。
「――そうやって喜べる律子さんこそ、かなりすごいと思いますが」
「そうかな?」
少し呆れた顔になるミカちゃんを、私も首を傾げて見返す。
どうしたものかと考えて……。
「いつもの月いちのやつは、ミカちゃんさえよければ明日の朝にしようよ。今日しっかり休めれば、明日の朝なら大丈夫だと思うんだ」
「体調に影響がありそうですけど」
「大丈夫だよ。ミカちゃんがちゃんとご飯作って食べさせてくれてるんだから。それに、明日は日曜日で、もう一日休みだして」
「そうですか」
ミカちゃんは「では、お言葉に甘えてそうしましょう」と笑った。
翌朝、すっきり爽やかに目が覚めると、身支度を整えた私はいつものように正座でミカちゃんと向かい合う。
そういえば、いつもこうして“いただきます”から“ごちそうさま”までを改まるのは、どうしてだろう。ミカちゃんは元貴族だから、行儀がいいのかな。
「それでは、いただきます」
両手を合わせてぺこりとお辞儀をするミカちゃんに、私も頭を下げる。
すっと手を伸ばしたミカちゃんに、ふんわりと抱き寄せられて、私は思わず目を瞑ってしまう。
いつもいつも、この瞬間だけはドキドキしてしまうのだ。
ミカちゃんの吐息が首にかかる。
ぺろんと舐められて、くすぐったさのようななんとも言えないぞくぞく感も、背筋を駆け上がる。
「は……」
チクリという小さな痛みとともに、うっとりとする恍惚感に吐息が漏れた。
血を飲まれるというのは、本当はもっと怖いことのはずだ。それなのに、このまま全部吸い尽くされたらどうなるんだろう、などとも考えてしまう。
この行為に伴う甘美な恍惚感は、いわゆる背徳感というものなんだろうか。
そして、私は今日も一日休みである。
ゆえに、ミカちゃんは遠慮なくこのひと時を堪能することにしたらしい。
いつもよりずっと時間をかけて血を味わっている。
「ん……ふ、ぅ」
じっくり湧き上がる恍惚感に軽く悶えてしがみつくと、ミカちゃんが私を抱える腕に力を込めた。
単に抱き締めようとしているのか、絶対に逃すまいとしているのか――ミカちゃんの腕に込められた力はそのどちらとも取れる。
けれど、そのどちらでも構わないんじゃないだろうか。
少しずつ、少しずつ、舐めるように血を吸われて、なぜか身体までが熱くなってきた。熱さに灼かれて身悶えしながら、私はミカちゃんに縋り付く。
「……あつい」
吐息に紛れて小さく呟くと、ミカちゃんがかすかに笑ったようだった。
はあはあと息までが荒くなる。
感じている熱さのせいなのか、それとも相変わらずぞくぞくと背を走る恍惚感のせいなのか。
ミカちゃんの腕にこもる力が増す。
「く……ぅ」
ようやくミカちゃんの食事が終わった。
食い込んだ牙が引き抜かれて、ぺろりと首筋が舐められる。
はあはあと息を荒げながら、私は身体を震わせた。
なぜだか熱くてしかたない。
「やはり、体調が戻りきってなかったのですよ」
ミカちゃんに笑みを湛えた声で低く囁かれて、そうかと納得する。
こんなに熱くて頭がぼうっとするのも、ふわふわ身体が浮いてるようなのも、どこか夢を見ているみたいなのも、残業疲れが回復してなかったからか。
「ですから、このままお休みになってくださいね」
ぼんやりと頷く私を、ミカちゃんはベッドにそっと横たえる。
「今日も良いお味でした」
「ん……っ」
もう一度囁いて、ミカちゃんは私の喉に齧るようなキスをした。名残惜しそうにゆっくりと唇を離し、ぺろりとまたひと舐めする。
その舌の感触を最後に、私はすうっと眠りに落ちてしまった。
「こんな無防備をさらすなんて、襲ってくれと言っているようなものだとは思わないのでしょうか。
私をなんだと考えているのでしょうね、律子さんは」
* * *
ぱちんと目を覚ますと、もうお昼をやや過ぎたくらいの時間だった。
「あれ、私、寝ちゃったんだ」
「おはようございます。体調はいかがです? お腹が空いてるのではありませんか?」
台所から漂ってくるいい匂いとミカちゃんの声に、「空いてる、すごく空いてる!」とすかさず答えると、くすくすという笑い声が聞こえた。
「そのようすなら、体調は大丈夫そうですね。けれど、まだ疲れが残っていたようですし、午後もゆっくりなさってくださいね」
たしかに、頭の奥はまだぼうっとしているし、身体も微妙にだるいような、熱っぽいような……?
ま、二週間休み無しで毎日終電帰りだったのだ。これくらい仕方ない。
「うん、ミカちゃんのお言葉に甘えて、午後もだらだらさせてもらうね」
食卓についた私に今日のお昼のオムライスを出しながら、ミカちゃんは、「ええ、そうなさってください」と、にっこり笑って頷いた。
「なんにもやりたくない……」
「そのまま寝ていていいんですよ」
ごろごろ転がりながら呟くと、ミカちゃんがそう言って微笑んだ。ペトラちゃんも、お疲れなのねと心配そうに私を見ている。
ああ、このまま甘やかされてダメ人間になってしまいたい。
この二週間、実機試験やら仕様変更やらの追い込みで、ずっと気の休まる暇はなかった。ついでに休日出勤続きでろくに休暇もなかったし、終電帰りも続いていた。その前に休んだのも一日だけで、ぼーっとしてたら終わったし。
うちの会社の離職率が高いことに納得できる、人使いの荒さである。
ちなみに、つい先日、ペトラちゃんの子グモたちが無事独り立ちしたそうだ。
私が休みなしの残業残業でひーひーしてる間に、ペトラちゃんはちゃんと卵を孵化させていたらしい。
いつの間に、と思う。雄グモはどうやって見つけたのだろう。やはりイケメンクモなんだろうか。そもそもクモのイケメンの基準てなんだろう。
それはともかく、ミカちゃん曰く、風に乗って糸を出した子グモたちが飛んでいくようすはなかなか綺麗だったとか。
見たかったなあ。
ペトラちゃんの次の子グモたちが旅立つときは、ぜひ立ち会わなくては。
そこまで考えて、ああそうだ、と私は大事な約束を思い出した。
「ねえ、ミカちゃん。やっぱり私が疲れてないほうが、味はいいのかな」
「はい?」
「月いちの約束って、明日だったよね」
「ああ、気になさらないでください。律子さんの健康が第一ですから、調子を見て、良さそうなときに戴ければ問題ありません」
いいんですよと手を振るミカちゃんに、ちょっと不安になる。
甘やかされてダメ人間になりたいとはいえ、その言葉に甘んじるのはまずい。ひたすらだらだらなんてしてしまえば、近い将来、ミカちゃんから若くして濡れ落ち葉と呼ばれるような、本気でダメな存在になってしまう。
さすがにまずい。
「でも、ミカちゃんの栄養が足りなくなっちゃう。まだまだこれからも暑いし、日差しも強いんだよ」
「大丈夫ですよ、ご心配なさらず」
あくまで問題ないと笑って返すミカちゃんに、申し訳なくなってしまう。
これもそれも、すべて残業が悪い。
「転職したほうがいいのかなあ」
「どうしてですか?」
溜息混じりにぽろりとこぼすと、ミカちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「だって、今回は二週間で終わったけど、案件次第でこういう状況が数ヶ月続いたりするんだよ。
いろいろしてもらってるのに約束が守れなかったら、ただのたかりだし」
「けれど、律子さんは今のお仕事が気に入っておられるのでは?」
いや、まあ、仕事はね、と私は歯切れ悪くまた溜息を吐く。
「仕事自体はそうなんだけど、忙しすぎるんだよね」
いかに法整備で締め付けがきつくなったところで、仕事は無くならない。人手が足りないのもこんな安い工数で見積もる営業と上のせいだ、などと文句を言ったところで、形だけでも納期が守れなければ会社が潰れてしまう。
――とはいっても、月間の残業時間だけで百を越えるなんてことが続けば、いかに若くて体力があっても人間が壊れてしまうのだ。
今の会社は、そこまで義理立てしたかったりしがみ付きたかったりするほどいい会社ではない。
会社を変える、という選択もあるのだ。
「せめて、残業が今の半分になればいいんだよね。就職してからほとんど仕事しかしてないから、友達とも疎遠になっちゃったし」
「そのことは、少し落ち着いてから改めて考えたほうがよいのでは? 今すぐというわけにもいかないでしょう」
「そうなんだけどね」
たしかに、転職するにしろなんにしろ、今ここでノリと勢いだけで決めるわけにはいかないだろう。
いや、ノリと勢いのあるほうがいいのか?
「とりあえずは、月いちの約束をなんとかしないとね」
「それこそ律子さんの体調次第なのですから、一日や二日でどうかなるものではないと思いますが」
ミカちゃんが苦笑する。
「うーん、わかってるんだけど、でもねえ」
「ですから、少々ずれたところで問題はありませんし、大丈夫ですよ。律子さんのお仕事が落ち着いたのでしたら、来週、調子を見ながらでも」
「それが、本当に落ち着いたか、来週にならないとわかんなくて……」
トラブルさえ起こらなければ大丈夫なはずだが、そのトラブルが起こらないはずがない。今までの経験上もこれまでの作業状況からも、絶対にトラブルは起こるのだとひしひしと感じている。
「絶対、また何かしらトラブると思うんだ」
はあ、とまた溜息を吐いてしまう。溜息が止まらない。
身体は大丈夫なんですか、と心配してくれるミカちゃんの優しさがしみる。
「そうはいっても、先々週からの状況みたいにはならないと思うけど」
「そうですか?」
「――たぶん?」
もちろん、私の希望的観測だ。
案件の炎上ネタなんて、そこら中に転がってるのだから。
「たぶんですか」
ミカちゃんがやれやれと両手を挙げた。
「やはり律子さんの健康優先ですね。倒れてしまっては困りますし」
「なんか、ごめんね」
約束したのにと、私は申し訳なくてしょぼしょぼと項垂れてしまう。
「いいんです。律子さんには健康でいて貰わないと、私が困るんですから」
仕方ないと笑うミカちゃんに、私もつられて笑ってしまった。
「ミカちゃんは律子飼育のプロって感じだね」
「飼育ですか?」
思ってもみなかった単語が出たせいか、ミカちゃんが目を瞠った。
「だって私より私の健康に詳しいし、食事管理と維持にかける情熱もすごいよ。私ひとりだったら、絶対、この残業祭りと暑さで風邪引いてたもん。
でも、ミカちゃんが来てからめっちゃくちゃ健康体」
呆れているのかなんなのか、ミカちゃんがまじまじと私を見つめた。
「――そうやって喜べる律子さんこそ、かなりすごいと思いますが」
「そうかな?」
少し呆れた顔になるミカちゃんを、私も首を傾げて見返す。
どうしたものかと考えて……。
「いつもの月いちのやつは、ミカちゃんさえよければ明日の朝にしようよ。今日しっかり休めれば、明日の朝なら大丈夫だと思うんだ」
「体調に影響がありそうですけど」
「大丈夫だよ。ミカちゃんがちゃんとご飯作って食べさせてくれてるんだから。それに、明日は日曜日で、もう一日休みだして」
「そうですか」
ミカちゃんは「では、お言葉に甘えてそうしましょう」と笑った。
翌朝、すっきり爽やかに目が覚めると、身支度を整えた私はいつものように正座でミカちゃんと向かい合う。
そういえば、いつもこうして“いただきます”から“ごちそうさま”までを改まるのは、どうしてだろう。ミカちゃんは元貴族だから、行儀がいいのかな。
「それでは、いただきます」
両手を合わせてぺこりとお辞儀をするミカちゃんに、私も頭を下げる。
すっと手を伸ばしたミカちゃんに、ふんわりと抱き寄せられて、私は思わず目を瞑ってしまう。
いつもいつも、この瞬間だけはドキドキしてしまうのだ。
ミカちゃんの吐息が首にかかる。
ぺろんと舐められて、くすぐったさのようななんとも言えないぞくぞく感も、背筋を駆け上がる。
「は……」
チクリという小さな痛みとともに、うっとりとする恍惚感に吐息が漏れた。
血を飲まれるというのは、本当はもっと怖いことのはずだ。それなのに、このまま全部吸い尽くされたらどうなるんだろう、などとも考えてしまう。
この行為に伴う甘美な恍惚感は、いわゆる背徳感というものなんだろうか。
そして、私は今日も一日休みである。
ゆえに、ミカちゃんは遠慮なくこのひと時を堪能することにしたらしい。
いつもよりずっと時間をかけて血を味わっている。
「ん……ふ、ぅ」
じっくり湧き上がる恍惚感に軽く悶えてしがみつくと、ミカちゃんが私を抱える腕に力を込めた。
単に抱き締めようとしているのか、絶対に逃すまいとしているのか――ミカちゃんの腕に込められた力はそのどちらとも取れる。
けれど、そのどちらでも構わないんじゃないだろうか。
少しずつ、少しずつ、舐めるように血を吸われて、なぜか身体までが熱くなってきた。熱さに灼かれて身悶えしながら、私はミカちゃんに縋り付く。
「……あつい」
吐息に紛れて小さく呟くと、ミカちゃんがかすかに笑ったようだった。
はあはあと息までが荒くなる。
感じている熱さのせいなのか、それとも相変わらずぞくぞくと背を走る恍惚感のせいなのか。
ミカちゃんの腕にこもる力が増す。
「く……ぅ」
ようやくミカちゃんの食事が終わった。
食い込んだ牙が引き抜かれて、ぺろりと首筋が舐められる。
はあはあと息を荒げながら、私は身体を震わせた。
なぜだか熱くてしかたない。
「やはり、体調が戻りきってなかったのですよ」
ミカちゃんに笑みを湛えた声で低く囁かれて、そうかと納得する。
こんなに熱くて頭がぼうっとするのも、ふわふわ身体が浮いてるようなのも、どこか夢を見ているみたいなのも、残業疲れが回復してなかったからか。
「ですから、このままお休みになってくださいね」
ぼんやりと頷く私を、ミカちゃんはベッドにそっと横たえる。
「今日も良いお味でした」
「ん……っ」
もう一度囁いて、ミカちゃんは私の喉に齧るようなキスをした。名残惜しそうにゆっくりと唇を離し、ぺろりとまたひと舐めする。
その舌の感触を最後に、私はすうっと眠りに落ちてしまった。
「こんな無防備をさらすなんて、襲ってくれと言っているようなものだとは思わないのでしょうか。
私をなんだと考えているのでしょうね、律子さんは」
* * *
ぱちんと目を覚ますと、もうお昼をやや過ぎたくらいの時間だった。
「あれ、私、寝ちゃったんだ」
「おはようございます。体調はいかがです? お腹が空いてるのではありませんか?」
台所から漂ってくるいい匂いとミカちゃんの声に、「空いてる、すごく空いてる!」とすかさず答えると、くすくすという笑い声が聞こえた。
「そのようすなら、体調は大丈夫そうですね。けれど、まだ疲れが残っていたようですし、午後もゆっくりなさってくださいね」
たしかに、頭の奥はまだぼうっとしているし、身体も微妙にだるいような、熱っぽいような……?
ま、二週間休み無しで毎日終電帰りだったのだ。これくらい仕方ない。
「うん、ミカちゃんのお言葉に甘えて、午後もだらだらさせてもらうね」
食卓についた私に今日のお昼のオムライスを出しながら、ミカちゃんは、「ええ、そうなさってください」と、にっこり笑って頷いた。
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