蛮族嫁婚姻譚その4:氷原の狩人と戦士になりたい娘

ぎんげつ

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氷原の相棒

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「まず、野伏レンジャーという職を選んだ者はあまり町では生活しない。今の私たちのように、人生の大半を外で過ごすことになる」

 エリサは頷いた。
 実際、町を出てからずっと外だ。燃料小屋に泊まることすらしていない。

畢竟ひっきょう、誰かにいちいち命令されるなんてまっぴらだ、と考えるようにもなる。
 なにしろ、人付き合いは最低限。自分のペースで、自分の考えと判断のみに基づいて、他人に指図されることもないひとりの生活だからね」

 そういうものかなと思ったが、たしかに、ここまで誰とも合わなかった。
 町や谷ではありえないくらい、他人がいない。
 なら、そういうこともあるだろうと、エリサはまた頷く。

「だから、人恋しい者はそこで脱落するんだよ。寂しくなって町に戻ってしまうんだ」
「――じゃあ、ヴァロさんが町に雇われてるのは、人恋しくなったから?」

 目を瞬かせるエリサを、ククッとヴァロが笑う。

「そう思うだろう? けど、実は、野伏にはもうひとつ役目があって、そっちの理由のほうが重要なんだ」
「え? 役割?」
「野伏は、その地を愛し、守り、その地に仕えている。ちょうど、司祭が神に仕えて神のために働くように、森の祭司ドルイドが森を崇めて森に仕えているようにだ」

 司祭がいわゆる神子の役目なのだとは知ってるが、“ドルイド”が何なのかよくわからない。だが、たぶん司祭みたいなものなんだろうとエリサは考える。
 それにしても、つまり野伏も神子のようなものということなのか。氷原の外にはずいぶんたくさんの神子がいるのだなと、エリサはぽかんとヴァロを見つめた。

「ゆえに、野伏はその地を守ることを己の使命としている。だから、雇われることでその使命が果たせるなら、そのほうがいい」
「……ヴァロさんは、この氷原の神子ってことなの?」

 ヴァロは笑ってエリサの頭をポンポンと叩く。
 まるで、子供にするみたいだ……そんなことを考えて、エリサの眉が寄った。

「という私のような野伏もいるし、それでも雇われるなんてごめんだという野伏もいる。自然に関する神々……例えば大地の女神や森の女神、それに太陽神や君たちの崇める“女王”を信仰し、仕えるために野伏をする者もいる。
 皆、主に荒野で生活しているという共通点はあるけど、目的なんて人それぞれだし、野伏がどういう者かというのは人それぞれだってことだ」
「それじゃ、野伏って……」
「あえて言えば、“人付き合いと集団行動の苦手な、荒野暮らしの偏屈者”が野伏ってことなんだろうね」

 エリサはどうにも納得がいかないという顔でヴァロを見返す。
 町を出る前、騎士とか聖騎士とかがどんな者なのかをアイニから聞いたことがあるけれど、もっとはっきり決まっていた。
 なのに、野伏はそんな適当でいいのだろうか。それに、“偏屈者”って、あまりいい言葉ではなかったのではないか。
 だいたい、ヴァロは偏屈者に見えない。
 眉を寄せるエリサに、ヴァロは改まったように咳払いをひとつした。

「まあ、野伏には野伏だけに伝えられる技や魔法のようなものがあるから、それらを使えるものが野伏だっていう見方もある。
 斥候にも、専門の訓練を受けた斥候なら使える、魔法のようなものがあるしね」
「やっぱりよくわからない」
「まあ、そういうのはおいおい考えればいいよ。自分が何者かなんて、自分が納得して理解してればいいことだから――と、ちょっと風が出てきたな」

 でも、と言いかけるエリサを制して、ヴァロは北の方角をじっと見つめる。
 地平に目を凝らし、風の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせて思い切り息を吸って、「こりゃ、嵐になるぞ」と言った。

「え?」

 薄っすらと雲は出ているが、晴れ渡っていると言っていいくらいの青空を見上げて、ヴァロは思い切り顔を顰めた。
 エリサもヴァロを真似て目を凝らしてみるが、どこに嵐の予兆が見えるのか、全然わからない。

「秋の嵐は長く続くこともある。今から用意をしよう」

 今日は珍しく晴れていたが、氷原の天候は、秋の訪れとともに荒れやすくなるものだ。もちろん、そのことはエリサも知っている。そろそろ、秋の嵐が頻繁になってもおかしくない季節だということも感じている。
 嵐は下手をすれば数日続くこともある。
 エリサはまだ野営で嵐をやり過ごすのは難しいだろうと、ヴァロはエリサを連れて一番近い燃料小屋に移動した。岩場の影になるように作られた燃料小屋は、こういう時の避難場所にもなるのだ。



「水を汲むのは私がやろう。エリサは小屋の中を整えて、暖炉に火を起こしておいてくれ。フロスティは獲物を頼むよ」

 エリサはすぐにヴァロの指示に従って動き出す。フロスティも、もこもこの太い尻尾を一振りだけしてすぐ狩りに出てしまった。
 エリサには、フロスティがどうしてヴァロの言うことがわかるのか、いつも不思議だった。まるで、言葉が通じているかのようだと。

 小屋の中は、三人くらいが横になれば床が埋まってしまうほどの狭い部屋だった。軽く埃を払い、小さな暖炉の中を掃除して、燃料庫からよく乾いた泥炭をいくつか運んで、横に積んでおく。とりあえずはと、二日分くらいの量だ。
 それから、手持ちの小枝と枯れ草を使って火を起こし、泥炭に移す。
 その間に、ヴァロは小屋の中にある水甕を抱えて、近くの泉から水を汲んだ。近場といってもそれなりに歩く。水瓶は全部で四つで、どれもヴァロが抱えるほどの大きさだ。結構な重労働である。
 それでも、日が暮れる前にはすべての準備を整えられた。
 フロスティが持ち帰った雪兔も、きれいに捌いて戸口のそばに吊るした。

 日が暮れる頃になると空はすっかり陰り、氷原を渡る冷たい風の勢いは増していった。氷のように冷たい雨が小屋の屋根を叩く。
 どこにも雨漏りがないことを確認して、ヴァロはようやく息を吐いた。
 小さな暖炉に乾いた泥炭をくべながら外の様子を伺えば、外はかなりの暴風雨になっているようだった。
 時折、隙間から吹き込む風が、身を切るように冷たい。

 冬はまだだと思っていたけれど、この冷たさなら雪が舞うのもさほど遠くないだろう。激しい風雨の音に首を竦めて、エリサはそんなことを考える。

「エリサ、こっちにおいで」

 ヴァロに呼ばれて、エリサは顔を上げた。

「今夜は冷えそうだ。フロスティにくっついて寝るといい」
「ヴァロさんは?」
「私もそうするつもりだ。ただし、火の番は交代でやるから」
「はい」

 先に寝るといいといってヴァロはフロスティの横を空けると、フロスティも、おいでと呼ぶようにごろりと横たわった。
 しっかりとマントと毛布にくるまったエリサはそのほかの荷物を枕にするようにして横になると、背中をぺったりとフロスティのお腹にくっつけた。ゴロゴロと鳴るフロスティの喉の音に、誘われるように目蓋が落ちる。



 そこから二日ほど籠もらなければならなかった。
 フロスティはその間に一度だけ外に出たが、さすがに獲物は見つからなかったのか、すぐに帰ってきた。
 嵐が過ぎ去った空は、北の地には珍しく晴れ渡っていた。

「フロスティ? 何を拾ってきたんだ」

 ようやく外に出られたと、ヴァロとエリサは大きく伸びをして身体を動かす。
 そこに、ふらりと姿を消したフロスティが、ヒヨヒヨか細く鳴く灰色のもこもこした塊を咥えて戻ってきた。
 得意そうな顔をするフロスティから、ヴァロが呆れ顔で塊を受け取る。

「氷原鷹の雛か」
「え?」

 ヒヨヒヨと力なく鳴き続ける塊からひょこりと顔が出て、餌をねだるように大きく口を開けた。きっと、お腹が空いているのだろう。
 氷原鷹は、山に近い地域で見られる、白を基調とした羽根色の中型の猛禽だ。よく通る鳴き声が谷まで聞こえることもある。
 大きく立派な風切り羽が、長や神子の持ち物を飾ることも多い。

「巣から落ちたか飛ばされたかで、親とはぐれたってところだろう。親がいたら、フロスティを寄せ付けなかっただろうしね。
 ……大きな怪我はないようだ」

 鳴き続ける雛鳥に、ヴァロは腰から小さなベリーを取り出した。鷹の食べるものと言えば肉じゃないのかと、エリサは不思議そうにヴァロを見詰める。

「ヴァロさん、これは?」
「野伏が作る“善き者の果実”だよ。緊急時のための食料で、これひとつで一日動けるくらいに腹を満たせるんだ。
 本当なら、この氷原鷹の雛には肉を与えるものなんだけど、こいつはだいぶ弱っている。まずは消化のいいものを食べさせないといけない」

 ヴァロは大きく開いた雛の口に、小さなベリーの果汁を絞った。
 ひとしずく、ふたしずく、と口に垂らし入れた果汁を、雛は小さな舌を動かして、啄み舐め取るように飲み込む。
 それだけで満足したのか、雛は目を細めて首を縮め、丸くなった。

「そうだな……これから、エリサがこいつの世話をしてやるといい」
「私が?」
「きっと、エリサのいい相棒になってくれるよ」
「相棒……フロスティみたいな?」
「そう。君が一人前になる頃にはこいつも立派な氷原鷹だ。氷原鷹はとても目がいいし狩りも上手な鳥だ。君の大きな助けになるだろう。
 君が名前を付けてあげるといい」
「名前……」

 氷原鷹は氷原でいちばん強く勇敢な鳥だと言われている。弓の届かない空の高みを悠々と舞う立派な鳥が、今は灰色でこんなにふわふわで……。

「ええと、ミュクトやわらかい……は、ちょっと違うから……グラート灰色?」

 グラートはおもむろに頭を上げると、返事をするように小さくヒョーと鳴いた。

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