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地母神の町
ならば、手伝え
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あの場にいた中では、本当に、いちばん手間がかからなそうに見えたのだ。
エルヴィラの実家の評判までを確かめていなかったことがいけないのか。まさかあの程度で勘当するような親がいるとは、計算外だった。
こうなったら、手段を選ばずどうにかして早いところ男を見繕い、エルヴィラにあてがわねばならない。“惚れ薬”の入手と使用も検討したほうがいいだろうか。
これまでのしつこさを考えると、この場を適当にごまかしたところで、また見つかって付きまとわれるのは時間の問題だし、ならば下手に追い払わないほうがよかろう。
「わかった。しかたない、不本意だが手伝おう」
「おう。覚悟は決まったかクソ詩人」
「だけど、僕は好きにあちこち歩くからね。そこは譲れないよ」
「しかたない、そのくらいは呑んでやる」
見つかるまで一箇所に留まれと言われずによかったとひと息吐いて、それからミーケルはエルヴィラを舐め回すように観察した。
「君のその格好」
「ん?」
自分の格好がなんだというのかと、エルヴィラは眉を顰める。
「なんとかしてもらうから。
仮にもそれなりの男を引っ掛けようっていうんだ、そんな男か女かわからない格好じゃ、僕もフォローのしようがない」
「あ」
エルヴィラは、自分の着古した騎士服を見下ろした。
たしかに、これで男性に声をかけても、道を聞かれた程度にしか思われないだろう。けれど、ドレスなんか着ていたら、剣を振るうことができなくなってしまう。
「あと、所作だ。正直言うと君の所作は乱暴で汚い。そんなことで一定ラインより上の男を引っ掛けられると思うな」
「なっ、な……え……そんなに?」
「口調も酷すぎる。女騎士をやってたせいだろうが、どこの男女かというレベルだ」
ショックだという顔で、エルヴィラは目を丸くした。自分ではそんなに酷いなんて思ってなかったのに。
そんなエルヴィラに、ミーケルはますます呆れた顔になる。
ミーケルにしてみれば、こんな、自分が女だという自覚も何もないような格好で男をモノにしたいなどと冗談以下でしかない。
なのに、その自覚すらないことが不思議でならない。
「幸い、体型と顔の造りは悪くない。そこはどうにかごまかせるだろう」
「ごまかす――」
ごまかさなきゃならないんだ、とエルヴィラはやっぱりショックを受けていた。
我ながら悪くないと、なんとなく、ほんのりと自信のようなものもあったのに。
「で、資金は」
「え、しきん?」
「そう。夫探しをするなら準備が必要でしょ。まさか、それも僕にタカる気?」
「そ、そんなわけあるか! 資金なら、ほら!」
エルヴィラは腰に下げたポーチの中から布袋を出した。
金貨や宝飾品の入っている袋だ。
「ちょっと見せて」
中には、家を出るときに詰め込んだ金貨と宝飾品が幾つか、乱雑に入っていた。
「なんとかなりそうだね。じゃあ行こうか。ついておいで」
「どこに行くんだ」
「まずは、形から入るんだよ。
とりあえず、着るものの最低限は今日ひと通り回るにしてもだ」
ミーケルはちらりとエルヴィラを見やる。
「そのままじゃ無理だ」
「へっ? な、なんで?」
底光りするようなミーケルの目に射竦められて腰が引けてるエルヴィラは、引きずられるように宿へと連れ込まれた。
浴室の付いた立派な部屋を借りてエルヴィラを引っ張り入れると、ミーケルはとっとと風呂を用意する。
「な、や、何、する、つもりだ」
「君、自分のこと鏡でみたことある?」
「え? ある、けど」
いったい何をするつもりだと怯えるエルヴィラに、ミーケルはとても残念なものを見る視線を向けて、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
なんとなく納得がいかない。
エルヴィラは憤然と眉を寄せた。
「なんでそんな溜息を吐くんだ」
「僕を睨む前にそこの鏡で自分を見ろ」
ミーケルの指差した壁には大きな鏡があった。
埃だらけでくたびれた騎士服に少し薄汚れた顔。ちょっと無理な旅をしてきたから、目の下にはうっすらクマもできている。
オレンジに近い色の赤毛はどことなくぼさぼさのまま、ひとくくりにまとめただけ。ほつれ毛も酷い。
鏡に映るエルヴィラは、そんな姿だった。
「わかった?」
じっとりと見つめるミーケルに小さな包みを渡される。
「ほら、これでとにかく全部をきちんと洗ってきて。まずはそこからだよ」
「えっ? あ、洗うって何を」
「だから言った通り全部に決まってるだろう。髪も顔も身体も、全身洗って。
──できないなら、僕が洗ってあげるけど?」
上から見下ろされにやりと微笑まれるのはとても怖かった。こいつ何者なんだと思うくらいには妙な迫力だった。
「ひっ……洗うからちょっと待ってろ!」
これは逆らうべきでないと、エルヴィラは慌てて浴室へと飛び込む。
大急ぎで服を脱ぎ捨ててお湯を被り、石鹸を泡立ててわしわしと洗いだす。必死で髪を洗い身体を擦り、汚れを落とす。
こんな浴室でちゃんと風呂に入るなど、都の実家を出て以来だ。
でも、いったいなんでこんなことしなくちゃいけないんだ?
「終わったぞ」
水気を拭き取り、用意してあった服に着替えて浴室を出たエルヴィラを、ミーケルが仁王立ちで待ち構えていた。
「ずいぶん早かったね」
「え、こんなもんだろう、普通」
「チェックするからそのままで」
「へっ?」
逃げ出そうとしたところをぐいっと掴まれて、エルヴィラは慌てる。
風呂ならちゃんと入ったし、言われたように全部洗ったのに、チェックとはいったい何のことなんだ。
エルヴィラの実家の評判までを確かめていなかったことがいけないのか。まさかあの程度で勘当するような親がいるとは、計算外だった。
こうなったら、手段を選ばずどうにかして早いところ男を見繕い、エルヴィラにあてがわねばならない。“惚れ薬”の入手と使用も検討したほうがいいだろうか。
これまでのしつこさを考えると、この場を適当にごまかしたところで、また見つかって付きまとわれるのは時間の問題だし、ならば下手に追い払わないほうがよかろう。
「わかった。しかたない、不本意だが手伝おう」
「おう。覚悟は決まったかクソ詩人」
「だけど、僕は好きにあちこち歩くからね。そこは譲れないよ」
「しかたない、そのくらいは呑んでやる」
見つかるまで一箇所に留まれと言われずによかったとひと息吐いて、それからミーケルはエルヴィラを舐め回すように観察した。
「君のその格好」
「ん?」
自分の格好がなんだというのかと、エルヴィラは眉を顰める。
「なんとかしてもらうから。
仮にもそれなりの男を引っ掛けようっていうんだ、そんな男か女かわからない格好じゃ、僕もフォローのしようがない」
「あ」
エルヴィラは、自分の着古した騎士服を見下ろした。
たしかに、これで男性に声をかけても、道を聞かれた程度にしか思われないだろう。けれど、ドレスなんか着ていたら、剣を振るうことができなくなってしまう。
「あと、所作だ。正直言うと君の所作は乱暴で汚い。そんなことで一定ラインより上の男を引っ掛けられると思うな」
「なっ、な……え……そんなに?」
「口調も酷すぎる。女騎士をやってたせいだろうが、どこの男女かというレベルだ」
ショックだという顔で、エルヴィラは目を丸くした。自分ではそんなに酷いなんて思ってなかったのに。
そんなエルヴィラに、ミーケルはますます呆れた顔になる。
ミーケルにしてみれば、こんな、自分が女だという自覚も何もないような格好で男をモノにしたいなどと冗談以下でしかない。
なのに、その自覚すらないことが不思議でならない。
「幸い、体型と顔の造りは悪くない。そこはどうにかごまかせるだろう」
「ごまかす――」
ごまかさなきゃならないんだ、とエルヴィラはやっぱりショックを受けていた。
我ながら悪くないと、なんとなく、ほんのりと自信のようなものもあったのに。
「で、資金は」
「え、しきん?」
「そう。夫探しをするなら準備が必要でしょ。まさか、それも僕にタカる気?」
「そ、そんなわけあるか! 資金なら、ほら!」
エルヴィラは腰に下げたポーチの中から布袋を出した。
金貨や宝飾品の入っている袋だ。
「ちょっと見せて」
中には、家を出るときに詰め込んだ金貨と宝飾品が幾つか、乱雑に入っていた。
「なんとかなりそうだね。じゃあ行こうか。ついておいで」
「どこに行くんだ」
「まずは、形から入るんだよ。
とりあえず、着るものの最低限は今日ひと通り回るにしてもだ」
ミーケルはちらりとエルヴィラを見やる。
「そのままじゃ無理だ」
「へっ? な、なんで?」
底光りするようなミーケルの目に射竦められて腰が引けてるエルヴィラは、引きずられるように宿へと連れ込まれた。
浴室の付いた立派な部屋を借りてエルヴィラを引っ張り入れると、ミーケルはとっとと風呂を用意する。
「な、や、何、する、つもりだ」
「君、自分のこと鏡でみたことある?」
「え? ある、けど」
いったい何をするつもりだと怯えるエルヴィラに、ミーケルはとても残念なものを見る視線を向けて、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
なんとなく納得がいかない。
エルヴィラは憤然と眉を寄せた。
「なんでそんな溜息を吐くんだ」
「僕を睨む前にそこの鏡で自分を見ろ」
ミーケルの指差した壁には大きな鏡があった。
埃だらけでくたびれた騎士服に少し薄汚れた顔。ちょっと無理な旅をしてきたから、目の下にはうっすらクマもできている。
オレンジに近い色の赤毛はどことなくぼさぼさのまま、ひとくくりにまとめただけ。ほつれ毛も酷い。
鏡に映るエルヴィラは、そんな姿だった。
「わかった?」
じっとりと見つめるミーケルに小さな包みを渡される。
「ほら、これでとにかく全部をきちんと洗ってきて。まずはそこからだよ」
「えっ? あ、洗うって何を」
「だから言った通り全部に決まってるだろう。髪も顔も身体も、全身洗って。
──できないなら、僕が洗ってあげるけど?」
上から見下ろされにやりと微笑まれるのはとても怖かった。こいつ何者なんだと思うくらいには妙な迫力だった。
「ひっ……洗うからちょっと待ってろ!」
これは逆らうべきでないと、エルヴィラは慌てて浴室へと飛び込む。
大急ぎで服を脱ぎ捨ててお湯を被り、石鹸を泡立ててわしわしと洗いだす。必死で髪を洗い身体を擦り、汚れを落とす。
こんな浴室でちゃんと風呂に入るなど、都の実家を出て以来だ。
でも、いったいなんでこんなことしなくちゃいけないんだ?
「終わったぞ」
水気を拭き取り、用意してあった服に着替えて浴室を出たエルヴィラを、ミーケルが仁王立ちで待ち構えていた。
「ずいぶん早かったね」
「え、こんなもんだろう、普通」
「チェックするからそのままで」
「へっ?」
逃げ出そうとしたところをぐいっと掴まれて、エルヴィラは慌てる。
風呂ならちゃんと入ったし、言われたように全部洗ったのに、チェックとはいったい何のことなんだ。
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