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岩塩の町
責任取……あれ?
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ここは“岩塩の町”、と呼ばれている。
すぐそばにある鉱山から掘り出された質のいい岩塩は、この町で加工され各地へと運ばれ売られていく。
塩は人間が生きるために必要なものだ。
塩が必要とされなくなることはない。
まだまだ岩塩の尽きない鉱山のおかげで、この町はとても豊かに栄えていた。
太い街道が通り、ひとの出入りも頻繁で、“深淵の都”が西の海の要所ならここは北の重要拠点と言っていいくらいの町だろう。
都からずいぶんと離れたこの町でようやく目当ての男を見つけ、エルヴィラは浮き立つ心を抑えきれなかった。
「ようやく見つけたぞ」
こういう町にはよくある宿屋の食堂で、何やらでかい料理の皿をつつきまわす彼を見つけた時は、思わず笑みが零れ落ちた。
何ヶ月も噂を辿って、ようやくここで追い付いたのだ。あまりの信じられなさに、一瞬だけ、もしや幻ではないかとも考えてしまったくらいだ。
さっそく靴音高く彼の背後に回り込み、エルヴィラは力いっぱいその肩を掴む。
なのに。
「ええと――君は?」
「お前が私にしでかしたことを忘れたのか」
んん? と彼は首を捻る。まるで心当たりなど何もないと言わんばかりの様子が非常に腹立たしい。肩を掴むエルヴィラの腕に力がこもり、こめかみに青筋が浮かぶ。
「ああ……ええと、どこの町でだっけ?」
「き、貴様……貴様というやつは……お前のせいで私は姫の護衛の任を解かれ、世間からは純潔を疑われ、父上には勘当されたというのに……貴様、よもや私を忘れたとでも言うのかっ!?」
「ええと……たいへんだったね?」
あくまでもにこにこと他人ごとのように流されて、エルヴィラのこめかみは限界までピクピクと動いている。
ぶるぶると手が震え、喉が詰まって声も出ない。
「……責任を、取れ」
低く震える地を這うような声でやっとそれだけを言うエルヴィラに、彼は目を瞠り、また首を傾げた。
「え? 責任? って? 何の?」
「お前に拒否権はない。つべこべ言わず責任を取……む!?」
首を傾げたまま彼は少し考える様子を見せると、にっこりと笑い……おもむろに自分が食べていた料理をスプーンで掬ってエルヴィラの口に突っ込んだのだった。
「今、夕食どきでしょ? お腹が空いてると怒りっぽくなるっていうしね。一緒にこれ食べて落ち着こうか」
「ん、なっ」
もごもごと口を動かしながら、エルヴィラは目を白黒させる。
なんだ、いったい何が起きた?
「この町の名物料理だっていうんだけど、ひとりで食べる量じゃなくって、飽きてきたところだったんだよね。ちょうどよかったよ」
大きな皿いっぱいに山のように盛り上がったしっとりと甘いスフレ料理は、だいたい三分の一ほどを食べ終えたところだった。
たしかに名物料理と言われるだけある味わいだ。
ほんのりと感じるバニラの香りと混ぜ込まれたクリームの甘さは程よく、口の中で溶けるメレンゲのふわふわ加減も絶妙でとても美味しい。
だが、いかんせん量が尋常ではない。
本来なら四、五人で食べるほどの大きさではないだろうか。
……いや、待て。今は名物料理を堪能している時ではない。
口の中の料理を飲み下しながら、エルヴィラは我に返る。
「きさ、貴様っ、わっ、私を……むぐっ!!」
「もうひと口どうぞ。あと、座って?」
またスプーンを突っ込まれてしまった。
むぐむぐと口を動かす間にぐいと腕も引かれ、食堂の長椅子にどしんと腰を下ろす。
「さ、どんどん食べて」
にこにこと笑う彼にがっちりと腰を掴まれ、立て続けに口へと料理を運ばれる。
なんなの、これもしかして拷問なの?
何かを言おうとするたびにスプーンに乗ったスフレを突っ込まれ、エルヴィラは訳がわからず目を潤ませていた。
彼はなぜか上機嫌で、なおも食べさせようとスプーンを構える。
「も、も、やめ……」
「でももうちょっと食べておこうか。あなたは少し痩せてるみたいだしね」
するすると身体を撫でられて、「ひっ」と声を上げる。
なんだろう、このひとってなんだか得体が知れない。
考えてみたら、姫の目の前で姫を振るためだけにディープキスをやってのける男なのだ。
もしかしたら自分は間違えたのかもしれない。
探し人を見つけ出したという高揚が去り、落ち着いて考えてみれば、どうやらまずいことに足を突っ込んでしまったのではないかとも思えてきた。
自分は早まったのかもしれない。
エルヴィラは恐る恐る上目遣いに彼を見やる。
男はスプーンに次のスフレを乗せて待ち構えていた。
すぐそばにある鉱山から掘り出された質のいい岩塩は、この町で加工され各地へと運ばれ売られていく。
塩は人間が生きるために必要なものだ。
塩が必要とされなくなることはない。
まだまだ岩塩の尽きない鉱山のおかげで、この町はとても豊かに栄えていた。
太い街道が通り、ひとの出入りも頻繁で、“深淵の都”が西の海の要所ならここは北の重要拠点と言っていいくらいの町だろう。
都からずいぶんと離れたこの町でようやく目当ての男を見つけ、エルヴィラは浮き立つ心を抑えきれなかった。
「ようやく見つけたぞ」
こういう町にはよくある宿屋の食堂で、何やらでかい料理の皿をつつきまわす彼を見つけた時は、思わず笑みが零れ落ちた。
何ヶ月も噂を辿って、ようやくここで追い付いたのだ。あまりの信じられなさに、一瞬だけ、もしや幻ではないかとも考えてしまったくらいだ。
さっそく靴音高く彼の背後に回り込み、エルヴィラは力いっぱいその肩を掴む。
なのに。
「ええと――君は?」
「お前が私にしでかしたことを忘れたのか」
んん? と彼は首を捻る。まるで心当たりなど何もないと言わんばかりの様子が非常に腹立たしい。肩を掴むエルヴィラの腕に力がこもり、こめかみに青筋が浮かぶ。
「ああ……ええと、どこの町でだっけ?」
「き、貴様……貴様というやつは……お前のせいで私は姫の護衛の任を解かれ、世間からは純潔を疑われ、父上には勘当されたというのに……貴様、よもや私を忘れたとでも言うのかっ!?」
「ええと……たいへんだったね?」
あくまでもにこにこと他人ごとのように流されて、エルヴィラのこめかみは限界までピクピクと動いている。
ぶるぶると手が震え、喉が詰まって声も出ない。
「……責任を、取れ」
低く震える地を這うような声でやっとそれだけを言うエルヴィラに、彼は目を瞠り、また首を傾げた。
「え? 責任? って? 何の?」
「お前に拒否権はない。つべこべ言わず責任を取……む!?」
首を傾げたまま彼は少し考える様子を見せると、にっこりと笑い……おもむろに自分が食べていた料理をスプーンで掬ってエルヴィラの口に突っ込んだのだった。
「今、夕食どきでしょ? お腹が空いてると怒りっぽくなるっていうしね。一緒にこれ食べて落ち着こうか」
「ん、なっ」
もごもごと口を動かしながら、エルヴィラは目を白黒させる。
なんだ、いったい何が起きた?
「この町の名物料理だっていうんだけど、ひとりで食べる量じゃなくって、飽きてきたところだったんだよね。ちょうどよかったよ」
大きな皿いっぱいに山のように盛り上がったしっとりと甘いスフレ料理は、だいたい三分の一ほどを食べ終えたところだった。
たしかに名物料理と言われるだけある味わいだ。
ほんのりと感じるバニラの香りと混ぜ込まれたクリームの甘さは程よく、口の中で溶けるメレンゲのふわふわ加減も絶妙でとても美味しい。
だが、いかんせん量が尋常ではない。
本来なら四、五人で食べるほどの大きさではないだろうか。
……いや、待て。今は名物料理を堪能している時ではない。
口の中の料理を飲み下しながら、エルヴィラは我に返る。
「きさ、貴様っ、わっ、私を……むぐっ!!」
「もうひと口どうぞ。あと、座って?」
またスプーンを突っ込まれてしまった。
むぐむぐと口を動かす間にぐいと腕も引かれ、食堂の長椅子にどしんと腰を下ろす。
「さ、どんどん食べて」
にこにこと笑う彼にがっちりと腰を掴まれ、立て続けに口へと料理を運ばれる。
なんなの、これもしかして拷問なの?
何かを言おうとするたびにスプーンに乗ったスフレを突っ込まれ、エルヴィラは訳がわからず目を潤ませていた。
彼はなぜか上機嫌で、なおも食べさせようとスプーンを構える。
「も、も、やめ……」
「でももうちょっと食べておこうか。あなたは少し痩せてるみたいだしね」
するすると身体を撫でられて、「ひっ」と声を上げる。
なんだろう、このひとってなんだか得体が知れない。
考えてみたら、姫の目の前で姫を振るためだけにディープキスをやってのける男なのだ。
もしかしたら自分は間違えたのかもしれない。
探し人を見つけ出したという高揚が去り、落ち着いて考えてみれば、どうやらまずいことに足を突っ込んでしまったのではないかとも思えてきた。
自分は早まったのかもしれない。
エルヴィラは恐る恐る上目遣いに彼を見やる。
男はスプーンに次のスフレを乗せて待ち構えていた。
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