クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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鹿角の町

【閑話】いいにくのひ 前編

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「ミケ! イヴリンから、出産は体力勝負だって聞いたんだ」

 目を輝かせながらそんなことを言い出すエルヴィラに、ミーケルは羊皮紙を撒き散らしたまま、うん、と頷いた。

「それで?」
「肉を食べよう」
「……ええと、どうして」
「肉を食べれば体力が付く。体力が付けば出産など恐るるに足らず。つまり私の勝利だ」

 予想どおりの回答に、ミーケルはもう一度頷く。ついでに、相変わらずの脳筋理論からの発想であることも確認できた。

 だが。

 体力付けたいから肉。そこは理解できる。
 だが、現時点以上に体力が必要だというのか、エルヴィラに。
 それに、それ以上に問題なことは――

「肉はいいけど、運動量が減ったのはわかってるよね」
「うっ」

 とたんにキラキラ輝いていたエルヴィラの目が、あらぬ方向に向かって泳ぎだす。

「僕の目が悪くなったのかな。ヴィーの顎が、最近二重に見えるんだよね」
「ううっ」

 反射的に顎に手を当てて、少し緩んだ顎下を隠すように抑え込む。

「あまり太ると大変になるよって、この前司祭様にも言われたよね」
「うううっ」

 ちょっとたるんとなった二の腕とお尻をするりと撫でて、柔らかさを確認してしまう。

「肉はいいけど、食べる量は少し減らさないと、産まれたのにお腹の大きさが変わらないってことになっちゃうんじゃない?」
「うう……だ、大丈夫だ。お腹が空になったら、また鍛錬をするし……」

 すうっとミーケルの目が細く眇められた。

「あのさ、イヴリンの手伝いしてわかってるよね。産まれたら子供にかかりっきりで鍛錬どころじゃないってのも、想像できない?」
「う、うう……そんなこと……子供が寝てる時にやれば……」

 呆れたように、しかし畳み掛けるようにミーケルは微笑んで問い掛ける。

「君はいつ寝るつもり?」
「うっ」
「うっ、じゃなくて。あとふた月もしたら産まれるんだよ、ちゃんと考えて」
「うう……」

 しょぼしょぼと項垂れて部屋を出るエルヴィラに、ミーケルはしょうがないなと小さく溜息を吐いた。
 子供が産まれるまでに、あの脳筋はもう少しなんとかならないものだろうか。



「兄上、最近、ミケが厳しい」

 戦神教会を訪ねたエルヴィラは、いつものようにオーウェンに少しだけ愚痴をこぼす。
 エルヴィラがこうして愚痴のような形でちょっとした不満を漏らすと、兄はいつも有用な助言をくれるのだ。
 ちょっと肉が食べたいと思っただけなのだ。
 妊婦なんだから精の付くものを食べてもいいんじゃないかと思っただけなのに、それじゃデブ一直線だと言われてしまったのだ。

 オーウェンはいつものように穏やかに微笑みながらエルヴィラの話を聞いている。

「では、お前はどうしたいのだ?」
「肉、食べたい……」

 俯いてぽそりと呟くエルヴィラはやはりかわいいと、オーウェンは頷く。子供が産まれたら、きっとかわいらしい母となることだろう。

「なるほど、では私に任せなさい」
「あ、兄上!!」

 とたんに目を輝かせて飛び付いたエルヴィラを、オーウェンもしっかりと抱き締め返してくつくつと笑う。

「そんなに食べたかったのか。お前はやはりかわいいな」

 この程度の願い、この猛き戦神の司祭たる自分がいくらでも叶えてやろう。
 オーウェンはわしわしとエルヴィラの頭を撫で回した。



「エルヴィラ! 肉だ、食べよう!」

 数日後、さっそくオーウェンが大きな荷物を抱えて現れた。いったい何事かと、イヴリンとアライトも顔を出す。

「兄上やったー!」

 大きなお腹を抱えたエルヴィラが満面の笑顔で外へ走り出る。その後ろには盛大に顔を引き攣らせたミーケルだ。

「こっ……これ以上増えたら、ちょっと……」

 どうにもこの義兄が苦手で腰は引けているが、おずおずと異議を唱える。このままエルヴィラにデブロードをまっしぐらされては、健康的にも美容的にも困るのだ。

「大丈夫だ」

 だが、オーウェンはにっこりと微笑んで頷いた。まるで、君の心配など取るに足らないことだとでもいうように。

「私に任せておきなさい、我が義弟おとうとよ。悪いようにはしない」

 いったい何をどうしたら悪いようにはしないになるのかものすごく気になったが、ミーケルには突っ込んで訊いてしまったら負けのように思えた。

「はあ……」

 だから、曖昧に顔を引き攣らせたまま、ここは様子を見ることにする。

「兄上、もしかして、鉄盾焼きか!」
「ああ。久しぶりだろう? 今日は天気も良いし、ちょうどいい季節だからね」

 簡単にレンガを積んでその間に薪を並べ、レンガの上に被せるように“鉄盾”と呼ぶ大きな鉄板を置いた。
 ちょうど、騎士の持つ大盾カイトシールドほどの大きさの鉄板だ。

「なあに、これ」

 イヴリンが不思議そうに首を傾げる。

「焚き火で大きな鉄板を熱くして、その上で肉を焼いて食べるんだ。
 昔、教会騎士隊の誰だかが野営中に調理道具を忘れたことに気づいて、困った挙句に鉄盾を焚き火の上にかざして獲物の肉を焼いたのが始まりだって聞くぞ」
「へえ? ずいぶん豪快なのね」
「炙り焼きもいいけど、これもうまいんだ」

 エルヴィラがにこにこと説明する横で、オーウェンが大きな肉の塊を短剣で手頃な大きさに切り分けながら頷いた。

「それ以来、我が教会の騎士隊が設営訓練をするときは、必ず一度は鉄盾焼きをするようになったのだよ」
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