バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫

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19.触れたい距離

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 川崎から庇ってくれた一件から数日経つけれど、恒一との距離は遠いままだ。

 以前のように、必要なときには声をかけられ、視線が合い、短い会話があるなんてことはない。

 指示はすべてメール。
 確認は田中経由。
 同じフロアにいるのに、まるで部署が違うみたいだ。

 ――やっぱり、避けられている。

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 理由が分からないのが、いちばん怖い。

 自分が何かしたのか。
 気づかないうちに、越えてはいけない線を踏んだのか。

 だが、思い当たることは何もない。

 直は自席で資料を開きながら、無意識に恒一の方を見てしまう。
 すぐに視線を落とす。

 見ても意味がない。
 目が合うことは、もうないのだから。

 午後、田中と並んで作業をしていると、ふと声をかけられた。

「最近さ、桐原部長、ちょっとピリッとしてない?」

「……そうですか?」

「うん。前より管理職って感じ」

 その言い方に、少しだけ引っかかる。

「前は違ったみたいに言いますね」

「いや、悪い意味じゃなくて。前はもう少し柔らかかったかなって」

 直は曖昧に笑って、それ以上聞かなかった。
 聞いてしまえば、自分が気にしていることが露骨になる。

 あのとき、川崎の言葉を遮ってくれた恒一の声が、ふいに耳に蘇る。

 ――近づきたい。

 それが正直な気持ちだった。

 だが、同時に思う。

 ――近づいて、拒まれたら?

 今はただ距離を取られているだけだ。
 それが、はっきりとした拒絶に変わるのが怖い。

 夕方、修正した資料を提出するため、メールを打つ。
 文面は何度も推敲した。

 業務的に。
 淡々と。
 余計な感情を滲ませないように。

 送信ボタンを押したあと、画面を見つめたまま動けなくなる。

 ――本当は、直接話したい。

 たった一言でいい。
 「何かありましたか」と聞きたい。

 けれど、それを口にする勇気はなかった。

 自分がどんな立場で、何を期待しているのか。
 その答えを、直自身がまだ言葉にできない。

 恒一は上司だ。
 尊敬している。
 それだけで十分なはずだ。

 そう言い聞かせても、心はついてこない。

 距離を取られるほど、意識してしまう。
 見ないようにされるほど、見てしまう。

 直は小さく息を吐いた。

 ――近づきたい。でも、怖い。

 この気持ちに名前をつけてしまったら、もう後戻りできない気がして。

 直は今日も、結局何もできないまま、その日を終えた。
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