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聖女の町
いよいよ狩りの始まりだ
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じゅうじゅうと音を立てて肉の焼ける匂いが漂ってくる。
その匂いにこれから来るものへの期待を高めながら、卓上に置かれたままの瓶からワインを注いでひと口ごくりと飲み込んだ。
まだ若くて渋みは少ないが、これから出てくる肉にはよく合うと、店のものが豪語する赤いワインだ。
「はいよ、お待ちどう!」
「やっと来たね」
どん、と目の前に置かれた大皿には、分厚く切られた骨付の焼肉が三切ほど乗せられている。その他にも茹でた野菜と押し麦を特製のソースで和えたものと、この地方特産の塩漬肉を薄く切って果物に巻いたものも並んでいる。
「こ、これ……」
ひとつひとつが大きなステーキ並のサイズがある肉が三つ。まさかこれをひとりで食べる気ではないよな、とエルヴィラは目の前の男……ミーケルと肉を見比べた。
「何してるの。冷めないうちに食べなよ」
ミーケルはそんなエルヴィラをよそに、にこにこと上機嫌にひょいとひと切れを自分の皿に取り、肉を切り分けた。
表面はこんがり、中はレアな赤身の肉にソースを付け、パクリと口にいれ――そのとたん、口の中にその旨みが広がって至福の時間が始まった。
とろけるようなミーケルの表情を見て、エルヴィラも慌てて肉を取り、ひと口切って口へと運ぶ。
「――うまい! なんだこれ!」
「でしょ?」
ほっぺたが零れ落ちるというのはこういうことだろうか。
柔らかすぎず固すぎず程よく熟成された肉の、しっかりとした味とソースの絡まり合う絶妙なおいしさ。エルヴィラも思わずにっこりと笑みを浮かべてしまう。
ちょっと脂がしつこくなっても大丈夫。卓上の赤ワインが肉の脂っこさを洗い流してくれるお陰で、どんどん食が進む。
時折、茹で野菜や果物の塩漬肉巻きを挟むと、今度はそれが舌を休めてくれるので、また肉が食べられるのだ。
最高か。
「すごい、こんなの初めてだ。いくらでも食べられるぞ!」
「この“聖女の町”の名物だよ。特にこの店のものがおいしくてね。
このあたりでは肉用の牛をたくさん飼ってるんだ。地形とか水とか餌の草とか、そういうのが相まっていい肉になるんだってさ」
「そんなことよく知ってるな」
「このくらい知らなくて、吟遊詩人が務まると思う?」
「もしかして、だからここに来たのか」
「そう」
食後酒までを平らげて、ミーケルは満足そうに頷いた。
エルヴィラが現れてから初めて、久しぶりにゆっくりと名物料理を堪能できたのだ。半分くらいはそのためにあちこち旅をしているのに、エルヴィラが追い掛けて来るせいで、いつもゆっくりと味わうどころではなかったのだ。
これで、目の前にいるのがエルヴィラのような面倒臭い処女でなければな。
ミーケルはそんなことまで考えてしまう。
ひとしきり料理を堪能したところで、最後に胃の調子を整えて消化を助けるという薄荷茶を飲みながら、さて、とミーケルは本題を切り出した。
「ここへ来てすぐに言ったとおり、明日は領主家に呼ばれてる」
エルヴィラはカップを置くと神妙に頷いた。
こう見えてミーケルはそこそこ名前が売れているらしい。この町に着いて間もなく、領主の使いだというものがやってきたのだ。
「いちおう、どういうひとが来るかは確認してあるから、あとで話すよ。その中で君の基準に合いそうな独身者がいるかどうか教えて」
神妙な顔で、エルヴィラはじっとミーケルの話に耳を傾ける。
いよいよなのだ。
「それから、今夜はきっちりと自分を磨いておくこと。あと、君は僕の護衛騎士ということになってる。役目はそれなりにでも果たしてよね」
「ああ」
エルヴィラはごくりと唾を飲み込んで頷いた。ぐっと拳を握り締めて、「いよいよ明日が狩りの本番ということか」などと呟いてもいる。
ミーケルはそんな彼女の姿を横目で眺めながら、これはだめかもしれないなと感じたけれど、口には出さなかった。
注文した服やら何やらが揃うまでの約ひと月の間、エルヴィラは“地母神の町”に留まり、「よい夫を捕まえるために」という名目でミーケルの特訓を受けていた。
もともと騎士をやってるおかげで身体能力は低くない。コツさえ掴めばダンスやきれいに見える所作などを身につけるのはすぐだった。
髪を結ったり顔を塗ったりも、それなりになんとかなった。勝負用のレベルにはまだ達してはいないが、普段程度ならじゅうぶんだろう。
だがしかし、どうしてもだめなのは言葉だ。
気を張っていればなんとか女性らしい言葉遣いで話せるが、どうもぎこちない。ならせめて丁寧に話させようとすると、混乱してどもり始める。
「ここぞという時は、黙ってにっこり微笑んで頷くか首を振るか傾げるかで対応するんだ。下手に話すな」
「それでいいの……い、いいんですか?」
自信なさげに上目遣いにミーケルを窺うと、じっとりと非常に残念そうなもののようにエルヴィラを見返していた。
明言せずとも、脳筋にこれ以上を要求したところで無理だろうと、その顔にははっきりと書いてある。
「しかたない。君がいつもの調子で喋ってドン引きされるよりはマシだ」
「う……わかった」
とても殊勝な態度で、エルヴィラはもう一度頷いた。
その匂いにこれから来るものへの期待を高めながら、卓上に置かれたままの瓶からワインを注いでひと口ごくりと飲み込んだ。
まだ若くて渋みは少ないが、これから出てくる肉にはよく合うと、店のものが豪語する赤いワインだ。
「はいよ、お待ちどう!」
「やっと来たね」
どん、と目の前に置かれた大皿には、分厚く切られた骨付の焼肉が三切ほど乗せられている。その他にも茹でた野菜と押し麦を特製のソースで和えたものと、この地方特産の塩漬肉を薄く切って果物に巻いたものも並んでいる。
「こ、これ……」
ひとつひとつが大きなステーキ並のサイズがある肉が三つ。まさかこれをひとりで食べる気ではないよな、とエルヴィラは目の前の男……ミーケルと肉を見比べた。
「何してるの。冷めないうちに食べなよ」
ミーケルはそんなエルヴィラをよそに、にこにこと上機嫌にひょいとひと切れを自分の皿に取り、肉を切り分けた。
表面はこんがり、中はレアな赤身の肉にソースを付け、パクリと口にいれ――そのとたん、口の中にその旨みが広がって至福の時間が始まった。
とろけるようなミーケルの表情を見て、エルヴィラも慌てて肉を取り、ひと口切って口へと運ぶ。
「――うまい! なんだこれ!」
「でしょ?」
ほっぺたが零れ落ちるというのはこういうことだろうか。
柔らかすぎず固すぎず程よく熟成された肉の、しっかりとした味とソースの絡まり合う絶妙なおいしさ。エルヴィラも思わずにっこりと笑みを浮かべてしまう。
ちょっと脂がしつこくなっても大丈夫。卓上の赤ワインが肉の脂っこさを洗い流してくれるお陰で、どんどん食が進む。
時折、茹で野菜や果物の塩漬肉巻きを挟むと、今度はそれが舌を休めてくれるので、また肉が食べられるのだ。
最高か。
「すごい、こんなの初めてだ。いくらでも食べられるぞ!」
「この“聖女の町”の名物だよ。特にこの店のものがおいしくてね。
このあたりでは肉用の牛をたくさん飼ってるんだ。地形とか水とか餌の草とか、そういうのが相まっていい肉になるんだってさ」
「そんなことよく知ってるな」
「このくらい知らなくて、吟遊詩人が務まると思う?」
「もしかして、だからここに来たのか」
「そう」
食後酒までを平らげて、ミーケルは満足そうに頷いた。
エルヴィラが現れてから初めて、久しぶりにゆっくりと名物料理を堪能できたのだ。半分くらいはそのためにあちこち旅をしているのに、エルヴィラが追い掛けて来るせいで、いつもゆっくりと味わうどころではなかったのだ。
これで、目の前にいるのがエルヴィラのような面倒臭い処女でなければな。
ミーケルはそんなことまで考えてしまう。
ひとしきり料理を堪能したところで、最後に胃の調子を整えて消化を助けるという薄荷茶を飲みながら、さて、とミーケルは本題を切り出した。
「ここへ来てすぐに言ったとおり、明日は領主家に呼ばれてる」
エルヴィラはカップを置くと神妙に頷いた。
こう見えてミーケルはそこそこ名前が売れているらしい。この町に着いて間もなく、領主の使いだというものがやってきたのだ。
「いちおう、どういうひとが来るかは確認してあるから、あとで話すよ。その中で君の基準に合いそうな独身者がいるかどうか教えて」
神妙な顔で、エルヴィラはじっとミーケルの話に耳を傾ける。
いよいよなのだ。
「それから、今夜はきっちりと自分を磨いておくこと。あと、君は僕の護衛騎士ということになってる。役目はそれなりにでも果たしてよね」
「ああ」
エルヴィラはごくりと唾を飲み込んで頷いた。ぐっと拳を握り締めて、「いよいよ明日が狩りの本番ということか」などと呟いてもいる。
ミーケルはそんな彼女の姿を横目で眺めながら、これはだめかもしれないなと感じたけれど、口には出さなかった。
注文した服やら何やらが揃うまでの約ひと月の間、エルヴィラは“地母神の町”に留まり、「よい夫を捕まえるために」という名目でミーケルの特訓を受けていた。
もともと騎士をやってるおかげで身体能力は低くない。コツさえ掴めばダンスやきれいに見える所作などを身につけるのはすぐだった。
髪を結ったり顔を塗ったりも、それなりになんとかなった。勝負用のレベルにはまだ達してはいないが、普段程度ならじゅうぶんだろう。
だがしかし、どうしてもだめなのは言葉だ。
気を張っていればなんとか女性らしい言葉遣いで話せるが、どうもぎこちない。ならせめて丁寧に話させようとすると、混乱してどもり始める。
「ここぞという時は、黙ってにっこり微笑んで頷くか首を振るか傾げるかで対応するんだ。下手に話すな」
「それでいいの……い、いいんですか?」
自信なさげに上目遣いにミーケルを窺うと、じっとりと非常に残念そうなもののようにエルヴィラを見返していた。
明言せずとも、脳筋にこれ以上を要求したところで無理だろうと、その顔にははっきりと書いてある。
「しかたない。君がいつもの調子で喋ってドン引きされるよりはマシだ」
「う……わかった」
とても殊勝な態度で、エルヴィラはもう一度頷いた。
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