クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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葡萄の町

愛人はいやだ

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 たとえ愛人でも、自分の今と行く末を考えれば破格の待遇だろう。彼が探してくれるという夫も、たぶんそれなりによい殿方なのは間違いないのだろう。

 でも、やっぱりエルヴィラの首は縦に動かない。

「どう? エルヴィラ」
「――やっ!」

 オットーの顔が近づいた。
 唇が触れる――そう思った瞬間、エルヴィラは顔を背けてしまった。

 なぜか、すごく嫌だったのだ。

 ふ、と息を吐いて、オットーは困ったように微笑む。

「やっぱりね。それが答えかい?」
「う、あ……えと……」

 どう取り繕ってよいかわからず、エルヴィラはおろおろと視線を彷徨わせる。
 そのようすに、オットーは仕方ないと笑って肩を竦めた。

「いいよ。私はプライドが高くてね。靡かない女に執着するのはみっともないと考えてるし、自分を振った女に嫌がらせをするような狭量なこともしたくない。
 それに、なんとなく、最初からそんな気はしていたんだ」

 くつくつと笑うオットーに、エルヴィラはますます慌ててしまう。

「あ……の、す、すみません。その、オットー様はとても良い方だと思うんですけど……」

 おろおろと言い訳を始めるエルヴィラに、オットーはふむと考えて――「しかしそうはいっても」と、にやりと笑う。

「やはり悔しいものは悔しいな。相手が女性じゃなければ構わないだろうし、ひとつだけ嫌がらせをさせてもらおうか」
「えっ?」


 * * *


 一刻二時間後、オットーの使いとともにミーケルが屋敷へとやってきた。

 通された部屋で、エルヴィラの肩を抱いて立つオットーにわずかに瞠目はしたものの、すぐに外向きの無難な笑みを貼り付けて挨拶をよこす。

「急なお呼び出しには驚きましたが、何かございましたか?」

 ミーケルが首を傾げると、オットーも笑みを浮かべながら頷いてみせた。

「エルヴィラは君の護衛騎士として契約しているのだろう?
 君に金貨五万枚という違約金を払わなければ、私のものにすることはできないと言うんだよ」
「え、そ、そんな」

 呼び出すなり、にこやかな微笑みを浮かべてオットーはミーケルに告げた。
 そんな話いつ出たっけと、思わず見上げるエルヴィラの肩を、寄り添うオットーが宥めるように軽く叩く。

「ずいぶん莫大な金額のようだけど、彼女の値段とすれば安いものだと思ってね」

 エルヴィラはおろおろと狼狽えるばかりだ。
 違約金とはなんのことか。まるで身受けか何かのようにも聞こえるけれど。

 狼狽えつつ、今度はミーケルへと目をやれば、彼は何故か不機嫌そうに、眉間にくっきりと皺を寄せていた。

「オットー様。それでエルヴィラを“買った”後は?」
「それはもちろん、そばに侍らすつもりだよ。
 金貨五万枚という大金を支払うのだ。その分、私のためにしっかりと働いてもらわねば――いろいろとね?」

 侍らすとか働くとか、金貨五万枚なんていったいどれだけ働けばいいのかさっぱり想像がつかない。
 エルヴィラは狼狽えたままひたすらオットーとミーケルの顔を見比べた。
 オットーは貴族らしく落ち着いて微笑んでるだけだし、ミーケルは顔に張り付いた笑顔が引き攣ってるようにも見える。

「――そうですか」

 急にミーケルがにっこりと笑った。
 さっきまで貼り付けていた外向けよりの笑顔よりももっと艶やかな、誰もが思わず赤面してしまいそうな笑みに、エルヴィラはいったい何がそうですかなのかと呆気に取られてしまう。

「申し訳ありませんがオットー様」

 ミーケルが一歩進み、エルヴィラの正面に立つ。流れるように手を腰に回し、自分のほうへと抱き寄せると顔を上向かせ――この体勢はもしかして、と考える間もなくいきなりぶちゅっと唇に吸い付いた。

 な、七回目……とエルヴィラは遠い目で考える。

 いったいどうしたら、こんなところでこんなことになっているんだろう。
 オットーはこうなるとわかっていたのだろうか。

 それにこいつやっぱりむちゃくちゃだ。
 どうしていつもいつもキスなんだ。
 しかもオットーの目の前で、オットーから奪うようにだ。
 ふざけてるのか。

 ふ、っと唇が離れた。
 意識を半分飛ばしたままのエルヴィラをよそに、ミーケルが「こういうわけですので、応じることができません」とにこやかに優雅にお辞儀をした。
 いきなりのことにさすがに驚いていたが、オットーは「ならば仕方あるまい」と頷くとともに肩を震わせて笑い始める。

「君のお手付きに金貨五万枚は少々高いな。この話は無かったことにしよう」

 とうとう、オットーは本格的に笑い始めてしまった。

「う、あ、え……はっ、はい」

 呆けたままのエルヴィラに、オットーは笑って小さく、「今日は楽しかったよ」と囁いた。

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