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一攫千金の町
神殿、かもしれない遺跡
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“皇竜神”というのは、この世界で善き竜とされる竜族たちを統べる竜神だ。
もともとは、“創世の竜”と呼ばれる混沌の海の中から生まれた、すべての竜を生み出した神竜に仕える一対の竜の片割れだとも伝わっている。
とはいえ、何万年も昔、この世界が神の手によって混沌の海から引き上げられ、作られたころの話だ。真偽は定かではない。
“皇竜神”と対とされる“邪竜神”だって、もともとは“皇竜神”の番であった竜が袂を別って悪に堕ちたのだとか、そもそも対立する立場の象徴として生み出されて番も何も最初から宿敵同士だったのだとか、いろいろな説がある。
少なくとも、現在、“創世の竜”は再び混沌の海に還ってしまったかのように消えているし、善なる“皇竜神”と悪なる“邪竜神”が善き竜と悪しき竜のそれぞれを従え、対立していることは確かだ。
だが、それが何故なのかを知るものは誰もいない。
アライトに聞いても、「竜にとっても神話だってのに、俺が知るわけねえよ」のひと言で済まされてしまうようなことなのだ。
「それにさ、これから行く“皇竜神”の神殿跡って、人間が作ったものなんだろ? 竜はそんなの作らねえからな。俺に聞かれたってわかるわけないだろ」
「竜なのにやっぱり役に立たないんだな」
「竜だから知らねえんだよ」
あからさまに失望の色を浮かべるエルヴィラに、アライトは肩を竦めて「やれやれだ」と首を振った。
“皇竜神”といえば竜の信仰する神竜でもあるんだから、と聞いてみたところがこれなのだ。もっとちゃんと知っててもおかしくないんじゃないか。
「ま、卵から出て百年じゃまだまだひよっこの竜なんだから、あんまり無茶を言っちゃいけないよ」
にこやかにとりなす体でさりげなく貶してくるミーケルを、アライトはむうと見上げる。
どいつもこいつも、少し竜を軽く見過ぎなんじゃないだろうか。
ここはやっぱりアライト自身が華麗に活躍して見せて、さすが竜と言わせなければならないんじゃないか。
――これから危険な場所に赴くのだから、お互いの戦力や能力はきちんと知っておいたほうがいい。
そう判断したミーケルとエルヴィラは、町を出る際に、同行する冒険者たちにアライトのことを伝えた。
ただの小動物でいいとこ使い魔か何か……くらいに考えていた栗鼠が、実は青銅竜の姿を変えたものだった。
そうと知って、さすがの冒険者たちも驚きを禁じ得なかったようだ。
滅多に動揺することがないようなアールですら、アライトに改めて述べる挨拶の言葉を少し噛んでしまったくらいなのだから。
「そもそも、本当に“皇竜神”の神殿跡なのかどうかは不明なのですよ」
明日にはいよいよ遺跡に乗り込むという夜、野営の焚火を囲んで火を突きながら、妖精の魔術師が言う。コリーンと名乗る彼女はじっと考えながら続けた。
「記録を調べると、確かにそのあたりに“皇竜神”の神殿があったという記述があるんです。でも、今回見つかったものがそれなのかどうかはわからないとしか……皆がそれだろうと考えているだけで」
「伝承にも、確かに、荒れ地のどこかに神殿があったという話は残ってるんだ。竜たちと親交の深かった人間が、彼らの神である“皇竜神”を讃え、崇めるために神殿を作ったっていう話がね。だけど、正確な位置までは伝わってない」
「へえ」
コリーンの話を受けて、ミーケルが語る。
「ま、確定するのは中を調べてからだろうね。神殿じゃなくても、未知の遺跡であることには違いないんだ」
「なるほど」
頷いてはみたものの、エルヴィラには“皇竜神”の神殿だったら何かいいことがあるのかどうかもよくわからない。
たぶん、珍しいものだから、皆そうだといいって言うのかなと思っているだけだ。
「何考えてるの」
「ん。神殿て、何があるんだろうって」
「さあ?」
「ミケもわからないのか」
ふっと笑って肩を竦めるミーケルに、エルヴィラは首を傾げる。
「だって、これが本当に“皇竜神”の神殿なら、初めてなんだよ」
「初めて?」
「そうなんです。“皇竜神”の信者はほとんどが竜か竜に縁の深い竜人ばかりで、神殿はほとんど作られないんです」
コリーンがぐっと拳を握って話し始める。
「そこが本当に神殿なのか、それとも神殿としての機能を持たせた別な何かなのか……興味は尽きません」
目を丸くするエルヴィラに、コリーンは力を込めて語る。
普段そこまで何かについて語ることをしない魔術師なのに、と驚くエルヴィラに、森小人の風と旅の神の司祭レフがぷっと噴き出した。
「コリーンが冒険者をやってる目的は、こういう、失われたものとか隠されたものを知ることなんだよ。驚いたでしょう? 普段はあんなにクールぶってるくせにね」
「“大災害”で無くなってしまったものや、失われた知識は多いんです。私はそういうものを掘り起こしてもう一度手にしたいんですよ。
ふらふらしているレフにはわからないかもしれませんけどね」
あれこれと言い合いを始める妖精と森小人に、エルヴィラはミーケルを見上げた。
「冒険者をやってる魔術師には、彼女みたいな者も多いんだ」
「そうなのか」
「“大災害”は突然世界を襲ったし、いかに高位の魔術師でも、直撃を受けて無事だったものはほとんどいない。それに、“大災害”も魔法嵐も、魔術師が好んで塔を建てるような魔力の濃い地域ほど酷かったから、そういう魔術師の持ってた魔術や知識は大部分失われてしまった……と言われてる」
「そんなに……」
「うん。国ひとつ沈んだところもあるからね」
「国がって、ほんとうに? そこに住んでたひとたちは?」
「逃げられたひともいるし、逃げられなかったひともいるんじゃないかな」
ふうんと頷くだけで言葉が出てこないエルヴィラに、ミーケルが笑う。
「もう百年以上前のことだし、あんな災害はそうそう起こらないよ。そもそも、“大災害”は神々の争いの余波だって話だしね」
「神々か……」
この世界の神々は、定命の生き物の信仰と祈りを糧として地上に奇跡を齎してくれるが、完全な存在ではない。
神々の世界にも争いはあるし、ごく稀にだが、他の神を弑してその神の司る力を奪うという事件も起こる。
“大災害”は、そんな神の争いによって引き起こされた……と、言われている。
「困ったものだ」
溜息混じりのエルヴィラの言葉に、ミーケルは噴き出す。
「ま、僕らみたいな定命の生き物に、不死なる天上の方々の考えてることなんてわかるはずもないし、程々にして欲しいなって気持ちはわかるよ」
おどけたように肩を竦めるミーケルに、エルヴィラもくすっと笑ってしまった。
もともとは、“創世の竜”と呼ばれる混沌の海の中から生まれた、すべての竜を生み出した神竜に仕える一対の竜の片割れだとも伝わっている。
とはいえ、何万年も昔、この世界が神の手によって混沌の海から引き上げられ、作られたころの話だ。真偽は定かではない。
“皇竜神”と対とされる“邪竜神”だって、もともとは“皇竜神”の番であった竜が袂を別って悪に堕ちたのだとか、そもそも対立する立場の象徴として生み出されて番も何も最初から宿敵同士だったのだとか、いろいろな説がある。
少なくとも、現在、“創世の竜”は再び混沌の海に還ってしまったかのように消えているし、善なる“皇竜神”と悪なる“邪竜神”が善き竜と悪しき竜のそれぞれを従え、対立していることは確かだ。
だが、それが何故なのかを知るものは誰もいない。
アライトに聞いても、「竜にとっても神話だってのに、俺が知るわけねえよ」のひと言で済まされてしまうようなことなのだ。
「それにさ、これから行く“皇竜神”の神殿跡って、人間が作ったものなんだろ? 竜はそんなの作らねえからな。俺に聞かれたってわかるわけないだろ」
「竜なのにやっぱり役に立たないんだな」
「竜だから知らねえんだよ」
あからさまに失望の色を浮かべるエルヴィラに、アライトは肩を竦めて「やれやれだ」と首を振った。
“皇竜神”といえば竜の信仰する神竜でもあるんだから、と聞いてみたところがこれなのだ。もっとちゃんと知っててもおかしくないんじゃないか。
「ま、卵から出て百年じゃまだまだひよっこの竜なんだから、あんまり無茶を言っちゃいけないよ」
にこやかにとりなす体でさりげなく貶してくるミーケルを、アライトはむうと見上げる。
どいつもこいつも、少し竜を軽く見過ぎなんじゃないだろうか。
ここはやっぱりアライト自身が華麗に活躍して見せて、さすが竜と言わせなければならないんじゃないか。
――これから危険な場所に赴くのだから、お互いの戦力や能力はきちんと知っておいたほうがいい。
そう判断したミーケルとエルヴィラは、町を出る際に、同行する冒険者たちにアライトのことを伝えた。
ただの小動物でいいとこ使い魔か何か……くらいに考えていた栗鼠が、実は青銅竜の姿を変えたものだった。
そうと知って、さすがの冒険者たちも驚きを禁じ得なかったようだ。
滅多に動揺することがないようなアールですら、アライトに改めて述べる挨拶の言葉を少し噛んでしまったくらいなのだから。
「そもそも、本当に“皇竜神”の神殿跡なのかどうかは不明なのですよ」
明日にはいよいよ遺跡に乗り込むという夜、野営の焚火を囲んで火を突きながら、妖精の魔術師が言う。コリーンと名乗る彼女はじっと考えながら続けた。
「記録を調べると、確かにそのあたりに“皇竜神”の神殿があったという記述があるんです。でも、今回見つかったものがそれなのかどうかはわからないとしか……皆がそれだろうと考えているだけで」
「伝承にも、確かに、荒れ地のどこかに神殿があったという話は残ってるんだ。竜たちと親交の深かった人間が、彼らの神である“皇竜神”を讃え、崇めるために神殿を作ったっていう話がね。だけど、正確な位置までは伝わってない」
「へえ」
コリーンの話を受けて、ミーケルが語る。
「ま、確定するのは中を調べてからだろうね。神殿じゃなくても、未知の遺跡であることには違いないんだ」
「なるほど」
頷いてはみたものの、エルヴィラには“皇竜神”の神殿だったら何かいいことがあるのかどうかもよくわからない。
たぶん、珍しいものだから、皆そうだといいって言うのかなと思っているだけだ。
「何考えてるの」
「ん。神殿て、何があるんだろうって」
「さあ?」
「ミケもわからないのか」
ふっと笑って肩を竦めるミーケルに、エルヴィラは首を傾げる。
「だって、これが本当に“皇竜神”の神殿なら、初めてなんだよ」
「初めて?」
「そうなんです。“皇竜神”の信者はほとんどが竜か竜に縁の深い竜人ばかりで、神殿はほとんど作られないんです」
コリーンがぐっと拳を握って話し始める。
「そこが本当に神殿なのか、それとも神殿としての機能を持たせた別な何かなのか……興味は尽きません」
目を丸くするエルヴィラに、コリーンは力を込めて語る。
普段そこまで何かについて語ることをしない魔術師なのに、と驚くエルヴィラに、森小人の風と旅の神の司祭レフがぷっと噴き出した。
「コリーンが冒険者をやってる目的は、こういう、失われたものとか隠されたものを知ることなんだよ。驚いたでしょう? 普段はあんなにクールぶってるくせにね」
「“大災害”で無くなってしまったものや、失われた知識は多いんです。私はそういうものを掘り起こしてもう一度手にしたいんですよ。
ふらふらしているレフにはわからないかもしれませんけどね」
あれこれと言い合いを始める妖精と森小人に、エルヴィラはミーケルを見上げた。
「冒険者をやってる魔術師には、彼女みたいな者も多いんだ」
「そうなのか」
「“大災害”は突然世界を襲ったし、いかに高位の魔術師でも、直撃を受けて無事だったものはほとんどいない。それに、“大災害”も魔法嵐も、魔術師が好んで塔を建てるような魔力の濃い地域ほど酷かったから、そういう魔術師の持ってた魔術や知識は大部分失われてしまった……と言われてる」
「そんなに……」
「うん。国ひとつ沈んだところもあるからね」
「国がって、ほんとうに? そこに住んでたひとたちは?」
「逃げられたひともいるし、逃げられなかったひともいるんじゃないかな」
ふうんと頷くだけで言葉が出てこないエルヴィラに、ミーケルが笑う。
「もう百年以上前のことだし、あんな災害はそうそう起こらないよ。そもそも、“大災害”は神々の争いの余波だって話だしね」
「神々か……」
この世界の神々は、定命の生き物の信仰と祈りを糧として地上に奇跡を齎してくれるが、完全な存在ではない。
神々の世界にも争いはあるし、ごく稀にだが、他の神を弑してその神の司る力を奪うという事件も起こる。
“大災害”は、そんな神の争いによって引き起こされた……と、言われている。
「困ったものだ」
溜息混じりのエルヴィラの言葉に、ミーケルは噴き出す。
「ま、僕らみたいな定命の生き物に、不死なる天上の方々の考えてることなんてわかるはずもないし、程々にして欲しいなって気持ちはわかるよ」
おどけたように肩を竦めるミーケルに、エルヴィラもくすっと笑ってしまった。
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