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鹿角の町
わかってる
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汚れ物を抱えて中庭の井戸まで来ると、エルヴィラはなんとなく空を仰いだ。
空いっぱいにたくさんの星が瞬いている。
どの星も硬く鋭く輝いていて、すっかり冬の夜空だ。
もう、夜は吐く息が白くなるほどに冷え込むようになった。これからどんどん寒くなるのだから、イヴリンに無理をさせてはいけない。
イヴリンに旅をさせるのは無理だ。なら、ふたりはこのままこの町に残ることになるのだろう。
アライトはこの近くに巣穴を作るのか。けれど今のイヴリンを町の外に連れてくのは無理なんじゃないだろうか。
でも――
エルヴィラは井戸の水を汲み上げ、がしがしと敷き布や寝間着の汚れを洗い流す。
「子供かあ……」
いいなあ。
アライトと一緒に、イヴリンは着々と先へと進んでいる。はっきり言って羨ましい。すごくすごく羨ましい。
自分だってもう何も知らないわけじゃない。ミーケルが子供ができないように気をつけてることだってわかってる。
どうしてそんなことをするのかだってわかる。
そのことがちょっと寂しいっていうのも、自覚している。
ミーケルは旅をやめたくないようだし、子供ができてしまえばどうしたってエルヴィラは一緒に行けないだろう。
この危険な世界で離れてしまえば、今生の別れにだってなりかねない。
つまり、生き別れを覚悟して子供が欲しいと頼むか、子供を諦めてミーケルと一緒に旅を続けるかのどちらかなのだ。
自分はどうしたらいいんだろう。
将来の約束なんて、ミーケルが自分を嫌いになるまで一緒にいてくれるという言葉しかないのだ。
最初で最後というのも、将来のことにしては曖昧だ。
「イヴリンは、いいなあ」
羨ましいけど、エルヴィラには自分から何かを求めることが怖くてできない。戦いならいくらでも頑張れるのに、ミーケルのことになるとどうしても竦んでしまう。
約束は欲しいけど、ミーケルの枷になりたいわけじゃない。
洗い終わった洗濯物をぎゅっと絞って溜息をひとつ漏らす。
ほんとうにどうしたらいいのかと考えながら、エルヴィラは部屋へと戻った。
部屋には壮年の女司祭を連れたアライトが帰ってきていた。
洗濯物を置いて、少し離れたところに立っていたミーケルの横に行く。
心配そうに、でもしっかりとイヴリンの手を握り締めたアライトは、司祭がひとつひとつイヴリンの容体を確認していくのをじっと見ていた。
やがて、ほっと息を吐いて顔を上げた司祭は、笑顔でアライトを振り返る。
「病気ではありませんね。おめでとうございます。順調に行けば、次の夏にはあなたはお父さんになりますよ」
「え?」
司祭が穏やかに述べた言葉にぽかんと口を開けたアライトは、だんだんとその言葉が頭に浸透するにつれて目をまん丸に見開いていく。
「おっ、お父、さん」
「そうよアライト。そうじゃないかなって思ったけど、やっぱりそうだったわ」
くすっと笑うイヴリンを、アライトは目を丸くしたままじっと見つめる。エルヴィラが思わず横に立つミーケルを見上げると、軽く肩を竦めていた。
「……や」
「や?」
小さく首を傾げるイヴリンに、アライトは満面の笑顔で抱きつく。
「やった! やったな!」
「ちょっとアライト、苦しいわ」
よほど嬉しいのか、アライトはやったやったと言いながらぎゅうっとイヴリンを抱き締め続ける。
すごいはしゃぎようだ。
呆気に取られながらも、エルヴィラとミーケルも笑いながらふたりを見て――
「え?」
アライトの身体が膨れたような気がして、エルヴィラは目を擦る。
「ばっ、馬鹿、アライト落ち着け! 尻尾と、それに翼も! 竜に戻りかけてるぞ! こんなとこで戻ったら床が抜ける!」
嬉しさで興奮のあまり半分竜に戻りかけたアライトに慌てて駆け寄って、背中をひたすらバシバシ叩く。
驚く司祭をミーケルに任せ、エルヴィラがひたすら落ち着けと背を叩き続けて、ようやく大惨事は免れることができたのだった。
空いっぱいにたくさんの星が瞬いている。
どの星も硬く鋭く輝いていて、すっかり冬の夜空だ。
もう、夜は吐く息が白くなるほどに冷え込むようになった。これからどんどん寒くなるのだから、イヴリンに無理をさせてはいけない。
イヴリンに旅をさせるのは無理だ。なら、ふたりはこのままこの町に残ることになるのだろう。
アライトはこの近くに巣穴を作るのか。けれど今のイヴリンを町の外に連れてくのは無理なんじゃないだろうか。
でも――
エルヴィラは井戸の水を汲み上げ、がしがしと敷き布や寝間着の汚れを洗い流す。
「子供かあ……」
いいなあ。
アライトと一緒に、イヴリンは着々と先へと進んでいる。はっきり言って羨ましい。すごくすごく羨ましい。
自分だってもう何も知らないわけじゃない。ミーケルが子供ができないように気をつけてることだってわかってる。
どうしてそんなことをするのかだってわかる。
そのことがちょっと寂しいっていうのも、自覚している。
ミーケルは旅をやめたくないようだし、子供ができてしまえばどうしたってエルヴィラは一緒に行けないだろう。
この危険な世界で離れてしまえば、今生の別れにだってなりかねない。
つまり、生き別れを覚悟して子供が欲しいと頼むか、子供を諦めてミーケルと一緒に旅を続けるかのどちらかなのだ。
自分はどうしたらいいんだろう。
将来の約束なんて、ミーケルが自分を嫌いになるまで一緒にいてくれるという言葉しかないのだ。
最初で最後というのも、将来のことにしては曖昧だ。
「イヴリンは、いいなあ」
羨ましいけど、エルヴィラには自分から何かを求めることが怖くてできない。戦いならいくらでも頑張れるのに、ミーケルのことになるとどうしても竦んでしまう。
約束は欲しいけど、ミーケルの枷になりたいわけじゃない。
洗い終わった洗濯物をぎゅっと絞って溜息をひとつ漏らす。
ほんとうにどうしたらいいのかと考えながら、エルヴィラは部屋へと戻った。
部屋には壮年の女司祭を連れたアライトが帰ってきていた。
洗濯物を置いて、少し離れたところに立っていたミーケルの横に行く。
心配そうに、でもしっかりとイヴリンの手を握り締めたアライトは、司祭がひとつひとつイヴリンの容体を確認していくのをじっと見ていた。
やがて、ほっと息を吐いて顔を上げた司祭は、笑顔でアライトを振り返る。
「病気ではありませんね。おめでとうございます。順調に行けば、次の夏にはあなたはお父さんになりますよ」
「え?」
司祭が穏やかに述べた言葉にぽかんと口を開けたアライトは、だんだんとその言葉が頭に浸透するにつれて目をまん丸に見開いていく。
「おっ、お父、さん」
「そうよアライト。そうじゃないかなって思ったけど、やっぱりそうだったわ」
くすっと笑うイヴリンを、アライトは目を丸くしたままじっと見つめる。エルヴィラが思わず横に立つミーケルを見上げると、軽く肩を竦めていた。
「……や」
「や?」
小さく首を傾げるイヴリンに、アライトは満面の笑顔で抱きつく。
「やった! やったな!」
「ちょっとアライト、苦しいわ」
よほど嬉しいのか、アライトはやったやったと言いながらぎゅうっとイヴリンを抱き締め続ける。
すごいはしゃぎようだ。
呆気に取られながらも、エルヴィラとミーケルも笑いながらふたりを見て――
「え?」
アライトの身体が膨れたような気がして、エルヴィラは目を擦る。
「ばっ、馬鹿、アライト落ち着け! 尻尾と、それに翼も! 竜に戻りかけてるぞ! こんなとこで戻ったら床が抜ける!」
嬉しさで興奮のあまり半分竜に戻りかけたアライトに慌てて駆け寄って、背中をひたすらバシバシ叩く。
驚く司祭をミーケルに任せ、エルヴィラがひたすら落ち着けと背を叩き続けて、ようやく大惨事は免れることができたのだった。
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