クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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岩塩の町

大人の話し合いをしようか

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 こわい。真面目にこわい。
 どうしてこんなことになったんだ。
 さっきまではようやく見つけた勝ったという気持ちだったのに。
 さらに言うなら、ほんの半年前までは、侯爵家の姫の護衛騎士になったって喜んでたのに。

 そんなエルヴィラをくすくすと笑って、彼は「なんだか小動物みたいだね」と額にキスをする。

「やだなあ、そんな風にそんな目で見られたら食べたくなっちゃうじゃないか」
「たっ……食べるって……」

 この男まさか人喰鬼オーガーなのか。そんなことを考えて、それからハッと気づく。
 いやまて、それは違う。
 ロマンス小説でよく見かけるところの、比喩的な性的な意味での“食べる”ではないのか。
 たらりと冷や汗が落ちる。

「ひっ」

 とっさに後退ろうとして、腰に回した手に阻まれた。
 こいつ優男に見えて結構力が強い。
 見た目よりがっちりと抱え込まれたまま、エルヴィラは唾を飲み込んだ。

「ところで、話の続き」

 スプーンを置くとなぜか親しげにこつんと額を合わせて、彼はまたにっこりと微笑んだ。笑顔の大安売りすぎやしないだろうか。

 さっと視線を巡らせると、周囲からの目が痛かった。

「責任って、何のことかな?」

 かすかに首を傾げて、ほんのり垂れた目が細められる。吸い込まれそうなほどきれいに澄んだ、翠玉の目だ。

「ほっ、本当に、覚えてないのか? わ、私を、嫁に行けない身体にしたくせに」

 ほんのわずか彼の目が見開いて、それからまた笑むように細められる。

「なあんだ。そういうことか」
「な、な、なんだって、そういうって」
「やだなあ。そうならそうと、早く言えばいいのに。それでわざわざここまで追いかけて来たんだ?」

 彼はくすくすと笑いながら顔を近づける。鼻がぶつかって、息がかかる、今にも唇がくっついてしまいそうな距離だ。
 何故だかまずいことを言ってしまった気がして、エルヴィラは落ち着かない。

「と、とにかく、責任を……」
「どう、取ってほしいの?」
「ど、どうって」

 考えてなかった。
 こういう場合は、やはり結婚だろうか?
 だが待て。
 自分はこいつを夫にしたいと思うのか?

 ぐるぐると目が泳ぐエルヴィラに、彼がくすりと笑う。

「どうやら話し合いが必要なんじゃないかと思うけど?」
「は、話し合い?」
「そう、話し合い。よーく話し合わないと、お互い何をどうするか決めるのに、理解を深めないとね?」

 彼が腰に回した手でエルヴィラの尻を撫でる。

「っひゃ!」
「どうしたの?」
「ど、どうしたって……」
「だからとりあえず、話し合い、しようか?」

 首を傾げて立ち上がる彼に続いて、エルヴィラも慌てて立ち上がる。
 すぐに彼は腰に手を回して、エルヴィラを抱きかかえるようにして歩き始めた。

「ど、どこへ行くんだ」
「話し合いのできるところに」

 さ、行こう、と促すようにぴったりと抱き寄せられた。エルヴィラはなぜだか逃げ出したくてたまらなくなってくる。
 部屋の隅に追い詰められたネズミのような気持ちになるのは、なぜだろう。
 心臓の鼓動が早くなる。



 食堂の二階、宿の一室に通されて、エルヴィラは首を傾げた。

「ここで、話し合いを、するのか」

 動悸はますます激しく、強くなる。

「そうだよ。どうしたの? 緊張してる?」

 にこにこと微笑まれて、エルヴィラはなんだか途方に暮れてしまった。

 エルヴィラは騎士の家系に生まれたものらしく、幼い頃から剣の訓練に明け暮れてきた。
 故に、戦い以外の突発的な出来事にはめっぽう弱いのだ。

「――わかった」

 だが、エルヴィラだってもうとっくに成人を過ぎた大人なのだ。ここは大人らしく、肝を据えてやろうじゃないか。
 大きく息を吐いて深呼吸をすると、エルヴィラは手近な椅子に腰を下ろした。
 ぐっとお腹に力を入れて彼を見返すと、彼はおもしろそうに、エルヴィラのその様子を眺めている。

「じゃあ、まずあなたの名前を教えてもらえるかな? 僕はミーケル」
「エルヴィラ……エルヴィラ・カーリス」
「エルヴィラか、いい名前だね」

 吟遊詩人ミーケルは、座ったままじっと自分を睨みつけるエルヴィラの頬をさらっと撫でて、「それじゃ話し合いをしようか」と囁いた。
 思わずびくりと身体を震わせたエルヴィラは、やっぱり自分が何かを間違えてしまった気がしてならなかった。

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