真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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5.吸血鬼と私

7.吸血鬼会議

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 ポカンとしたままどうぞくどうぞくと考えて、あ、とようやく気が付いた。

「ええと、どうするって、私も吸血鬼になる方法があるからどうかってこと? でも、吸血鬼って感染うつらないんじゃなかった?」
「ただ血を飲むだけでは感染りません。けれど、同族として迎える方法はちゃんとありますよ……律子さんが望むなら、ですが」
「え……」

 私が望むなら――って、意外に重い選択な気がする。

 ミカちゃんはいつもの笑みを浮かべているけど、それは社交辞令の外向きの笑みだ。落ち着いて青に戻った目は、どことなく不安げに揺れているようでもあった。なら、私もちゃんと考えなきゃいけないだろう。
 けれど……。
 そんなに不安なら、私の意思なんか訊かないでさっさとやっちゃって、事後承諾ってことにすればいいのに。私のことだから、なっちゃったものは仕方ないなあなんて適当に諦めて、吸血鬼ライフをどう謳歌しようって考え出すに決まってるんだから。

「んー」

 目を瞑って眉間に皺を寄せる私を、ミカちゃんがじっと見つめている。

「今すぐ決心とかは、ちょっと無理かなあ」

 てへっと笑うと、ミカちゃんも笑い返すように目を細めた。

「だいたい、こんな、朝ご飯何にしたい? みたいな聞き方されても脳味噌が仕事してくれないし、ちゃんと考えられないって」
「律子さんがぼんやりしたまま頷いてくださればと思ったんですが」

 笑いながら言うミカちゃんは、果たして本気なのかどうなのか。
 私も釣られて笑って、呆れた口調で返す。

「どさくさ狙いさせたら、ミカちゃんの右に出るものはないね」
 ミカちゃんは笑いながら、黙って私にキスをした。



 私を紹介する長老会議というのは、やっぱり夜に開かれるとのことだった。
 皆、基本的に夜行性なんだから当然か。
 部屋の窓からずーっと続く森を眺める。いまは夏だから、完全に日が沈むのは相当遅くなってからだろう。

「ねえ、ミカちゃん」
「はい」
「ミカちゃんて、ずーっと昔はこの辺りに住んでたの?」
「そうですね……もう少し東で、しょっちゅう国境の変わる場所でした」
「ふうん」

 今でこそスーツの似合う資産階級って顔してるけど、時代が時代なら厳つい鎧姿だったりしたんだろうか。

「どうしましたか?」
「んー、ミカちゃんが鎧姿で戦ったりするのって想像できないなと思ったの」

 ミカちゃんがくすりと笑う。

「世が世なら、律子さんを姫君のようにドレスと宝石で飾り立ててお迎えするところなのですが」
「えー。それはないよ。ドレスってちゃんと胸とお尻がたっぷりでお腹ほっそりの白人じゃないと似合わないんだよ」
「コルセットでちゃんと締めてあげますよ」
「え、それすごく苦しそう」

 思わず自分のお腹を見下ろす私を、ミカちゃんはくすくす笑いながらお姫様抱っこで抱き上げる。

「わ、わ、ちょっ、ミカちゃん!」
「律子さんには細身に仕立てたものが似合いますよ。肩周りはとても華奢ですし、スカートは柔らかい生地でたっぷりと、けれどあまり膨らませず腰に沿って流れるように落ちるデザインで」

 ミカちゃんは珍しくはしゃいでる。これは仲間内にいよいよ私のお披露目ってことで、テンションだだ上がりってことなんだろうか。

「それってもろに体型わかるやつじゃん。ハードル高すぎだよ。お腹の厚みがバレちゃうって!」
「大丈夫ですよ。律子さんはかわいいですから」
「それミカちゃんの欲目!」
「そんなことはありません」

 私には、ここ最近、ミカちゃんの審美眼がとてもまずいことになってるとしか思えないんだけど。



 日が沈み、空がようやく完全に真っ暗になった。ボーンボーンと廊下の大きな柱時計が鳴り響き、日付が変わる時刻を知らせる。

 ミカちゃんが用意してくれた、ちょっと気取ったワンピースに着替える。髪の毛をきちんとまとめて、いつもよりちょっと派手に化粧をして、爪もきれいに塗って、ちょっと甘い香りの香水まで付けて、完璧に装う。
 全部がミカちゃんプロデュースだ。

「おかしくないかな?」
「いつも以上にかわいいですよ」

 冠婚葬祭ですらこんなに着飾ったことがないのに、本当に大丈夫だろうか。ミカちゃんの返事はアテにならない気がするんだけど。

 迎えに来た元神父さんの案内とミカちゃんのエスコートで廊下を進む。このエスコートというのも慣れないものだなと思うけど、いつもの倍くらい踵が高い靴を履いていると、なるほど、いいシステムだ。
 爪先立ちになるくらい高くて細いヒールで歩くなんて、私にはミカちゃんのエスコートがなければ無理だろう。あっという間に転んで足首捻挫しそうだし。
「“閣下ロード”と律子嬢です」
 ギイっと開いた扉の向こうは大きな広間で、その真ん中に、これまたでっかい円卓が置かれていた。
 その円卓を取り囲む六つの椅子の、そのうちふたつが空席だ。四つの椅子には既に誰かしらが着席していた。

 ミカちゃんの影から、私はこっそり部屋を見渡した。
 わずかに白髪混じりな黒髪の、美女を三人従えた見た目アラフォーのダンディおじさまは、“男爵バロン”だろう。双子の美少年を侍らせた、某セレブ姉妹の姉の方を彷彿とさせる“夫人マダム”という美魔女もいる。もうひとりは、ブルネットにいわゆるゴスロリっぽいフリフリドレスで着飾った、見た目まだ高校生くらいの“お嬢さんレディ”だ。彼女の後ろには、かっちりしたスーツ姿の男性がひとり、姿勢良く立っていた。
 もちろん、アロルドさんもいる。
 あらかじめミカちゃんが教えてくれた、三人のいかにもな呼び名は通称らしい。名前も教えてもらったけど、私には覚えきれなかった。
 ちなみに、アロルドさんの通称は“商人マーチャント”で、ミカちゃんの通称は“閣下ロード”なんだそうだ。
 そのままなんだな、とつい感心してしまった。

 ミカちゃんに促されて、空いた席のひとつに向かう。
 椅子はひとつなのにどうするのかと思えば、ミカちゃんは私をひょいと横抱きに抱えてそのまま座ってしまった。
「ね、後ろに立ってるんじゃなくていいの?」
「律子さんを立たせたままになんてしませんよ」
 こそっと耳打ちすると、ミカちゃんはだだ甘く微笑み返してきた。

『それで、“閣下”。今日の招集はその娘が要件かしら? あなたもとうとう下僕サーヴァントを迎えようという気になったと?』
『いえ』

 当たり前だが言葉がわからない。たぶん英語……かなと思うけれど、早口すぎて聞き取れない。
 “夫人”の言葉に、ミカちゃんはにっこりと笑って返していた。どっちもにこやかな表情なのに、なぜか緊張で冷や汗が滲む。

『“下僕”などではありませんよ、“夫人”』

 “サーヴァント”と聞こえた気がして見上げると、ミカちゃんが「大丈夫ですよ」と囁いて頭にキスを落とす。こんな人前なのに。
 “夫人”と“男爵”がほんのりと怪訝そうな顔になった。“お嬢さん”が興味なさそうに頬杖をつくと、ミカちゃんと私を交互に見て口を開いた。

『まさか、“花嫁”とでも言うつもりかしら』

 淡々としているようで、声色はどこか馬鹿にいているようだった。ミカちゃんはそれで気を悪くしたようすもないけれど……。

『そうですよ』

 まるで「よくできましたね」と犬にでも言うような調子で、いつも天使を煽る時のような笑みを浮かべるミカちゃんは、もしかして実は怒ってる?
 言い返された“お嬢さん”も思い切り眉を顰めて、なぜか私をじろりと睨んだ。

 吸血鬼は、仲が悪いんだろうか。

 たしかにミカちゃんは、皆好き勝手してて普段バラバラだと言ってたけど、バラバラなのと険悪なのでは随分違うんじゃないのか。
 だから、あんなに警戒していたのか。

『あの“閣下”が、まさか人間の女にうつつを抜かす日が来るとはね』

 くっくっと“男爵”が笑い出す。後ろの女性たちもさざめくように笑い出して、これはどう反応すればいいのだろうか。

『それとも、やっと“甘露”を手に入れたかと、祝いを送るべきかな』
『いいえ。彼女は“甘露”ではありませんよ』

 “男爵”が驚いた顔になる。なんだろう。ミカちゃんが私と結婚するというのはそんなにすごいことなんだろうか。

『では、“甘露”でもないのに花嫁として迎えると? おやおや、これは酔狂な。さすがの“閣下”も、長く人間たちに混じりすぎたということか。随分と俗世に馴染んでしまったように見える』
「ミカ……あ、いや、閣下殿。お前、随分買い被られてるぞ。お前がそんな俗なこと言い出すとは思われてなかったみたいだ」

 あ、やっとわかる言葉で喋ってくれた、と思ったらアロルドさんだった。

「――あなたに“閣下殿”などと呼ばれると気持ち悪いですね。それに、その呼び方では敬称が二重になっているようですが」
「あ、そうか?」

 アロルドさんがちらりと私を見てにやりと笑う。アロルドさんはこの中じゃ若手のほうだと聞いてるけど、それでも何百年も生きてるとかなんとか……以前聞いた、大航海時代だかその後だか何だかに船団を作って海を渡った吸血鬼というのはアロルドさんなんだと、後からミカちゃんが教えてくれた。
 若い分、かなりチャレンジャーな吸血鬼らしい。

「じゃあ閣下、確認するが、ここでお前がその人間を“花嫁”に迎えることを否決されたら、どうする?」
「そんなこと、決まっているでしょう。否決などさせませんが」

 どこまでも当然のことのように微笑むミカちゃんは、いったい何を企んでいるのか。私にすら、無言の圧力のようなものを感じる。

「み、ミカちゃん……あの、あんまり無茶しないでね?」
「大丈夫ですよ、律子さん」

 そこはかとなく心配になる私に、ミカちゃんはいつものように笑って返すけれど、その大丈夫は、どのくらい大丈夫なのだろうか。

「――昼のうちに、日本の支部に問い合わせたんだよな。そっちに“天使”はいるか、って」

 え、と思う間も無く、アロルドさん以外の三人がぎょっとしたようにアロルドさんへと顔を向ける。

『“天使”、ですって?』

 もともと青白い顔色をますます白くして呟く“夫人”の後ろから、双子が心配そうに腕を回して抱き締めた。

『まさか“閣下”は、天の教会と手を結んだのか?』
『それこそまさかですが。あの教会が今さら私たちと仲良くしようなど、あり得ないことでしょう』

 また、ミカちゃんは煽るような笑いを浮かべる。ミカちゃんにも、吸血鬼仲間と仲良くする気はないんだろう。

『単に、私の“花嫁”が天使のひとりと親しくしているというだけの話ですよ』

 くすくす笑いながら、ミカちゃんがまた私にキスをする。膝の上に抱っこされてるだけでむちゃくちゃ恥ずかしい状態なのに、そのうえキスとか、ミカちゃんは平気なのか……いや、ミカちゃんはわりと臆面なかったか。
 “夫人”も鼻白んだようにわずかに目を逸らした。美少年侍らせた色気たっぷりセレブマダムという雰囲気なのに、意外にこういうの苦手? などと変なことばかり考えてしまう。だって、ミカちゃんがこんなところでベタベタいちゃいちゃしようとするから、私もちょっと正気じゃいられない。

「みっ、ミカちゃん、恥ずかしいんだけど」
「律子さんはかわいいから大丈夫です」

 それ、大丈夫って言うんだろうか。ミカちゃんは、だだ甘パワーで長老の皆さんにこの結婚を頷かせるつもりなんだろうか。
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