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葡萄の町
ぐらぐら、ぐらぐら
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「今日はあなたと私だけなので、小ぶりの円卓を用意したんだ。あまり形式ばらず、どうぞ寛いで」
「あ、ありがとうございます」
庭園に面した部屋には、大きな窓に向けて椅子を隣り合うように並べた円卓が置かれていた。宣言どおり、オットーはずいぶんと砕けた席にするつもりなのだろう。
席につくと食前酒を振舞われた。
炭酸の小さな泡が立ち上る、金色のワインだ。
「どうぞ。このあたりでも少しだが作られているんだよ」
促されて口にすると、しゅわしゅわと細かい泡の刺激とほんのりとした葡萄の甘みが広がった。これから供される食事への期待が、否が応でも高まってしまう。
「おいしい、です」
泡の立つ酒なんて、せいぜいビールしか飲んだことがなかった。
果汁そのままのような甘い香りと口当たりに加えてビールよりもずっと柔らかい炭酸の刺激で、いくらでも飲めてしまいそうだ。
ついこくこくと飲み進めてしまうエルヴィラに、オットーは「口にあったようで、よかった」と笑みを溢した。
それから、前菜にスープに……と、たしかに、少々形式からは外した体裁で、料理が運ばれてきた。
スープはまるで庶民がよくやるような大きめのカップに。料理も大きな皿に少しずつ盛られたものを各々の皿へと取り分けるような形で。
「私がやりましょう」
オットーは上級貴族とは思えない気安さでエルヴィラの皿に、取り分けた料理を盛り付けていく。
「あ、あの……恐縮です」
彩り鮮やかに、どれもこれもが食べやすい大きさに少しずつ盛られた料理は、見た目ばかりでなく味も素晴らしいものばかりだ。
「葡萄畑の間を流れるあの川には、よく肥ったマスがいてね、これが、そうなんだ。今日はこの土地のワインを使ってムニエルにしたんだよ」
白身の魚はふんわりと柔らかく、口の中でほろほろと崩れてほのかな葡萄の香りを立ち上らせた。バターとクリームのソースも、濃厚な甘味とこってりとしたコクで淡白な白身魚を引き立てる。
他にも、この季節にしか食べられないというキノコやこのあたりでよく飼われている羊肉のソテーなどに舌鼓を打ちながら、晩餐は進んでいった。
オットーは話術も巧みで、エルヴィラの緊張をほぐすようにさまざまな話をして楽しませた。
エルヴィラもだんだんと打ち解けて、都でのことや自分の実家のこと、剣のことや祖父のことなど、いろいろなことを語ってしまう。
こういう人が恋人で夫なら、毎日が楽しいんじゃないだろうか――などとなんとなく考えてしまうくらいには、オットーが好ましく思えた。
「座りっぱなしでは疲れるだろう? この屋敷は夜の月明かりに照らされた庭園もなかなかなんだよ。少し歩いてみないか?」
そう誘われて、手を取られてテラスから庭園へと降りた。
オットーが言うだけあって、月明かりにぼんやり照らされた庭園には、ほのかな彩りと花の香りが満ちていた。
まるでお姫様にでもなったようだと、エルヴィラはぼんやり考える。
「エルヴィラ、どうだい? 私のところへ来ないか?」
「オットー様のところ?」
え、と驚いた顔になるエルヴィラに、オットーはゆっくりと頷く。
「そう。正妻にとは言えないが、これでも自分の甲斐性には自信があるんだ、不自由なんてさせないよ」
「で、でも、その……私なんかを拾ったら、オットー様の評判に、傷が」
「ああ、噂のことだね。心配いらないよ」
やっぱり正妻は無理かと頭の片隅で考えながら、エルヴィラは自分の評判のことを思い出した。
そんなエルヴィラをくすりと笑い、オットーは肩を抱き寄せる。
「何しろ、発信元はかの侯爵家の姫君で――彼女のその手の癇癪はいつものことだから、誰も本気に取ったりなんてしていない。
噂の当人が、戦神教会でも名高きブライアン・カーリス司祭の係累となれば、余計にね」
オットーは笑顔のまま、さりげなく腰にも手を回す。
「それに、姫君自身ももうあなたのことなどどうでもいいと――忘れてすらいるのではないかな。彼女はとても忘れっぽいしね。
だからこちらは問題なしだよ。
それでもどうしても心配なら、私が火消しをしよう。安心しなさい」
「そ、そういうもの、なのか――」
姫から解雇されて都を出るまで、あんなに気にしてビクビクしていたのに。
呆然とするエルヴィラにオットーが口元を寄せて、まるで内緒話のように囁く。
「勘当が辛いなら、お父上の怒りが解けるように私が口添えすることもできるよ。
もっとも、さすがのお父上も、こんなに素敵なあなたを手放したことを後悔してるのではないかと思うけどね」
するっと撫でるように頰に手を添えられて、エルヴィラの心臓がどきっと跳ねた。見透かすようにオットーに微笑まれて、顔に血が上る。
「でも、私なんて、乱暴だし、剣と頑丈なことしか取り柄がなくて、とてもオットー様が良いと思うような女じゃないと――」
「そうかな? エルヴィラは自分の価値をわかってないだけのように思えるけど?」
それにね、と目を伏せるエルヴィラの頰を撫でながら、オットーは続ける。
「私にしておけば、あなたの今後も安泰だと思うんだが」
「え、でも……」
「ゆくゆくはあなたに相応しい結婚相手も用意してあげよう。私との関係も承知の上で、あなたを娶りたいと考える者ならいくらでも探せる。何しろ、あなたはとても愛らしい女性なうえに、あなたを娶れば私との繋がりができるのだからね」
「そ、れは」
「それとも、まだ何か足りないかい?」
「あ」
エルヴィラの顎がくいと持ち上げられた。笑みを含んだ目でオットーにじっと見つめられて……エルヴィラは眉尻を下げる。
「あ、ありがとうございます」
庭園に面した部屋には、大きな窓に向けて椅子を隣り合うように並べた円卓が置かれていた。宣言どおり、オットーはずいぶんと砕けた席にするつもりなのだろう。
席につくと食前酒を振舞われた。
炭酸の小さな泡が立ち上る、金色のワインだ。
「どうぞ。このあたりでも少しだが作られているんだよ」
促されて口にすると、しゅわしゅわと細かい泡の刺激とほんのりとした葡萄の甘みが広がった。これから供される食事への期待が、否が応でも高まってしまう。
「おいしい、です」
泡の立つ酒なんて、せいぜいビールしか飲んだことがなかった。
果汁そのままのような甘い香りと口当たりに加えてビールよりもずっと柔らかい炭酸の刺激で、いくらでも飲めてしまいそうだ。
ついこくこくと飲み進めてしまうエルヴィラに、オットーは「口にあったようで、よかった」と笑みを溢した。
それから、前菜にスープに……と、たしかに、少々形式からは外した体裁で、料理が運ばれてきた。
スープはまるで庶民がよくやるような大きめのカップに。料理も大きな皿に少しずつ盛られたものを各々の皿へと取り分けるような形で。
「私がやりましょう」
オットーは上級貴族とは思えない気安さでエルヴィラの皿に、取り分けた料理を盛り付けていく。
「あ、あの……恐縮です」
彩り鮮やかに、どれもこれもが食べやすい大きさに少しずつ盛られた料理は、見た目ばかりでなく味も素晴らしいものばかりだ。
「葡萄畑の間を流れるあの川には、よく肥ったマスがいてね、これが、そうなんだ。今日はこの土地のワインを使ってムニエルにしたんだよ」
白身の魚はふんわりと柔らかく、口の中でほろほろと崩れてほのかな葡萄の香りを立ち上らせた。バターとクリームのソースも、濃厚な甘味とこってりとしたコクで淡白な白身魚を引き立てる。
他にも、この季節にしか食べられないというキノコやこのあたりでよく飼われている羊肉のソテーなどに舌鼓を打ちながら、晩餐は進んでいった。
オットーは話術も巧みで、エルヴィラの緊張をほぐすようにさまざまな話をして楽しませた。
エルヴィラもだんだんと打ち解けて、都でのことや自分の実家のこと、剣のことや祖父のことなど、いろいろなことを語ってしまう。
こういう人が恋人で夫なら、毎日が楽しいんじゃないだろうか――などとなんとなく考えてしまうくらいには、オットーが好ましく思えた。
「座りっぱなしでは疲れるだろう? この屋敷は夜の月明かりに照らされた庭園もなかなかなんだよ。少し歩いてみないか?」
そう誘われて、手を取られてテラスから庭園へと降りた。
オットーが言うだけあって、月明かりにぼんやり照らされた庭園には、ほのかな彩りと花の香りが満ちていた。
まるでお姫様にでもなったようだと、エルヴィラはぼんやり考える。
「エルヴィラ、どうだい? 私のところへ来ないか?」
「オットー様のところ?」
え、と驚いた顔になるエルヴィラに、オットーはゆっくりと頷く。
「そう。正妻にとは言えないが、これでも自分の甲斐性には自信があるんだ、不自由なんてさせないよ」
「で、でも、その……私なんかを拾ったら、オットー様の評判に、傷が」
「ああ、噂のことだね。心配いらないよ」
やっぱり正妻は無理かと頭の片隅で考えながら、エルヴィラは自分の評判のことを思い出した。
そんなエルヴィラをくすりと笑い、オットーは肩を抱き寄せる。
「何しろ、発信元はかの侯爵家の姫君で――彼女のその手の癇癪はいつものことだから、誰も本気に取ったりなんてしていない。
噂の当人が、戦神教会でも名高きブライアン・カーリス司祭の係累となれば、余計にね」
オットーは笑顔のまま、さりげなく腰にも手を回す。
「それに、姫君自身ももうあなたのことなどどうでもいいと――忘れてすらいるのではないかな。彼女はとても忘れっぽいしね。
だからこちらは問題なしだよ。
それでもどうしても心配なら、私が火消しをしよう。安心しなさい」
「そ、そういうもの、なのか――」
姫から解雇されて都を出るまで、あんなに気にしてビクビクしていたのに。
呆然とするエルヴィラにオットーが口元を寄せて、まるで内緒話のように囁く。
「勘当が辛いなら、お父上の怒りが解けるように私が口添えすることもできるよ。
もっとも、さすがのお父上も、こんなに素敵なあなたを手放したことを後悔してるのではないかと思うけどね」
するっと撫でるように頰に手を添えられて、エルヴィラの心臓がどきっと跳ねた。見透かすようにオットーに微笑まれて、顔に血が上る。
「でも、私なんて、乱暴だし、剣と頑丈なことしか取り柄がなくて、とてもオットー様が良いと思うような女じゃないと――」
「そうかな? エルヴィラは自分の価値をわかってないだけのように思えるけど?」
それにね、と目を伏せるエルヴィラの頰を撫でながら、オットーは続ける。
「私にしておけば、あなたの今後も安泰だと思うんだが」
「え、でも……」
「ゆくゆくはあなたに相応しい結婚相手も用意してあげよう。私との関係も承知の上で、あなたを娶りたいと考える者ならいくらでも探せる。何しろ、あなたはとても愛らしい女性なうえに、あなたを娶れば私との繋がりができるのだからね」
「そ、れは」
「それとも、まだ何か足りないかい?」
「あ」
エルヴィラの顎がくいと持ち上げられた。笑みを含んだ目でオットーにじっと見つめられて……エルヴィラは眉尻を下げる。
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