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第二章 スパイス探し

7.真っ黄色のお茶

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 翌朝、パンの焼ける匂いがして、俺は目を覚ました。
 昨夜はマギーの店の床の上へ敷物を敷いて、そこで寝たのだ。
 布団で寝るよりずっと硬いので体が凝ってしまったけど、外で寝るよりはマシだった。
 宿へ泊まれるほどのお金もないし。

 キッチンを覗くと、エプロンを身につけたマギーがオーブンからパンを取り出していた。
「おはよう、早いんだね」
「おはようございます。早起きしてパンを焼くのが日課ですから。ちょうど焼けたところです。よかったら……」
 とマギーは昨日と同じ硬いパンを差し出した。
「ありがとう……、あちちっ」
 アツアツのパンを一つ取りカリッと半分に割ると、モフっと湯気が出た。
 フーフーと息を吹きかけ、ハフハフと頬張る。
 焼きたてだというのに相変わらずぼそぼそで口の中の水分みんな奪われてしまう。温かいから昨日より少し美味しいけど。
 マギーには悪いけど、こんなパンを出してるうちはお客なんて来ないだろう、と俺は思った。

「今日はどんなスパイスを探すんですか?」
「うーん、そうだね……」
 昨夜はなかなか寝付けなくて天井を見ながらあれこれ考え込んでしまった。
 この世界で必要な香辛料を全て手に入れカレーを作れてとしても、この世界の人々には受け入れてもらえないんじゃないかと……。
 基本ポジティブな俺にしてはかなり珍しいことだけど、ネガティブな考えが頭の中で渦巻いてしまったのだ。

 俺が答えに迷っていると、キッチンでやかんのお湯が沸く音が聞こえてきた。
 彼女が走って行って、しばらくするとよく知った香ばしい匂いがしてきた。
「え!? コーヒー!?」
 深いこげ茶色の液体を注いだマグカップ二つを手にして彼女は戻って来た。
「え? 嫌いですか? 砂糖入れます?」
「いやいや、そうじゃなくて。スパイスがない世界だって言うから、こういう嗜好品の類も全然ないんだろうと思ってたんだ……」
「コーヒーも紅茶も私たちは普通に飲みます」
 なんだ、俺の取り越し苦労だ。
 コーヒーが好んで飲まれる世界なら、カレーだってみんな好きになるに決まっているっ!

「よし、今日も張り切ってスパイス探しだっ!」
 俺はパンでパサついた口の中をコーヒーで潤した。
「でも昨日の市場にはコーヒー豆や紅茶葉を売る店はなかったよね。このコーヒー豆の粉はどこで買ったの?」
「山の向こうにそういう店があるんです」

 食堂が休みの日によくマギーがコーヒーを買いに行くという、コーヒー豆と紅茶葉の店には異国から取り寄せた珍しいお茶もたくさん置いているという。
「そういえばしばらく前にその店で真っ黄色のお茶を勧められて試飲しました」
「真っ黄色のお茶……? もしかしたらその茶葉を売る店でターメリックが手に入るかもしれない」
「え? その店にはスパイスなんて置いていませんよ」
「ターメリック、つまりウコンは健康茶としても人気が高いんだ。ウコンに含まれるクルクミンは肝臓機能を回復させる効果があるから二日酔いに効くことで有名なんだけど、健胃や動脈硬化予防、がんの抑制など幅広い健康効果があるんだ」
「へー、じゃあお店へ行ってみましょう」

 マギーに案内してもらい、俺は山を越えてコーヒー・茶葉専門店へ向かった。
 すると俺の睨んだ通りウコン茶が置いてあった。
「これが健一郎の探していたウコン茶、つまりターメリックですね? でもどれでしょうか……」
 マギーはさっそく「ウコン茶」と書かれた箱を手に取ろうとしたが、箱が四つあって迷っていた。
「ふふ、どれだと思う?」
 春ウコン、秋ウコン、紫ウコン、黒ウコンの四種類の粉末がお茶として棚に並んでいた。
「どれでもいいんですか?」
 マギーは適当に取ろうとした。
「いやいや、よくないよ。それぞれ違いがあるんだ。順番に見て行くと春ウコンは抗菌・抗酸化作用が強く、秋ウコンはクルクミンが豊富。紫ウコンは漢方薬にはいいけど苦みが強いから食用には向かなくて、黒ウコンにはポリフェノールや亜鉛が含まれている。カレーに使うターメリックはこの中でも秋ウコンのことなんだ。ちなみに世界中には五十種類のぐらいのウコンがあるんだよ」
「えっ、そんなに?」
 こうして俺たちはターメリックを手に入れた。

 俺は山から帰りがけに市場で米とバターを買った。
 マギーの店に帰ってから、米を研いでターメリックとバターと共に鍋で炊きターメリックライスを作った。
「うわ、美味しいです」
 マギーが美味しそうに食べてくれて嬉しかった。それに彼女のぼそぼそパンから少しの間解放されて、俺は密かに安堵していた。
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