クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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鹿角の町

そして、ひねもすのたり、のたりかな

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 ゆるゆると冬が過ぎて、ようやくイヴリンとアライトも落ち着き始めていた。

 エルヴィラの腹もだいぶ目立つようになった。少し前から、かがんで何かを持ち上げるような動作は絶対やらないようにと、ミーケルから固くしっかり言い含められているくらいには、大きくなっていた。
 おまけに、今日になって今度は木剣を振るうのも走り回るのもそろそろ無しだと言われてしまった。
 エルヴィラは剥れて口を尖らせる。

「それじゃ、私ができる運動は何もないぞ」
「歩けばいいじゃないか。歩くなら、僕も付き合ってあげるよ」
「むう……」

 不満そうに眉を寄せる頭を、夏までの辛抱だよと撫でてキスをして、ごまかすようにエルヴィラの機嫌を持ち上げる。
 思うように身体を動かせなくなってからずっと、どうにもフラストレーションが溜まっているようなのだ。

 いつもなら機嫌の悪いミーケルをエルヴィラが宥めるのが常だった。
 なのに、ここのところはずっと、剥れるエルヴィラをミーケルが宥めるという光景ばかりになっている。

 そして、日差しもすっかり暖かくなったころ、アライト邸を訪れる者があった。手の離せないイヴリンに代わって、エルヴィラがガチャリと扉を開ける。

「──エルヴィラ、元気にしていたかい?」

 扉の前に立っていたのは、都にいるはずの次兄、オーウェンだった。
 エルヴィラの姿を確認するなりぎゅうと抱き締めて……久しぶりに会った時はいつもそうするように、次々癒しの神術をかけていく。

「あ……兄上、どうして」
「だいぶお腹も大きくなったようだな。順調に育っているようで喜ばしい限りだ。いつ頃に産まれる予定だ?」
「あ、ああ……司祭様の話じゃ、夏になる頃にはって……」
「おお、そうか!」

 機嫌よく抱き締めたままよしよしと背を撫でるオーウェンに、エルヴィラは目を白黒させる。
 いったい何がどうしてどういう理由でオーウェンがここに?

「ヴィー、誰だっ……げ」

 戻りの遅いエルヴィラを見に来たミーケルが思い切り顔を引き攣らせる。相変わらずエルヴィラを抱き締めたままのオーウェンがにっこりと笑う。

「やあ、我が義弟おとうとよ。息災のようだな」
「ど、どうして……」
「この春より“鹿角の町”の戦神教会へ赴任することになったのだ。先ほど到着したばかりだが、さっそく挨拶に来たよ」
「……赴任? じゃあ、兄上はこの町に住むのか!」

 喜ぶエルヴィラはかわいいなと頭を撫で回しながら、オーウェンは頷いた。

「皆、お前のことを心配していたからな。一番動きやすい私が、こちらへ赴任というかたちで来ることにしたのだ。司祭として経験を積むためにほかの町へという話があったところなので、ちょうどよかったよ」

 それ絶対言い訳だ、とミーケルは眉を顰める。エルヴィラに子供ができたと聞いて、慌てて根回しと手配を急いだんだろう。
 そばに来るために。
 絶対間違いない。

「ところでこちらの家主は? 出産までお前が世話になるのだろう? カーリス家を代表して挨拶せねば」
「ああ。今、子供を寝かしつけてるところだ」
「そうか……では、日を改めたほうがよさそうだな。くれぐれもよろしく伝えてくれ。
 それから、私は教会の宿舎にいるよ。いつでも訪ねておいで」
「わかった、兄上」
「では、義弟よ。また後ほど」
「はあ……」

 まるで嵐か何かのようだと引き攣った笑みを貼り付けたまま、ミーケルは一礼して去っていくオーウェンの背に手を振った。人の気も知らず、「兄上がそばにいるなら安心だな」などとエルヴィラは無邪気に喜んでいる。

 それはいい。だが、まさかあれが毎日になるのだろうか。
 都にいる間だけでも胸焼けがしてげっぷが出るくらいだったオーウェンの甘やかしが、この町にいる限り毎日続くというのか。
 もしかしてこれ、ずっとこのままなのか。
 この責任は、いったい誰に負わせればいいのだ。

「ミケ、どうした?」

 けれど、不思議そうに見上げるエルヴィラと目が合って……ミーケルはふと笑う。

 まあいいか。
 なるようになるだろう。
 これまでもそうだったんだ。

「なんでもないよ」
「そうか?」
「……産まれるのが楽しみだなって、思っただけだよ」

 いきなりよいしょと抱き上げて、「すっかり重くなったね」とミーケルは笑い……ちゅ、とエルヴィラにキスをした。




*****

本編はここで終わりですが、後一話、おまけの小話があります。
この続編というか、時系列的に続いている話は「灰色の世界の天上の青」で、主人公はオーウェン兄上となります。(お話的に続いているわけではありませんが)





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