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鹿角の町
青天の霹靂からの
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目を眇めたイヴリンにきっぱりと指摘されて、エルヴィラは慌てる。
本音を言うと、最近ちょっと身体が重くなった気がしていたのだ。
「じ、実は、ここのところ鎧が少し窮屈かもしれないなと思ってはいたんだ……ちょっと身体も重くなったとは感じてたし、やはり鍛錬を増やしたほうがいいだろうか」
太って重くなれば、身体の自由も利かなくなる。動けない騎士など戦いでは足手まといの命取りだし、そもそもそれでは単なる木偶の坊の役立たずだ。
久しぶりに会ったイヴリンが、わざわざ指摘しようと思うほど太ってしまったとは……明日から、いや、今夜からでも走り込みを倍にしなければ。
肉を見つめたまま考え込むエルヴィラを、イヴリンはやっぱり首を傾げたままじっと見つめる。ミーケルも何事かと不思議そうに手を止めた。
――だが、続く質問は、ふたりが予想だにしていないものだった。
「エルヴィラ、あなた最後に月のものが来たの、いつ?」
「ん?」
とたんにミーケルが目を眇めてエルヴィラを振り向いた。
エルヴィラは首を傾げながらも考える。
「そういえば、ここひと月以上ないような気が……」
「なっ!? ちょっと!」
ガタッと音を立ててイヴリンが身を乗り出した。
「アライト! 今すぐ太陽神の教会から司祭様呼んできて!」
「え? どういう……」
「いいから早く!」
「は、はいっ!」
アライトが慌てて席を立つ。
ミーケルも、言葉もなく口をぱくぱくさせたまま、珍しく呆然としている。
「ミーケル! あんたずっと一緒にいてなんで気がつかないのよ! この肝心な時に、馬鹿じゃないの!」
「ちょ、ヴィー、それって……!」
「この子食べづわりよ、おかしいとおもったわ! お腹に子供がいるのよ! もう嫌! どうして誰も気がつかないのよ!」
そこまで言われてようやく事態を呑み込んだエルヴィラは、でも、と眉尻を下げる。そんなのわかるわけないじゃないか。
「だって、イヴリンのときみたいに気持ち悪くならなかったし全然吐いたりしてないし、調子だって崩してないんだ。それに食べづわりってなんのことだ?」
「つわりなんて人それぞれに決まってるでしょう!?」
もう、なんでこうなのよ、とイヴリンは頭を抱える。
こういうことに男が鈍いのはともかく、どうしてエルヴィラ自身が気づかないのか。やっぱりエルヴィラが女だというのは何かの間違いじゃないのだろうか。
「っ、て……う……」
イヴリンが急にお腹を抱えてうずくまった。額に汗が滲み――
「い、イヴリン?」
「どうしよう、産まれる、かも……」
エルヴィラの、伸ばそうとした手がびくっと震えて止まる。
顔を歪めて腹を抱え込むイヴリンに、エルヴィラは完全に狼狽えてしまった。頭が真っ白で、何も浮かばない。
「え、あ、ど、どうしよう、ミケ」
おろおろと振り返ったエルヴィラに縋るような視線を投げられても、ミーケルだってさすがにこんな状況は初めてだ。
「とっ、とにかく、家に、戻ろう」
ミーケルはテーブルの上に金貨を置くと、イヴリンを抱え上げ、早足に店を出る。
* * *
イヴリンのお産は翌朝までかかった。
司祭を連れて戻ったアライトはとんぼ返りで産婆を呼びに行った。ミーケルはミーケルで、司祭の指示のもとお湯やら水やら布やらの用意を手伝わされていた。
エルヴィラも何かすることはないかとうろうろ動き回ってはいたが、妊婦はおとなしく寝てろと追い出されてしまった。
司祭の簡単な診立てによって、妊婦であることは既に確定済だ。
それでも何かできることはありそうなのにと剥れるエルヴィラは、司祭から、これ以上心配事を増やす気かとどやされてようやく部屋へと引っ込んだのだった。
明け方になって、ようやく手の空いたミーケルが戻り、ベッドに倒れ込んだ。
まんじりともできずに転がっていたエルヴィラは、すぐに起き上がってゆさゆさとミーケルを揺する。
「なあ、なあ、イヴリンは? 子供は産まれたのか?」
「ん……もうちょっとじゃない? ここまで来たら、あとは全部出るのを待つだけだってさ。アライトだって付いてるし、イヴリンも大丈夫だよ。
僕も水だなんだでこき使われてへとへとなんだ、少し休ませて。君もちゃんと寝るんだよ。身体に障るから」
「むぅ……」
ふああと眠そうな欠伸をひとつこぼしたミーケルに、ぐいと引っ張られて抱き込まれる。暖かいなと思ううちに、エルヴィラもなんだか落ち着いてきて、ようやく眠りについたのだった。
本音を言うと、最近ちょっと身体が重くなった気がしていたのだ。
「じ、実は、ここのところ鎧が少し窮屈かもしれないなと思ってはいたんだ……ちょっと身体も重くなったとは感じてたし、やはり鍛錬を増やしたほうがいいだろうか」
太って重くなれば、身体の自由も利かなくなる。動けない騎士など戦いでは足手まといの命取りだし、そもそもそれでは単なる木偶の坊の役立たずだ。
久しぶりに会ったイヴリンが、わざわざ指摘しようと思うほど太ってしまったとは……明日から、いや、今夜からでも走り込みを倍にしなければ。
肉を見つめたまま考え込むエルヴィラを、イヴリンはやっぱり首を傾げたままじっと見つめる。ミーケルも何事かと不思議そうに手を止めた。
――だが、続く質問は、ふたりが予想だにしていないものだった。
「エルヴィラ、あなた最後に月のものが来たの、いつ?」
「ん?」
とたんにミーケルが目を眇めてエルヴィラを振り向いた。
エルヴィラは首を傾げながらも考える。
「そういえば、ここひと月以上ないような気が……」
「なっ!? ちょっと!」
ガタッと音を立ててイヴリンが身を乗り出した。
「アライト! 今すぐ太陽神の教会から司祭様呼んできて!」
「え? どういう……」
「いいから早く!」
「は、はいっ!」
アライトが慌てて席を立つ。
ミーケルも、言葉もなく口をぱくぱくさせたまま、珍しく呆然としている。
「ミーケル! あんたずっと一緒にいてなんで気がつかないのよ! この肝心な時に、馬鹿じゃないの!」
「ちょ、ヴィー、それって……!」
「この子食べづわりよ、おかしいとおもったわ! お腹に子供がいるのよ! もう嫌! どうして誰も気がつかないのよ!」
そこまで言われてようやく事態を呑み込んだエルヴィラは、でも、と眉尻を下げる。そんなのわかるわけないじゃないか。
「だって、イヴリンのときみたいに気持ち悪くならなかったし全然吐いたりしてないし、調子だって崩してないんだ。それに食べづわりってなんのことだ?」
「つわりなんて人それぞれに決まってるでしょう!?」
もう、なんでこうなのよ、とイヴリンは頭を抱える。
こういうことに男が鈍いのはともかく、どうしてエルヴィラ自身が気づかないのか。やっぱりエルヴィラが女だというのは何かの間違いじゃないのだろうか。
「っ、て……う……」
イヴリンが急にお腹を抱えてうずくまった。額に汗が滲み――
「い、イヴリン?」
「どうしよう、産まれる、かも……」
エルヴィラの、伸ばそうとした手がびくっと震えて止まる。
顔を歪めて腹を抱え込むイヴリンに、エルヴィラは完全に狼狽えてしまった。頭が真っ白で、何も浮かばない。
「え、あ、ど、どうしよう、ミケ」
おろおろと振り返ったエルヴィラに縋るような視線を投げられても、ミーケルだってさすがにこんな状況は初めてだ。
「とっ、とにかく、家に、戻ろう」
ミーケルはテーブルの上に金貨を置くと、イヴリンを抱え上げ、早足に店を出る。
* * *
イヴリンのお産は翌朝までかかった。
司祭を連れて戻ったアライトはとんぼ返りで産婆を呼びに行った。ミーケルはミーケルで、司祭の指示のもとお湯やら水やら布やらの用意を手伝わされていた。
エルヴィラも何かすることはないかとうろうろ動き回ってはいたが、妊婦はおとなしく寝てろと追い出されてしまった。
司祭の簡単な診立てによって、妊婦であることは既に確定済だ。
それでも何かできることはありそうなのにと剥れるエルヴィラは、司祭から、これ以上心配事を増やす気かとどやされてようやく部屋へと引っ込んだのだった。
明け方になって、ようやく手の空いたミーケルが戻り、ベッドに倒れ込んだ。
まんじりともできずに転がっていたエルヴィラは、すぐに起き上がってゆさゆさとミーケルを揺する。
「なあ、なあ、イヴリンは? 子供は産まれたのか?」
「ん……もうちょっとじゃない? ここまで来たら、あとは全部出るのを待つだけだってさ。アライトだって付いてるし、イヴリンも大丈夫だよ。
僕も水だなんだでこき使われてへとへとなんだ、少し休ませて。君もちゃんと寝るんだよ。身体に障るから」
「むぅ……」
ふああと眠そうな欠伸をひとつこぼしたミーケルに、ぐいと引っ張られて抱き込まれる。暖かいなと思ううちに、エルヴィラもなんだか落ち着いてきて、ようやく眠りについたのだった。
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