クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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鹿角の町

いいなあ

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「イヴリン、大丈夫かな」

 せっかくの鹿肉の煮込みでイヴリンも楽しみにしていたのに。
 十分煮込んだ肉はちょっと突いただけでほろほろと崩れるくらい柔らかくて美味しいのに、これが食べられないなんて残念だ。



 旅の疲れか寒風に冷えたのか、この“鹿角の町”に着くなりイヴリンは食欲がないと言って部屋にこもりきりになってしまったのだ。

 熱はないから明日まではようすを見ると、アライトも一緒だ。
 せめてなにか飲み物くらいはと水や汁気の多い果物を部屋に運び入れていた。
 アライトなら一晩中起きたままで平気だし、あれこれとイヴリンの世話もするのだろう。任せておけば安心だ。



「アライトが見てるし、明日までこのままならこの町には太陽神の教会があるから、連れて行けばいいよ。念のため、魔法薬も渡してあるんだろう?」

 こくんと頷きながらエルヴィラは、はあ、と溜息を吐く。

「魔物なら戦えるけど、病気じゃ戦ってやっつけられない」
「またそういう短絡的なところに」

 ミーケルが苦笑してエルヴィラの背を宥めるように叩く。

「ほら、ヴィーもしっかり食べて。君まで体調崩したらまずいだろう?」
「私は病気とかしたことないから大丈夫だ。だから気をつけるならミケだぞ。いちど熱を出してるしな」
「はいはい」

 せめて明日は一緒に食べられるといいな、とエルヴィラは煮込みをぱくりと食べた。

 その夜。

 どんどんと扉が叩かれる音でエルヴィラはパッと目を覚ました。
 すぐに横を確認すると、ミーケルも目を擦りながら起き上がるところだった。

「……何事?」
「なあ、おい」
「アライト?」

 こんな深夜にアライトが来るなんて、イヴリンのことしかない。エルヴィラは扉に飛びつくようにして鍵を開ける。

「どうした。何があった?」
「俺、今から司祭を呼んでくるから、イヴリンを見ててくれないか」
「イヴリンに、何があった」
「わからないんだよ。いきなり吐いてぐったりしてるんだ……とにかく、司祭を呼んでくるから、頼むな」

 おろおろと狼狽えてすっかり落ち着きをなくしたアライトは、エルヴィラが頷くとあっという間に宿を飛び出していった。

「ミケ、イヴリンのところに行ってくる」
「僕も行くよ」

 エルヴィラに上着を投げて寄越し、自分も上着を羽織って立ち上がる。

「魔法薬も念のため、持って行こう」

 荷物から魔法薬の袋を取り出し、ふたりですぐイヴリンの部屋へと向かった。

 ぐったりとだるそうにベッドに横たわったままイヴリンは入ってきたふたりにちらりと目をやった。

「……夜中に、悪かったわね」

 部屋の片隅には汚してしまったものを丸めて置いたのだろう。エルヴィラはちょっと顔を顰めて、「洗ってくる」とそこへと向かう。
 ミーケルはイヴリンのようすやその汚れ物の塊を見て、わずかに首を傾げた。

「熱はないんだね? 食欲はなくて、吐いただけ? 他は?」
「そうよ。どうもむかむかが止まらないの。でも、それだけ」
「そう言えば、ここ数日もあまり食が進まないみたいだったよね。
 ――イヴリン、君、もしかして」

 顔色もなんとなく青白いイヴリンを、目を眇めるようにミーケルは見つめる。イヴリンもベッドに伏せたまま、なんだか苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「やっぱり? 私も、もしかしたらそうじゃないかなって考えてたところなの」
「ん?」

 きょろきょろとふたりを見比べて、エルヴィラは何の話だ、と首を捻った。ふたりだけでわかりあっているようだが、自分にはさっぱりわからない。

「とにかく、冷やさないように安静にして。水はなるべく飲んだほうがいいよ。食べられそうなものはある?」
「……果物ならなんとか食べられるの。だから、あとでアライトに頼むわ」
「“快適の外套”は持ってる?」
「ないけど」
「じゃあ、こっちで持ってるのを貸すよ。少し重いけど、着てれば寒くないから」
「ありがと」

 目の前で淡々と交わされるやり取りに、エルヴィラはおろおろするばかりだ。イヴリンはともかく、ミーケルまでどうして瞬く間に事情を飲み込んでいるのか。

「い、イヴリン。いったい何がもしかしてなんだ?」

 おそるおそる尋ねるエルヴィラをちらりと見て、イヴリンは微笑む。

「――月のものが来ないなあと思っていたのよね」

 月のもの……月のもの……と考えて、エルヴィラは、まさかと驚愕に大きく目を見開いた。驚きのあまり、ぽかんとイヴリンを見つめてしまう。

「なん、だと」

 その言葉だけが辛うじて出る。

 そんな、まさか、まさか、アライトとイヴリンが、そこまで進んでいたなんて。

「やだ、なんでそんなに驚くのよ」
「だ、だってイヴリン……」
「私たちずっと一緒だったのよ。当然の成り行きじゃない」
「な、な……」

 なんと言っていいやらわからず、エルヴィラは口をぱくぱくさせるだけだ。
 考えてもみなかった。
 当然の成り行き……当然、だと?
 顔色も体調もすぐれないのににっこりと笑うイヴリンは、とても幸せそうだ。

 ……負けた。

 イヴリンよりずっと前からミーケルと一緒にいるのに、この自分の体たらくといったらなんだ。何もかもイヴリンに先を越されてしまったではないか。
 先制攻撃はカーリス家の家訓ではなかったのか。
 こんなことでは爺様に叱られてしまう。
 母上にだってカタをつけてこいと送り出されたのに、何をしているのか。

 ぶるぶると震えるエルヴィラの頭を、ミーケルがぽんと叩いた。

「何考えてるかだいたい想像できたけど、落ち着いて」
「な、な、これが、落ち着いて、いられ……」
「今はイヴリンの容体だろう?」
「あっ」

 はっと我に返って、イヴリンを振り返る。
 相変わらずぐったりと寝たままで、笑っててもやっぱり辛そうだ。

「ご、ごめん、イヴリン」
「何が?」

 また微笑むイヴリンが、なんだかすごく眩しく見える。

「とりあえず、わかったら、汚れ物洗ってきて。乾かすのはやるから」
「う、わかった」

 頷いて汚れ物を抱えると、エルヴィラは部屋を出た。

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