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鹿角の町
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アライトの帰宅に合わせて、エルヴィラはイヴリンのもとを辞去した。
まっすぐ部屋に戻ってくると、部屋にいたミーケルにさっそくぺたりと張り付いてしまう。
もうすっかり寒くなったので、広場で歌うことはやめていた。
この季節は寒すぎて客が集まらないし、吹き抜ける風が、あっという間に手が凍えて演奏にも支障が出るほど冷たいからだ。
その代わり、数日に一度、酒場で夜に歌うことにしている。
「帰ってくるなりどうしたの」
「ん……」
ぎゅうっと張り付いて、エルヴィラはミーケルの胸に顔を押し当てる。いつものミーケルの匂いがする。
よしよしと背を撫でられて、エルヴィラは頭をぐりぐり擦り付ける。
我ながら動物みたいだと思うけれど、ミーケルの心臓の音と匂いを感じると落ち着くのだから仕方ない。
「何かあった?」
「んん……何も、ない」
「じゃあ、どうしたの」
「ん」
イヴリンに言われたように、気になることを全部尋ねてしまいたいような尋ねたくないようなもやもやとした気持ちのまま、ただミーケルに抱きつく。
ひたすら抱きついていたら、ひょいと持ち上げられて長椅子に運ばれた。
「いったいどうしたのさ」
張り付いたままのエルヴィラをしっかり抱えて、ミーケルはくすりと笑った。そのままむにむに頬を摘みながら、エルヴィラの顔を覗き込む。
「何かあるんでしょ?」
「う……」
「ヴィーは隠し事ができないんだから、さっさと言ってごらん」
「う……ん」
そうは言っても何をどう訊けばいいのか。
うまく言葉にならず、あうあうと喘ぐように声を漏らすだけだ。
「ほんとうにどうしたの。落ち着いて」
「ん、う……そ、の」
「うん?」
「その、ミケのこと」
「僕のことがどうしたの」
「もっと、知りたい」
真っ赤になってまた胸に顔を埋めてしまうエルヴィラに、ミーケルは小さく目を瞠る。それからまた笑って、「どんなことが知りたいの」と囁きながら頭を撫でた。
「……ミケの、家族のこととか、家のこととか……」
「うん」
「好きなこととか」
「うん」
「ん……なんでも、知りたい」
「そっか」
ちゅ、と鼻の頭にキスをされて、思わず目を瞑る。それから、もしかして、今日もこのままはぐらかされてしまうのかと慌ててミーケルの顔を見上げる。
目の前でミーケルがくすっと笑って、またキスをした。
「――“神の爪痕”って、知ってるかい?」
少し考えて、エルヴィラはこくんと頷く。
“大災害”の折に大陸の北東部を深く抉った、とてつもない規模の亀裂のことだ。
空からそれを確認した魔術師が、「まるで神の残した爪跡のようだ」と表したことから、今はそう呼ばれている。
「“大災害”より前、あのあたりには古い国が続いててね。僕の家はもともとその国にあったんだ。高祖父の代までの話だけど」
「え」
「けど、今はヴィーも知ってる通り、“神の爪痕”とひっきりなしに起こる魔法嵐のおかげであのあたりは人が住めなくなってしまった。だから、運良く“大災害”を助かった高祖父一家は、遠い親戚を頼って国を出たんだ」
「遠い親戚?」
「そう。ずいぶん昔に遠方に嫁いだ血縁がいるからって、そこを頼ったんだ」
「……ミケの家は、ずいぶん古くから続いてるんだな。旧家なのか?」
「まあ、そんなとこ。おかげで住むところには困らないで済んだんだ」
だからミーケルの所作はきれいなんだな、とエルヴィラは考える。遠方の親戚を頼れるくらい古い家なら、やっぱりミーケルは良い家の出なんだろう。
「だから、今の家はもっと南に下ったところにあるんだ」
「南?」
「そう。この町からだと、ほとんど真東くらいかな。山を越えてから何日も行かなきゃいけないけどね」
「そうか!」
話してもらえたことが嬉しくて、エルヴィラはにひゃっと笑った。
「ミケは、きょうだいはいるのか?」
「うん……姉と、妹がいる。僕も含めて皆歳は近いんだ」
ミーケルの姉と妹。きっと美人なんだろうなと、エルヴィラはミーケルの顔をまじまじと見つめた。
「何をそんなに見てるのさ」
「ミケのきょうだいなら、きれいなんだろうなって思ったんだ」
「それはどうだろうね?」
ミーケルは首を傾げて笑うと、エルヴィラをぐいっと引き寄せてキスをする。
「歌姫を知るひとのところへ行ったあとに、行ってみるかい?」
エルヴィラは驚きに目を瞠る。
行くって、ミーケルの家がある町に?
「い、行きたい! すごく行きたい!」
「大きな湖があって、近くに森もあって、穏やかな場所なんだ」
「うん、うん」
こくこくと頷きながら、エルヴィラはきらきらした目でミーケルを見つめる。
その表情がご褒美を待つ愛玩犬みたいで、ミーケルはつい笑ってしまう。
「内陸だから、ちょっと寒暖の差は激しいんだけど、その分景色も綺麗だよ」
「いいな! すごく楽しみだ」
ミーケルの家。
そこに連れてってくれると言われたことが嬉しくて、エルヴィラはぎゅうっとミーケルを抱きしめる。
「ちょっと? ヴィー、何を泣いてるんだよ」
エルヴィラが顔を押し当てているあたりがじんわりと湿ってきたことにミーケルは驚いて、慌てて顔を上げさせて。
「う、だって、なんか、嬉しい……」
「大袈裟だなあ」
呆れたように呟いて、ミーケルはもういちどエルヴィラにキスをした。
まっすぐ部屋に戻ってくると、部屋にいたミーケルにさっそくぺたりと張り付いてしまう。
もうすっかり寒くなったので、広場で歌うことはやめていた。
この季節は寒すぎて客が集まらないし、吹き抜ける風が、あっという間に手が凍えて演奏にも支障が出るほど冷たいからだ。
その代わり、数日に一度、酒場で夜に歌うことにしている。
「帰ってくるなりどうしたの」
「ん……」
ぎゅうっと張り付いて、エルヴィラはミーケルの胸に顔を押し当てる。いつものミーケルの匂いがする。
よしよしと背を撫でられて、エルヴィラは頭をぐりぐり擦り付ける。
我ながら動物みたいだと思うけれど、ミーケルの心臓の音と匂いを感じると落ち着くのだから仕方ない。
「何かあった?」
「んん……何も、ない」
「じゃあ、どうしたの」
「ん」
イヴリンに言われたように、気になることを全部尋ねてしまいたいような尋ねたくないようなもやもやとした気持ちのまま、ただミーケルに抱きつく。
ひたすら抱きついていたら、ひょいと持ち上げられて長椅子に運ばれた。
「いったいどうしたのさ」
張り付いたままのエルヴィラをしっかり抱えて、ミーケルはくすりと笑った。そのままむにむに頬を摘みながら、エルヴィラの顔を覗き込む。
「何かあるんでしょ?」
「う……」
「ヴィーは隠し事ができないんだから、さっさと言ってごらん」
「う……ん」
そうは言っても何をどう訊けばいいのか。
うまく言葉にならず、あうあうと喘ぐように声を漏らすだけだ。
「ほんとうにどうしたの。落ち着いて」
「ん、う……そ、の」
「うん?」
「その、ミケのこと」
「僕のことがどうしたの」
「もっと、知りたい」
真っ赤になってまた胸に顔を埋めてしまうエルヴィラに、ミーケルは小さく目を瞠る。それからまた笑って、「どんなことが知りたいの」と囁きながら頭を撫でた。
「……ミケの、家族のこととか、家のこととか……」
「うん」
「好きなこととか」
「うん」
「ん……なんでも、知りたい」
「そっか」
ちゅ、と鼻の頭にキスをされて、思わず目を瞑る。それから、もしかして、今日もこのままはぐらかされてしまうのかと慌ててミーケルの顔を見上げる。
目の前でミーケルがくすっと笑って、またキスをした。
「――“神の爪痕”って、知ってるかい?」
少し考えて、エルヴィラはこくんと頷く。
“大災害”の折に大陸の北東部を深く抉った、とてつもない規模の亀裂のことだ。
空からそれを確認した魔術師が、「まるで神の残した爪跡のようだ」と表したことから、今はそう呼ばれている。
「“大災害”より前、あのあたりには古い国が続いててね。僕の家はもともとその国にあったんだ。高祖父の代までの話だけど」
「え」
「けど、今はヴィーも知ってる通り、“神の爪痕”とひっきりなしに起こる魔法嵐のおかげであのあたりは人が住めなくなってしまった。だから、運良く“大災害”を助かった高祖父一家は、遠い親戚を頼って国を出たんだ」
「遠い親戚?」
「そう。ずいぶん昔に遠方に嫁いだ血縁がいるからって、そこを頼ったんだ」
「……ミケの家は、ずいぶん古くから続いてるんだな。旧家なのか?」
「まあ、そんなとこ。おかげで住むところには困らないで済んだんだ」
だからミーケルの所作はきれいなんだな、とエルヴィラは考える。遠方の親戚を頼れるくらい古い家なら、やっぱりミーケルは良い家の出なんだろう。
「だから、今の家はもっと南に下ったところにあるんだ」
「南?」
「そう。この町からだと、ほとんど真東くらいかな。山を越えてから何日も行かなきゃいけないけどね」
「そうか!」
話してもらえたことが嬉しくて、エルヴィラはにひゃっと笑った。
「ミケは、きょうだいはいるのか?」
「うん……姉と、妹がいる。僕も含めて皆歳は近いんだ」
ミーケルの姉と妹。きっと美人なんだろうなと、エルヴィラはミーケルの顔をまじまじと見つめた。
「何をそんなに見てるのさ」
「ミケのきょうだいなら、きれいなんだろうなって思ったんだ」
「それはどうだろうね?」
ミーケルは首を傾げて笑うと、エルヴィラをぐいっと引き寄せてキスをする。
「歌姫を知るひとのところへ行ったあとに、行ってみるかい?」
エルヴィラは驚きに目を瞠る。
行くって、ミーケルの家がある町に?
「い、行きたい! すごく行きたい!」
「大きな湖があって、近くに森もあって、穏やかな場所なんだ」
「うん、うん」
こくこくと頷きながら、エルヴィラはきらきらした目でミーケルを見つめる。
その表情がご褒美を待つ愛玩犬みたいで、ミーケルはつい笑ってしまう。
「内陸だから、ちょっと寒暖の差は激しいんだけど、その分景色も綺麗だよ」
「いいな! すごく楽しみだ」
ミーケルの家。
そこに連れてってくれると言われたことが嬉しくて、エルヴィラはぎゅうっとミーケルを抱きしめる。
「ちょっと? ヴィー、何を泣いてるんだよ」
エルヴィラが顔を押し当てているあたりがじんわりと湿ってきたことにミーケルは驚いて、慌てて顔を上げさせて。
「う、だって、なんか、嬉しい……」
「大袈裟だなあ」
呆れたように呟いて、ミーケルはもういちどエルヴィラにキスをした。
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