142 / 152
深淵の都
ラスボス登場
しおりを挟む
「――ふたりとも、勝負なら明日になさい」
はあ、という溜息と共に声がかかる。背筋がすっと伸びた、エルヴィラに似た面持ちの女性がいつの間にか現れていた。
振り向いたソールとエルヴィラが、たちまちびしっと直立不動の姿勢を取る。
「……は、母上」
「すみません。久し振りで、つい……」
「いつまでも来ないと思ったら、まったくお前たちはいくつになっても……今日はそのために来たのではないでしょうに」
「は、はい」
きびきびとした足取りでミーケルとエルヴィラの前に立つと腰を落として礼を取る。
「カーリス家が当主クィンシーの妻、コンスタンスと申します」
ミーケルも最敬礼を返す。
「かつて在りし“嵐の国”救国の女王ウルリカの末裔にして“深森の国”伯爵位を戴くストーミアン家が当主アルヴァーと、“嵐の国”王室付魔術師を務めたフォルダール家の娘ベリトの長男、オスヴァルト・ストーミアンです。“深淵の都”にも名高きカーリス家への訪問をお許し戴き、恐悦至極に存じます」
「こちらこそ、丁寧な名乗り、痛み入ります。
さあ、立ち話はここまでにして、奥へ参りましょう」
先に立って歩き出すコンスタンスの後に、エルヴィラとミーケルも続く。ソールは励ますようにエルヴィラの肩をぽんと叩いた。
* * *
部屋に通されたものの、クィンシーが来るまで話すことは何も無いと言われ、ただじっと待った。
母と向かい合ったまま、出された茶もまともに喉を通らず、エルヴィラは父がすぐに帰るようにとひたすら祈る。
実際には四半刻も掛からないほどの時間だったが、エルヴィラにはとてつもなく長い時間のように思えた。
「待たせたな」
ノックに続いてようやくクィンシーが現れて、エルヴィラはほっと息を吐いた。
「いえ。昼間は教会にて失礼しました。本日は訪問のお許しをいただき、まことに感謝しています」
すっと腰を上げたミーケルに合わせ、エルヴィラも慌てて立ち上がる。改めてクィンシーへの礼を示して、ミーケルは人好きのする微笑みを浮かべた。
普段とても適当な態度のミーケルばかりを見ていたが、さすがにこういう場では作法通りの所作を難なくこなせるのかと、エルヴィラは感心する。
やっぱりミーケルはすごい。
「それで、話があるそうだが?」
話の内容などとっくにわかっていたが、クィンシーは改めてミーケルに尋ねた。
じろりと睨むような視線をしっかり受け止めて、ミーケルは「はい」と頷く。
「カーリス家当主たるクィンシー司教に、エルヴィラ嬢との結婚を認めていただきたいのです」
単刀直入に過ぎるミーケルの言葉に、クィンシーは小さく息を呑む。
エルヴィラはあくまでもにこやかなミーケルの顔をじっと見つめて、それから父へと視線を移し……期待に輝く目で、父が是と口に出すのを待つ。
「オスヴァルト・ストーミアンと仰いましたね?」
けれど、クィンシーが何かを述べる前に口を開いたのは、母コンスタンスだった。
にっこりと微笑みつつカップからひと口ゆっくりと茶を飲んで喉を湿し、コンスタンスは続ける。
「もし、許さないと申しましたら、いかがなさるおつもりですか?」
「は、ははう……」
とたんに泣きそうな顔でおろおろと狼狽えるエルヴィラを落ち着かせるように背を叩き、ミーケルはコンスタンスへ微笑みを返す。
「許さないと言われたら……そうですね、その時はエルヴィラを攫います」
「攫うのですか?」
まあ、と目を瞠るコンスタンスに微笑みを浮かべたまま頷くミーケルを、エルヴィラがぱっと見上げた。
「我が祖である救国の女王ウルリカを、悪魔の巣食う王宮より連れ出した偉大なる父祖竜に倣い、エルヴィラを攫って逃げようと思います」
きらきらと目を輝かせ、エルヴィラはミーケルを見つめた。
やっぱりミーケルは頼りになる。そうか、だめなら攫われればいいのか。
エルヴィラは嬉しさのあまりぶるぶる震え、がっちりミーケルに抱きついた。
「まかせろミケ! しっかり攫われてやるからな!」
「ちょ、ヴィー、落ち着いて。苦しいから。あと攫うはものの喩えだから」
抱きつくエルヴィラの腕をなんとか外し、またとんとんと背中を叩く。
「父上、母上、許してくれないなら、私はミケに攫われるからな! 許すなら今のうちだ。あとは無いぞ!」
すくっと立ち上がって高らかに宣言するエルヴィラに、ミーケルが引き攣る。
だからどうしてそうなるんだ。
喩えって言ってるじゃないか。
はあ、という溜息と共に声がかかる。背筋がすっと伸びた、エルヴィラに似た面持ちの女性がいつの間にか現れていた。
振り向いたソールとエルヴィラが、たちまちびしっと直立不動の姿勢を取る。
「……は、母上」
「すみません。久し振りで、つい……」
「いつまでも来ないと思ったら、まったくお前たちはいくつになっても……今日はそのために来たのではないでしょうに」
「は、はい」
きびきびとした足取りでミーケルとエルヴィラの前に立つと腰を落として礼を取る。
「カーリス家が当主クィンシーの妻、コンスタンスと申します」
ミーケルも最敬礼を返す。
「かつて在りし“嵐の国”救国の女王ウルリカの末裔にして“深森の国”伯爵位を戴くストーミアン家が当主アルヴァーと、“嵐の国”王室付魔術師を務めたフォルダール家の娘ベリトの長男、オスヴァルト・ストーミアンです。“深淵の都”にも名高きカーリス家への訪問をお許し戴き、恐悦至極に存じます」
「こちらこそ、丁寧な名乗り、痛み入ります。
さあ、立ち話はここまでにして、奥へ参りましょう」
先に立って歩き出すコンスタンスの後に、エルヴィラとミーケルも続く。ソールは励ますようにエルヴィラの肩をぽんと叩いた。
* * *
部屋に通されたものの、クィンシーが来るまで話すことは何も無いと言われ、ただじっと待った。
母と向かい合ったまま、出された茶もまともに喉を通らず、エルヴィラは父がすぐに帰るようにとひたすら祈る。
実際には四半刻も掛からないほどの時間だったが、エルヴィラにはとてつもなく長い時間のように思えた。
「待たせたな」
ノックに続いてようやくクィンシーが現れて、エルヴィラはほっと息を吐いた。
「いえ。昼間は教会にて失礼しました。本日は訪問のお許しをいただき、まことに感謝しています」
すっと腰を上げたミーケルに合わせ、エルヴィラも慌てて立ち上がる。改めてクィンシーへの礼を示して、ミーケルは人好きのする微笑みを浮かべた。
普段とても適当な態度のミーケルばかりを見ていたが、さすがにこういう場では作法通りの所作を難なくこなせるのかと、エルヴィラは感心する。
やっぱりミーケルはすごい。
「それで、話があるそうだが?」
話の内容などとっくにわかっていたが、クィンシーは改めてミーケルに尋ねた。
じろりと睨むような視線をしっかり受け止めて、ミーケルは「はい」と頷く。
「カーリス家当主たるクィンシー司教に、エルヴィラ嬢との結婚を認めていただきたいのです」
単刀直入に過ぎるミーケルの言葉に、クィンシーは小さく息を呑む。
エルヴィラはあくまでもにこやかなミーケルの顔をじっと見つめて、それから父へと視線を移し……期待に輝く目で、父が是と口に出すのを待つ。
「オスヴァルト・ストーミアンと仰いましたね?」
けれど、クィンシーが何かを述べる前に口を開いたのは、母コンスタンスだった。
にっこりと微笑みつつカップからひと口ゆっくりと茶を飲んで喉を湿し、コンスタンスは続ける。
「もし、許さないと申しましたら、いかがなさるおつもりですか?」
「は、ははう……」
とたんに泣きそうな顔でおろおろと狼狽えるエルヴィラを落ち着かせるように背を叩き、ミーケルはコンスタンスへ微笑みを返す。
「許さないと言われたら……そうですね、その時はエルヴィラを攫います」
「攫うのですか?」
まあ、と目を瞠るコンスタンスに微笑みを浮かべたまま頷くミーケルを、エルヴィラがぱっと見上げた。
「我が祖である救国の女王ウルリカを、悪魔の巣食う王宮より連れ出した偉大なる父祖竜に倣い、エルヴィラを攫って逃げようと思います」
きらきらと目を輝かせ、エルヴィラはミーケルを見つめた。
やっぱりミーケルは頼りになる。そうか、だめなら攫われればいいのか。
エルヴィラは嬉しさのあまりぶるぶる震え、がっちりミーケルに抱きついた。
「まかせろミケ! しっかり攫われてやるからな!」
「ちょ、ヴィー、落ち着いて。苦しいから。あと攫うはものの喩えだから」
抱きつくエルヴィラの腕をなんとか外し、またとんとんと背中を叩く。
「父上、母上、許してくれないなら、私はミケに攫われるからな! 許すなら今のうちだ。あとは無いぞ!」
すくっと立ち上がって高らかに宣言するエルヴィラに、ミーケルが引き攣る。
だからどうしてそうなるんだ。
喩えって言ってるじゃないか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる