女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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地獄の釜は開かれた

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 バックドア。
 その言葉に衝撃を受けていると、レオが消毒液の匂いをぷんぷんさせながら訊いた。
「ボス、バックドアって何だよ」
「裏口だ」
「まんまじゃねーか」
「……コンピューターに侵入するための不正経路のことだ」
「死語だろ。そんなモン、今時は仕掛けられねーよ」
 そう、レオの指摘はすこぶる正しい。だからこそ、それが存在しているということは、時期もルートも限られてくる。
 ボスはサリエルズをひたと見据えた。
「まさか、AI仕掛けの生き物全てが……」
「まさかと言うほど、驚くことか?」
 サリエルズの二人は、開き直っているようだった。
「安全のためには、無条件に情報を渡す。それは、個人の義務だろう」
「おい、さっきから意味が全然わかんねーよ」
 レオがイライラと言う。ボスはごくりと唾を飲み込むと、口を開いた。
「AI仕掛けの生き物は、全て自律式で動いている。自分で経験し、自分で考えて動くようにプログラムされている。……そして、そのプログラムは決して侵入されることはない。何故なら、現世で管理しているからだ。現世を通せば、ハッキングは絶対にありえない。どうあっても、何かしらの監視に引っかかる」
「ああ、そうだな」
「だが、AI仕掛けの生き物に、裏口をつくっていたとしたらどうだ?」
 レオが不快そうに眉根を寄せる。
「……はあ?」
「開発の段階で、わざと侵入できる経路を作り、いざというときにCASと天使に繋がる道をつくっておく。……アクセス権が、ここに渡るように」
 レオは目を見開いて、傷だらけの体で立ち上がった。
「おい、まさか……。AI仕掛けの生き物を、ここから操れるようになるのか?」
「ああ。『御門帝夜を探せ』という命令を出して、従わせることも」
「つまり……AI仕掛けの生き物全てが、現世でいうデジタル監視の目になる……」
 白髪がフンと鼻を鳴らした。
「その通りだ。見た目ほど、馬鹿でもなさそうだな」
「陰謀論の通りじゃねーか……」
 ああそうか、とボスは腑に落ちたことがあった。
 だから、CASの本部は異世界にあるのだ。現世を通してしまえば、必ず不正経路は探知されてしまうから。
 おそらく守護天使のアジトも、異世界のどこかにあるのだろう。
「今まで、よくそんなモンが見つからなかったな」
「バックドアのキーが特殊すぎるからな。これはどうあっても破れん」
 白髪がどこか得意げに言って、
「バックドアのキーは、異世界安全保障理事会のトップと、世界情報管理事務局のトップ。それぞれが守護天使とCASの本部に足を運び、キーを挿し込むことで、バックドアは起動する」
 それで、ここに来ていたのか。こうなる事態を予測して。CASと天使がお互いを知らなかったのも、キーを隠すための策だったのだろう。
「これで、奴を一瞬で見つけ出せる。どこに潜伏していようとも、監視の目から逃れることはできん」
 そう言って、白髪が誰かと連絡を取り始める。その姿をうさんくさそうに眺めていたレオがぽつりと呟いた。
「ケイティなら、この状況をどう見る……」
「レオ?」
 レオは口元に手を当てて、黙考にふけった。
「なあ、ボス。……奴はこのときを待っていたんじゃねーか?」
「待ってた?」
「ああ。キーを挿し込んだら、異世界内だけで、AI仕掛けの生き物の管理システムが閉じる。そうしたら、ハッキングも可能になるだろ」
「だが……どうやってだ? 以前の不正アクセスの後、セキュリティをより強固にしただけでなく、罠まで仕掛けた。新たに侵入すれば、確実にその前にバレ……」
 そこまで言って、ボスとレオは同時に思い当たった。
「……標的リストか」
「守護天使もリストを盗まれたのか? だとしたら、そのときだ。盗まれたことばかりに気を取られていたが、その際に仕掛けられていたとすれば」
「バックドアを起動した瞬間に、乗っ取られる……」
「黙れ!」
 ポニーテールが激昂した。
「ぐちゃぐちゃうるさいぞ、下っ端が! こういうときのための保険だ! いつまでも、こいつを野放しにするわけにはいかん! お前らが足踏みしている間にも、平和は脅かされているのだ!」
 連絡を終えた白髪が、蔑んだ目でボスとレオを見た。
「フン、これだから臆病者は……。見当外れの推論ばかりで、保身に走ってばかりいる。リスクを取らねば、安寧は得られんのだ」
 そのリスクを背負うのは、貴様らではないだろう……!
 仲間をやられたばかりのレオが、額に青筋を立てて拳を握る。ボスも同じ思いだったが、素早く立ちはだかった。
「レオ、下がれ」
「……ボス」
「俺は下がれと言ったんだ」
 噛みしめた奥歯の間から、絞り出すように言った。
 俺だって、こいつらをぶん殴ってやりたい。
 大切な精鋭たちを駒のように扱い、意見に耳を傾ける脳みそもない。しかし、だからこそ、自分が理性を失うわけにはいかなかった。特に、ケイティが不在の今は。
「飼い犬の躾ぐらい、きちんとしておけ」
 言って、白髪はスマホをCASのシステムにかざした。
「バックドアを起動する」
 複雑なウインドウが、次々に現れては消えていく。それは鍵を開けて、扉をどんどん抜けていく動きに似ていた。
 最後に現れたのは、異世界のマップだった。
 壁一面にマップが表示され、AI仕掛けの生き物の動きがリアルタイムで示されている。
 小さな点は複雑に動き、隠しキャラや神獣の現在地まで、赤裸々に表示されている。夢も何もない光景だった。
「おおっ、素晴らしい……。では早速……」
『御門帝夜を探し出せ』。白髪が命令を下すと、小さな点が活発に動き始めた。特に異常らしきものは見られない。
 考えすぎだったか……?
 ほっと安堵したときだった。ぽん、と一つの点が真っ赤に染まった。そこから感染が広がるように、赤い点が増えていく。
 ぽん、ぽんぽんぽんぽんぽん……。
「な、何だ……」
「これは……」
 みるみるうちに、全ての点が赤く染まり、その動きを止めた。マップを凝視していると、視界の隅で何かが光った。見ると、白髪のスマホからバチチ、と火花が散っている。やがて、スマホは煙を上げて、うんともすんとも言わなくなった。
「なあっ……!?」
 完全に壊れたスマホを手に、白髪がバックドア起動をもう一度試みる。
 そんなむなしい努力をよそに、真っ赤になった画面には、新たな命令が表示されていた。

『AI仕掛けの全ての生き物たちよ。以下の優先順位に従い、奴らを抹殺せよ』

 1.CAS・守護天使・その上位組織に属する人間全て
 2.異世界にいる人間全て

「なんっ……何だ、これはぁ! ふざけるなあああ!」
 白髪とポニーテールの怒号が響き渡った。

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