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鹿角の町
大丈夫だよ
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「僕が言葉で約束したら、ヴィーは信じる?」
「し、信じ、る」
「なら、どうしてそうな不安そうな顔になるのさ」
くすくすと笑いながら、またミーケルが口を啄んだ。
「まあ、半分は、僕のせいなんだろうけど……ヴィーは気付いてる? 僕と君が対等じゃないってこと」
「え?」
対等じゃないって、どういうことだろう?
全然意味がわからなくて、不安だけが増していく。
「対等、って」
「うん。少なくとも、ヴィーは僕と君が対等だと思っていないよね?」
「そ……わかんない」
「そう? でも、エルヴィラは僕に言いたいことの半分しか言ってないだろう?」
「そ、そんなことは、ない、ぞ」
言いたいこと?
エルヴィラの心臓の鼓動がばくばくと激しくなる。
そんなことはないはずだ。ちゃんと、言うべきことは言ってるはずだ。
「ほんとうはもっと僕に言いたいことがあるのに、我慢してるだろう?」
「あ……そんな、こと、な――」
ミーケルが笑う。優しく目を細めて、鼻の頭を齧るように啄ばんで、「エルヴィラ」と名前を呼ぶ。
「だ、だって、ミケは、ミケがやりたいようにしているのが、いいんだ。だから、私なんかが……」
「ほら、ね?」
じわりと目を潤ませて、早口に述べようとするエルヴィラに、額を合わせてミーケルは溜息を吐く。
「君は、ほんとうに、馬鹿だね」
「う――」
「馬鹿で、しかも頑固だよね」
そんなに馬鹿だろうか。
だって、やりたいようにやるミーケルがいいんだ。
「僕がそんな風に狭量だと思われてたのは残念だし、エルヴィラの我儘程度で嫌いになると思われているのも残念だ」
「う、だって……」
「だって?」
「わ、私が、枷になるのは、嫌なんだ」
「枷?」
「す、好きなようにするミケがいいんだ。ミケの邪魔になるなんて、や、やだ」
ミーケルは思わず宙を仰ぐ。
何を思い詰めて拗らせてるんだ……ああ、いや、出会って最初の頃の、ミーケルの言葉を引きずり続けた結果か。
は、とまた溜息を吐いて、もう一度口付ける。
「大丈夫だよ。嫌いになんてならないから、ちゃんと、エルヴィラがほんとうはどうしたいのか、言ってごらん」
「え……」
慌てたように目を泳がせて、「あ……」と口をぱくぱくする。
うまく言葉が浮かばない。ミーケルの身体に回した腕に、ぎゅうと力がこもる。
「怖がらなくていいから。僕はずっとここにいるから、ちゃんと言ってごらん」
しっかり頭を抱えるように抱き締めて、耳元でミーケルが優しく低く囁く。
「ほ、ほんとは」
「うん」
震えるエルヴィラの背をゆっくりと落ち着かせるように叩く。
エルヴィラの頭に最初に浮かんだのは、幸せそうに大きくなったお腹をさする友達の姿で――
「み、ミケの子供もほしいし、ずっと、死ぬまで一緒にいたいし、ミケの最後になりたいし、ミケのことだって、ぜ、全部知りたい……で、でも、それで、ミケに嫌われたくないし、枷とかになりたくないし……か、顔見たくないって言われて、それで終わりになっちゃったらって」
うんうんと頷いて聞くミーケルに、顔を伏せたまま、必死に言葉にする。
「わかった。以前の誓いの言葉を、一部変える」
「か、変える!?」
驚いて、思わず顔を上げたエルヴィラに、ミーケルはにっこりと笑った。
「ヴィーが何かやらかして顔も見たくなくなったら、宿の隣の部屋を借りて一晩別に過ごすことにするよ」
「へ、部屋が空いてなかったら……」
どこか行ってしまうのか、と訊こうとするエルヴィラを制して、ミーケルは唇を啄む。
「仕方ないから長椅子で寝る」
「あ、う……そ、それは」
「ほんとうに察しが悪いね」
ぱちぱちと瞬きをするエルヴィラに、額を合わせてミーケルは囁く。
「もう他の女の子のところになんか行く気は無いってことだよ」
「で、でも、それ、は……」
「僕もエルヴィラも、お互いを最後にしようって言ってるんだ」
大きく目を見開いたまま、エルヴィラはぱくぱくと口を動かす。
「エルヴィラ、愛してるよ。……君は?」
「み、み……あ、う……わ、わ、私も、好き……あ、愛、して……うっ」
見開いたままの目からぼろりと雫が零れ落ちる。ぼろりぼろりと零れ落ちて、たちまち滝になる。
「ああもう、なんでそんなに泣くんだ。鼻水まで垂れてるよ」
「だ、だって、だってぇ……ミケが、わ、わた……こと……うっ」
あうあうと言葉にならない言葉を漏らしながら、とうとうエルヴィラはわあわあと声を上げて号泣を始めてしまう。
ミーケルは苦笑しながらエルヴィラをぐいと抱きしめると、顔を自分の胸に押し付けた。
「――悪かったよ。ヴィーの察しの悪さを見縊ってた僕が悪かった。そんなに思い詰めてるなんて思ってなかったんだ」
ふわふわとずっと夢が続いてるような、足元もおぼつかないような心持ちのまま、エルヴィラはイヴリンとアライトに出立の挨拶を告げた。
「いい? ミーケルがなんかやらかして捨てたくなったら、あんたは遠慮なくうちに来ていいんだからね?」
「そんなことにはならないから、大丈夫だ」
へらっと笑うエルヴィラに、イヴリンは「もう」と困ったように笑い返す。
「ねえミーケル。この子自分のことには恐ろしく鈍感だから、心配だわ」
「よくわかってるから、大丈夫だよ」
「ほんとうに?」
疑わしそうに見つめるイヴリンに、ミーケルもくすりと笑い返す。
「さんざん思い知ってるからね。
それはともかく、次の冬の頃にまたここに来るつもりだよ。ふたり揃って」
「なら、エルヴィラのこと任せてあげる」
大きなお腹を抱えて、イヴリンは胸を反らす。
「あんたがエルヴィラに変なことしでかして泣かせたら、遠慮なくアライトをけしかけてやるからね!」
「え、俺?」
「うわ、それは怖い」
あははと肩を竦めるミーケルに、「大丈夫だ、その時は私がいるぞ」とエルヴィラが言い、「それ、本末転倒だわ」とイヴリンが呆れる。
暖かく降り注ぐ春の日差しと友人たちに見送られて、エルヴィラとミーケルは町を後にしたのだった。
「し、信じ、る」
「なら、どうしてそうな不安そうな顔になるのさ」
くすくすと笑いながら、またミーケルが口を啄んだ。
「まあ、半分は、僕のせいなんだろうけど……ヴィーは気付いてる? 僕と君が対等じゃないってこと」
「え?」
対等じゃないって、どういうことだろう?
全然意味がわからなくて、不安だけが増していく。
「対等、って」
「うん。少なくとも、ヴィーは僕と君が対等だと思っていないよね?」
「そ……わかんない」
「そう? でも、エルヴィラは僕に言いたいことの半分しか言ってないだろう?」
「そ、そんなことは、ない、ぞ」
言いたいこと?
エルヴィラの心臓の鼓動がばくばくと激しくなる。
そんなことはないはずだ。ちゃんと、言うべきことは言ってるはずだ。
「ほんとうはもっと僕に言いたいことがあるのに、我慢してるだろう?」
「あ……そんな、こと、な――」
ミーケルが笑う。優しく目を細めて、鼻の頭を齧るように啄ばんで、「エルヴィラ」と名前を呼ぶ。
「だ、だって、ミケは、ミケがやりたいようにしているのが、いいんだ。だから、私なんかが……」
「ほら、ね?」
じわりと目を潤ませて、早口に述べようとするエルヴィラに、額を合わせてミーケルは溜息を吐く。
「君は、ほんとうに、馬鹿だね」
「う――」
「馬鹿で、しかも頑固だよね」
そんなに馬鹿だろうか。
だって、やりたいようにやるミーケルがいいんだ。
「僕がそんな風に狭量だと思われてたのは残念だし、エルヴィラの我儘程度で嫌いになると思われているのも残念だ」
「う、だって……」
「だって?」
「わ、私が、枷になるのは、嫌なんだ」
「枷?」
「す、好きなようにするミケがいいんだ。ミケの邪魔になるなんて、や、やだ」
ミーケルは思わず宙を仰ぐ。
何を思い詰めて拗らせてるんだ……ああ、いや、出会って最初の頃の、ミーケルの言葉を引きずり続けた結果か。
は、とまた溜息を吐いて、もう一度口付ける。
「大丈夫だよ。嫌いになんてならないから、ちゃんと、エルヴィラがほんとうはどうしたいのか、言ってごらん」
「え……」
慌てたように目を泳がせて、「あ……」と口をぱくぱくする。
うまく言葉が浮かばない。ミーケルの身体に回した腕に、ぎゅうと力がこもる。
「怖がらなくていいから。僕はずっとここにいるから、ちゃんと言ってごらん」
しっかり頭を抱えるように抱き締めて、耳元でミーケルが優しく低く囁く。
「ほ、ほんとは」
「うん」
震えるエルヴィラの背をゆっくりと落ち着かせるように叩く。
エルヴィラの頭に最初に浮かんだのは、幸せそうに大きくなったお腹をさする友達の姿で――
「み、ミケの子供もほしいし、ずっと、死ぬまで一緒にいたいし、ミケの最後になりたいし、ミケのことだって、ぜ、全部知りたい……で、でも、それで、ミケに嫌われたくないし、枷とかになりたくないし……か、顔見たくないって言われて、それで終わりになっちゃったらって」
うんうんと頷いて聞くミーケルに、顔を伏せたまま、必死に言葉にする。
「わかった。以前の誓いの言葉を、一部変える」
「か、変える!?」
驚いて、思わず顔を上げたエルヴィラに、ミーケルはにっこりと笑った。
「ヴィーが何かやらかして顔も見たくなくなったら、宿の隣の部屋を借りて一晩別に過ごすことにするよ」
「へ、部屋が空いてなかったら……」
どこか行ってしまうのか、と訊こうとするエルヴィラを制して、ミーケルは唇を啄む。
「仕方ないから長椅子で寝る」
「あ、う……そ、それは」
「ほんとうに察しが悪いね」
ぱちぱちと瞬きをするエルヴィラに、額を合わせてミーケルは囁く。
「もう他の女の子のところになんか行く気は無いってことだよ」
「で、でも、それ、は……」
「僕もエルヴィラも、お互いを最後にしようって言ってるんだ」
大きく目を見開いたまま、エルヴィラはぱくぱくと口を動かす。
「エルヴィラ、愛してるよ。……君は?」
「み、み……あ、う……わ、わ、私も、好き……あ、愛、して……うっ」
見開いたままの目からぼろりと雫が零れ落ちる。ぼろりぼろりと零れ落ちて、たちまち滝になる。
「ああもう、なんでそんなに泣くんだ。鼻水まで垂れてるよ」
「だ、だって、だってぇ……ミケが、わ、わた……こと……うっ」
あうあうと言葉にならない言葉を漏らしながら、とうとうエルヴィラはわあわあと声を上げて号泣を始めてしまう。
ミーケルは苦笑しながらエルヴィラをぐいと抱きしめると、顔を自分の胸に押し付けた。
「――悪かったよ。ヴィーの察しの悪さを見縊ってた僕が悪かった。そんなに思い詰めてるなんて思ってなかったんだ」
ふわふわとずっと夢が続いてるような、足元もおぼつかないような心持ちのまま、エルヴィラはイヴリンとアライトに出立の挨拶を告げた。
「いい? ミーケルがなんかやらかして捨てたくなったら、あんたは遠慮なくうちに来ていいんだからね?」
「そんなことにはならないから、大丈夫だ」
へらっと笑うエルヴィラに、イヴリンは「もう」と困ったように笑い返す。
「ねえミーケル。この子自分のことには恐ろしく鈍感だから、心配だわ」
「よくわかってるから、大丈夫だよ」
「ほんとうに?」
疑わしそうに見つめるイヴリンに、ミーケルもくすりと笑い返す。
「さんざん思い知ってるからね。
それはともかく、次の冬の頃にまたここに来るつもりだよ。ふたり揃って」
「なら、エルヴィラのこと任せてあげる」
大きなお腹を抱えて、イヴリンは胸を反らす。
「あんたがエルヴィラに変なことしでかして泣かせたら、遠慮なくアライトをけしかけてやるからね!」
「え、俺?」
「うわ、それは怖い」
あははと肩を竦めるミーケルに、「大丈夫だ、その時は私がいるぞ」とエルヴィラが言い、「それ、本末転倒だわ」とイヴリンが呆れる。
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