クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

文字の大きさ
141 / 152
深淵の都

またこの展開か

しおりを挟む
「ミケ、ミケ、いよいよ本番だ。気を引き締めていこう」
「ヴィー……戦場に赴くんじゃないんだから、もう少し肩の力を抜いて」

 そろそろ夕刻の鐘がなるという頃合いに合わせて、エルヴィラとミーケルは連れ立ってカーリス家の屋敷へと向かった。
 ふたりとも訪問にふさわしくと、改めて身形みなりも整え直している。

「気を抜くと骨の髄まで持っていかれるんだぞ! 油断禁物なんだ!」

 ぐぐぐと気合を込めて拳を握るエルヴィラに、ミーケルはまたかと呆れた顔で笑う。
 確かに油断禁物かもしれないが、エルヴィラの考える油断はこれから想定されるものと明らかに違うはずだ。

「前からすごく疑問だったけど、ヴィーの家ってどんなところなの」

 とたんに顔を顰めてごくりと喉を鳴らすエルヴィラに、ミーケルは首を傾げる。

「――皆、強い」
「うん」
「それに、母上が、すごく、怖いんだ」
「へえ?」

 つ、と一筋、エルヴィラの顔を汗が伝う。

「父上や兄上たちはともかく、母上はものすごく厳しくて……ど、どうしよう、ミケ。母上が許してくれなかったら、どうすればいいだろうか」
「そんなに?」

 いきなり取りすがってくるエルヴィラに、ミーケルは少し驚いてしまう。

「だって、父上がいいと言っても、母上が頷かなければ何も通らないんだ。私が暴れても兄上が説得しても、絶対ダメなんだ。かろうじて婆さまが口添えしてくれれば希望はあるけど、そんなこと滅多にないし……どうしよう、ミケ。母上は頷いてくれるだろうか」
「それは……まあ、会ってみなきゃわからないだろうね」
「う……」

 目に涙まで滲ませて顔を顰めるエルヴィラを、ミーケルはよしよしと宥める。つまり、父や兄があの調子で甘やかす分、母親が厳しくしたということか。



 カーリス家の屋敷は、戦神教会からさほど離れていない住宅街の中にある。たいした庭園などは無いものの、中庭には広い鍛錬場を備えたそれなりに大きな屋敷だった。
 正面玄関の扉についた大きな重いノッカーを打ち、エルヴィラが訪問を知らせる。
 扉の覗き窓がちらりと動いてすぐに、扉が大きく開かれた。

「エルヴィラ!」
「あ、兄上! ソール兄上!」

 扉を開けたのは使用人ではなく、長兄のソールだった。教会の騎士服のままなのは、帰宅して間も無いということだろう。
 ミーケルやオーウェンよりも少し背が高く、身体もがっしりと厚みがあるのは、さすが戦神教会騎士隊の一員というべきか。

「さあ、中へお入り。父上はもうしばらくしたら帰ってくるはずだ」

 ふたりとも中へと招き入れると、ソールはミーケルにちらりと目をやった。

「カーリス家が長男、ソール・カーリスだ」
「オスヴァルト・ストーミアンと申します」

 ソールは一礼するミーケルへ鷹揚に頷くと、またエルヴィラに視線を戻す。

「教会でお前が帰ってきたという話を聞いて驚いたぞ。帰るなら、どうして知らせをよこさない」
「急に決まったことで、手紙を出す時間が取れなかったんだ」

 少し申し訳なさそうな顔になって見上げるエルヴィラの頭に、ソールがぽんと手を置いた。
 家を出た頃に比べ、色も変わりずいぶん短くなってしまった髪にソールはわずかに眉尻を下げる。腰まであった長さが、今ではようやく背に届く程度だ。

「何にしろ、元気そうでよかった」
「――兄上!」

 思わず抱きつくエルヴィラの頭をわしわしと搔きまわしながら、ソールは安堵の吐息を漏らした。
 オーウェンから話を聞いてはいたものの、実際に会うまでやはり不安だったのだ。

「どう変わったのか少し心配だったが……これなら大丈夫だ。黒髪のお前も変わらずにかわいい。目の輝きも変わっていない」
「兄上、兄上!」

 ぎゅうと抱きついて、エルヴィラはソールの身体にぐりぐりと頭を擦り付ける。これはエルヴィラの癖なのだろう。なるほどなとミーケルは小さく頷く。

「よしよしエルヴィラ。いつまでも子供のようだな。そうだ、後で剣も見てやろう。オーウェンから少し聞いたぞ。腕を上げたそうじゃないか」
「でも、オーウェン兄上には負けてしまったんだ」

 しょんぼりとするエルヴィラに、ソールはまた頭を掻き回すように撫でまくる。

「当たり前だ。そうそう妹に負けるようでは、カーリス家の男として示しがつかないだろうが。
 ――ところでエルヴィラ。彼が夫候補だな? このなりでオーウェンを負かしたというのはほんとうなのか?」
「ほんとうだぞ! ミケはすごいんだ! それに候補じゃない、私の夫だぞ!」

 やっぱり長兄の甘やかしっぷりもすごかったと、ミーケルは外向きの微笑みを張り付かせながら考えた。
 それにしても、これだけ甘やかされまくっておいて、どうしてあの侯爵令嬢のようにはならなかったのか。やはり、騎士としての鍛錬のおかげなのだろうか。それとも厳しいという母の躾の賜物か。

「では、そいつの剣の腕も確かめてやろう」
「え、いや、僕は剣が本職ではありませんし」

 急に話を向けられて慌てるミーケルの言葉に、エルヴィラも頷く。

「そうなんだ、兄上。ミケは剣ではなくて歌で戦いを助けてくれるんだ。ミケの歌があれば、私だってそうそう兄上に遅れを取ることはないぞ」

 なるほど、そういえばこいつは詩人だったかと、ソールはミーケルを見やる。

「ほう? では、試してみるか」
「望むところだ兄上!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...