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32.届かない沈黙
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直が会社を休み始めて、三日が経った。
初日は、田中から「風邪で休むそうです」と簡単な報告があった。
ここ数日で一段と冷え込んだ。無理をさせるつもりもなく、恒一はそれ以上気に留めなかった。
二日目も同じだった。
三日目になっても、直は出勤してこなかった。
――おかしい。
恒一は、資料に落とした視線をわずかに持ち上げる。
直は体調が悪くても無理をするタイプではない。だが同時に、仕事を投げ出す人間でもなかった。休むときは必ず状況を整理し、最低限の引き継ぎを済ませてから休む。
今回は、それがなかった。
胸の奥に、小さな違和感が積もっていく。
終業時刻を過ぎ、フロアの人影がまばらになったころ。恒一はデスクに残ったまま、しばらく考え込んでいた。
――連絡するべきか。
上司としては、体調の確認という名目で連絡するのは不自然ではない。
だが、指がなかなか動かない。
もう避けないと決めたものの、これまでしばらく避け続けていた相手に、自分から連絡する。
その行為自体が、何かを壊してしまいそうで。
それでも、放っておけなかった。
恒一は意を決して、スマートフォンを手に取った。
通話ボタンを押すと、数回の呼び出し音のあと、電話がつながった。
「……はい」
直の声は、かすれていた。
「桐原だ。体調はどうだ」
一瞬の沈黙。
それから、直は静かに答えた。
「……まだ、あまりよくないです」
「そうか。三日続けて休んでいるから、少し気になってな」
業務的な口調を保ちながらも、言葉の端に滲んだ感情を、恒一自身が自覚していた。
電話の向こうで、直が息を吸う音がした。
「……あの」
「なんだ」
「部長、まだ会社にいますか」
思いがけない問いだった。
「いるが」
そう答えると、直は一拍置いてから、はっきりとした声で言った。
「今から……会って、話せませんか」
恒一の喉が、わずかに詰まる。
「体調が悪いんじゃないのか」
「……はい。でも、お伝えしたいことがあるんです。早い方がいいと思うので。部長のご都合がつくなら」
その言い方が、あまりにも切迫していて、恒一はそれ以上問い返せなかった。
「分かった。会社でいいのか」
「はい。お願いします」
通話は、それだけで切れた。
スマートフォンを置いたあとも、恒一はしばらく動けなかった。
直の声は落ち着いていたが、その裏に隠された何かが、はっきりと伝わってきた。
――ただの体調不良じゃない。
しかも、「話したい」と言った。
直は、何を話すつもりなのか。
なぜ、今なのか。
答えは分からない。だが、嫌な予感がした。
きっとこれはただの相談では終わらない気がしてならなかった。
フロアを見渡すと、もう残っている者はいなかった。
胸の奥に、言いようのない不安を抱えたまま、恒一はただ待っていた。
初日は、田中から「風邪で休むそうです」と簡単な報告があった。
ここ数日で一段と冷え込んだ。無理をさせるつもりもなく、恒一はそれ以上気に留めなかった。
二日目も同じだった。
三日目になっても、直は出勤してこなかった。
――おかしい。
恒一は、資料に落とした視線をわずかに持ち上げる。
直は体調が悪くても無理をするタイプではない。だが同時に、仕事を投げ出す人間でもなかった。休むときは必ず状況を整理し、最低限の引き継ぎを済ませてから休む。
今回は、それがなかった。
胸の奥に、小さな違和感が積もっていく。
終業時刻を過ぎ、フロアの人影がまばらになったころ。恒一はデスクに残ったまま、しばらく考え込んでいた。
――連絡するべきか。
上司としては、体調の確認という名目で連絡するのは不自然ではない。
だが、指がなかなか動かない。
もう避けないと決めたものの、これまでしばらく避け続けていた相手に、自分から連絡する。
その行為自体が、何かを壊してしまいそうで。
それでも、放っておけなかった。
恒一は意を決して、スマートフォンを手に取った。
通話ボタンを押すと、数回の呼び出し音のあと、電話がつながった。
「……はい」
直の声は、かすれていた。
「桐原だ。体調はどうだ」
一瞬の沈黙。
それから、直は静かに答えた。
「……まだ、あまりよくないです」
「そうか。三日続けて休んでいるから、少し気になってな」
業務的な口調を保ちながらも、言葉の端に滲んだ感情を、恒一自身が自覚していた。
電話の向こうで、直が息を吸う音がした。
「……あの」
「なんだ」
「部長、まだ会社にいますか」
思いがけない問いだった。
「いるが」
そう答えると、直は一拍置いてから、はっきりとした声で言った。
「今から……会って、話せませんか」
恒一の喉が、わずかに詰まる。
「体調が悪いんじゃないのか」
「……はい。でも、お伝えしたいことがあるんです。早い方がいいと思うので。部長のご都合がつくなら」
その言い方が、あまりにも切迫していて、恒一はそれ以上問い返せなかった。
「分かった。会社でいいのか」
「はい。お願いします」
通話は、それだけで切れた。
スマートフォンを置いたあとも、恒一はしばらく動けなかった。
直の声は落ち着いていたが、その裏に隠された何かが、はっきりと伝わってきた。
――ただの体調不良じゃない。
しかも、「話したい」と言った。
直は、何を話すつもりなのか。
なぜ、今なのか。
答えは分からない。だが、嫌な予感がした。
きっとこれはただの相談では終わらない気がしてならなかった。
フロアを見渡すと、もう残っている者はいなかった。
胸の奥に、言いようのない不安を抱えたまま、恒一はただ待っていた。
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