17 / 152
聖女の町
“解呪”は嫌だ
しおりを挟む
昨晩、発作的に“惚れ薬”を飲み干して宿を飛び出したエルヴィラが戻ったのは、明け方近くになった頃だった。
それまで当てもなくふらふらと、ひたすら町中を歩き回っていたらしい。
「長くて三ヶ月だね。君の魔法耐性を考えると」
「三ヶ月……」
出迎えたのは、もちろん不機嫌極まりないミーケルだ。
彼はエルヴィラの顔を見るなり「“解呪”しに行こうか」と手を差し伸べた。
この町の太陽神教会の教会長なら、面倒な魔法薬でも“解呪”ができるからと。
だが、エルヴィラは“解呪”なんて絶対嫌だと言い張った。
エルヴィラ自身にもよくわからないのだが、どうしても嫌なんだと突っぱねて、全力で拒否した。
どうしても、なんとなく、嫌だったのだ。
何がなんとなくでどうしてもなのかと訊かれても、エルヴィラにはそうとしか答えようがなかったのだが。
“解呪”をするしないで太陽が高く昇るまで言い合ったが、エルヴィラは折れなかった。あまりの頑なさにとうとうミーケルが折れて、譲歩案を出すに至るほどに。
「君が今感じてるものは、すべて薬のせいだ。それはわかるよね」
「う――」
「だから、三ヶ月はまあ我慢してやろう。だけど三ヶ月を過ぎてもこのままだったら、僕は本気で姿を消すよ。
正直を言えば、今すぐここから消えたいくらいだ。だけど、ああいう劇薬をうかつに君に渡してしまった責任はあるから、効果が現れている間だけは我慢してやる」
不機嫌を露わにしたまま、ミーケルは淡々と告げる。エルヴィラは、ただただしょんぼりと頷くだけだ。
確認でも何でもなく決定事項を伝えるだけの口調にも、エルヴィラは項垂れていた。
薬のせいだとわかっていても、目の前のミーケルに不機嫌にされるのが辛い。拒絶されるのが辛い。
もっと笑ってほしいし、抱きついたりしたい。
好きだと言いたいし、ミーケルのことを知りたい。
でも、そんなことすれば今度こそミーケルは本気で行方を眩ませてしまうだろう。そうなったらと考えるだけで、呼吸が苦しくなってしまう。
これが、薬のせいの一時の気の迷いだなんてとても信じられない。
自らしでかしたこととはいえ、エルヴィラはすっかり落ち込んでいた。
「それにしても、君って本当に馬鹿だろう?」
ミーケルは心の底から呆れたという顔で、そう言った。
「振られてヤケになったからって自分から“惚れ薬”飲む馬鹿なんて、初めてみたよ。物語の中にも聞いたことないね。
それに、だったらなんで僕が相手なのさ。もっと他にいるだろう? なんでよりによって僕なんだよ、面倒臭い」
返す言葉もなく、エルヴィラはただ項垂れ続けるだけだ。言われてみればもっともなのだが、あの時はそれしか頭に浮かばなかった。
「これまでも散々、君には迷惑しているんだ。最初の最初が僕の判断ミスとはいえ、ここまで引っ張る羽目になるなんて、いい加減おかしいと思わないか?」
「ん……と、その……」
「ああ、弁解はいいよ。たぶん、腹立たしさが増すだけだと思うから」
ピシャリと言われてエルヴィラは首を竦める。どうしたらいいのかわからない。いや、“解呪”をすればいいのはわかっているけど、どうしても嫌だ。
しおしおと控えの間に引っ込んで、エルヴィラはベッドに潜り込んだ。
* * *
「聖騎士サイラス殿、ちょっとお時間を戴けますか」
少しだけ仮眠を取った後、ミーケルは太陽神教会のサイラスを訪ねた。
「吟遊詩人殿? 何かありましたか」
「いや、その、ですね……」
はあ、とひとつ息を吐いて、ミーケルはなんと訊いたものかと考える。
「単刀直入に言って、僕の護衛騎士のことなんですが……昨日、いったい何があったのか、お聞きしたいと思いまして」
サイラスは軽く瞠目する。
わずかに眉根を寄せて、「ふむ……」と考え込んだ。
ミーケルは、もう一度息を吐いた。
「だいたい想像はついてるんですが、実際どう言ってエルヴィラを断ったのかなと」
「少々率直に言いすぎてしまいましたか? “あなたは違う。それは本当の恋ではなく、騎士への憧れにすぎない”と告げたのですが」
「――ああ、なるほど」
それでか、とミーケルは納得した。だからあんなことをしでかして、“解呪”を頑なに拒否しているのか、と。
うわあ面倒臭い、とミーケルは心底から思ってしまう。
「ありがとうございます」
「お役に立てましたか?」
「ええ、まあ――」
わかったところで面倒臭さが増しただけだった。
「あの子はいい騎士になりますよ。今はまだ少し幼いですが、もっといろいろなことを知って成長すればいい騎士になれます。
ですから、よろしくお願いします、ミーケル殿」
さらに面倒臭くなったが、顔には出さず、ミーケルは「ええ、確かにそうですね」と、あくまでもにこやかに頷いたのだった。
それまで当てもなくふらふらと、ひたすら町中を歩き回っていたらしい。
「長くて三ヶ月だね。君の魔法耐性を考えると」
「三ヶ月……」
出迎えたのは、もちろん不機嫌極まりないミーケルだ。
彼はエルヴィラの顔を見るなり「“解呪”しに行こうか」と手を差し伸べた。
この町の太陽神教会の教会長なら、面倒な魔法薬でも“解呪”ができるからと。
だが、エルヴィラは“解呪”なんて絶対嫌だと言い張った。
エルヴィラ自身にもよくわからないのだが、どうしても嫌なんだと突っぱねて、全力で拒否した。
どうしても、なんとなく、嫌だったのだ。
何がなんとなくでどうしてもなのかと訊かれても、エルヴィラにはそうとしか答えようがなかったのだが。
“解呪”をするしないで太陽が高く昇るまで言い合ったが、エルヴィラは折れなかった。あまりの頑なさにとうとうミーケルが折れて、譲歩案を出すに至るほどに。
「君が今感じてるものは、すべて薬のせいだ。それはわかるよね」
「う――」
「だから、三ヶ月はまあ我慢してやろう。だけど三ヶ月を過ぎてもこのままだったら、僕は本気で姿を消すよ。
正直を言えば、今すぐここから消えたいくらいだ。だけど、ああいう劇薬をうかつに君に渡してしまった責任はあるから、効果が現れている間だけは我慢してやる」
不機嫌を露わにしたまま、ミーケルは淡々と告げる。エルヴィラは、ただただしょんぼりと頷くだけだ。
確認でも何でもなく決定事項を伝えるだけの口調にも、エルヴィラは項垂れていた。
薬のせいだとわかっていても、目の前のミーケルに不機嫌にされるのが辛い。拒絶されるのが辛い。
もっと笑ってほしいし、抱きついたりしたい。
好きだと言いたいし、ミーケルのことを知りたい。
でも、そんなことすれば今度こそミーケルは本気で行方を眩ませてしまうだろう。そうなったらと考えるだけで、呼吸が苦しくなってしまう。
これが、薬のせいの一時の気の迷いだなんてとても信じられない。
自らしでかしたこととはいえ、エルヴィラはすっかり落ち込んでいた。
「それにしても、君って本当に馬鹿だろう?」
ミーケルは心の底から呆れたという顔で、そう言った。
「振られてヤケになったからって自分から“惚れ薬”飲む馬鹿なんて、初めてみたよ。物語の中にも聞いたことないね。
それに、だったらなんで僕が相手なのさ。もっと他にいるだろう? なんでよりによって僕なんだよ、面倒臭い」
返す言葉もなく、エルヴィラはただ項垂れ続けるだけだ。言われてみればもっともなのだが、あの時はそれしか頭に浮かばなかった。
「これまでも散々、君には迷惑しているんだ。最初の最初が僕の判断ミスとはいえ、ここまで引っ張る羽目になるなんて、いい加減おかしいと思わないか?」
「ん……と、その……」
「ああ、弁解はいいよ。たぶん、腹立たしさが増すだけだと思うから」
ピシャリと言われてエルヴィラは首を竦める。どうしたらいいのかわからない。いや、“解呪”をすればいいのはわかっているけど、どうしても嫌だ。
しおしおと控えの間に引っ込んで、エルヴィラはベッドに潜り込んだ。
* * *
「聖騎士サイラス殿、ちょっとお時間を戴けますか」
少しだけ仮眠を取った後、ミーケルは太陽神教会のサイラスを訪ねた。
「吟遊詩人殿? 何かありましたか」
「いや、その、ですね……」
はあ、とひとつ息を吐いて、ミーケルはなんと訊いたものかと考える。
「単刀直入に言って、僕の護衛騎士のことなんですが……昨日、いったい何があったのか、お聞きしたいと思いまして」
サイラスは軽く瞠目する。
わずかに眉根を寄せて、「ふむ……」と考え込んだ。
ミーケルは、もう一度息を吐いた。
「だいたい想像はついてるんですが、実際どう言ってエルヴィラを断ったのかなと」
「少々率直に言いすぎてしまいましたか? “あなたは違う。それは本当の恋ではなく、騎士への憧れにすぎない”と告げたのですが」
「――ああ、なるほど」
それでか、とミーケルは納得した。だからあんなことをしでかして、“解呪”を頑なに拒否しているのか、と。
うわあ面倒臭い、とミーケルは心底から思ってしまう。
「ありがとうございます」
「お役に立てましたか?」
「ええ、まあ――」
わかったところで面倒臭さが増しただけだった。
「あの子はいい騎士になりますよ。今はまだ少し幼いですが、もっといろいろなことを知って成長すればいい騎士になれます。
ですから、よろしくお願いします、ミーケル殿」
さらに面倒臭くなったが、顔には出さず、ミーケルは「ええ、確かにそうですね」と、あくまでもにこやかに頷いたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる