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30.部下としてじゃ足りない
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恒一は業務に戻ってからも、どうにも集中できずにいた。
モニターに並ぶ資料を追いながら、何度も同じ行を読み返してしまう。数字も構成も、普段ならすぐに頭に入るはずなのに、今日は妙に遠い。
原因は分かっている。
直と話したあの時間のせいだ。
業務上、必要な確認だった。
要点を整理し、余計な雑談を挟まずに終えた。上司として、何一つ問題のないやり取りだったはずだ。
それなのに。
直の表情は、どこか硬かった。
受け答えは丁寧で、言葉遣いもいつも通り。それでも、以前のような自然さがなかった。
――本当は、聞きたいことがあった。
恒一はペンを置き、背もたれに体を預ける。
「何かあったのか」
「避けられているのは、俺のせいか」
喉元まで来ていた言葉は、結局どれも口に出なかった。
踏み込めば、業務の範疇を越える。
上司という立場を盾に、直の個人的な感情を引き出すことになる。それが正しいとは思えなかった。
それ以上に――。
もし答えを聞いてしまったら。
直が距離を取っている理由が、自分にあると確定してしまったら。
その現実を、受け止める覚悟がなかった。
結果、口にしたのは無難な確認だけだった。
溝を埋めるつもりで時間を取ったはずなのに、終わってみれば、何も変わっていない。
いや、むしろ。
自分から距離を広げたのは、結局自分だったのかもしれない。
恒一は視線を上げる。
少し離れた席で、直がパソコンに向かっている。背筋を伸ばし、淡々と作業を進める横顔。
届きそうなのに届かないこの距離感が、胸の奥を締めつける。
いや、それは違う。届かないようにわざと手を伸ばしていないことを恒一はわかっている。
守っているつもりだった。
仕事に集中できる環境を壊さないため。余計な噂が立たないようにするため。直が無用な気を遣わずに済むように。
だがそれは、本当に守ることだったのだろうか。
直にとっては、息苦しさしか残らなかったのではないか。
上司として距離を決め、関わり方を制限する。
それは秩序を保つ一方で、直から選択肢を奪う行為でもあった。
恒一は小さく息を吐いた。
部下として扱えば、関係は保てる。
だが、部下として扱い続ければ、いつか完全に離れていってしまう。
その予感が、はっきりと胸に落ちてきた。
――部下としてじゃ、足りない。
欲しいわけじゃない。
独占したいわけでもない。
ただ、失いたくない。
それだけなのに、その気持ちを認めてしまえば、もう今までと同じ距離ではいられなくなる。
再びモニターに視線を戻した。
だが、画面の文字は頭に入ってこない。
直の存在が、すでに「部下」という枠に収まらなくなっていることを、恒一はもう否定できなかった。
モニターに並ぶ資料を追いながら、何度も同じ行を読み返してしまう。数字も構成も、普段ならすぐに頭に入るはずなのに、今日は妙に遠い。
原因は分かっている。
直と話したあの時間のせいだ。
業務上、必要な確認だった。
要点を整理し、余計な雑談を挟まずに終えた。上司として、何一つ問題のないやり取りだったはずだ。
それなのに。
直の表情は、どこか硬かった。
受け答えは丁寧で、言葉遣いもいつも通り。それでも、以前のような自然さがなかった。
――本当は、聞きたいことがあった。
恒一はペンを置き、背もたれに体を預ける。
「何かあったのか」
「避けられているのは、俺のせいか」
喉元まで来ていた言葉は、結局どれも口に出なかった。
踏み込めば、業務の範疇を越える。
上司という立場を盾に、直の個人的な感情を引き出すことになる。それが正しいとは思えなかった。
それ以上に――。
もし答えを聞いてしまったら。
直が距離を取っている理由が、自分にあると確定してしまったら。
その現実を、受け止める覚悟がなかった。
結果、口にしたのは無難な確認だけだった。
溝を埋めるつもりで時間を取ったはずなのに、終わってみれば、何も変わっていない。
いや、むしろ。
自分から距離を広げたのは、結局自分だったのかもしれない。
恒一は視線を上げる。
少し離れた席で、直がパソコンに向かっている。背筋を伸ばし、淡々と作業を進める横顔。
届きそうなのに届かないこの距離感が、胸の奥を締めつける。
いや、それは違う。届かないようにわざと手を伸ばしていないことを恒一はわかっている。
守っているつもりだった。
仕事に集中できる環境を壊さないため。余計な噂が立たないようにするため。直が無用な気を遣わずに済むように。
だがそれは、本当に守ることだったのだろうか。
直にとっては、息苦しさしか残らなかったのではないか。
上司として距離を決め、関わり方を制限する。
それは秩序を保つ一方で、直から選択肢を奪う行為でもあった。
恒一は小さく息を吐いた。
部下として扱えば、関係は保てる。
だが、部下として扱い続ければ、いつか完全に離れていってしまう。
その予感が、はっきりと胸に落ちてきた。
――部下としてじゃ、足りない。
欲しいわけじゃない。
独占したいわけでもない。
ただ、失いたくない。
それだけなのに、その気持ちを認めてしまえば、もう今までと同じ距離ではいられなくなる。
再びモニターに視線を戻した。
だが、画面の文字は頭に入ってこない。
直の存在が、すでに「部下」という枠に収まらなくなっていることを、恒一はもう否定できなかった。
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