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一攫千金の町
屍の竜と収支決算
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低く嗄れた分、迫力の増したエルヴィラの名乗りの声が部屋に響いた。
「え、ヴィン?」
アールがぎょっとしたように振り返るが、エルヴィラはまったく気にしていない。
「ちょ、またそれ?」
アライトがナイエの肩を降りて、とたたとエルヴィラに走り寄った。ちらりと振り仰いで、「仕方ねえな」と笑うように口角を上げる。
ミーケルもくすりと笑って、「今日も絶好調だ」と呟いた。
まっすぐ中段に剣をかざし、「エルヴィラ・カーリス、参る!」と突撃をぶちかますエルヴィラに合わせて、リュートを掻き鳴らす。
「“すべてが凍てつく氷原の彼方、獰猛なる白き竜が棲み”」
はるか北方、“凍てつく地”や“北方氷土”と呼ばれる地にかつてあった白竜と、それを倒した蛮族の竜殺しの伝説を、朗々と吟じ始める。
屍となった竜がなおも漂わせる、恐怖を誘う威圧感に皆が負けないよう、その精神を奮い立たせるのだ。
歌いながら、ミーケルも軽やかに部屋の中へと進んでいく。
中では屍竜に強烈な一撃を叩き込んだエルヴィラが、なおも油断なく剣を構えている。アライトも竜の姿に戻り、雷の息を吐きかけていた。
「やるねえ」
ひゅう、とナイエが口笛を吹く。弓を取り出し、「じゃ、俺らも行こう」とアールの肩をぽんと叩いた。
呆気にとられていたアールは、ようやく気を取り直してエルヴィラたちに続く。
神術を唱え終わったレフと、やっぱり唖然としていたコリーンも、ふたり顔を見合わせて肩を竦めた。
「戦士ヴィンて、アール以上に脳筋だったのね」
「そうですね」
はあ、とふたりで大きく息を吐く。
それからようやく、レフは中へ突入した戦士の後を追うように部屋の中へと入り、コリーンは入り口に陣取ったまま高らかに魔術の詠唱を開始した。
* * *
エルヴィラが“でかぶつ”と呼ぶ屍竜は、相当にタフだった。
何しろ、竜に戻ったアライトより、さらに二回り以上は大きい、どう見ても歳経た竜のゾンビだったからだ。
アライトが組み付いて至近距離から雷の息を浴びせ、エルヴィラとアールが脚を中心に斬りまくり、コリーンが派手な魔法をドカンドカンと撃ち込み続け……ようやく屍竜のでかい身体が倒れたまま動かなくなった時には、皆、ぜいぜいと息を切らしていた。
特に、至近距離で戦ってたエルヴィラとアールとアライトは満身創痍と言っていいくらいだろう。
「もう、たいした魔術は残ってません」
「俺も、皆の傷治したら今日の神術はほぼ打ち止めになっちゃったよ」
コリーンとレフが、はあ、と息を吐いて座り込む。ふたりとも惜しみなく魔法を繰り出して、疲労困憊といった様子だ。
屍竜に組み付いていたアライトも、今は必死に身綺麗にしている。「うわあこんなとこまで!」などと言いながら魔術で水を出し、鱗についた腐汁を洗っている。
ミーケルに「臭いから寄らないで」と言われたエルヴィラも、アライトの出す水を使っていろいろ綺麗にしていた。
戦いのあとに見つけた先行グループの遺体はアールとレフで端に並べて整えた後、簡単な死者の清めの儀式を行ない、祈りも捧げた。
「で、こいつ、なんだったんだろう」
ようやく落ち着いたところで、ナイエが動かなくなった屍竜を眺めてぽそりと呟いた。
「あー……たぶんだけどな、ここ、そいつの巣だったんじゃないかな?」
ようやく鱗を綺麗にして、今度は蛇の姿でナイエの腕に巻きついたアライトが、鎌首をもたげてあちこち覗き込むようにして応えた。
エルヴィラが、「巣?」と首を傾げる。アライトがあの海岸に作っていた巣とは、ずいぶん様相が違う。
「そ。こいつ、鱗の色からすると黄銅竜だからな。黄銅の連中は乾いた土地が好きだし穴掘りも得意で、よくこういう地中に巣を作るんだよ」
「でも、この図体じゃあんな細い通路は通れないんじゃないか?」
「そこは、ほら、あっちにもっとでかい扉があるだろ? あれが竜用の出入り口のはずだぞ」
アライトの指した方向へ目をやると、屍竜の背後には相当に大きな石の扉があった。
「じゃ、ここって元から土の中だったってことなのか?」
「巣ならそうじゃないのか? まあ、こいつの大きさと鱗の色からすると、たぶん“古竜”って呼ばれるくらいの年齢だろうから……引っ越ししたんじゃなければ、ここに住んでた期間て千五百年は固いだろうな。巣穴に凝るタイプだったみたいだし」
アライトは話しながらぐるりと部屋を見回す。
きちんと石組みで整えられた壁や床、わざわざ誂えた扉から、岩小人の職人でも呼んで整えたんだろうということは伺える。
エルヴィラも、またぽかんと屍竜を見上げた。生きてる間だけで千五百年――では、死んでからさらに何年経ってるんだろうか。
いや、それよりも。
「……つまり、ここは神殿じゃないってことか」
「そうだね」
ミーケルがエルヴィラの言葉に応え、肩を竦める。隣に並んで屍を見上げて、ふ、と息を吐き笑う。
「おまけに、生きた竜じゃなくて屍竜の巣じゃ、竜の宝も期待できないよ」
ミーケルの言葉に、「あああ! なんてこった!」と今度はいきなりナイエが頭を抱えだした。驚いて、エルヴィラは思わずミーケルと顔を見合わせる。
「てことは今回赤字か!? 俺ら赤字なのか!?
そもそもなんだって古竜がゾンビになんかなってるんだよ! 古竜ってアホみたいに強いはずじゃないのか!?」
「そんなの知らねえよ。竜だって不死じゃないし、こいつより強い魔術師だか司祭だかにやられて不死生物にされちまったんだろ」
アライトの言うことなど聞こえてないように、懐から取り出した財布の金貨と羊皮紙に書き殴った数字を見比べながら、ナイエは身悶える。
エルヴィラがそんなナイエの姿に呆気に取られていると、彼がうちのグループの金庫番なんですよ、とコリーンが苦笑しつつ説明した。
「だってよ、あんなに派手な魔術バカスカ使って、触媒代どんだけかかると思ってるんだよ。魔術は高いんだぞ!? 脳筋に掛けた保護の魔法だけで、一発金貨百枚持ってかれるんだぜ!?」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしりながら赤字がどれくらいになるのかを計算して、ナイエはどうやって取り返そうかとぶつぶつぼやいている。
どうも、こういうことはよくあるらしい。
「え、ヴィン?」
アールがぎょっとしたように振り返るが、エルヴィラはまったく気にしていない。
「ちょ、またそれ?」
アライトがナイエの肩を降りて、とたたとエルヴィラに走り寄った。ちらりと振り仰いで、「仕方ねえな」と笑うように口角を上げる。
ミーケルもくすりと笑って、「今日も絶好調だ」と呟いた。
まっすぐ中段に剣をかざし、「エルヴィラ・カーリス、参る!」と突撃をぶちかますエルヴィラに合わせて、リュートを掻き鳴らす。
「“すべてが凍てつく氷原の彼方、獰猛なる白き竜が棲み”」
はるか北方、“凍てつく地”や“北方氷土”と呼ばれる地にかつてあった白竜と、それを倒した蛮族の竜殺しの伝説を、朗々と吟じ始める。
屍となった竜がなおも漂わせる、恐怖を誘う威圧感に皆が負けないよう、その精神を奮い立たせるのだ。
歌いながら、ミーケルも軽やかに部屋の中へと進んでいく。
中では屍竜に強烈な一撃を叩き込んだエルヴィラが、なおも油断なく剣を構えている。アライトも竜の姿に戻り、雷の息を吐きかけていた。
「やるねえ」
ひゅう、とナイエが口笛を吹く。弓を取り出し、「じゃ、俺らも行こう」とアールの肩をぽんと叩いた。
呆気にとられていたアールは、ようやく気を取り直してエルヴィラたちに続く。
神術を唱え終わったレフと、やっぱり唖然としていたコリーンも、ふたり顔を見合わせて肩を竦めた。
「戦士ヴィンて、アール以上に脳筋だったのね」
「そうですね」
はあ、とふたりで大きく息を吐く。
それからようやく、レフは中へ突入した戦士の後を追うように部屋の中へと入り、コリーンは入り口に陣取ったまま高らかに魔術の詠唱を開始した。
* * *
エルヴィラが“でかぶつ”と呼ぶ屍竜は、相当にタフだった。
何しろ、竜に戻ったアライトより、さらに二回り以上は大きい、どう見ても歳経た竜のゾンビだったからだ。
アライトが組み付いて至近距離から雷の息を浴びせ、エルヴィラとアールが脚を中心に斬りまくり、コリーンが派手な魔法をドカンドカンと撃ち込み続け……ようやく屍竜のでかい身体が倒れたまま動かなくなった時には、皆、ぜいぜいと息を切らしていた。
特に、至近距離で戦ってたエルヴィラとアールとアライトは満身創痍と言っていいくらいだろう。
「もう、たいした魔術は残ってません」
「俺も、皆の傷治したら今日の神術はほぼ打ち止めになっちゃったよ」
コリーンとレフが、はあ、と息を吐いて座り込む。ふたりとも惜しみなく魔法を繰り出して、疲労困憊といった様子だ。
屍竜に組み付いていたアライトも、今は必死に身綺麗にしている。「うわあこんなとこまで!」などと言いながら魔術で水を出し、鱗についた腐汁を洗っている。
ミーケルに「臭いから寄らないで」と言われたエルヴィラも、アライトの出す水を使っていろいろ綺麗にしていた。
戦いのあとに見つけた先行グループの遺体はアールとレフで端に並べて整えた後、簡単な死者の清めの儀式を行ない、祈りも捧げた。
「で、こいつ、なんだったんだろう」
ようやく落ち着いたところで、ナイエが動かなくなった屍竜を眺めてぽそりと呟いた。
「あー……たぶんだけどな、ここ、そいつの巣だったんじゃないかな?」
ようやく鱗を綺麗にして、今度は蛇の姿でナイエの腕に巻きついたアライトが、鎌首をもたげてあちこち覗き込むようにして応えた。
エルヴィラが、「巣?」と首を傾げる。アライトがあの海岸に作っていた巣とは、ずいぶん様相が違う。
「そ。こいつ、鱗の色からすると黄銅竜だからな。黄銅の連中は乾いた土地が好きだし穴掘りも得意で、よくこういう地中に巣を作るんだよ」
「でも、この図体じゃあんな細い通路は通れないんじゃないか?」
「そこは、ほら、あっちにもっとでかい扉があるだろ? あれが竜用の出入り口のはずだぞ」
アライトの指した方向へ目をやると、屍竜の背後には相当に大きな石の扉があった。
「じゃ、ここって元から土の中だったってことなのか?」
「巣ならそうじゃないのか? まあ、こいつの大きさと鱗の色からすると、たぶん“古竜”って呼ばれるくらいの年齢だろうから……引っ越ししたんじゃなければ、ここに住んでた期間て千五百年は固いだろうな。巣穴に凝るタイプだったみたいだし」
アライトは話しながらぐるりと部屋を見回す。
きちんと石組みで整えられた壁や床、わざわざ誂えた扉から、岩小人の職人でも呼んで整えたんだろうということは伺える。
エルヴィラも、またぽかんと屍竜を見上げた。生きてる間だけで千五百年――では、死んでからさらに何年経ってるんだろうか。
いや、それよりも。
「……つまり、ここは神殿じゃないってことか」
「そうだね」
ミーケルがエルヴィラの言葉に応え、肩を竦める。隣に並んで屍を見上げて、ふ、と息を吐き笑う。
「おまけに、生きた竜じゃなくて屍竜の巣じゃ、竜の宝も期待できないよ」
ミーケルの言葉に、「あああ! なんてこった!」と今度はいきなりナイエが頭を抱えだした。驚いて、エルヴィラは思わずミーケルと顔を見合わせる。
「てことは今回赤字か!? 俺ら赤字なのか!?
そもそもなんだって古竜がゾンビになんかなってるんだよ! 古竜ってアホみたいに強いはずじゃないのか!?」
「そんなの知らねえよ。竜だって不死じゃないし、こいつより強い魔術師だか司祭だかにやられて不死生物にされちまったんだろ」
アライトの言うことなど聞こえてないように、懐から取り出した財布の金貨と羊皮紙に書き殴った数字を見比べながら、ナイエは身悶える。
エルヴィラがそんなナイエの姿に呆気に取られていると、彼がうちのグループの金庫番なんですよ、とコリーンが苦笑しつつ説明した。
「だってよ、あんなに派手な魔術バカスカ使って、触媒代どんだけかかると思ってるんだよ。魔術は高いんだぞ!? 脳筋に掛けた保護の魔法だけで、一発金貨百枚持ってかれるんだぜ!?」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしりながら赤字がどれくらいになるのかを計算して、ナイエはどうやって取り返そうかとぶつぶつぼやいている。
どうも、こういうことはよくあるらしい。
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