真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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2.推定食料と彼氏志望

2.真・オカンの来襲

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 次の案件が決まって火を噴くまで、週末はふつうにお休みだ。
 今日も今日とてごろごろと転がりながら、どうしたものかと考える。

「律子さん、ごろごろしてばかりでは、健康にも美容にもよくありませんよ」
「うん、そうだねぇ」
「何かお悩みですか?」

 悩みは悩みでも、ミカちゃんの“彼氏(お試し)”をどうしたものかという悩みである。まさか本人に言えるわけもない。
 だから私は「そういうわけじゃないよ」と手を振るだけにとどめておいた。
 へらっと笑いながら。

 と、そこでいきなり私のスマホがぶるぶる震えだした。
 慌てて手を伸ばすと、今度は玄関チャイムがピンポーンと鳴った。続けてガチャガチャうるさく鍵を開ける音がする。

「何事ですか?」

 ミカちゃんが眉を顰めて玄関へ向かう。
 私は一瞬だけ戸惑ったけれど、すぐにある可能性に思い至った。

 ──このパターンは、やばい。

「律子ー、来たよー!」
「ちょっ、お母さん、来る時は家出る前に連絡してっていつも言ってるのに! メール来たの今だし!!」

 慌てて玄関へ走ると、時すでに遅し。
 野菜みっちりの段ボール箱を抱えたまま呆気に取られた顔のお母さんと、驚き顔のミカちゃんがバッチリご対面していた。

「律子さんの、お母様ですか」
「――律子、この外人さん、誰」
「あっ、あの、お母さん」

 いったい何と言い訳したものか。
 おろおろする私をよそに、ミカちゃんはにっこり微笑むと優雅に一礼をする。キラキラの王子スマイルと振る舞いだった。
 お母さんの態度があからさまに変わる。

「はじめまして、律子さんとお付き合いをさせていただいております、ミカ・エルヴァスティと申します」
「へっ、はっ、あの、お母さん」
「律子。あんた、いったいいつの間にこんな彼氏捕まえたの」

 目をまん丸にしたお母さんは、段ボール箱をミカちゃんに押し付けて、くるりと後ろを振り返った。
 いつもの駐車場に車を停めたお父さんが、歩いてくるところだった。

「お父さん、お父さん、大変よ! 律子が!」
「あああ、お母さんちょっと待ってえ!」

 私の制止を振り切って、お母さんはのんびり歩くお父さんへと走り寄る。
 大変大変と大騒ぎのお母さんは、とにかく大変だから早くと、お父さんの腕をぐいぐい引っ張り戻ってきた。

 ――そして三十分後。

 ミカちゃんとうちの親(主に母)はにこやかに談笑していた。
 麦茶のグラスの氷が溶けて、カランと音を立てる。ペトラちゃんは空気を読んでか、ちらりとも姿を見せない。

「本日いらっしゃるとわかっておりましたら、もう少しきちんと準備を整えておきましたのに」
「いえいえ、そんなお気遣いなく。このだらだら娘にこんなしっかりした彼氏ができたってだけで、ねえ、お父さん」
「ん、ああ」

 お父さんは対応に困ったように歯切れの悪い返事を繰り返している。
 だが、お母さんのテンションは上がりっぱなしだ。ミカちゃんの職業だなんだと根掘り葉掘り聞きまくっている。
 それに淀みなく答えているミカちゃんもさすがである。答える内容も、どうやらお母さんのお気に召したらしい。

 それにしても、まさかミカちゃんが勤務先の名刺を持っているなんて。
 以前聞いたときは、互助組合みたいな会社に名前だけ在籍してる……みたいな口ぶりだったけれど、実はその会社の役員らしい。
 驚きだ。

 その割に、仕事に行くところを見たことないけど、いいのだろうか。
 もしかして在宅勤務なのか。
 もしかして、ミカちゃんはその会社に相当な出資をしているのだろうか。
 会社組織ってどうなってるんだっけ?
 役員てどう決めるものなの?

 と、そこまで考えて、さらにもしかしてと考える。
 これは偶発イベントではあるものの、今まさにミカちゃんは外堀を埋め立てているところなのではないか。

「どうかしましたか?」

 はっとミカちゃんを見れば、にっこりと微笑み返された。
 確信犯だ。
 間違いない、ミカちゃんは、誤用の方の確信犯だ。

「あ、あの、おか……」
「律子、今度のシルバーウィークにはちゃんと帰ってきなさい。もちろん、ミカさんも一緒にだからね」
「えっ」
「お彼岸にはちゃんとお墓参りして、一昨年亡くなったお爺ちゃんにもしっかり報告しないとね」
「あっ、だから、おかあ……」
「お婆ちゃんも喜ぶわねえ。あんたにいい人はいないかって、最近ずーっと気にしてたし、律子の花嫁姿見るまで死ねないっていつも言ってるもんねえ」
「ちょ、その」
「まさか金髪の孫婿ができるなんて、お婆ちゃんびっくりしちゃうわあ」
「ぜひお伺いさせていただきます」
「え、ミカちゃん!?」

 そこまでお母さんがノリノリであることのほうがびっくりだ。
 ミカちゃんもちゃっかり了承してるし、いったいどういうことなの。

「いや、お母さんは気が早過ぎるってば」
「そんなことないわよ。いい?」

 このまま押し切ろうというお母さんの勢いはすごかった。どうにか抑えようとしたが、まったくの無駄骨だった。
 どこそこの娘さんがいくつで結婚してこの前子供が生まれただの、同級生のだれそれさんはもう二人めがどーたらだのと、どうでもいい情報を怒涛の勢いでまくしたてられたのだ。すべてに「だからお前も早く結婚しろ」という結論に収束する超展開まで付けて。
 いつも私が聞き流してると思って、ここぞとばかりに言い立てる。
 これがオカンストリームか。

 二十五といえば、たしかに田舎では結婚してる歳かもしれない。
 だけど今時、三十過ぎようとも独身だって普通なのに!

「でもねお母さん、都会で働いてたら二十五で結婚してる人のほうが少ないんだよ……って、聞いてないし!」

 何を言い返しても、お母さんの勢いは止まらなかった。
 いつの間にか娘と同居していたミカちゃんという存在は、お母さんにとって青天の霹靂、確変フィーバーというやつなんだろう。
 見た目も仕事もこれ以上ない掘り出し物を、絶対に逃がしてなるものかという食い付きっぷりだ。
 お父さんは空気になってないで、もうちょっと反対とかしたらどうなのか。
 だって、娘の彼氏(お試し)と娘の自宅でいきなりご対面という事態に、怒るところではないのか。

「夕食は食べていかれますか?」

 ミカちゃんは平常運転過ぎる調子でお母さんに尋ねた。
 なんで私じゃなくミカちゃんがそんな申し出をしているんだろう。まあ、この家の主婦は間違いなくミカちゃんなんだけど。

「そうしたいけど、明日は組合の集まりがあるから、遅くなれないのよ」
「それは残念ですね」
「そうねえ。まあ、うちに来たときにうんとご馳走するから。ね、お父さん」
「ああ」

 ここから実家まで、車でたっぷり二時間以上かかってしまう。夕食を食べるなら泊まりでないと厳しい。
 残念だとしきりに繰り返しながら、お母さんたちは日が沈む前に帰っていった。真正面から嵐を乗り切ったみたいで、私はへとへとだ。



「ねえ、ミカちゃん」
「はい」
「どうしよう」
「何がでしょうか?」

 わかってるくせにわかってないフリですっとぼけるつもりなのか、ミカちゃんはいつものにこにこ笑顔で首を傾げるだけだ。

「なにがじゃなくって、うちのお母さん、あの調子じゃ私とミカちゃんが結婚するとか思ってるよ、絶対に」
「そうですね」
「そうですねって、何がそうですねなの?」

 平然と頷くミカちゃんに混乱していると、「私は構いませんよ」と極上の笑顔でミカちゃんが言ってのけた。

「最初に申しましたよね。あなたのことはもう離しませんと」
「――あっ」

 はじめて会ったあの真夏日、たしかにミカちゃんは、私をしっかり捕まえてそんなことを言っていた気がする。
 じゃあ、この“お試し”の意味ってなに?

「でっ、でもさミカちゃん」
「ですから、私は構いませんよ。結婚となれば、合法的に律子さんを離さずに置けますし。律子さんはお嫌ですか?」
「嫌とかじゃなくて」
「では、何がご不満なのですか?」
「ふっ、不満っていうか」
「はい」

 にこやかな笑顔のまま、ミカちゃんがずいと寄ってきた。
 私は思わず後退り、ごくりと唾を飲み込んだ。

「だって、前も言ったけど、ミカちゃんがやってるのは律子飼育でしょ? さすがの私も、飼育員に惚れちゃうゴリラみたいなことにはならないと思うんだ」

 ミカちゃんは、また、ずずいと間を詰めてくる。

「飼育員ですか?」

 じりじり下がる私に、ミカちゃんはさらに迫る。
 ついに壁際に追い込まれたこれは、ひょっとして、いわゆる壁ドンという体勢なのではないだろうか。

「みみみ、ミカちゃん」

 焦る私の顔に、ミカちゃんが思い切り顔を寄せた。

「ねえ、律子さん」

 ひいいと恐れおののき、思わず目を瞑る私の唇を、ミカちゃんが舐めた。

「飼育員が担当の動物にこんなことをしますか?」
「んっ」

 ミカちゃんが囁いて、私にキスをする。
 舌を差し入れられ、口の中まで舐められて、もうどうしていいかわからない。肉食獣に舐められてるとしか思えない。

「ひっ」

 ぐいと抱き寄せられて、思わずびくりと震えてしまった。
 ミカちゃんは唇を離してくつくつと笑う。

「大丈夫ですよ。律子さんのことは、こんなに大切にしているでしょう?」

 耳元で囁かれて、またキスをされるけど、食われるんだとしか思えない。

「月にいちどのほうは平然としているのに、なぜです?」
「そ、そんなの、どうしてかなんて、わかんないし」
「けれど、怯える律子さんはとても可愛らしいですね」

 その“可愛らしい”という言葉は、きっと小動物かなんかに対する可愛らしいと同義なんじゃないだろうか。

「そっ、だっ、だって、私ってミカちゃんの捕食対象じゃない!」
「食い尽くしたりなんて、しませんよ?」

 ほら、否定しない。
 やっぱり餌なんだ。
 私はミカちゃんの餌で、ミカちゃんに狩られて食べられちゃうんだ。

「律子さんがお望みなら、なんでもいたしましょう」

 けれど、あくまでも優しく、ミカちゃんが囁く。

「ですから、すべて私のものにおなりなさいな」
「すべて、って」

 逃さない、ということなのか、しっかりと私を抱き締めて、ミカちゃんはまたキスをした。何度も何度も、味わうように。

 やっぱり私はミカちゃんの獲物なのだ。

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