女暗殺者の嫁もまた暗殺者

とも

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らんま2分の1みたいな光景だね

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 砂漠の迷宮を出た恵叶、ミカエル、紗美の三人は、街角に潜んで様子をうかがっていた。通りではひっきりなしに悲鳴が上がり、人々がこけつまろびつしながら建物から出てくる。
 そのあとを追うのは、AI仕掛けの生き物たち。
 鍋を構える二足歩行のパンダから、牙から毒をしたたらせる大蛇といった殺傷力高めのものまで、全てが人間に害を及ぼそうとしている。
「おい」
 そこに、ミカエルが颯爽と現れた。AI仕掛けの生き物がぴたりと動きを止めて、ミカエルを見据える。
 一瞬のち、ミカエルを視界にとらえた全ての生き物が襲いかかってきた。
「なるほど」
 シャーッと鎌首をもたげる大蛇から目を離さず、突撃してきたパンダを避ける。すれ違いざまに鍋を奪い取ると、カーンとパンダのこめかみをぶっ叩いた。
 くらくらするパンダを盾にして、猫又や木霊たちの攻撃を防ぐ。大口を開けて突撃してきた大蛇から離れようと、ミカエルが車の屋根に飛び乗った。
 結果として、ミカエルに集められていたAI仕掛けの生き物たちは、大蛇の毒牙にかかってバラバラにされる。
「恵叶!」
 ミカエルが恵叶に向かって、手を突き出す。大剣を放り投げてやると、ミカエルがキャッチして大蛇の首を駆け上がっていった。
「悪いな、おやすみ」
 呟き、ミカエルが大蛇の脳天に大剣を突き刺す。大蛇がぐるりと目を回して、ズウンと地面に沈んだ。
 ミカエルが大蛇から下りると、人々が腰を抜かしてへたり込んでいた。
「あ、ありがとうございます……」
「いいから、今のうちに現世にジャンプしろ」
 ミカエルにそっけなく言われ、人々は通りからジャンプしていく。
 人のいなくなった通りに、恵叶と紗美は足を踏み入れた。壊れたAI仕掛けの生き物たちに視線を落とす。
「全壊はしてない。しばらくしたら、自動修復プログラムが働くはずだ」
 フフッ、と恵叶は薄く笑った。
「『あんな奴ら、丸腰でじゅうぶんだ』って、余裕ぶったくせに。結局、私の助けが必要だったわね」
「鍋が一発で凹むと思わなかったんだ」
「見通しが甘い」
「何だと」
 言い争っていると、紗美がふくれ面で割り込んできた。
「ちょっと、イチャイチャしないで。恵叶は私の嫁なのよ」
「いらん、こんな奴」
「こんな奴とは何よ。こんな奴に惚れてる私が馬鹿みたいじゃない。恵叶にだって、良いところの一つぐらいあるのよ」
「紗美、フォローのふりしてディスるの止めて……」
「私を当て馬にするとはいい度胸だ」
 ミカエルが死んだ目でツッコみ、話を続ける。
「ともあれ、これでハッキリした。私たちがいれば、AI仕掛けの生き物は人々に目もくれないわけだ。こいつは助かったな」
「何も助かりませんけどぉー!!」
 どどどどと走ってやってきたのは、ガブリエルだった。一度ジャンプして、ここまで戻ってきたわけだが、やはり速い。
「ガブリエル、やってくれた?」と紗美。
「やりましたよぅ。ライリーさんを現世の病院に運んできましたー……」
「ありがとう」
 恵叶はガブリエルの背を労るように撫でた。息は全く乱れていないのに、恐怖のせいか、その背は小刻みに震えている。
「ま、まだ信じられませんようー……。本当に、一般人に抹殺命令が出ているなんて……。あ、頭おかしいんじゃないですかぁ、その人……」
 どうだか、とミカエルが肩をすくめた。
「頭おかしいのは、バックドアを設置した奴らのほうだと思うがな。それで、CASと天使に接点がなかった謎が解けた。……こんなの、万が一にも知られるわけにはいかない」
 ともあれ、と紗美が恵叶の腕を抱いた。
「避難経路が必要ないのは、良かったんじゃない? ジャンプすれば、それで終わるもの」
「あ、た、確かに。だったら、避難自体はすぐ終わりそうですねぇー……。へへっ、よかった。その間の囮役にされなくて……」
「それはどうかな」
 恵叶は首をひねった。
 現世への避難自体は、非常に簡単だ。スマホと指先一つでできてしまう。だが、ワンアクションでできるからこそ、簡単には避難しない人も多い気がした。
「ちょっと待て。ナビゲーターだ」
 ミカエルが耳元に手を当てる。
「ああ、そうか。わかった。……避難の完了率は70パーセントだそうだ。各所でパニックが起きている。迷子の捜索、火事場泥棒は想定内だが……」
 ミカエルがふうと嘆息して、
「呆れたことに、カメラを回している者がいるらしい。それも一人や二人じゃない」
「馬鹿じゃないですかぁー!?!?」
「百鬼夜行は珍しいからね。……ほら紗美、見て」
 紗美に抱かれた腕を小さく振る。通りの先では、硬直した死体が、腕を前に突き出して行進していた。額にはお札を張り付けている。
「すご……あれ、キョンシー? 初めて見たわ」
 ミカエルがスマホを取り出して、パシャリと写真を撮った。
「避難誘導は、他の天使に任せるとしよう。CASもきっと動いているだろうし」
 恵叶はスマホを取り出すと、魔法界のパスポートを表示させた。
「私たちは元凶を叩きにいきましょうか」
「やだーっ! もう帰りたいですぅー!!」
 嫌がるガブリエルを連れ、バチィ! と大きな音を立ててジャンプした。
 

 クイーンズ・クロス駅にジャンプした瞬間、恵叶の眼前に妖精が迫ってきた。目玉を突き刺そうと、針を持っている。反射で妖精を手づかみすると、近くの壺をひっくり返し、その中に閉じ込めた。
「油断も隙もないわね」
 怒れる蜂のようにブンブンいう壺を眺めたあと、恵叶たちは物陰に隠れながら、駅構内を進んでいく。
 箒に乗って巡回する魔女を警戒しながら、ミカエルが訊いた。
「アリアという少女だが、その『帝夜』に囚われているので間違いないんだな? アリアが実行犯、帝夜が陰で操っていた……」
「ええ。そいつがアリアの親を殺した。憶測だけど、真実を言い当てられて激昂した帝夜に、アリアは監禁されて、パスポートを使えない状況にある……と思う」
 紗美が言い、恵叶が続ける。
「急がなくちゃ。利用価値がなくなったアリアに、帝夜が何をするかわからない」
「AI仕掛けの生き物を止めたいが……」
 駅を出て、街の様子に恵叶は目を疑った。ドラゴンが火を吐きながら空を駆け、鋭い角を持ったユニコーンが屋根に立っている。
 往来ではゴブリンやトロールが棍棒を振り回し、巨大な鳥が羽ばたいている。普段、まず目にすることのない生き物ばかりだ。
 それら警戒の輪は、一つの建物を中心に作られていた。
「いいように操ってるわね。あれが……例のお菓子屋さん?」
「そうみたい」
 何の変哲もない建物だったのだろう。少なくとも、二十分前までは。だが、今はありとあらゆる魔獣に守られ、さながら魔王城のような様相を呈していた。
「大盤振る舞いね……」
 ここまでくると、恐れを通り越して感心してしまう。
 とんでもない絵面だが、その周囲に一般人の姿が全くないのが、より異常さを際立たせていた。好奇心でスマホを向けるのも許されないほどに、彼らは敵意に満ちているのだ。
「見て」
 恵叶は張り出したベランダを指さした。一人の男がベランダに出てきて、手すりにもたれかかった。
 ミカエルがじっと男に視線を注ぐ。視界共有コンタクトレンズにより、ナビゲーターに送られた情報は、すぐに一つの答えを導き出した。
「……あれが帝夜で間違いないそうだ。御門帝夜。かなりの資産家らしい」
 帝夜はつまらなさそうな顔で、通りを見下ろしていた。持っていたスマホを持ち上げ、何やら操作すると、ドラゴンがベランダに飛んできた。
 従順なドラゴンの行動に、恵叶は呟くように言う。
「偽のホログラムを出したとき、アリアはスマホで操っていた。今回もそうだとしたら」
「……スマホを奪えばいいわけだな」
 帝夜はドラゴンの首に足をかけると、その背に騎乗した。
 こちらに気付いた気配はなかった。見るものがなくなったから、移動する。そんな感じの、何気ない素振りだった。
「移動するのか。……吉と出るか、凶と出るか。とにかく私とガブリエルで、なんとかスマホを奪ってみる。お前ら馬鹿ップルはアリアを」
 言って、ミカエルとガブリエルがドラゴンを追い始める。恵叶は紗美と顔を見合わせると、
「見つかったら面倒ね。どうにかバレないよう、あの建物に……」
 言いかけたときだった。
 ブルルッとわななきが聞こえて、上方からペガサスが降り立った。それを合図に、魔獣たちがぐりんと首をこちらに向ける。
 どの目も敵意に光り、恵叶たちを見据えていた。ひく、と二人は一歩たじろいだ。
「……最悪」


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