148 / 152
鹿角の町
一夜明けて
しおりを挟む
目が覚めると、すでに太陽は天頂近くに差し掛かっていた。
ガチャガチャと金属がぶつかり合うこの音はなんだろう。夢うつつのミーケルはぼんやりとそんなことを考えた次の瞬間、がばりと起き上がる。
ぐるりと部屋を見回すと、部屋の隅でこそこそと、エルヴィラが鎧を付けているところだった。
「ヴィー、なにやってるの」
ミーケルの低い声にびくっと飛び上がり、エルヴィラが「あ、その、な」とおそるおそる振り返った。
「鎧を付けないと、危ないんだ」
「何が?」
顔を顰めてベッドを降りるミーケルに、エルヴィラは引き攣る。
「お、お腹には子供が入ってるんだぞ! だから、お腹を護らないと、危なくて……」
ミーケルの眉間に皺が三本くっきりと刻まれた。
「――馬鹿か君は。だからってどうして鎧なんだよ。よっぽどお腹に悪いだろう? もしかして妊娠舐めてるの?」
ずかずかと足を踏み鳴らして近づくと、ミーケルは荒っぽく留め金を外し、エルヴィラの身体からポイポイと鎧を取り払ってしまう。
「な、舐めてないけど、鎧を着てればお腹に何か当たっても大丈夫だし」
「その前に、こんな鎧で無駄に締め付けてたら、何か当たる以前に悪いよ!
ただでさえきつくなったんだろう? なのに締め付けるとか何を考えてるんだ!」
首を竦めて、エルヴィラはしょぼしょぼとミーケルを見上げた。
「だって、怖いじゃないか」
「何が!?」
「鎧がないと、お腹なんて骨もないんだ。刃が当たったらすぐ通っちゃうんだぞ」
いったいどんな状況を想定しているのかと、ミーケルは眩暈を覚えた。
何がどうしてどうなったら、お腹に刃が当たるような事態になるというのか。
まさか、妊婦のくせにまだ剣を振り回して荒事に突っ込む気でいるのか。
「あのね……それ以前に、そういう事態にならないようにするんだよ」
半ば脱力しながら言い含めるように返し、とにかくこれはしまっておくからと鎧を取り上げる。
エルヴィラはしおしおと項垂れて、自分だけなら平気でも、鎧なしでお腹を攻撃されたら護りきれる自信がないのに、とぶつぶつ呟く。
ミーケルは、はあ、と大きく溜息を吐いた。だからどうしてそこでお腹を攻撃されるという発想になるのか。
「――僕はそんなに頼りにならないかな?」
「え」
「え、じゃなくて。まさか、何かあったら僕がヴィーと子供を見捨てて逃げるとでも思ってる?」
「そっ、そんなことはないぞ! ミケはいつも助けに来てくれるじゃないか!」
「なら、鎧なんて必要ないだろう?」
にっこりとミーケルが笑うと、エルヴィラはとたんにまたしおしお項垂れた。
「た、戦えない私は、ただの役立たずだし」
「ん?」
「だって、他のことは上手にできないのに……」
「あのね」
もう一度溜息を吐いて、ミーケルは「よいしょ」とエルヴィラを抱き上げる。
「ん、確かに前より重くなったかも」
「えっ」
「もうひとり分追加なんだから、しょうがないね」
そのままベッドに下ろして傍らに座ると、エルヴィラの顔を覗き込む。
「とにかく、ヴィーは子供が産まれるまで、戦いは禁止だよ」
「えっ、それじゃ護衛にならない」
本気で困り切ったエルヴィラの顔に、また溜息が漏れる。さっきから溜息しか吐いてない気がして、ミーケルはやはり溜息を吐く。
「護衛は休みだよ。ほんとうに、君、子供がいるっていうのわかってる? 妊婦と護衛騎士を同時にこなすなんて無理だよね?」
「う……」
どことなく納得がいかない顔のエルヴィラの頭を撫でて、ミーケルは溜息をまたひとつ追加する。
「あのさ。たまには僕に護られるのもいいと思わない? それとも、やっぱり僕じゃ不安?」
「で、でも、気を張ってたら、歌うのも大変だって……」
「そんなの、僕もしばらく休業するし。一年や二年程度どうにかなるくらいの蓄えだってしてるよ」
うう、と黙り込むエルヴィラに、ミーケルは小さく苦笑する。
「ま、鍛錬は、少しなら続けたほうがいいだろうね。せっかく鍛えてきたんだから、維持する程度は。でも、無理は絶対にだめだ。真剣を使うのも無し」
「でも……」
「これから先も、体調がいつもと違うと少しでも感じたら、必ず言うんだ。自分で判断したらだめだからね」
「わ、わかった」
どうにか納得して頷くエルヴィラの背をぽんぽんと叩いて寄りかからせるように抱き締める。
「ヴィーは自分の身体のことには鈍感だから、心配だよ」
「無茶はしてないと思うんだけど」
「無茶はしてないって言う妊婦が、鎧を着ようなんて思う?」
「う」
じっとりとエルヴィラを見つめて、ミーケルはもうひとつ溜息を追加した。
「とにかく、鎧と剣は僕が預かっておくよ」
「えっ」
「ヴィーのことだから、こっそり振り回すつもりだろう?」
にっこりと笑うミーケルに、考えてることを読まれてた、とエルヴィラはやっぱりしょんぼり項垂れた。
「なんでミケは私の考えてることがわかるんだ」
「わからないわけがないだろう?」
理不尽だ、とエルヴィラは顔を顰める。
ガチャガチャと金属がぶつかり合うこの音はなんだろう。夢うつつのミーケルはぼんやりとそんなことを考えた次の瞬間、がばりと起き上がる。
ぐるりと部屋を見回すと、部屋の隅でこそこそと、エルヴィラが鎧を付けているところだった。
「ヴィー、なにやってるの」
ミーケルの低い声にびくっと飛び上がり、エルヴィラが「あ、その、な」とおそるおそる振り返った。
「鎧を付けないと、危ないんだ」
「何が?」
顔を顰めてベッドを降りるミーケルに、エルヴィラは引き攣る。
「お、お腹には子供が入ってるんだぞ! だから、お腹を護らないと、危なくて……」
ミーケルの眉間に皺が三本くっきりと刻まれた。
「――馬鹿か君は。だからってどうして鎧なんだよ。よっぽどお腹に悪いだろう? もしかして妊娠舐めてるの?」
ずかずかと足を踏み鳴らして近づくと、ミーケルは荒っぽく留め金を外し、エルヴィラの身体からポイポイと鎧を取り払ってしまう。
「な、舐めてないけど、鎧を着てればお腹に何か当たっても大丈夫だし」
「その前に、こんな鎧で無駄に締め付けてたら、何か当たる以前に悪いよ!
ただでさえきつくなったんだろう? なのに締め付けるとか何を考えてるんだ!」
首を竦めて、エルヴィラはしょぼしょぼとミーケルを見上げた。
「だって、怖いじゃないか」
「何が!?」
「鎧がないと、お腹なんて骨もないんだ。刃が当たったらすぐ通っちゃうんだぞ」
いったいどんな状況を想定しているのかと、ミーケルは眩暈を覚えた。
何がどうしてどうなったら、お腹に刃が当たるような事態になるというのか。
まさか、妊婦のくせにまだ剣を振り回して荒事に突っ込む気でいるのか。
「あのね……それ以前に、そういう事態にならないようにするんだよ」
半ば脱力しながら言い含めるように返し、とにかくこれはしまっておくからと鎧を取り上げる。
エルヴィラはしおしおと項垂れて、自分だけなら平気でも、鎧なしでお腹を攻撃されたら護りきれる自信がないのに、とぶつぶつ呟く。
ミーケルは、はあ、と大きく溜息を吐いた。だからどうしてそこでお腹を攻撃されるという発想になるのか。
「――僕はそんなに頼りにならないかな?」
「え」
「え、じゃなくて。まさか、何かあったら僕がヴィーと子供を見捨てて逃げるとでも思ってる?」
「そっ、そんなことはないぞ! ミケはいつも助けに来てくれるじゃないか!」
「なら、鎧なんて必要ないだろう?」
にっこりとミーケルが笑うと、エルヴィラはとたんにまたしおしお項垂れた。
「た、戦えない私は、ただの役立たずだし」
「ん?」
「だって、他のことは上手にできないのに……」
「あのね」
もう一度溜息を吐いて、ミーケルは「よいしょ」とエルヴィラを抱き上げる。
「ん、確かに前より重くなったかも」
「えっ」
「もうひとり分追加なんだから、しょうがないね」
そのままベッドに下ろして傍らに座ると、エルヴィラの顔を覗き込む。
「とにかく、ヴィーは子供が産まれるまで、戦いは禁止だよ」
「えっ、それじゃ護衛にならない」
本気で困り切ったエルヴィラの顔に、また溜息が漏れる。さっきから溜息しか吐いてない気がして、ミーケルはやはり溜息を吐く。
「護衛は休みだよ。ほんとうに、君、子供がいるっていうのわかってる? 妊婦と護衛騎士を同時にこなすなんて無理だよね?」
「う……」
どことなく納得がいかない顔のエルヴィラの頭を撫でて、ミーケルは溜息をまたひとつ追加する。
「あのさ。たまには僕に護られるのもいいと思わない? それとも、やっぱり僕じゃ不安?」
「で、でも、気を張ってたら、歌うのも大変だって……」
「そんなの、僕もしばらく休業するし。一年や二年程度どうにかなるくらいの蓄えだってしてるよ」
うう、と黙り込むエルヴィラに、ミーケルは小さく苦笑する。
「ま、鍛錬は、少しなら続けたほうがいいだろうね。せっかく鍛えてきたんだから、維持する程度は。でも、無理は絶対にだめだ。真剣を使うのも無し」
「でも……」
「これから先も、体調がいつもと違うと少しでも感じたら、必ず言うんだ。自分で判断したらだめだからね」
「わ、わかった」
どうにか納得して頷くエルヴィラの背をぽんぽんと叩いて寄りかからせるように抱き締める。
「ヴィーは自分の身体のことには鈍感だから、心配だよ」
「無茶はしてないと思うんだけど」
「無茶はしてないって言う妊婦が、鎧を着ようなんて思う?」
「う」
じっとりとエルヴィラを見つめて、ミーケルはもうひとつ溜息を追加した。
「とにかく、鎧と剣は僕が預かっておくよ」
「えっ」
「ヴィーのことだから、こっそり振り回すつもりだろう?」
にっこりと笑うミーケルに、考えてることを読まれてた、とエルヴィラはやっぱりしょんぼり項垂れた。
「なんでミケは私の考えてることがわかるんだ」
「わからないわけがないだろう?」
理不尽だ、とエルヴィラは顔を顰める。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる