蛮族嫁婚姻譚その4:氷原の狩人と戦士になりたい娘

ぎんげつ

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氷の宮殿

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 大角鹿ムースの倍以上ある巨体のわりにたいした衝撃もなく、ヴォレラシアーは軽やかに城の前に降り立った。
 それから、ふたりを背に乗せたまま、ゆっくりと城門へと歩いていく。
 ヴォレラシアーが首を上にいっぱいに伸ばしたよりもはるかに背の高い、巨大な氷の城門だ。
 その両脇には歩哨を兼ねた門番と思しき氷鬼アイストロルが槍を手に立っていた。二体とも、雪熊の毛皮で作った揃いの獣皮鎧ハイドアーマーを身に付けている。いきなり目の前に降りたヴォレラシアーを警戒はしているが、かといって手出しをする気はなさそうだ。

「やあ、今年もこの偉大なる“美しき天のものヴォレラシアー”がご機嫌伺いに来てあげたよ」

 ぐいと首をもたげて朗々と名乗りを上げる銀竜に、氷鬼たちは顔を見合わせた。それからその背に跨ったままのヴァロとエリサをじろりと睨みつける。

「小さいのが一緒だとは聞いてない」
「僕の友人だ。この氷原に名高き霜巨人フロストジャイアント氷宮殿アイスパレスをひと目見せてあげようと思ってね。君たちだって、人間の間で巨人の作った宮殿の美しさが語られるのは嫌じゃないだろう? 確認が必要だというならここでおとなしく待っていてやるから、早く行っておいで」
「――わかった。しばらく待っていろ」

 氷鬼のひとりが通用門を開けて中へ引っ込んだ。通用門といっても、氷鬼が潜れるほどの大きさだ。きっと町の外門と変わらないくらいはあるだろう。

「あの、大丈夫なんですか?」
「霜巨人というのは上位の巨人族だという話はしたよね?」
「はい」

 不安げに確認するエリサに、ヴォレラシアーが楽しそうに返す。

「彼らは雲巨人クラウドジャイアントに比べると少々気まぐれで乱暴者ではあるが、実はおべっかにとても弱いんだ」
「え?」
「だから、ああ言われたら君たちを中に入れないはずがない」
「ええ?」

 本当だろうか。
 ヴォレラシアーの背に乗ったまましばし……一刻二時間までは届かないけれど、たっぷり半刻一時間は過ぎただろうと思えるくらいの間待たされて、また、氷鬼が出てきた。
 今度はすぐに大きな門も開く。

「小さいのも一緒でいいと、王が言った。入れ!」
「そうだと思ったよ」

 ヴォレラシアーは機嫌良く、門をくぐった。


 * * *


 門の中にいるのは、巨人だけではなかった。
 あいかわらずヴォレラシアーの背に揺られて、待ち構えていた巨人の従者の案内で奥へと進んでいく。
 案内こそ霜巨人のようだが、その足元を縫うように走り回ってあちこちで雑用をこなしているのは、小さな亜人族ヒューマノイドだ。
 遠目には犬のような顔だけど、身体はひょろりと細く、白い鱗に覆われている。耳に見えた頭部のでっぱりもよく見れば角で……。

犬頭コボルドだよ」
「犬頭?」
「そう。臆病で、普通は地下に隠れ住んでる亜人族だ。ここのコボルドたちのように、他の上位種族に使用人として仕えていることも多い」
「使用人……」

 ヴァロの説明に、エリサはまじまじと犬頭を見つめる。身長も、たぶんエリサよりずっと低いだろう。おそらくは、町で見かけた岩小人ドワーフと同じくらいか、それ以下か。
 つるりとした蛇のような尻尾を振りながら歩く姿は、意外に愛敬があるかもしれない。小柄で力が弱いかわりにすばしこく、文字通りちょこまかと走り回っている。無造作に歩く巨人たちの足も危なげなくするりと避けて、蹴られるようなこともなさそうだ。
 それにしても、とエリサは改めてぐるりと周囲を見回した。
 エリサのような人間はもちろん、ヴァロのような妖精もいない。この宮殿にいるのは犬頭と霜巨人と氷鬼ばかりだ。ついつい言われるままに連れて来られてしまったけれど、本当に大丈夫なのだろうか。

「エリサ、ここにいる間、私からは離れないように」

 不安を見透かすように、ヴァロが囁いた。
 ヴォレラシアーは善き竜だ。竜であるが故に一抹の不安は禁じ得ないが、信用はできる。しかし巨人族は……氷鬼はもちろん、霜巨人だって完全に信用はできない。
 ヴァロひとりなら、はぐれたとしてもどうにか脱出して帰ることはできるだろう。けれど、エリサひとりがはぐれてしまったら、きっと難しい。

「それから、私の姿が見えない時は、ヴォレラシアー殿から離れてもいけない」
「え?」
「万が一だよ。ここは巨人の国の巨人の宮殿だからね」

 エリサは神妙な表情で頷いた。
 ヴォレラシアーは、ふたりの会話が聞こえているのか聞こえていないのか、何も言わずに歩みを進めていく。

 城は、どこもかしこも氷で作られていた。
 壁も天井も床も何もかもが陽光に透かされて、ほんのりと青白い。まるで光を含んでいるかのように、城全体が明るく内部を照らしている。
 よく目を凝らせば、柱や壁は繊細な彫刻で飾られている。これほど大きくなければ、きっと。巨人たちが作ったのだと言われても、とても信じられなかっただろう。

 ふと、エリサは不思議に思う。
 中はそれほど寒いと感じないのに、どうしてこの城は溶けてしまわないのだろうか。ここは北の果てだけど、夏になれば太陽は輝く。冬の凍てつく寒さがなければ、氷はほんの少しずつでも溶けてしまうものだ。
 なぜ、この城は平気なのだろう。



 ようやく到着した大扉の前で、乗った時同様に、ヴォレラシアーは翼を渡してヴァロとエリサを下ろした。それから自分の後に付いてくるようにと合図をして、いっぱいに開かれた扉を潜る。

 その先、扉の中は、大きな広間だった。
 氷で作り氷で飾った、大きな大きな広間だ。
 きっと、町の中心広場より広いだろう。天井を支える柱は、エリサの知るどんな大木よりも、太く高くそびえ立っている。
 こんなの、見たことがない。
 エリサは不意に怖くなって、ヴァロのマントの端をギュッと握りしめた。
 上着の中で、グラートがもぞもぞと身じろぎする。
 ヴァロの手のひらが励ますように背を叩いた。

「強く偉大なる巨人の中の巨人、シュテルコグフレベァ。今年もこの“美しき天のものヴォレラシアー”が挨拶に来たぞ」
「おう、天の輝きを返す銀の鱗ヴォレラシアーか。息災だったようだな」
「ああ。貴殿こそ、変わりないようだ」

 目を細めて笑むヴォレラシアーが、玉座に座る一際立派な巨人の前に進み出た。対する巨人の王も玉座から立ち上がり両手を広げ、歓迎の意を示す。
 賛辞と笑顔の応酬で和やかなはずの会見なのに、エリサにはどうにもそうとは思えない。まるでこの部屋全体を氷嵐が吹き荒れているかのようだ。
 表面だけ仲の良いフリをする氷原の民の長同士よりずっと、殺伐としている。

「ところで、今年は小さいのを連れてきたそうだが?」
「ああ、僕の友人だ。この宮殿の美しさは、さすがの僕でも認めざるを得ないほどだからね。ぜひ、彼らにも見せたいと思ったんだよ。
 快く応じてもらえて感謝している」
「なに、我らの偉大さが小さいのにも伝わることはやぶさかでもない。
 ふむ……それで、どうだ? 小さい娘よ、この宮殿は気に入ったか?」

 いきなり視線を向けられて、エリサは飛び上がりそうになった。
 慌ててぺこりとお辞儀をして、それから「ええと」と視線を巡らせる。

「わ、私、こんなにきれいなお城を見たの初めてで……その、その、全部氷のお城なのに、夏も解けないんですか?」
「ほう」

 巨人の王はにやりと口角を上げた。

「我らはの巨人だ。意のままに氷を操れるのだぞ。夏であろうがなんだろうが、凍らせておくくらい雑作もない」
「え、え、すごい……」

 エリサの目が丸くなる。
 では、この宮殿の氷は、氷原や氷山から削り出したのではなく、すべて巨人が城になるように作り出したものなのか。

「ふむ? 小さい娘、もしやお前は氷原で女王を崇め暮らす人間ではないか?」
「え、あの」

 どう答えればいいだろうかと、エリサは迷ってしまう。自分はもう町に引き渡されたのに、氷原の民だと名乗っていいのか……つい口籠ってしまったエリサの背を、「いつものように名乗ればいい」と、ヴァロの手が軽く叩いた。

「はい……北爪谷の、パーヴォの娘のエリサです」
「ほう」

 巨人の王が、どこかおもしろそうに笑った。
 ちらりとヴォレラシアーを見たと思ったのは、エリサの気のせいだろうか。

「ならば、我らが“女王”に捧げた神殿を詣でるがいい。我らの神殿は、この世界アーレスで最も“女王”に近いところだ」
「はい、その、とても光栄です。ありがとうございます」
「おい、この小さいのを神殿に案内してやれ」

 王はかたわらを走り回っていた“犬頭”を呼び止めて命じた。“犬頭”は王に向かってへこへこと平伏するように何度も頭を下げると、エリサへちょこちょこと走り寄る。
 それから、少々甲高い声で『こっち、来い』とエリサのマントを引っ張った。訛りが酷すぎて聞き取りづらいが、北方語は話せるようだ。

「ヴォレラシアー殿には、いつものように歓迎の宴を用意している」
「それはありがたい。では……エリサの面倒は、ヴァロに任せて問題ないね?」

 ヴォレラシアーはぐうっと目を細めて王に頷くと、ヴァロを横目に見下ろした。ヴァロは、もちろんと首肯する。

「エリサは私の弟子です。それに、私も氷原に住まう者として、ヴォレラシアー殿が素晴らしいと褒め称えるこちらの“女王”の神殿を詣でたいと思います」
「うむ」

 巨人の王は、ヴァロの言葉に満足したように、笑みを深めた。





*****

巨人には巨人語、竜には竜語があり、人間にも大陸公用語のほかに地域ごとの言葉はありますが、大陸公用語はだいたいどこ行っても通じる、そんなふんわり言語でお送りしています
ちなみに、現在の状況では、大陸公用語を使える者は皆それで話している感じです
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