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深淵の都
最後の試練
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「ヴィー、落ち着いて」
腕を引いて座らせて落ち着かせようとするが、どうやらあまり聞こえてない。こうなったエルヴィラはどこまでも走って行きかねない。
どうにか暴走だけは防ごうと、ミーケルはエルヴィラの背中を叩き続ける。
「だ、そうですよ、クィンシー。どうします?」
くすりと笑ってコンスタンスが傍らのクィンシーを見やる。渋面のまま、考え込むように黙り込んだクィンシーは「しかたのない娘だ」と吐息を漏らした。
「オスヴァルトといったか。この子は騎士としては十分に鍛えたが、女としてはまったくだが?」
「もちろん、十分以上に存じております」
当然のように笑顔を返すミーケルに、ふむ、とクィンシーが頷く。
「けれど、エルヴィラは僕の唯一ですから。僕はエルヴィラがエルヴィラであるだけで構いません」
臆面も無く言ってのけるミーケルの言葉にかあっと血が上り、エルヴィラの顔が真っ赤に染まった。またぎゅうっと力任せに抱きついて、そのまま懇願するような表情で顔だけをクィンシーに向ける。
「ち、父上……父上、頼む。私もミケじゃないと嫌なんだ。ミケの子供じゃなきゃ産みたくない。ミケがいい」
またゆっくりと淑女らしい所作でカップを取ったコンスタンスは、茶をひと口こくりと飲んでくすりと笑った。
「まるで悲劇の姫君のような言いっぷりね、エルヴィラ」
「母上?」
「──私は構いませんよ。そもそも殿方にここまで言わせておいて、否はありません」
「は……母上!」
クィンシーも溜息を吐き、渋面を解いて眉尻を下げた。
どうせこうなるだろうというのは、最初からわかっていた。
ただちょっと、あの事件で勘当まで言い渡してしまった手前もあるし、父としても素直に是と返答することが憚られただけなのだ。
「攫われてはかなわんからな。お前の望むようにしなさい」
「父上!」
ぶるぶる震えながら立ち上がったエルヴィラの目が潤みだす。
「ち、父上も、母上も、大好きだあ!」
うわあああんと泣きながら、エルヴィラは父と母に抱き付いた。
結局、ここの家の者は皆、娘には甘いんだなと、ミーケルは苦笑する。
* * *
翌日にはミーケルの両親がやってきた。
「オジー、首尾はどう?」
「もちろん、ちゃんと話は通せたね?」
会うなりカーリス家での結果を尋ねるふたりに、満面の笑みを浮かべたエルヴィラがミーケルよりも早く答える。
「父君に母君! ミケはすごいんだ! ちゃんと父上も母上もミケとの結婚を了承してくれたぞ!」
「まあ、ほんとうに? オジー、見直したわ」
何をどう見直したというのか、と眉を顰めるミーケルにベリトはにこりと微笑む。アルヴァーも「それではすぐにご挨拶をしないとね」とさっそくカーリス家へ使いを送りだす。
ほどなくして訪問を歓迎するとの返答が返り、翌日には双方の両親が対面し、慌ただしくなんやかやとのやりとりが交わされ、瞬く間にふたりの結婚が決まった。
特に何かをするわけではないが、それでもあちこち引き回されて挨拶をさせられて、周囲がにわかに慌ただしくなる。
だが、これをこなさなければカーリス家の体面もストーミアン家の体面も潰すことになってしまうのだ。
ぶつくさ文句を言うのは主にミーケルの役目だったが、それをうまく宥めすかしつつ、エルヴィラはどうにかやり通したのだった。
が。
「な、なん……だと。母上、本気か」
「本気も何も、何もできないまま送り出す母親がどこにいるというのですか」
「で、でも、母上。ひとには向きとか不向きとかが……」
「つべこべ言わず。これも鍛錬です」
きっぱりと断言されて、エルヴィラは膝から崩れ落ちる思いだった。
慌ててクィンシーの顔を見れば、うむと頷くばかりだ。
これまでいかに騎士らしく……という教育方針だった母が、礼儀作法や家の中の采配も覚えるようにと言い出したのだ。
おそらく、ミーケルが貴族の出だと知り、エルヴィラの現状を鑑みてこのままではまずいと考えたのだろう。
このようすでは、父の意見も一致していることに間違いはない。
「――お前は、教会の騎士隊のだれかと結婚すると思っていたのですよ。それがあんな立派なおうちに嫁ぐだなんて、思ってもみませんでした」
そんなことまで呟く母に、エルヴィラは騎士隊の誰かだったらこのままでも問題なかったのだろうかと思わずにいられない。
だったら、自分がこんな鍛錬をするよりもミーケルを騎士にしたてたほうが……と考えて、いやいやと首を振る。
そんなことをしたら、ミーケルは間違いなく都から逃げ出すだろう。
それに、騎士のミーケルなんてまったく想像できない。
「母上、ミケは、家は継がないって言ってたんだ。伯爵は、ミケの父君の代で終わりにするって」
「だからって、お付き合いが何もかもなくなるわけではないでしょう」
「えっ」
おそるおそる申し立てたエルヴィラは、即座に一刀両断されてしまった。
腕を引いて座らせて落ち着かせようとするが、どうやらあまり聞こえてない。こうなったエルヴィラはどこまでも走って行きかねない。
どうにか暴走だけは防ごうと、ミーケルはエルヴィラの背中を叩き続ける。
「だ、そうですよ、クィンシー。どうします?」
くすりと笑ってコンスタンスが傍らのクィンシーを見やる。渋面のまま、考え込むように黙り込んだクィンシーは「しかたのない娘だ」と吐息を漏らした。
「オスヴァルトといったか。この子は騎士としては十分に鍛えたが、女としてはまったくだが?」
「もちろん、十分以上に存じております」
当然のように笑顔を返すミーケルに、ふむ、とクィンシーが頷く。
「けれど、エルヴィラは僕の唯一ですから。僕はエルヴィラがエルヴィラであるだけで構いません」
臆面も無く言ってのけるミーケルの言葉にかあっと血が上り、エルヴィラの顔が真っ赤に染まった。またぎゅうっと力任せに抱きついて、そのまま懇願するような表情で顔だけをクィンシーに向ける。
「ち、父上……父上、頼む。私もミケじゃないと嫌なんだ。ミケの子供じゃなきゃ産みたくない。ミケがいい」
またゆっくりと淑女らしい所作でカップを取ったコンスタンスは、茶をひと口こくりと飲んでくすりと笑った。
「まるで悲劇の姫君のような言いっぷりね、エルヴィラ」
「母上?」
「──私は構いませんよ。そもそも殿方にここまで言わせておいて、否はありません」
「は……母上!」
クィンシーも溜息を吐き、渋面を解いて眉尻を下げた。
どうせこうなるだろうというのは、最初からわかっていた。
ただちょっと、あの事件で勘当まで言い渡してしまった手前もあるし、父としても素直に是と返答することが憚られただけなのだ。
「攫われてはかなわんからな。お前の望むようにしなさい」
「父上!」
ぶるぶる震えながら立ち上がったエルヴィラの目が潤みだす。
「ち、父上も、母上も、大好きだあ!」
うわあああんと泣きながら、エルヴィラは父と母に抱き付いた。
結局、ここの家の者は皆、娘には甘いんだなと、ミーケルは苦笑する。
* * *
翌日にはミーケルの両親がやってきた。
「オジー、首尾はどう?」
「もちろん、ちゃんと話は通せたね?」
会うなりカーリス家での結果を尋ねるふたりに、満面の笑みを浮かべたエルヴィラがミーケルよりも早く答える。
「父君に母君! ミケはすごいんだ! ちゃんと父上も母上もミケとの結婚を了承してくれたぞ!」
「まあ、ほんとうに? オジー、見直したわ」
何をどう見直したというのか、と眉を顰めるミーケルにベリトはにこりと微笑む。アルヴァーも「それではすぐにご挨拶をしないとね」とさっそくカーリス家へ使いを送りだす。
ほどなくして訪問を歓迎するとの返答が返り、翌日には双方の両親が対面し、慌ただしくなんやかやとのやりとりが交わされ、瞬く間にふたりの結婚が決まった。
特に何かをするわけではないが、それでもあちこち引き回されて挨拶をさせられて、周囲がにわかに慌ただしくなる。
だが、これをこなさなければカーリス家の体面もストーミアン家の体面も潰すことになってしまうのだ。
ぶつくさ文句を言うのは主にミーケルの役目だったが、それをうまく宥めすかしつつ、エルヴィラはどうにかやり通したのだった。
が。
「な、なん……だと。母上、本気か」
「本気も何も、何もできないまま送り出す母親がどこにいるというのですか」
「で、でも、母上。ひとには向きとか不向きとかが……」
「つべこべ言わず。これも鍛錬です」
きっぱりと断言されて、エルヴィラは膝から崩れ落ちる思いだった。
慌ててクィンシーの顔を見れば、うむと頷くばかりだ。
これまでいかに騎士らしく……という教育方針だった母が、礼儀作法や家の中の采配も覚えるようにと言い出したのだ。
おそらく、ミーケルが貴族の出だと知り、エルヴィラの現状を鑑みてこのままではまずいと考えたのだろう。
このようすでは、父の意見も一致していることに間違いはない。
「――お前は、教会の騎士隊のだれかと結婚すると思っていたのですよ。それがあんな立派なおうちに嫁ぐだなんて、思ってもみませんでした」
そんなことまで呟く母に、エルヴィラは騎士隊の誰かだったらこのままでも問題なかったのだろうかと思わずにいられない。
だったら、自分がこんな鍛錬をするよりもミーケルを騎士にしたてたほうが……と考えて、いやいやと首を振る。
そんなことをしたら、ミーケルは間違いなく都から逃げ出すだろう。
それに、騎士のミーケルなんてまったく想像できない。
「母上、ミケは、家は継がないって言ってたんだ。伯爵は、ミケの父君の代で終わりにするって」
「だからって、お付き合いが何もかもなくなるわけではないでしょう」
「えっ」
おそるおそる申し立てたエルヴィラは、即座に一刀両断されてしまった。
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