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7.更なる悲劇
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家に帰ると、私はハンナに聖書を借りてそれを読み、教会での素敵な体験の余韻に浸っていた。
また今度ハンナと教会へ行ける日が楽しみで仕方がない。
「お嬢様っ!」
ひどく慌てた様子でハンナが部屋に駆け込んで来た。
「どうしたの?」
「ご主人様と奥様が乗られていた船が嵐に遭い、難破したと連絡が……」
彼女は言葉を詰まらせ、エプロンを抱えてうずくまった。
「難破……?」
「どうしましょう、お嬢様っ」
ハンナだけではなく家中の使用人たちが取り乱していた。
その夜、父の知人だという一人の男性が屋敷を訪ねてきた。
「ご両親が安否不明たぁ、かわいそうだ。でもねぇ、お嬢ちゃん。あんたのお父さんはね、おじさんに借金があるんだよ」
頬の赤い男性からは強烈な酒のにおいがした。
「わかるよね? お金返してもらわなきゃおじさんも困っちまうんだ」
くたびれたジャケットのポケットからウイスキーの小瓶を出してラッパ飲みし、ダンッ! と音を立ててそれをテーブルへ置いた。
「えっと、じゃあ借用書があれば見せてください」
「借用書だぁ? あるわけないだろ、そんなもん。そういや、お父さんはお嬢ちゃんがもうすぐ王家に嫁入りするから結納金でがっぽり金が入るからそれで返済するって約束してたな。でも結局お嬢ちゃんは婚約破棄されたわけだ? まあ、人生経験豊富なおじさんに言わせてもらうと、あんたみたいに少しばかり器量がいいからってそれを鼻にかけた性悪女は婚約破棄されて当然だね」
ぐひひ、と笑って男性はウイスキーのボトルに口をつけた。
「おまけにお父さんが借金しにきた理由もとんでもなく金食い虫のわがまま娘がいるからって話だった。公爵家の資産を使い果たしたあげく親に借金までさせるったぁ、あんたすげえな」
借金は私のせい? いや、正確には転生前のシャルロッテのせい、だ。
会ったこともないシャルロッテの父がなんだか気の毒に思えてきたし、急にこの借金が自分にも責任のあるものだと感じてきた。
「あの、ちなみに借金っていくらですか?」
「6000万ギーだよ。まずこの邸宅と家財道具を売って、それから残りはお嬢ちゃんを使用人として売りに出して返してもらうつもりだ」
「使用人って、私は家事も何もできません……。雇ってくれる人なんているかどうか……」
「その心配はいらねぇよ。もうすでにお嬢ちゃんを買い取りたいって人がいるんだよ」
「えっ! 一体どなたが?」
「この近くに大きな森があるだろ? そのずっと奥にポツンと一軒だけ屋敷があるんだが、そこだ」
森と聞いてすぐに黒い馬に乗ったあの仮面の男性を思い出した。
森の中の屋敷で働けば、あの方ともう一度会えるかも。
淡い期待が胸の中で渦巻いて、私は言われるままに契約書にサインした。
男性が帰って行った後、今度は使用人たちが食堂へ集まってきた。
さっきの会話からこの家が大変な状況にあると知ったのだろう。
みんな重く暗い表情で押し黙っていたが、一番の年長者らしい料理人の男性が口を開いた。
「お嬢様、大変申し上げにくいことでございますが、我々ももう……」
この屋敷から出て行きたいのだろう。
薄情だとは思わなかった。みんな生活をかけて働いているのだから、給料がもらえないのなら出て行って当然だ。
「ええ、そうね。みんな、ちょっと待ってて」
私は父親の書斎の引き出しを開けて金貨を集めて、それをみんなに配った。
みんな田舎に帰るための旅費や次の仕事を見つけるまでの間の生活費が必要だと思ったから。
「今月分のお手当てももうもらえないものだと思っておりましたのに」
「大変なときに、こんなにいいのですか?」
とみんなからとても感謝された。
料理人も庭師もすぐに荷物をまとめて出て行った。
最後まで残っていたのはメイドのハンナだった。
二人きりになった食堂で彼女は泣き出した。
「うっ、ううっ……」
「どうしたの、ハンナ?」
「私はお嬢様に長年ひどい意地悪をされてまいりました。ですからお嬢様がルイス様に婚約破棄されたときは悲しんでいるように演じながら、心の中ではざまぁみろと思っておりました」
ハンカチで涙をぬぐいながら、彼女は包み隠さず本心を話し出した。
「しかしお嬢様はここ数日で別人のように変わられました。こんなにお優しくなられたお嬢様が、まるでこれまでの罰を受けるかのようにあんな不気味な森の中の屋敷で働かなければならないなんて、あまりにお可哀想で……」
私はしゃくりあげるハンナの背中を擦った。
「私は大丈夫よ。そんなに心配しないで」
「心配せずにはいられません。……あの屋敷には亡霊が出るとか犯罪者が幽閉されているとか恐ろしい噂があるのですもの」
彼女を安心させようと、私はふふ、と笑った。
「亡霊はともかく、たとえ屋敷に犯罪者がいたとしても、今はもう悪い人ではないかもしれないわ。神父様が言っていたじゃない、人はいつだって変われるって」
「ですが……」
「私は絶対に幸せになるわ。だからあなたも幸せを掴むよう精一杯人生を楽しんで」
私は力強く彼女を諭した。
また今度ハンナと教会へ行ける日が楽しみで仕方がない。
「お嬢様っ!」
ひどく慌てた様子でハンナが部屋に駆け込んで来た。
「どうしたの?」
「ご主人様と奥様が乗られていた船が嵐に遭い、難破したと連絡が……」
彼女は言葉を詰まらせ、エプロンを抱えてうずくまった。
「難破……?」
「どうしましょう、お嬢様っ」
ハンナだけではなく家中の使用人たちが取り乱していた。
その夜、父の知人だという一人の男性が屋敷を訪ねてきた。
「ご両親が安否不明たぁ、かわいそうだ。でもねぇ、お嬢ちゃん。あんたのお父さんはね、おじさんに借金があるんだよ」
頬の赤い男性からは強烈な酒のにおいがした。
「わかるよね? お金返してもらわなきゃおじさんも困っちまうんだ」
くたびれたジャケットのポケットからウイスキーの小瓶を出してラッパ飲みし、ダンッ! と音を立ててそれをテーブルへ置いた。
「えっと、じゃあ借用書があれば見せてください」
「借用書だぁ? あるわけないだろ、そんなもん。そういや、お父さんはお嬢ちゃんがもうすぐ王家に嫁入りするから結納金でがっぽり金が入るからそれで返済するって約束してたな。でも結局お嬢ちゃんは婚約破棄されたわけだ? まあ、人生経験豊富なおじさんに言わせてもらうと、あんたみたいに少しばかり器量がいいからってそれを鼻にかけた性悪女は婚約破棄されて当然だね」
ぐひひ、と笑って男性はウイスキーのボトルに口をつけた。
「おまけにお父さんが借金しにきた理由もとんでもなく金食い虫のわがまま娘がいるからって話だった。公爵家の資産を使い果たしたあげく親に借金までさせるったぁ、あんたすげえな」
借金は私のせい? いや、正確には転生前のシャルロッテのせい、だ。
会ったこともないシャルロッテの父がなんだか気の毒に思えてきたし、急にこの借金が自分にも責任のあるものだと感じてきた。
「あの、ちなみに借金っていくらですか?」
「6000万ギーだよ。まずこの邸宅と家財道具を売って、それから残りはお嬢ちゃんを使用人として売りに出して返してもらうつもりだ」
「使用人って、私は家事も何もできません……。雇ってくれる人なんているかどうか……」
「その心配はいらねぇよ。もうすでにお嬢ちゃんを買い取りたいって人がいるんだよ」
「えっ! 一体どなたが?」
「この近くに大きな森があるだろ? そのずっと奥にポツンと一軒だけ屋敷があるんだが、そこだ」
森と聞いてすぐに黒い馬に乗ったあの仮面の男性を思い出した。
森の中の屋敷で働けば、あの方ともう一度会えるかも。
淡い期待が胸の中で渦巻いて、私は言われるままに契約書にサインした。
男性が帰って行った後、今度は使用人たちが食堂へ集まってきた。
さっきの会話からこの家が大変な状況にあると知ったのだろう。
みんな重く暗い表情で押し黙っていたが、一番の年長者らしい料理人の男性が口を開いた。
「お嬢様、大変申し上げにくいことでございますが、我々ももう……」
この屋敷から出て行きたいのだろう。
薄情だとは思わなかった。みんな生活をかけて働いているのだから、給料がもらえないのなら出て行って当然だ。
「ええ、そうね。みんな、ちょっと待ってて」
私は父親の書斎の引き出しを開けて金貨を集めて、それをみんなに配った。
みんな田舎に帰るための旅費や次の仕事を見つけるまでの間の生活費が必要だと思ったから。
「今月分のお手当てももうもらえないものだと思っておりましたのに」
「大変なときに、こんなにいいのですか?」
とみんなからとても感謝された。
料理人も庭師もすぐに荷物をまとめて出て行った。
最後まで残っていたのはメイドのハンナだった。
二人きりになった食堂で彼女は泣き出した。
「うっ、ううっ……」
「どうしたの、ハンナ?」
「私はお嬢様に長年ひどい意地悪をされてまいりました。ですからお嬢様がルイス様に婚約破棄されたときは悲しんでいるように演じながら、心の中ではざまぁみろと思っておりました」
ハンカチで涙をぬぐいながら、彼女は包み隠さず本心を話し出した。
「しかしお嬢様はここ数日で別人のように変わられました。こんなにお優しくなられたお嬢様が、まるでこれまでの罰を受けるかのようにあんな不気味な森の中の屋敷で働かなければならないなんて、あまりにお可哀想で……」
私はしゃくりあげるハンナの背中を擦った。
「私は大丈夫よ。そんなに心配しないで」
「心配せずにはいられません。……あの屋敷には亡霊が出るとか犯罪者が幽閉されているとか恐ろしい噂があるのですもの」
彼女を安心させようと、私はふふ、と笑った。
「亡霊はともかく、たとえ屋敷に犯罪者がいたとしても、今はもう悪い人ではないかもしれないわ。神父様が言っていたじゃない、人はいつだって変われるって」
「ですが……」
「私は絶対に幸せになるわ。だからあなたも幸せを掴むよう精一杯人生を楽しんで」
私は力強く彼女を諭した。
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