魔法少女・マジカルリリィ(仮)

uma

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代理

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 シェイムリルファは驚く私の隣にゆっくりと降りてきた。その身に纏う真っ白なドレスのフリルをフワフワとたなびかせながら、優雅に、ゆっくりと。
 初めて見た実物のシェイムリルファは、映像で見るより何倍も神秘的で、眺めているだけで心が綺麗に洗われていく、まるで天使の様な魔法少女だった。
 こうして目の当たりにするとナンバーワン魔法少女はこの人しかいないと心の底から思わさせられる。

 第三者視点から二人を見たら、私はとても馬鹿な子に見えるだろう。なんせ口は開けっぱなしで瞬きもせず、呼吸すら忘れているのだから。
 
「ねえ、ねえ。ニュース見た?」

 発する声も正に天使そのもの。限りなく透き通るその声は、聞く者全ての鼓膜を溶かす事が間違いないと確信させる美声。

「……は、はい!? ニュース、ですか?」
「そう『シェイムリルファ、敗北』ってやつ」
「み、み、見ました! 私、それがすごいショックで腰が抜けちゃって」

 シェイムリルファはイタズラに笑いながら「うん、うん」と私の話を聞いている。声が裏返り、まともに喋れない私を見て何やら楽しんでいる様にも思えた。
 シェイムリルファに楽しんでもらえているならそれは何よりなのだが、残念ながらこちらにはそんな余裕は一切無い。
 憧れの恋焦がれたシェイムリルファがいきなり目の前に現れたんだ。余裕なんてあるわけが無い。ただでさえ、普段から余裕なんて無いのに。

「あれ、わたしが流したフェイクニュースなの」
「フェイク?」
「わたし、引退するの。結婚するんだ」
「け、けっこ……」

 人生でこれ程までに衝撃が続く日は絶対に二度と無いと思う。絶対は絶対に無いと言うが、絶対に無いんだ。これは断言できる。
 魔法少女の適性が無いと宣告され、憧れのシェイムリルファが敗北したと思えば、ひょっこり現れた本人から直々の結婚宣言。もう頭からはプスプスと煙が出てきてパンク寸前だし、きっと表情は死んでるだろう。まるで蝋人形の様になっているであろう事が想像に容易い。
 魂が抜けるという表現はこの時の為に作られたに違いない。私は再びその場にペタンと座り込んでしまった。

「だから、宜しくね。莉々ちゃん」
「よ、よ、宜しく? な、なんで私の名前を?」
「わたしの結婚相手、莉々ちゃんのお兄ちゃんだから」
「……?」

 正直な所、ここからの記憶が残っていない。きっと魂が天に帰りたがっていたのだろう。

 うっすらと覚えているのはシェイムリルファが私にステッキを渡してきた事。
 川底から飛び出して来た、タコとも言えないイカとも言えない、なんとも形容し難いウネウネした変な宇宙人の様な気持ち悪い緑色の魔獣を、渡されたステッキが勝手に吹き飛ばした事。

 この二つは、なんとなくだが覚えている。

 そしていつの間にかシェイムリルファと一緒に家に帰る事になっていた。シェイムリルファは魔法少女フォームを解き、髪の色を黒に変え、帽子とサングラスをかけていつの間にか私と手を繋いでいた。

 シェイムリルファの手は少しひんやりしていて、だけどスベスベで、小さくて、なんかもう訳が分からなかった。ここら辺りからようやく正気に戻ってきたような覚えがある。

「……がい出来る?」
「あ、はい」
「本当に? ありがとう! 凛ちゃん」
「え? は、はあ」

 ……なんでこんな事になったんだろう?警戒信号が発せられた時は、もう死んでもいいとさえ思っていたのに。考えるだけ無駄なのかも知れないが、考えられずにいられない。
 私の意識がハッキリと戻ったのは自分の部屋に戻った時だった。

「本当にありがとう、莉々ちゃん。わたしの役目を引き受けてくれるなんて」
「……はい?」
「わたしもできる限り協力するからね!」

 ふーむ。さて、と。
 一体彼女は何を言っているのだろう。私の鼓膜がシェイムリルファの美声によって溶かされていないのであれば、国民的魔法少女シェイムリルファの役目を私が引き受けると聞こえたが。

 ……ちょっと待って、それは本当に無理。
 そもそも私には魔法少女の素質が無い訳であって、仮に引き受けたとしても、実現不可能な話である。もし万が一代わりを務めたとしたってシェイムリルファと同じ活躍は到底無理だろう。
 失敗に終わる事が火を見るより明らかなのに、それを喜んで引き受ける人なんてよっぽどの変人だろう。

「無理です」
「そ、そんな!」
「実は今日、養成施設で魔法少女の適性無しと宣告を受けまして」
「それで?」
「いや、だからシェイムリルファさんの代わりは絶対に無理と言いますか」
「莉々ちゃん」

 シェイムリルファの表情が一変する。今までの砕けた態度とは違い、その表情は幾多の魔獣を倒してきた最強の魔法少女の顔だった。
 空気が一瞬で張り詰めるのがヒシヒシと伝わってくる。これが歴代最強、そして並び立つ者のいないとされる唯一無二のシェイムリルファの素顔。

「は、はい」
「お義姉ちゃんって呼んでくれないの?」
「……っ!」

 ナンバーワン魔法少女になるにはこういった話術も必要不可欠なのだろうか?何回も、何回も憧れのシェイムリルファに「お義姉ちゃんって呼んで!」とせがまれている内に私はまんまと丸め込まれてしまった。

「あの。お、お義姉ちゃんの代わりを務めるのは到底無理だと思います。だけど、できる限りの協力はします。それでもいいですか?」
「莉々ちゃん! ありがとう!」

 私は魔法少女になる事を諦めたその日に、半ば強引にナンバーワン魔法少女の代理を務める事となってしまった。小さい頃からなりたかった魔法少女への道は無惨にも絶たれ、憧れ続けたシェイムリルファによって再び導かれたのだ。

 こうして、夢にまで見た魔法少女としての人生が動き出した。

 夢じゃない、よね?

 
 
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